協力者?&エリリオの秘密
こんなことあってたまりますか。
あのジョウナさんがパニラさんのアジトに、しかも足を伸ばして寛いでいるですって。
ここに来たということは、つまりパニラさんの復讐に加担するという証明。ですがよりによってあなたなんかが、本気だとしたら明日は槍でも降りそうです。
「殺人鬼……!」
「解せません、誰かに味方するような人物ではないあなたが、どういった風の吹き回しでこちらに加担しているのですか」
「いやーねー、なんだかねぇ、ボクにだって心境の変化ってやつが来たまでだよ」
「どの口が言いますか」
この獲物を吟味する野鳥のような鋭い目つきには警戒心が呼び覚まされます。なまじトップクラスの実力があるだけ厄介というもの。
聞けば魔王降臨イベントの際も、魔王陣営に属しながらも集会中に堂々と反逆を宣言したらしいです。
利益損害や正義感で動かず、雑魚を散らす爽快感だけで裏切りを重ねるようなシリアルキラー、心を許せるわけないでしょう。
「こんな人を味方にしたところでいずれ後ろから斬られるだけです。パニラさん、こんな人を戦力として使うつもりですか」
(冒険者ギルドを本気で潰すためには贅沢言ってられない。上澄みの上澄み相手に正面から対抗できる戦力がもう少し欲しかった)
「そういうことで、短い間だけど仲よくやろうよ〜」
短い間って、やっぱり不穏じゃないですか。
「……私達はね、どうしても許すことが出来ない人を懲らしめに行きたいからここに集まってきたわけだから。私達に同行してまで許せないってことなの?」
「エリコ!?」
あなたまで、こんな人のことなど真に受けるものではありません。
ジョウナさんと安心してコミュニケーションをとるためには、一度仕留めるなり動けなくさせるなりしてからでないと。
「うーん、そうだねぇ。ま、確かにそこにいる一瞬で勝てそうな烏合共に味方するくらいなら、死んだ方がマシだね」
そんな内心だろうと思ってましたが、そこまで言うほどですか。
「だったらなんで!」
「あのアホ極まったヤツらの手助けするようなことだけは、死んでもゴメンってわけさ」
ジョウナさんからの言葉には、人の神経を逆撫でするようなニュアンスが鳴りを潜めていました。
猟奇的な笑みを固定する表情筋はそのままながら、目だけは笑っていません。
宿るは怒りや憎しみ、パニラさんをはじめとする虐げられた人間の境遇を理解している目つきです。
「あなたも本気なのですね」
「ボクが本気になるかどうかは、ボク以外が本気かどうかにもよるけどね」
それでも当初と一切変わらず、言動に掴みどころがない人でした。
まだ少し信用が置けませんね。
仲間と呼べるまで飼いならすためには、尋常ならざる苦労がいるかもしれません。
それでもこの人の実力面は代えが効かないほどなのは承知しています。
こんな人のために苦労のリソースを割くのは癪ですが、一人でも多くの冒険者を始末し、エリコやパニラさんへの被弾を分散させるためにはうってつけでしょう。
「時にエリコ、あなたがジョウナさんに誠意で訴えかけるなんてよく出来ましたね。まるでこの人と以前会ったことがあるような感じでしたが」
「う、うぅん……会ったことがある……んだけど……」
む、どうにも歯切れ悪いようですが、やはり面識があるのですか。
しかしですね、この正反対の二人が遭遇するシチュエーションが想像できないのですが。
「あーそうだ! キミにいい脳破壊情報をどうしても伝えたかったんだった。そこのぐへっ娘モンスターのことなんだけどねぇ」
「ぐへっ!? それ私のコト!?」
「プチ・エリコ以外にいてたまるかい」
エリコが珍妙なあだ名をつけられてしまいました。
あのギルドの意味不明な通名センスよりは特徴を捉えているだけまだいい方ですが。
「ボクはねぇ、あのイベントのクライマックスの時にエリコとちょっくらエンカしてさぁ」
「そうだったのですか」
私のいない間という部分をずいぶん強調したような言い方が気になりますが、この情報は初耳です。
最後に私の元へたどり着いたことから、奮闘の末にジョウナさんを退けたのは確かだと思ってはいますが。脳破壊とは?
「ありゃもうタラシの才能が遺憾なく発揮されていたねぇ。特にボクへ語りかける時のつぶらな瞳には胸打たれたよ。あれで堕ちない女の子はいないってもんさ」
「なな、なんですって!? 妙な言い方しないで下さい!」
つい想像がよぎってしまいました。エリコともあろう人が私以外の女性に対して、しかもよく知らない人相手に、いいえ考えられません。
ですが、エリコのアーカイブは全て非公開になっているために目を通していないので、嘘とも言い切れないのも事実。
しかもジョウナさんの目つきは、嘘か本当か見抜けない曖昧さです。
「それにさぁ、そのあとも元冒険者11位のヒロイックな女の子と即席のコンビ組んで、友情パワーで困難を乗り越えたらしいじゃん。鬼の居ぬ間にってやつかな? キューティクルガールを誑し込むカリスマ性は大したもんだよ。もしかして今までもホイホイ誘惑してはつまみ食いしていたのかも、カモカモ〜」
「えっ!? エリコ! 私知りません! なぜそんな大事なことを私に話さなかったのですか!」
「RIO!? ちっ違うよ! こんなのデタラメだよ!」
ジョウナさんからすると単にからかいたいだけなのかもしれませんが、結果的にエリコが動転している辺りは黙ってはいられません。
「ちゃんと私の目を見て答えて下さい! そうまでしてでも隠したかったのですか!」
「いや、だってね、ほら、言うタイミングが無かったというか……」
どうしてそこで誤魔化そうとするのですか。
いつものように私一筋だとはっきり答えれば済む話でしょう。
その程度のことさえ言いよどむならば、あの空白部分で想像以上に恐ろしい事態が起こっていたということ。
「隠してるわけじゃなかったんだよ。だってりお、そゆこと話すと大げさに嫉妬しちゃうじゃん」
「だからといって! そうやって私に隠し事をするというやましい気持ちが困るんです! まさかあなた、配信していない時は必ず……」
「だから隠したかったわけじゃ……」
こうも頑固に隠したがるとは、そこまで私は信用されていないわけですか。そんなにも背徳感のある秘密を持ってしまったわけですか。誰しも大なり小なり隠し事はあるのでしょうが、その態度があんまりです。
ええまあジョウナさんにも伝わるようにエリコの魅力は逆らえないものがありますし、有名人でもあるエリコならば何もしなくても向こうから人が寄ってくるほどですが、流れに流されて鼻の下伸ばしているような不潔な行為、これこそ脳細胞が破壊されそうな気分になりますよ。
「アーハッハッハ! こりゃ面白い! でもまあしょうがないよねぇ。RIOみたいな情緒不安定で無駄にヘラってる恋人もっていれば、ちょっとしたことでも秘密にしたく……」
「隠し事隠し事ってそんなに悪いこと!? りおだって! 私が運動した後の匂いすごい嗅いでくるじゃん!」
「なっ!? いっ!?」
「アッハッハァ。マジで?」
い、いけません。私の密かな楽しみが知られているですって。気づかれていないと思い込んでいたのですが、いつからバレてしまったのでしょうか。
「毎週ダイエット手伝ってくれてる時にさ、いつもタオルで汗拭いてくれてるけど、りおの鼻息に毎回ビックリしてるんだから! 私、りおのために7000円のボディソープ使ってるくらい頑張って匂いの対策してるのに、汗臭いのが好きってこれじゃあただの変態だよ! 私じゃなかったらドン引きされてるよ!」
「いえこれは違うんです! あなたの健康管理のためであり私は決してそんなもので興奮してるわけではなくてですね」
嗚呼もうそろそろ誤魔化しに無理が生じてきました。
これはもう駄目です。確実にエリコに嫌われたでしょう。
墓穴があったら今すぐ飛び込みたいです。こんな下卑た人間を掘り起こさないで下さい。
「嗚呼……うぅ……私の人生おしまいです……」
「ふえっ!? そ……そうじゃないって! 泣かないで! だって私、嫌だとは言ってないからね。だって、気づかないフリしていた私も意地悪だったし」
「む、嫌ではないのですか、幻滅していないのですか?」
「うん、隠したかったけど言うね。私の匂いのために必死になってるところが発情期のワンちゃんみたいでかわいかったから、ぐへへぇ神様ありがとうございますって感謝してたんだ」
「かかかかわいいですって!? そこは包み隠して下さい!」
エリコの口からかわいいと言われました。私の変態そのものの行為でさえもかわいいと……。
今度こそは弁解不可能と絶望していましたが、むしろ好意的に受け入れられて災い転じてということわざ通りでした。
エリコは優しい人です。私の理想の世界ではもはやあなたしか信頼出来ません。
「でもごめん、ごめんねりお。もう隠し事なんかしないから許して。秘密にしてること全部話すから。寝る前にRIOのダメージボイス聴きながらだとよく眠れることも秘密にしないから」
「ええ。こちらこそ、ちょっとしたことなのに言い過ぎてしまいました。秘密を共有してこそ私達ですよね。いつかあなたとの結婚式には濁りのない黒いウエディングドレスをお揃いで着たいという願望も打ち明けますから」
「りおぉ……」
「エリコぉ……」
「ぐっへへぇ。りおわんちゃんくすぐったいよぉ」
エリコエリコエリコ、死にたいという気持ちも綺麗サッパリ無くなりました。万年雪も水に変える温かな抱擁、母性溢れる百合の花の匂い、また堪能できるだなんて幸せです。脳細胞も生き返ります。
……ところで何ですかこのすすり笑う声は。
「ぷっ! ごめん面白すぎでしょ……性癖えげつなさすぎるぷぷぷ……明日にはエリリオ博士になれそうだわこれ」
私としたことがジョウナさんが眺めていたことを忘れていました。
そういえば元はと言えばこの人がからかってこなければ恥をかくこともありませんでした。そうですね、この人さえいなければ。
「面白すぎたのならしょうがないですね。二度とからかえなくなるまで、この場を借りてあなたの大好きな勝負といたしましょうか」
「えぇヤッちゃうん? ぷくくっ……笑いすぎて酸欠で死にそうだから後にしてっぷひひぃっ!」
(お三方、そろそろいいかな)
多量の砂糖でも飲まされたみたいな表情をしたパニラさんが訴えかけていました。
ううむすみません、今回の主役そっちのけで脱線していましたが、共同戦線を作るのでした。
どうもパニラさん、冒険者ギルドを取り潰せる手はずがいよいよ完全に整ったそうです。