RIO救出作戦
商人になったり剣豪になったりしてたら遅れました
『ぎゃあああ視聴遅刻したらとんでもねぇことになってらああああ』
『なんだかいよいよストーリー終盤って感じの光景だな』
『BWO世界の地球がほんの少し目を離すだけで死の星に変貌しているのが信じられん』
『これも他ならぬ冒険者ならぬ傍観者のせいで……』
『ぐへれねぇよ……収束させてまたぐへぐへしてくれよ……』
迷いとか葛藤が吹っ切れてからはとにかく迅速だ。
私達四人は安全地帯なんかない街の中を全速力で駆け抜け、ヘドロの塊で破壊されている門をくぐり抜け、赤い霧が立ち込めるほど汚染された草原地帯を走る。
止まっている暇はどこにもない、全ては一刻も早く魔王に近づくため。
「来るぞ! 右に走れ!」
すぐそこまで迫り落ちてくる天災を察知したドゥルさんの指示。
あれだけは食らったらゲームオーバーだから、着弾地点を予想出来たら方向転換してでも逃げることだけに専念する。
「もう一発来るか……メーヤ!」
「おうともなのじゃ!」
もし避けきれないと判断されたら、メーヤさんが盾スキルのバリアで防ぎ返す。
見て分かる通り、そうとう防壁としての経験を積んできたタンク役なのが衝撃音で伝わってくる。
「全員無事か。どうだ、メーヤはあと何発防げそうか」
「いくらでもどんと来いなのじゃあッ!」
「よし、それじゃあまた走るぞ!」
頼もしいにもほどがある連盟の人達……。
私を魔王へ送り届けるため、ただそれだけを使命に一挙一動を全力でやり遂げている。
久しぶりに誠実なプレイヤーっていう人に出会えた気がするほどだよ。
(ほんと途方も無い大物がお出ましになったね。アレを放置するだけ復讐どころじゃなくなる)
そうだよね、全部壊されるということはつまり、人の数ほどあるどんな思いも全部無かったことにされちゃう。
パニラさんの復讐心も、もみくちゃに無かったことにされたら目覚めが悪くなりそうだよ。
(うーむ、駄目だねこれは、この道は直に進めなくなってるけど、迂回している時間も惜しい)
進路の先には、赤いヘドロが川のように広がっていた。
これは、いよいよもって進退窮まったかもしれない。
だと思ってたら、目の前の道をパニラさんが観察した直後、消防車に繋がっているホースのような長いものを取り出しては、勢いよく放水する。
「うひゃっ!」
な、何この機械の威力、放水の勢いによる反動がこっちにも来たような錯覚もした。
(汚物は洗浄だぜー!)
勢いに乗って本人もテンションマックス。
その泡立った水が赤いヘドロに注がれるほど、どんどん色が透き通っていって、真水と変わらないくらいのサラサラした池になっていた。
「ほんとに洗浄されてる……」
(こういう不利な地形を広げてくる敵とは死ぬほど遭遇した。対策はバッチリだよ)
なるほどぉ、本当にBWO界の青い猫型ロボットと呼びたくなるのも納得。
指先で触ってみたけど何ともない、金魚も住めそうな水たまりだった。
「すごい、これならいくらヘドロを浴びても平気そう! もしこの機械が量産出来たら、きっと世界中を復興出来るはずだよ!」
(でも戻らない命もある)
「あっ……」
綺麗になっただけしゃなくて、ブクブク泡立ってるものも、小さく聞こえていた悲鳴もさっぱり洗い流されて無くなっている。
何人もの命が一体にされたのか考えたくもないヘドロを洗浄するということは、そういうことだ。
たとえ鎮魂のためになるとしても、気が進まなくなるのは分かるかも。
(やっぱ湿っぽいのはナシで、のんびり話し込んだら置いていかれるよ)
気を取り直したかのように水たまりを猛スピードで突き進んでいた。
そう、私達のやることは決して間違いじゃない。
こういう時に足が止まる一番の原因は体力切れじゃなくて、正しいと思うのをやめることだからね。
「また来るぞ! 避けろ!」
「わわわ! いつの間にこっちに! 今のは本気で危なかったよぉ」
(攻撃がまた一段と激しくなってきてる。ここからはどっちが早いかだね)
あの魔王にまだ上があったなんて、急がないとサービス終了まっしぐらだ。
でもその分こっちだってかなり近づけているよ。
私一人じゃ多分途中でやられてたけど、パニラさん達と協力したおかげ。
ゴブリン達がてんてこ舞いになっている姿に焦燥感掻き立てられながら、所々が赤いヘドロで覆われた森を突破した後に、ようやく着いた。
「……人知を超えてる画家がデザインするような見た目だな……」
ドゥルさんが見上げながら呟く。
でもこの位置からだと、鎖で縛られて閉じられてるドレスしか見えないけれども。
「ほむ、魔王の周囲……だいたい半径1キロ以内は殆ど汚染されとらんのぅ」
メーヤさんが一瞥したのは、周囲の地面。
確かにここら辺は赤い沼がないのが異様だけど、自分も被弾しないためなのかな。
あのエネミーも私達の方を狙って迎撃してくるような素振りは見せないし、気づいて無いはずが無いんだけど。
だったら丁度いい。攻撃範囲の内側に近づけたってことだ。
(あの鎖から登ってくしかないね)
パニラさんが、地面からいくつか垂直に伸びている鎖の一つを指差して口をパクパクと動かした。
「じゃあ行ってくるね。魔王を鎮めるところ、そこで目を離さないで見てて!」
(どんと行ってきなされ、私達の英雄。そのために聖銀の針矢を投資したのさ)
英雄……私はここまで英雄になりそこなってばかりで、仲間だと思っていたプレイヤー達から弾圧されてばかりだったから、そう呼んでもらえてると何だかくすぐったくなる。
さてパニラさん達の役目は私とは別、鎖には登らないで弾力性抜群のトランポリンみたいなものを広げて、私が手を滑らせたりして落ちた時の対策をしている。
後ろの備えは万全だね。
『さてこっからが佳境だ。頼んだぞ長女!』
『囚われプリンセスのRIO様をお助けしてくれぇ!』
『鬱百合回を打破せよ!』
『またキスして?』
『キミがRIOの救いになれるか見届けてあげようじゃないか』
リスナーの人も固唾を呑んで見守ってくれている。
横の激励も万全だ、これで憂い無く進むべき方向だけを見ていられる。
「待っててねRIO! そして聖銀の針矢、もう一回私にチャンスをお願い!」
最後の希望に決意を込めて、広大な瓦礫の山と化している魔王城を通り、鎖の一つを握ってみる。
ちゃんと鉄製らしく頑丈、魔法的な何かも付与されていない触ってもいい物質。
でも鎖の一つ一つが私の背丈よりも断然巨大で、足場の幅もうちのベランダくらいはありそう。
「たあっ!」
よじ登っていると日が昇りそうだから、アスレチックのように鎖を掴んで支点にしつつ跳ぶ。
「とおっ!」
一個上の鎖に足をつけられたら、その上の鎖同士が絡んでいるところまで効率よく跳ぶの繰り返し。
「ふぃ、思ったよりジャンプ力が出ない……」
デスペナもあるからだろうけど、踏ん張って跳んでもギリギリで手が届くかのライン。
少しでも集中力が欠けたらつるっと真っ逆さまになりそう。
だから身を守れなくなるリスクはあるけど、武器や盾にアクセサリーをインベントリにしまい、なるべく身軽になってからまた跳んだ。
「たっ! たたっ! うへぇ、あとどのくらいなのかな……」
そこからはトントン拍子で進んでだいぶ登れて、肩の疲労も出てきたから小休憩。
目に髪がかかるほど突風も強くなっているし、かなり高いところまで来たんじゃないかな。
『RIO様まであと半分か』
『いやRIO様と再会のキスまであと半分か』
『↑何故言い直したし』
『魔王もまだ気づいていないっぽいし、慎重にな』
みんなが私の成功を確信している。
だからなのかコメントだっていつもの時と同じ雰囲気へと帰結してきている。
元気が出てきた、ここで休憩おしまい!
「応援するみんなのためにも、へこたれてる場合じゃないよね。いぎっ!?」
完全に気が抜けてた、急にバスケットボールをぶつけられたかのような攻撃が来ていた。
鎖を遮蔽物代わりにして間一髪防いだけど、むしろ鎖の足場がグラグラ揺れてバランス崩しそうな方が危ない。
「うっそ! こんなところにまで敵が湧いてるの!? うぐっああっ!」
今度は肌も裂けるほど鋭い雹の嵐に襲われた。
やっぱり敵がいる、それも二体。
この攻撃魔法二種は別々の方向から襲撃してきたから、空を自由に飛べるタイプのエネミーが撃ってきたから。
でもそこに飛び交う二つの影にはすっごく見覚え……。
【ハハハハ! オレの相手はコイツか!】
【私の魔力は、お前にとって大きな力となるだろう】
まさかこれ、RIOの使い魔のフラインとヴァンパなの。
私に向けて魔法弾を放って攻撃してきているんだけど、私を敵だと認識しているってコト?
「なんでぇ! 私だよ、エリコだよ! もしかして魔王に操られてるの!? うわあっ!」
ヤバいっ、HPが削られるのはもちろん、これ以上攻撃の勢いでノックバックされたら落ちる。
あっやっちゃった、足がすべって。
「っああ! ピンチぃ……もう死にそおっ!」
危うく落っこちそうになったところで鎖に掴まって宙づりで留められたけど、映画みたいな崖っぷちな状況は心臓バクバク。
というかダークボール一発受けたら手を離しちゃう。
ダメ……これは心が折れそう。命綱なしって事実のせいで体中の汗が凄いことになってる。
装備もしまっちゃったし、無防備で耐えられるわけがない。
それでもさ、為す術が無くならない内は持ってる手段全部試し尽くしたいんだよね。
「ごめんねフラインとヴァンパ! だって私はRIOの彼女になる人だから、どんな相手だろうと倒してでもRIOを助けに行くんだから! 《破壊の魔法……」
この切り札で凌ぐしかない。
いやでもまた心臓発作を起こしちゃうかもだけど、RIOのメンタルが弱い分は、私がメンタル強くして恐れを取り除くまで。
「怖いことなんてないっ! プリンセスゥ……」
「そう! それでこそあなたは世界最高の英雄! でも自分が死ぬ必要までは考えないで頂戴。こいつは私が引き受ける!」
「えっ誰!?」
純白の翼が三対六枚になって羽ばたいていて、聖なるローブを纏っているこの人は、話だけなら聞いたことがある。
今回のイベントで南門を防衛する部隊を指揮していた。
「Sランク11位の……セラフィーさん!」
「そのランクや順位で私を呼ぶのはお断りしたいわね。なにせ今の私はただの根無し草、あなたが決起した時、他の誰でもない自分の意思でそうなろうと決めたことだから」
それはつまり、冒険者の名を捨てたということ。冒険者ギルドじゃなくて私を選んだということでもあるんだ。
11位の人が私を助けてくれたのは心強い、奮い立つ。
何よりも、私は見捨てられていなかったというのが決定的な後押しになる。
「決して忘れないで! あなたを慕うリスナーは、あなたが想像する以上に多いということを! プチ・エリコの正しきを貫く志は独りよがりじゃない!」
セラフィーさんは鎖の上に降り立ち、右手は私を引っ張りあげ、左手でヘルブレイズバインドなる魔法を発動。
炎の茨が伸びでフラインとヴァンパに巻きつけて動きを止めた。
「今のうちに行って! あなただけにしか救えない人を救いに! 最後にこれは私からのプレゼント!」
そう言った直後に魔法を唱えると、私の体に淡い光のオーラが纏わりついてゆく。
それに包まれると不思議と体が軽くなっていって……これは不思議なんかじゃなくて攻撃力に防御力、速度まで見違えるほどのバフがかけられたからだ。
いける、これならデスペナ無しの時よりも動けそう。
「ありがとう! でも困った時はお互い様だし、セラフィーさんにお世話になってばかりなのはみっともない、《破壊の魔法・桜の姫君》!」
バフが体に馴染んだら、すかさず切り札を発動した。
この高まったステータスなら、ブレイクマジックを豪快な使い方が出来そうだからとの計算あってこそ。
「そん……な……この技の死のリスクを考えているの! ってこの様子だと気にするわけないわね」
「引っ張れええええ! るおおおおおおお!」
この頑丈な桜で作られた巨人を操作して、高速で鎖を綱引きしてゆく。
引っ張る相手がデカくてもお構いなし。
引っ張って引っ張って、時間制限が来るまでに本体の方をこっちへと引きずりこみつつ、垂直な鎖を走りやすい傾斜にさせる。
あと5秒くらいかな。
「りおだいすきいいいいい!」
遺言になっても恥ずかしくない、リスクが恐くなくなる私専用の呪文を発動!
プリンセスチェリーはそこで固定させ、鎖の上を走って登る。
引っ張られるあまり斜めった魔王の目の前に来たら、そのドレスの上に飛び移って、聖銀の針矢を準備。
RIOの位置を探り当てたら、これをぶっ刺して救出するよ。
「りおっ! プチ・エリコが来たよ! 一緒に帰ろ!」
大声で呼びかけて伝えれば、RIOも私に気づいてくれるはず。
ここまで来れた、RIOはきっとすぐ近くにいる。
この魔王の内側にいるのか、それともこの魔王自体がRIOなのか分からないけど、ゼッタイに言葉を返してくれる。
【誰かそこにいるのですか……】
この呼び声、RIO!