RIOを止めたい&RIOの救い
パニラさんから事の経緯を聞き終わった。
(RIO様は先に魔王陣営を潰すと決めていた。だから魔王への対抗手段がRIO様以外の手に渡らないようにしたかったけど、不測の事態一つで何がどう転がるか分からないね)
本人が言うからには、潜伏しながら情報収集をしている最中、必殺のアイテム聖銀の針矢を得体のしれない人から高額で買い取った商人を王都の闇市で見かけたのが始まり。
その裏も取れてない話をすぐさまチャンスと判断する嗅覚は、商売人の面目躍如っていうところなのかな。
当然、買い取ればその非力な商人が魔王から身を護る術が無くなるから交渉は平行線だったみたいだけど、パニラさんが聖銀の針矢の所持のことを周りにバラすと脅迫……もとい争奪戦を示唆したおかげで、代わりの護身になる武器防具と物々交換が成立したとか。
『でもエリコが言った全部で三本のセイクリッドダーツってのは、一本目はエリコ、二本目は早まってエリコにぶん投げたやつ……』
『あのPNじゃ序列トップの冒険者だな。だが三本目の持ち主は消去法で冒険者ギルドの関係者に行き当たる』
『おやぁ? なんだか一人に絞れてきたぞ』
『寝られない元帥どうせあいつ黒幕やろ』
『掲示板じゃいい人感出してるけど黒い噂絶えないやつだしな』
なんか元帥さんの事が急激に信用出来なくなってきたんだけど。
何でそんな大事なアイテムが闇市なんかに流れてるのさ。面白がってイベントを引っ掻き回したい目論見でもあるの?
(プチ・エリコ氏、怒るようなことでもあった?)
「ふぇ? ううん何でも……」
猜疑心が顔に出るほどだったみたい。
でも本部に戻れなくなったんじゃ問いただすことも出来ないし、今すべきことは託された聖銀の針矢を刺しに行くのみ。
でも三本中二本をこうして私が使うことになるなんて、魔王降臨イベントである意味一番恵まれたプレイヤーになっちゃったのかな。
一時は人間辞めて魔王になるっていう貴重な体験もしたし。
(ついでにその鎮めて欲しい魔王だけど、もしRIO様も道連れになるとしても聖銀の針矢刺せそう?)
「RIOっ!! なんだね。やっぱり」
(堂々と名乗ってるし多少はね)
戸惑い半分驚き少々。
魔王の城との位置関係的にRIOが一枚噛んでいるとは薄々思っていたから、少しは心の準備は出来ていた。
『RIO様側からの視聴者情報が続々と入ってきてるぜ』
『どうもRIO様がエリコみたいに魔王化しただけじゃなくて、押しちゃダメそうな進化先をポチっとしちまったから完全体になったんだと』
『RIO様からの画面は真っ暗、しかも音が響かないサイレントモード。なのに配信中のまんまだから不気味なことこの上無い』
『分からないことだらけ、続報待ちか……』
ううっ、情報に確実性が無いけど、どのみちやるしかないのかな。
だとしても、RIOの真意がどうなのか聞かないと。私がやられてRIOを一人にさせちゃってからこんな一大事が起こったようなものだし。
「斥候のドゥルが何か見つけたようなのじゃ!」
パニラさんの仲間の盾使いの人が大急ぎでこっちに走ってくる。あくまでも私達の方向ではなく正面をむいて盾を構えたまま。
あまりにも剣呑な雰囲気で、私までつられて盾を構えていた。
「……のじゃあ!? 二人共早くここから離れよ! ジョウナがこっちに迫っておるらしいぞい!」
(ジョウナ!)
「ジョウナ!?」
『ジョウナ!』
『ジョナさん!』
『勘弁してくれジョウナ!』
『前門のRIO様後門のジョウナ』
『下手な冒険者よりも遭遇しちゃアカンやつぅ……』
わわわどうしよう、今から走って逃げるにしてもドロドロの塊にも気を配らなくちゃいけないし。
(そんな時のための囮が私達だから、行って)
判断の早さは戦いのプロだ、だけど自分を犠牲にする判断が早くても物悲しいだけだよ。
私が不甲斐ないせいでパニラさんの連盟を囮にさせるのは、矜持が汚れるし無情で嫌だ。
「一緒に走ろ! 東門か西門に迂回して行けばきっと……」
「雑魚が三名、こんな状況で生きてるあたりただ者じゃなさそうだ……おっとこれは、吸血鬼様のお妃様であそばれますかぁ! ビックリ!」
「くっ!」
遅かった、それと速すぎる。だって瞬きしたら視界内にいたんだもん。
こっちを護る体勢で身構えていた盾役の女の子をすり抜けてさ、その子もうマークが追いつけなかったあまり驚愕してるよ。
この悠然と歩きながらの獲物を品定めするような目と猟奇的な笑い方は、人参を短冊切りするように気軽に殺せるつもりだ。
私の実力じゃいくら工夫しても勝てない。
でも始まってもいないのに終われない。
「そこを通して」
(プチ・エリコ氏!?!? そんな無謀な!)
私が打って出た手段は、対話だ。
相手が快楽殺人鬼と呼ばれるほど危険な人だとしても、ちゃんと私と同じプレイヤーの一人だと信用する。
熊と同じ、理性が働いてなさそうだからといってこっちも理性を投げ打ったところで、血みどろの傷つけ合いだけが巻き起こるから。
「悪いけど、そっちの遊びに付き合っている暇はないから」
私を裏切り者に指定した冒険者じゃないなら、真摯に頼み込めば分かってもらえる見込みは絶対にある。
この極限状態、自棄にならないだけの心を強く保たないとやる前から負けだ。
「ふーん。じゃあ通したとして、キミは何をしに行く気なんだい」
よし、話に耳を貸した。
だからもっと真摯に、相手の目を見て、決意を伝えるように。
「魔王になって暴走してるRIOを止めに行く。この聖銀の針矢を突き刺して終わらせる」
「アハハ、こりゃどの世界の勇者よりも勇気あることをしに行くもんだねぇ」
気の違ったピエロがしそうな笑い声、強さに自信がある人ほど逆なでされるし、逆に弱い人ほど恐慌する。
そんな人を見定める特技みたいな真似をされると、私の場合恐慌しそうな部類だ。
でも会話のキャッチボールが続けられているなら……。
「動くなジョウナ! 我々の要人に手を出した瞬間、お前の心臓に穴が開く!」
やばい、ドゥルさん来ちゃダメ。
この人の実力じゃチープな脅迫なんか通用しない。
「ボクはキミとはお話してないね。《第二十三楽章・国死砲子守唄》」
「なっ!?」
ドゥルさんがやられる。
剣先からは岩も削り切りそうなほどの極太のビームが放たれて、えっ。
「狙いが逸れた……あの溶解弾に偶然救われたか……?」
「そうそう、キミらがあの魔王をどうにかしようが自由だけど、その前に本質的な質問をしたくってねぇ」
ドゥルさんじゃなくて、上方向にビームを撃っていた。
見上げると、私達に向かって襲来していた赤い塊を打ち返したみたい?
「エリコ、キミが聖銀の針矢を刺してRIOを止めるのは、一体何のためなんだい?」
そう全くそのとおりに本質を突く質問だった。
でも、即答で返せるよ。
「RIOのために決まってるじゃない!」
「RIOのためかい……へぇ、街を守るためとか撮れ高を稼ぐとかじゃなく、愛しのお相手のためと……ほぉほぉ、キミも殊の外一途で驚かせてくれるなぁ……」
「さっきから何が言いたいの、いちいちRIOのこと知ったふうな口効かないで」
「そっちこそ、RIOとツーカーだからって何でもかんでも知った気になってんじゃない?」
「えっ!?」
こっちは真摯に対応したつもりだったし、向こうは戯けていると思っていたけど、むしろ真摯なのは相手の方だと思い知らされた。
だから、機関銃のように出てきていた言葉が詰まる。
「今のRIOはね、ようやく自分を押し込める殻を破れたんだ。自分が嫌いで自分を呪うしか出来なかったあのRIOが、こうして初めて自分以外の全てに呪いを向けている。このわがまま放題な行動がRIOにとってどれだけ大きな進歩か、考えられるかい?」
「自分以外を、呪う……?」
RIOがああなってるのは、RIO自身の意思ということ。むぐぐっ。
「RIOはそんなことしない! この世界を呪うなんて望むわけがない!」
「ほら認識バイアス、キミはRIOの内面を強く見すぎさ」
……私、そんなにRIOを正確に見えてなかったの? 分かっていたつもりだったんだけどなぁ。
でも私よりも断然真摯なこの人の言葉には、RIOを愛してるからと自惚れていた自分の心に少し胸打たれているのも事実。
RIOは配信中でもメンタルが弱いところが度々あるし、もしかしたらって気持ちが見え隠れし始めてくる。
「ボクはねぇ、RIOのためにRIOの意思を尊重して、そっとしておくことに決めたのさ。善も悪も関係無いバケモノになって、やりたいことだけを自由にやるなら、それで良いじゃん。特にキミみたいに『RIOのため』を宣うならさ」
「それで良い……放っておくことがRIOのため……かな……」
「この気色悪いヘドロ攻撃も、何てことは無くきっかけが目的に繋がっているだけさ。けどまあ、よっぽどキツいきっかけでもあったんだろうねぇ」
なんだろう。
私自身、自分のことなんて軽視していたから聖銀の針矢に刺されてもすぐ立ち直れたけど、いやだからこそだ、RIOの目線になって考えたことなかった。
ずっと一緒って約束したのに、急に私がいなくなるとつらいよね。
そうなった途端に何かRIOにとって凄く嫌なことがあったならさ、誰が相手でもいいから恨みたい気持ちにもなるよね。
魔王になったあのRIOは苦しんでいるわけじゃなくて、嫌だったことをぶつけられて嬉しかったりするのかな。
「キミにはキミの立場がある以上、止めるまではしないけど、一つ重要な忠告をしよう。もしRIOを止めたいなら、同時にそれ以上の救いになる道を示すことだね」
「それって……」
「自分が恩人気取りたいだけの独善が誰にも正しいと思い込んで、脳死で救うだけ救って何もしてあげないんじゃ、それは正義教狂信者の冒険者共と同類だ」
ジョウナさんの口ぶりは、いつも人を小馬鹿にしたものとは打って変わって怒り骨髄に徹した気持ちが込められているみたいだった。
そこでジョウナさんは瞬く間に姿を消していた。
そっとしておくの決め事は間違いないんだと思う。
「りお……」
私、どうすればいいのかな。
(プチ・エリコ氏! ジョウナに誑かされちゃアウト)
もしこれがRIOが自分で決めた楽になる選択だとしたら、私のやろうとしていることはRIOを不自由に逆戻りさせるだけ。
街の人にリスナーの人、パニラさん達のためを思うなら刺すのが正解なんだろうけど、でも私はRIOの唯一人の彼女になる人だから、ジョウナさんと同じように陰から応援するのがRIOにとっての幸せなのかな。
「パニラ! プチ・エリコの様子はどうなっている!」
(よく分からない。ジョウナから妙なこと吹き込まれたのかも)
RIO、そう思うとなんだか楽しそう。
あそこまで生き生きとしたRIOなんて見たことがないし。
「うん、りおっ、発散出来るなら好きなだけやっていいんだよ。こんな聖銀の針矢、使われないように捨ててあげるから」
(タンマタンマ! 正気っ正気っ!! それだけは思いとどまって!)
えへへ、無性に生真面目で大人びているRIOが、小さな子供のように嫌なことを我慢しないで暴れているところを見ると、笑えた、思いが報われたように涙も出た。
RIOが今も放物線状の軌道で降らせている、意識を固形しながら人を溶かす物騒な塊。
遠目からなら流星群みたいに上品で綺麗、これからこの世界がRIOが注ぐ真っ赤な絵の具に濡れてふやけるなんて思えないくらい。
でもあの塊、飛んでいった方向がちょっと気がかり。
あそこの着地点は確か、計算してみるとRIO一派が拠点にしている古城があったはず。
「……エルマちゃんが危ない!」
あの戦いの記憶が一瞬にして蘇る。
RIOが私を天秤にしてまで守りたかった人の顔がよぎる。
「RIOっ! これほんとにRIOがしたかったことなの!」
そうだよ、良いわけがないよ。
エルマちゃんにまで危害を加えようとしているこの攻撃。
私は強いからいい、でもエルマちゃんはRIOに守られるしかないんだよ。
「こんなのRIOの意思じゃない……」
いくらRIOがこの世界に絶望したとしても、RIOだけを頼みの綱にする人も壊すほど価値観を見失ったりしないはず。
あのときの私みたいに、仲間だと信じ込んでいた冒険者の魔力でエルマちゃんを手にかけようとしていた状況と同じように、きっと誰かのせいで良いように利用されているだけなんだ。
頭の中で絡まっていた糸を繋げられた。
(頼み事やれそう?)
「心配かけてごめんね、でももう迷わない!」
(その意気やよし。足場が溶かされる前に全速力で行くよ)
RIOの暴走を止める。
そして今度は私がエルマちゃんとRIOを助ける番。
この決意は誰にも譲らない、揺さぶらせない。
RIOも聖銀の針矢で解き放ってくれる人を待っているとしたら、信頼する人を待ちたいだろうからさ。
ずっと一緒の約束、二度と破らないようにしないとね。私だけの君主様。
※補足
セイクリッドダーツの情報が各所に漏れてはいますが、本数までは漏洩してはいません。
何ならこんなチートアイテム一本だけしかないだろうという空気が寝られない元帥の手で形成されていたりしました。
全ては二本目の矢を確実に決めるためです。




