新生七つの大罪&炎の鳥
「ごめんごめんー! みんな待たせちゃったよね」
この距離からでも上品で扇情的な乙女の匂いで察知しましたが、エリコがたったいまこの集合場所である無人のビーチにやってきました。
じっと待っている間にあなたのことを考えて時間をつぶそうとした矢先に来るだなんて、運命を感じますね。
運命以外にも思い当たるものがあります。確かデートのイロハを勉強した時に、このような状況を的確に表したマナーが書いてあったはずです。
恋人が待ち合わせの刻限に遅れてしまった場合、ムードを悪くしないための最適解の返答は……。
「私も今来たところですよ、マイ・プリンセス」
「いやキミ、ボクらと一緒にいたよね? 10分前行動だの口すっぱくしてたしさ」
「はぁぁぁああ……」
ジョウナさんのせいでムードぶち壊しです。祟り神です。これから幽冥界へ出発するために冗談の言いづらい緊張感があるとはいえ、ここまで融通が効かない人とは思いませんでした。
しかし可哀想に、きっと今までにリアルが充実したことがないために、空気を読む力が身につかなかったのでしょう。狂気に窶した経緯もなんとなく想像ついてきました。
「ねぇチビスケ、のじゃロリ子にボウヤ、この溜め息がクソ長い色ボケ吸血鬼わからせていいかな? もちろん勘違いしないでほしいけどリア充マウント取られてムカつくとかじゃなくて、組んだばかりでガッタガタのチームワークを改善するためなんだからさ、アホの一味じゃないキミ達なら納得してくれるよねぇ?」
(まぁまぁ。エリリオの初々しい尊さは今だけしか見れないんだからよしてよね)
「尊きものは護らねばならんのじゃ」
「自分はその手の話題は門外漢だ」
「ならしょうがないかなぁ〜」
怫然とした表情を解いては普段通りの嘘くさい笑みに戻ったジョウナさん。
一応他人の意見には素直に従う場合があるようですね。私も思わず一戦交える構えをとっていましたが、これなら思ったよりは内輪の争いが発生しなさそうです。
恋路を邪魔した相手にはいつでも喧嘩上等ですけど、パニラさんの顔を立ててそれはそれということにして。
「それで、エルマさんとボスさんの方は、受け入れてもらえたのでしょうか」
幽冥界へ出発する前にエリコへの頼み事の成果を聞かなくてはなりません。
「それがね、はじまりの街の人達はみんな受け入れてくれたよ! セラフィーさんが責任もって預かるって!」
「そうでしたか、それならば二人ともゆったりとした気分で暮らせますね。ありがとうございました」
「こんなご時世なんだし、一人でもたくさんの人が復興のために協力しなきゃだからね」
あなたという人は、思いついても踏み出せない思いやりを見せてくれる、人と人との架け橋です。
冒険者ギルド本部への旅路、一日二日では終わらないでしょうから、心残りを残さないようにエルマさんとボスさん二人をはじまりの街に預けるとエリコから提案され、同時に取り次ぎ役をも請け負ってくれました。
もし冒険者ギルドを滅ぼして平和を取り戻せたのなら、お二人には落ち着いた日常を過ごしてもらいたいですからね。
私たちは動乱を終わらせるための戦いを、二人には人々が暮らしやすい世界を作るための戦いを。敵を倒せる力が無くても他力本願は後味悪いでしょうから、出来る範囲で危険の少ない戦いを行わせることで街に馴染ませたかったのです。
「あなたにしか頼めない仕事でした。私が街に近づけば、お二人とも石を投げられてしまうでしょうから……」
「でもこれだけは安心して。はじまりの街にいる人達に、RIOを憎んでいる人は誰もいなかったよ」
「む、それは一体」
てっきり私こそがこの世界まるごと壊滅的な被害を齎した魔王だと誰もが蔑んでいたかと思い描いていましたが。
「本当なのですか、だって私は……」
「もぉ! 私がRIOに嘘言うわけないじゃん。街の人も気を遣ってるような感じじゃなかったし」
そうなのですね。
始まりも前回も、憎まれて当然の業を背負った私でしたが、それでも優しいままでいてくれる人がいたのですね。
最も安心したのは、エリコの口からそれを聞けたことです。
「みんなちゃんと真実を理解してる。悲しい魔王を生んだのは冒険者が元凶だって。冒険者さえ最初からいなかったら平和に暮らせていたことまで。もし敵になるなら抵抗するだろうけれども、RIOの戦いも応援していたよ」
「私も、ちゃんと慕われていたのですね」
「RIO……覚えておいて。目に見えないところにも、RIOの味方はいっぱいいるんだからね。だから今度は、RIOが直接二人のとこに会いに行ってもいいんだよ」
そうエリコはとびきりの柔和な笑顔を表してくれました。
エリコを通じてその話を聞けたおかげで、私にも大義という誇れるものが胸に灯ってきました。
私達のこれからやろうとしていることは、決して批難されるようなことではない。
エリコと共に、正しき戦いを興じられるだなんて、まるで夢みたいです。
「あぁエリコ、私の一生をあなたに頼らせて下さいっ」
「ぴっ! そんな急に抱きしめられると……グヘーン!」
どういう原理かエリコは興奮のあまり謎の輝かしいオーラを放っていました。
(尊い?)
「69点かなぁ。ちなみにこれ1000点満点ね」
(へっ、素直じゃないやつめ)
何故か私達以外が奇妙な友情を築いていました。
このままジョウナさんなどという朱に交わらない警戒色を穏やかな色に染め上げられれば完全に心残りが無くなるのですがね。
ひとまず私もエリコもこれで出発可能な状態です。
(それじゃ裏世界への入口を切り開くよ。入口はすぐ閉じちゃうから幽冥界の景色が見えたら走って入って)
パニラさんがインベントリから何やら尖った黒い石の破片のようなものを取り出し、何もない空間へ袈裟に斬りました。
「……開いた」
早い、しかも手軽に。次元が裂けた、と表現した方が良いのでしょうか。
中の景色は薄暗いようですが、こんないかにもな雰囲気、入っても良いですかね。
ドゥルさんが前へ出ました。
「まずは斥候の自分が入る。もし自分の悲鳴が聞こえたのなら即座にここに退いて入口を閉じてくれ」
(任せたよ。さあみんな遅れないで)
その文字と共に、みなさん躊躇せず次から次へと入っていきます。
私は……まだですね。この人を警戒しなければならないので。
「さあボクも楽しもうとしよう! ちゃんちゃら雑魚い魔物達とのストリートファイトだ! ボクより弱い奴に会いに行く!」
「それなら逃げ道は塞いでおきましょう」
ジョウナさんが万が一にも野心を表した際に力ずくで制止できるのは私だけです。
意気揚々としたジョウナさんに続いて、私が最後尾となって裂け目に入りました。
さてここが幽冥界、二酸化炭素の割合が増したような空気感に加え、まるで空に蓋でもされているかのように真っ暗な空が広がっている異様な世界でした。
おそらくここは平野でしょうが、同じような枯れ木ばかり生い茂っている殺風景さは彩りやユーモアが無い終末世界です。
「聞いていた通り、昼なんてない世界。ここをひたすら歩くのですか」
「すまない。歩くよりもまずやらなければならないことが増えてしまった」
「ですねドゥルさん。どうも彼らの縄張りを土足で踏み込んだ侵入者には厳しい住人達のようで」
幽冥界には現世から隔離されたエネミーが棲息すると聞いていましたが、これはこれは、聞いていた以上にバラエティに富んだラインナップですね。
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エネミー名:カースドレイクLv90
状態:正常
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エネミー名:アークエンゼルダストLv90
状態:正常
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エネミー名:エンシェントベアーLv90
状態:正常
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ゴツゴツした鉱石に覆われた四つん這いの大トカゲ、カラスよりも漆黒の翼が生えた人型の黒影、涎を溢れさせながら二足歩行で歩みよるヒグマによる三体が待ち構えていました。
「どう見てもこちらに敵意を向けている。撃退するぞ!」
私達の後方に退避したドゥルさんの指示によって、それぞれが武器を構えましたが、見る限り一名ほどは手ぶらですね。
もっとも、それは私のことなのですが。
魔王降臨イベントで新たに得た力を使うには、ここが丁度いい機会だと思いましたからね。
「あの熱気……誰から!? RIOっ! その魔法ってもしかして!」
エリコの考えは正解でしょう、あなたも慣れるまでさんざん味わったあのもしかしてです。
ものは一つ、試し撃ちと参りましょう。
「《マグマバード》」
魔王、どうやら進化の過程で消滅しただけでなく、私にいくつかの贈り物を遺していたようです。
じっくり進むか
さっさと本部に着くか




