幽冥界一日目
私の立てている指を敵に向けて下げると、炎の鳥は地を熱で焼き尽くしながら直進。三体のエネミーに対して土さえ焼けつくほどの火を浴びせました。
吸血鬼の体質も残っていますが、魔王の血を吸って体質をも受け継いだために実現した魔王専用とも言える魔法です。
「すごいよりお! いつのまに魔王の能力が使えるようになったんだね!」
「いいえ油断しないで下さい。贋作では本家の火力とは段違いに劣っていました」
イベントボスの能力ならばと慢心がありましたが、私の魔力では怯ませただけに過ぎませんでしたか。しかも確認する限り、ゲームのパワーバランスのためか相手の時間を進ませる魔法などといった大がかりな能力まではどうにも使用不可能らしいです。
あとは、あちらも動き出しましたか。
「ほどよい雑魚が現れて幸先いいってやつだ! さあさ挨拶代わりの第一楽章をご静聴!」
「おいジョウナ! 自分らも巻き添えにしてるんじゃない!」
「早くわらわの盾の裏に隠れるのじゃ!」
(あーもうめちゃくちゃだよ)
質量ある跳ねる音符を拡散する無双の能力。一度エンジンをかけてしまえば敵も味方もお構いなしです。
パニラさんらは盾役に守られるだけで精一杯ですか。
それでもあのエネミーらでさえ雑魚扱いとは、全ての敵が自分以下になるほど鍛えただけの実力はありますね。
「忌々しいやつじゃ。わらわが攻撃職であれば、あの殺人鬼に音符を蹴り返せたものを……」
「あんまりやらない方がいいと忠告するよ。この音符、触っただけでたまに即死が発動するみたいだからさぁ」
「それを先に言わんか!」
前に出ようとしていたメーヤさんの足が竦んだほどの新情報。
まるで台風のように徒に通り過ぎるだけでも死を招く、かつての通名通りの迷惑な能力でした。
ですが即死抜きにしてもこの瞬殺されそうな威力によって、トカゲと黒い天使は押し返せないでいます。
「殺人鬼、ほんとに強いけど……強いからなんかムカつく! RIO、私達はあっちをやろ!」
「ええ、頼みにしてますよ」
目ざとくも音符の狂宴の射程外へ離れているヒグマの方は、私とエリコが担当しましょう。
熊の魔物のくせしてこちらの隙を虎視眈々と窺っているようですが。
「はあああっ!」
思い立った頃には、私の体は敵の眼球二つをめがけて大剣で回転斬りを放った後でした。
激痛を受けた猛獣の悲鳴もまだまだ響いてます。熟考するよりも、即断即決の無言実行こそ私の隙をカバーする最大の一手なので。
「視界が効かなくなればエリコも戦いやすく……ぐぐっ」
このエネミー、まさか死角に回り込んだ私の方へと振り向きざまに爪で反撃するとは、尋常ではない生命力です。
光の無い環境では視力無くとも立ち回れ、動物的な直感は著しく発達するわけですか。それにしたってこの腕力と攻撃速度、さすがの私でも捌き切れる気がしません。
「RIOでも押されてるなんて! どうにか弱らせないと!」
「エリコ今近づいては、むっ」
ほんの少し立ち止まった間に、私の右腕が、脇から先にはヒグマの顔と牙ということは、齧られてる最中。
どれだけ引っ張ろうが自分の血飛沫ばかり浴びて抜けません。どこで育った食い意地ですか、このままでは骨ごと食い千切られて腕が胃の中に。
「ひゃああっ! りおおおおっ!」
「……これで構いません《カルラウィンド》」
ほんの少しだけ立ち止まって誘いをかけた間に魔法の準備して正解でした。
数こそ多くとも全方位に散発してしまう風の刃だとしても、このように体内から放出されれば全弾命中するしかないでしょう。
おかげでヒグマは全身から風の刃と真っ黒な血飛沫を派手に噴射し、大の字で倒れ伏せました。腕なんて簡単に再生するので何の心配もいらない勝利です。
「これからのために紹介しとくと、これが私の戦術のひとつです。肉を切らせて骨を断つなら、他の誰にも真似できないほどには得意ですから」
「だめRIOっ! まだギリギリ生きてる!」
「しまっ」
死角、油断、計算外が過り、エリコの一声に合わせて後ろに向いた先にあった二つの光景。
一つは噴射した黒い血を被ったヒグマの爪が私の顔面の皮を剥がす寸前にまで迫っている光景。
「ぜんりょくっ!!」
もう一つは、跳び上がったエリコがヒグマを胴体から真一文字に斬り裂いて、活きのいい鮭ならぬ私の腕を咥えた木彫り熊のようにピタリとも動かなくさせた光景。
魔王戦の時もそうでしたが、またエリコに美味しいところを持ってかれてしまいましたか。
今回はエリコこそヒーローですね。その姿、とても素敵です。
「熊の魔物のくせに死んだふりだなんてずる賢いって。ダメージは無い?」
「っ……大丈夫です」
ど、どうしましょう。危機を凌いでひと安心したらなのか、納刀する動きと合わせてエリコの顔が一段と凛々しく見えた、そんな気……ではなく確かに。
「でも……もしかして立てないの? 足首やられてる?」
いけません。へたり込んでいる私を見下ろされてしまえば、いよいよもって恋の病がますます重症化してしまいますって。
だって仕方がありません、本当はエリコのマイ・プリンセスになって今回みたいに何度も守られたい理想を秘めているのです。
ですが悲しいことに私の方が圧倒的に実力が優っているという現実があり、これを逃すとエリコに甘える機会が二度とないかもしれないとなると口からは願望が……。
「あの、ダメージは無いのですが実は少し腰が抜けたようなので、できればあなたの手を……」
「アッハハ勝った勝った。こっちは終わったけどどう……っうぷぷぷ! 敵を退治した側からもうイチャコラしてるとか、ノルマでもあるん? ヤッバエリリオにはほとほと参るわぁ!」
くっ、一番絡まれたくない人に絡まれてしまいました。
これはもう面倒なことになるしかないでしょう。
「ぷーっぷぷぷ! いいよいいよ、そういうの嫌いじゃないからもっとやってみせてよ! 【三界】からもう一つ、【エリリオ界】でも生まれそうなアツアツ具合になるまで、なぁんてねぇ!」
これが配信のコメントであれば許せたものの、薄っぺらい言動ばかりのジョウナさんの口から出ただけで迷惑なだけです。きっとエリコも同じ気持ちでしょう。
「ふぅーん、殺人鬼でもいいこと考えるんじゃん」
「エリコも乗り気にならないで下さい!」
(エリリオってもしかしなくてもやばい?)
……全員集合していましたし、敵は撃退したので気を取り直しましょう。
どうせこの先何度もヒグマと戦うかもしれないので、また次の機会を心待ちにしていますからね、エリコ。
さてこのまま進軍再開したいのですが、暗闇に紛れて闊歩しているアレもエネミーなのですかね。
しかし、生物とは思えないひときわ不気味な形状のエネミーです。
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エネミー名:ショゴススライムLv99
状態:正常
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街の民家よりも明らかに大きく、毒々しい玉虫色の水風船みたいなエネミーが、体中に着いている無数の目を光らせては奇妙で独特な鳴き声をあげています。
レベルも高いので警戒のため直視していると、恐怖とは何か違う、落ち着かなくなる気分にさらされる感じがしてきますが。
「アレも倒していい敵ですか?」
(待った、アレには手を出しちゃいけない。てかまず目を合わせちゃいけない)
いきなり強く腕を引っ張られ、顔を伏せられました。
そのまま皆さんを一瞥してみれば、あのエネミーに一様に背を向けている、ということは何だかあのエネミーの危険性を察してしまいますね。
「知識の準備不足で申し訳なかったのですが、そこまで危険な敵なのですか」
(物理攻撃がほぼ効かないし、吸血鬼越えの再生能力まで備えてる。とどめに姿を見た相手は敵対者として狂気状態をばら撒いてカオスな事態にされちゃうから、まともにやり合えば触手でじっくり踊り食いされちゃうよ。もしや見ちまった?)
有識者パニラさんによると得体の知れない恐怖感の正体は狂気だそうです。
ですが私だけ知らずについ直視してしまったミスは隠すべきでしょうか。今日の私、あまりいいとこありませんね。
なんだか巨大ナメクジが這ってそうな足音も徐々に大きくなってますし、一応遠回しに聞いてみましょう。
「たとえばの話ですが、もし見てしまった際の対処法は存在するのですか」
「見てしまえばアウト、目を閉じても手遅れだ。視力が無くならない限り狂気に襲われるぞ」
「早速役に立たせた頂きます。メーヤさん」
「RIO様が話していたのはドゥルなのじゃが……なんじゃ、様子がおかしいぞい」
視力さえどうにかすれば解決するそうなので、双剣それぞれを自分の目に突き刺し、視界を封じました。
「ちょええええっ! なんかRIOが変!? やっぱり狂気に冒されてるんじゃ!?」
「すぐにでもSAN値チェックするべきなのじゃ!?」
「いやこの吸血鬼ちゃん最近丸くなってるけど素でそういうとこあるし」
吸血鬼には暗転した視界が一番落ち着けます。
あのスライムの迫る音も止みました。
ただしまだ近くにいるままなので、迂闊に動いたり騒げば再びアクティブ化して私の行動も無意味となるでしょう。
「次です、なにか目を合わせる以外に優先的にヘイトが向く要素はありますか」
「そうだな、強いて言うなら大きな音だが……」
「《アースジャベリン》」
魔法で作り出した岩の塊を腕の力で放り投げ、スライムのやや前方に墜落させました。
陽動は……成功ですね。音で判断する限りでは、岩に気を取られて遠ざかっているようです。今回は運良く大事には至りませんでしたが、幽冥界の恐ろしさの片鱗を味わったような気がしました。
「これで無力化したも同然です。では先に進んでも問題ないですね」
「あ、ああ……自分は斥候に戻る、さっきのアレに襲われたりして脱落者を出したくはない。多分自分はパニラやメーヤと比べて戦力にはならないと思うが……皆を少しでも温存させるために為すべきを尽くそう」
ドゥルさんはそう言うと、私達五人から進行方向へと離れていきました。
自ら危険な役割を買って出るなんて、勇敢な一面があるようです。それとも女性率高いパーティなので、あまり会話の輪に入りたがらない一面でもあるのでしょうか。
(あの躊躇の無さはまさに漢だね。ドゥルさん、戦闘力こそ正直よわよわだけど、私達の数百歩先で一人先行して見回ってくれるし、エネミーとの戦闘の前には必ず戻って一言警告してくれる、私の冒険者への復讐には無くてはならない人だよ)
視力も回復したので、パニラさんの文字も読み取れるようになりました。
「ですけど斥候だなんてそんな危険な役割、任せっきりで大丈夫でしょうか」
(よく分からないけど先鋒を司るのは男の誉れなんだとさ。一応逃げ足だけは逸れたドロドロなメタル並に速いみたいだから知らない内に死んだりはしないと思うけど)
男性特有の矜持には疎いのでそこは理解が及びませんが、パニラさんがそこまで太鼓判を押しているなら過剰に心配する方が失礼にあたるかもしれません。
(ちなみに後ろの守りはこちら、元鬼っ娘メーヤさん。タンク職の希望とも持て囃された時期もあるくらいの防御力お化けさんだから、大船に乗った気で任せちゃってもいいぞ)
「改めてどうぞよろしくなのじゃ!」
(チャームポイントはもちろん、みんな大好きのじゃロリ口調なのじゃよ〜)
「この口調は気にせんでくれ、若気の至りが固着したというかじゃの……」
この人、奇抜なロールに恥じらっているくらいならそんなにも無理する必要ないとは思いますが……私が物心ついた頃には敬語で矯正していたのと同じようなものだとすれば野暮ですかね。
私達が気楽に前へと進むために尽力してくれる仲間達、遠慮なく頼らせて頂きましょうか。
そしてもし避けられない戦いが立ちはだかったのならば、その時は私達が前に立つ番。
私のこれまでといえば、生ける屍だったり、噛ませ犬と化した悪魔だったり、闇の小組織の長だったり、命を投げ捨ててでも守りたい対象だったり、プチ・エリコだったりで、仲間とは名ばかりで大抵が私のワンマン体制でしたから。
「これがリアルのじゃロリ……ぐへへ」
おやこれは、メーヤさんに対してエリコが何故か食い気味な反応を示していましたが。
「RIOものじゃロリやろ! 絶対似合うしかわいいから!」
「馬鹿言わないで下さい」
エリコは好奇心旺盛ですぐ影響受けてしまいますが、それでもいざという時のエリコは先程のような頼もしさもあってずっと紹介出来るほど好きです。
この全員で持ちつ持たれつ補い合いながら進む、パーティプレイとは悪くはありませんね。
「うんうん、こいつは奇跡が巡り合わせたようなメンツだねぇ。たとえ雑魚でも先んじて人柱になってくれる有能なやつがいれば、ボクも何の心配もなく雑魚狩りしまくれる」
ああこのパーティプレイの音色を壊滅的な騒音に変貌させかねない人がいると忘れかけていました。
「人柱……って何そのひどい言い方! 自分が言われて嫌なことは人に言っちゃいけないって分からないの!」
「残念、ボクには的外れだとしか思わない。それにボク、強敵相手にはこいつら見捨てて戦線離脱してもいいって条件で協力してるわけだしさぁ」
「初耳なんだけど!」
私も初耳です、またジョウナさんが信用ならない訳が増えました。
敵にしても味方にしても不遜な噂ばかり聞くこの人、本当に役に立つのでしょうか。




