守りたい人の安否&正義に叛くため
最終章です
近々作品を畳むつもりなので、これだけはという突っ込み所があっても容赦下さい
再度ログインしても、魔王の残した爪痕は健在でした。
浸かった生き物に対し、形を失わされながら苦しみを味わい続けさせる赤い沼。
この世界の生存者は半分も残っていないと聞きました。
元より世界終末の引き金を引いたのは私、どうにでもなれと望んだのも私、無関係を装うわけにも参りません。
そのため私と手をとってくれた魔王に問い質す必要など以ての外ですが、完全体に進化する際に自我が溶けていなくなってしまったのでどのみちどうにもならないでしょう。
エリコの口づけを食らい、それ以降は精神的に落ち着けはしましたが、あの冒険者連中の人間がやったとは思えない悪行を思い返すほど煮えくり返るものが表出しそうになります。
ですが、その時の楽しみとして抑え込みましょう。今すべき事は怒りではありません。
「エルマちゃん無事かな……」
物憂つげなエリコの言葉に対し、何も答えられませんでした。
エルマさんが体を溶かされながら死を迎える想像が過ぎってしまえば、恐ろしさで思考が固まってしまいます。
「いいRIO、もしエルマちゃんがいなかったとしても、自分を責めたりしないで」
「分かってます」
「RIOはなにも悪くないから。どうせ責めるなら冒険者ギルドを責める方が心に健康だよ」
エリコのその言葉は決して死を冒涜するわけではなく、悲しみに打ちのめされて停滞しないため。
そもそもここに来たのも、決戦を迎える前に心残りを残さないようにするためなのです。
「やっぱり酷いことになってる……」
私の隣にいるエリコが口元を手で抑えながらそう言いました。
私が拠点に使っている古城が見る影もなく倒壊している状態を見てしまえば、そうなるでしょう。
何せ、エルマさんやボスさんといった人間も暮らしていたのですから、この有り様、赤い溶解液も覆い被さっているとなると無事であるかといった希望も抱けなくなります。
血臭探知も、溶解液による悪臭の前ではまるで機能してくれません。
「眷属達の姿も無いほどです。これでは運がよくても瓦礫の下、運が悪ければ……」
ううむ、どう想像しても無事な姿を映せませんね。
「そ、そんなことないよ! きっと無事だよ。ここにいないからって一足先に避難してるだけかもしれないし」
「そうは言われましても、あなただって内心結論付いているでしょう。用は済んだので足早に去るべきです」
「でも……」
もう諦めるしかないのです。
見渡す限りの赤い溶解液という地獄のような場所に逃げ場があるなど考えられません。
次にやるべきことも控えている以上は、目的に即している方を選ぶのが合理的思考。
「RIO、そっちは戻るのと違う方向……」
「分かっているなら手伝ってくれませんか」
そう簡単には合理的に徹せませんでした。
だってどう掻き消そうと気になるものでしょう。
悲劇を招いた責任もあるため、せめて瓦礫の下を掘り起こして遺体があるかだけでも確認するしかなく……。
「RIOっ! あっち見て! いるよ!」
「お姉さーん!」
「っ、エルマさん!」
瓦礫の山とは反対方向から、探していた人の声。
「お姉さんのからだ……無事で良かったよぉ……」
走り寄っては、私のドレスに抱きついていました。
「ええ、そちらこそ無事でしたか」
エルマさんが生きています、動いてます、
あなたでは避難が間に合わないと思い込んでましたが、成長しましたね。
「うん。でもみんな逃げ遅れてあの中で溶けていなくなっちゃったけど、お姉さんが帰ってこれただけでも嬉しい」
「やはり殆どが地獄の底でしたか」
他の眷属達の姿が無いのは、文字通りだった模様です。
正直あまり思い入れなんて感じない者達、元々死者を動かしているだけなのでこれでようやく行くべきところに逝けたと考えるべきでしょう。
ボスさんは、まあ地獄に堕ちても文句が出ないような経歴持ちなのでこちらからは特に言うことはありませんかと。
「RIO様ぁ〜俺のことも忘れないで下せぇ〜」
おや、正義に支配された世の中でもしぶとく生き延びていたボスさんの姿が近づいていました。
ライフル銃をまるで杖代わりに妙な歩き方をしなくても良いというのに。いえこれは。
「ボスさんはどうやら無事ではありませんでしたか」
「いんやいや、あんなおっかねぇことになりゃ、命があっただけ儲け物でっせぇ」
ボスさんの姿をよく見てみれば、右脚が綺麗さっぱり無くなっていました。
なるほど欠損していたから歩行もままならない状態でしたか。
おそらくあの溶解液に脚が浸かってしまったのでしょう。
やること全てが終わればボスさんには足を洗った生き方をさせて頂きたかったところでしたが、洗う足を一本失ったとあれば労力も半減しましたね。
「ふふっ……我ながら上手いブラックジョークを思いついてしまいました」
「ファッ……?」
「いえ何も」
取って食おうとするつもりなど無いというのにいつものように怯えられました。
そういえば彼は以前会った時よりも更にやせ細っており、しかも頭髪までもが以前と比べて薄くなっているような気もするので精神面そろそろ限界に近づいているのかもしれません。
それでも辛うじて生き延びてる辺りしぶとさだけは健在で何よりでしたが、これではもう狙撃手引退ですかね。まあこれ以上語ることも思いつかないのでこれで良しとしましょう。
「……でもほんとうに……ほんとうに良かった。わたしなんて何回ももうダメだと思って、いつ赤いのに当たって死んじゃうか分からなくて……」
本当に良かったとはこちらも同じことです。
エルマさんとこうしてお話できているだけで、安心感を覚えます。
「誰も予想だにしない事態の中でも、とてもよく頑張れましたね」
「わたしもこわかったけど、きっとお姉さんもどこかで同じ思いをしてそうだったから……だからもっとこわくって……」
「私……っ!」
エルマさん、私も同じ目に遭っていたと思っているのですか。
これらは全て私がやったことなのに。
私がこの世界に失望したからこそ、自ら引き金を引いたというのに。
他の人が思うほどのことなんかしていないどころか、あなたを死の危険に晒した張本人なのですよ。
「でもお姉さんに会えなくなる方がこわかったから、だからがんばれたけど、うぅ、怖かったよ、お姉さん……あれ、お姉さん?」
「いえ……それは……私は……」
「ダメえっ!」
正気に戻るような物理的な衝撃。
これは、エリコの抱擁、そこから伝わる甘えたくなる匂い。
私はエリコに抱きしめられたのですか。
あなたのその不安な表情だけで、私が危うい状態だったかが窺い知れます。
「RIOは悪くない、自分を責めることなんかしてない」
あぁ、こうして深く抱きしめ合うと、あなたがここに着いてきてくれて良かったと心底そう思います。
もしあなたがいなければ、恐らく心に空いた穴が塞がらなくなっていたでしょう。
自分を責めるなと言われても、終わった過去や犯した罪は永久に無くなりはしません。あの日からここまでずっとそうして生きてきた私には難しすぎることでした。
「もう大丈夫です。慰めてくれたおかげで立ち直れたような気分になりました」
「全然立ち直ってないじゃん! ほら、まだ泣いてるくせに……」
「あ……」
エルマさんに見られている手前、まだ強がっていなければならないのに、まだなのですか、まだ不安が晴れない状態なのですか。
こんな弱っているところを隠しきれないなんて、私ってば結局劣化してばかりです。
ただでさえ精神面では打たれ弱いのに、他人に優しく出来ても自分に対して優しさを向けられないままです。
ですけど。
「エリコだって、とっくに涙声になっているでしょう」
「これは嬉し涙っ! 私達三人が無事で会えたのが嬉しいのっ!」
「ああっもう、そこまで嬉しいのですか……嬉しいですよね」
エリコってば、私の胸の中で目から透明な血を溢れさせるなんて、素直というか何というか、表情や表現に信用が持てる人だと確認できますね。
希望を諦めかけてはいましたが、ここに戻ってみて正解だと思いました。
こんな心配なんてもうたくさんですが、この次の戦いを私達が制すれば、今後は無事だのと心配することも無くなりましょう。
冒険者などという危険に怯えなくてもいい平和、それで叶います。
エルマさんにも、幼い内に平和を体感させたいものです。
「お姉さん、また戦いに行かなきゃいけないの?」
弱った姿を見せたばかりだからでしょうか、ひどく不安げな声色で訊かれました。
この世界では殺し殺されが当たり前である常在戦場で過ごしてきた私には訊くまでもないことですが、今回は少し違いますかね。
「いいえ、戦いを終わらせに行きます」
「でも……お姉さんが傷ついて帰ってくるのはもう見たくないよ」
「ええまあ。傷つきやすい性格なのは自覚してますが、今回からは私の好きな人がずっと傍についていてくれますから」
「ぐへへっ」
そうです。私は一人ではなくなりました。
エリコが冒険者ギルドと決別して真の仲間になったからには、不安なこともありません。
「ではまた。良いニュースをお土産に持って帰ってきます」
「私は寂しくないから……遅くなってもいいから……頑張ってね!」
健気ですね。
誰に教えられたのかも分からないその強かな振る舞い、子供とさえ思えません。
この子のためにも、私達年長者がやり遂げなければ。
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(いらっしゃい。狭苦しいだけのアジトだけどゆっくりしていってね)
指定の場所、合成写真らしさしかない明らかに人為的に造られたほら穴に赴いてみれば、パニラさん直々の出迎えがありました。
今回私達が協力を申し出た相手こそ、パニラさん達の連盟です。
魔王降臨イベントの後、どうやら冒険者ギルド本部の正確な場所を特定したらしいので、情報と引き換えに彼女らに加担することに決めました。
元々私達も冒険者ギルドを滅亡させることが目的でしたし、双方の目的が一致しているため、下らない駆け引きをする間でもありませんでしたね。
この人を除けばですが。
「ちょ、RIO、こんなとこで剣取り出してどうしたの!?」
死の臭い。
数えきれないほどの人間を殺めてきた独特の激臭は、一呼吸するだけで分かってしまうものです。
特にあなたのような危険人物の前では、武器を掴んでなければ落ち着けません。
「招かれざる客ですね」
「いきなり酷すぎる言われようだねぇ。ボクはここのリーダーから正式に招かれたってのにさぁ」
ジョウナさんが何故ここに。
リオリスエリコイル
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