王都壊滅&地獄の底で見つけた最後のチャンス
今聞こえた悲鳴、RIO!
『エリコ早まるな!』
『まだデスペナ最中の体で無茶な!』
『まずはRIO様と連絡取って』
『冒険者連中の住所特定してからだ』
『↑ほんとそうしろ! あいつらワールドニュース使って一線越えやがって』
心が痛くなる絶叫と聞いたことのない爆音が聞こえたから、リスポーンしたばかりの身だけど急いで王都の教会から外に飛び出してみたけど、何コレ。
「ここ、ほんとに王都なんだよね……?」
私はあの後確かに王都にリスポーンしたはずだけど、これじゃあグロ系ダンジョンで目が覚めたみたいだ。
見慣れた王都の街並みはどこを向いても見当たらず、すれ違えば必ず「こんにちは」と挨拶している人達も姿を消している。
その代わりのように、大怪獣にでも倒壊させられたような建物の残骸には、血溜まりのような赤いヘドロが覆い被さっていたのが異様でしかない。
人の悲鳴やうめき声が色んな方向から飛んできて、硫黄を百倍腐らせたような悪臭が鼻も精神も壊しにかかってくる。
『The・地獄絵図』
『あの気持ち悪い赤いやつ絶対触りたくない……』
『赤い霧もかかってきてるし、いよいよヤバさがエスカレートしてきてるな』
『ビッチャンビッチャン何が落ちてる音だ? 十メートル級スライムの死骸を投げつけたような』
『おっまた画面揺れた。何かでかいものが近くに落ちた揺れだな』
なんかもう色々末期。
この謎の災害はますます酷くなるだろうし、いっそ原因を突き止めるとしたら……空だ。
ぽつぽつ星が出てきている空を見上げると、今も隕石みたいに無数に降り注いでいる赤黒い塊。
ただ降らせている原因は天候じゃなくて、魔王の城の位置の真上で第二のお月様のように浮かんでいる未確認飛行物体の仕業。
王都をこんなことに出来るものといったら、あれが原因で間違いないんじゃないかな。
「どうしようみんな、恐いよぉ……気持ち悪くて吐きそうだよぉ……」
確かめたいことのために魔王の城にもう一回行きたいけれど、まずこの全面危険地帯の王都を脱出出来る自信がない。
それだけならまだしも、どこを向いても悲鳴もうめき声も一向に止まないし、私が苦手なパンデミック系のホラーゲームの都市に迷い込んだみたいで、リスナーの人に弱音を我慢出来なかった。
でもRIOを見捨てて先に投げ出すわけにはいかない。
それが、私が残り続けるただ一つの理由。
「とにかくRIOっ! まずRIOを迎えに行かないと!」
「ついにやりやがったなエリコてめぇ!」
このゲーム限定で聞き覚えのある声。
いい思い出はあまり無いけど、やっと知ってる生存者を見つけられて心強い気分になるよ。
「サンガリングさん! きゃあっ!」
いきなり敵意むき出しで斧で私の頭をかち割りにきたから、HPが一気に削られる。
「ちょっと! 何するの!」
「よくも……よくもまあ魔王に堕落してくれたなぁ、こんの裏切り者がよおおっ!」
「魔王……っ違うのこれは、うあっ!」
またしても斧を振り回して攻撃してくる。
今度は盾で防御出来たけど、サンガリングさんはまだ私にその斧を向けていた。
「てめぇのせいだ……てめぇが魔王になったせいで、せっかく冒険者の物になった王都がメチャクチャになってんだ! 頭の方の病院送りにしてやらぁ!」
魔王になったせいって、あのワールドニュースのことだ。
やっぱりプレイヤー全員に知れ渡っている。
こんなの聞かされたら怒り心頭にもなるよ。
だけど王都がこうなっているのは私のせいじゃない、むしろこの惨状を聞きたいのは私の方だ。
「お願い聞いてっ! サンガリングさんの言うとおりだけど、魔王にはなっちゃったのは間違ってないけど、でもそれとこれとは違くて……!」
確かに私は魔王になってはいた。
でも、突然聖銀の針矢に刺さった強制送還された後は元のコスチュームに戻ってたし、種族も綺麗サッパリ人間に戻っていたから向こうの早合点だ。
それでも、伝えようとしても、斧の猛攻が止まらない。
「痛っ! もうやめて! 冷静になってよ! 今私達が争ってる場合じゃないでしょ!」
「裏切り者の分際で偉そうなやつだなぁ! どうせ今までも俺が恥かいてるのを見て陰で笑ってたんだろうが!」
駄目だ、聞く耳を持ってくれない。
内容に嘘なんて書かれてないけど、この人は事実の先を知らないから。
この人に限ったことじゃなくて、多分どの冒険者も私を見つけ次第始末しに来るかもしれない。
「大体てめぇは、いっつも俺達冒険者の足引っ張ってばかりだったっけかぁ。どうりで恩を仇で返せるわけだなぁ。正義を信じない薄汚い敵だったのは安心したぜッ!」
「ぐっ! 違うの……私は敵じゃない……」
HPの減りが思った以上に早い。
このままじゃサンガリングさんを説き伏せることが出来なさそう。それだけワールドニュースの情報は絶対的なんだ。
体は人間に戻ったのに、プチ・エリコは魔王のまま。
デスペナが無かったらこの攻撃も全部防げたのに……私ってやっぱりまた冒険者に殺されきゃいけないのかな。
諦めかけていた時、サンガリングさんの丁度真上が暗くなっていた。
あの塊が降ってくる!
「こんな極悪人のサイコだったんなら、最初から冒険者にさせてなけりゃあ!」
「上、上っ! 逃げて!」
「上? ばふぁっ!」
私の言葉に耳を貸したけど間に合わず、避けようとも上を向こうともしていなかった。
私はどうにか逃げられたけど、サンガリングは当然のように直撃して、ペンキのようなぬめっとした液体を頭から被っちゃっていた。
「あ、あぢぃいい! 何も見えねぇよぉ……!」
そこから先は、思わず目を離したくなる光景だった。
赤い液に覆い尽くされて輪郭しか見え無くなったサンガリングさんが、おぼつかない足取りで赤い沼の上を回っている。
シュウウウッていう溶かされるような音を鳴らしながら。
「あ、あ゛ぁ……どこなんだぁ……立てねぇ、俺の体どうなってるんだ……くるじい……おぼれるぅ……」
「ひっ!?」
そんな、なにこのグロテスクな現象。
サンガリングさんがゆっくり溶かされていた。
浸かっている足からだんだんと、人の形をしたものが沈んでゆく。
骨も肉も血もお構いなしに、赤黒くてヌチャヌチャしてそうな沼と一つにされている。
ということは、硫酸とか胃液とか、そういう溶解する液体がこの赤いものの正体ということ。
それにしてはサンガリングさんの様子がどこか変……。
「ヴェロロロロロロロロ。エリゴぉおぶぉっ……おれぇぇをたずげでぇぇ……」
「えっ!? なんでぇっ!?」
なんで、もう体が頭までドロドロの泥になっているはずだよ。
なのに何で、二つの目と口がその沼に浮かんでいるだけになっているのに、まだ喋れているの。
何で死ねてないの。
その開いたまんまの口、言葉じゃなくて赤いのが流れてるんだけど。
一体どういう原理なのコレぇ。助けてって縋られても助けようもないってぇ。
『何だ! 何が起きている!』
『死だ! 死が起きている!』
『あのヘドロに浸かるとあんな風に死……いや、生かされ続けるのか』
『いくらなんでもこれはやばい! エリコはよログアウト!』
「でもRIOがまだだよっ、私がRIOを一人にしちゃったんだし、はやく会わなきゃ心配だよ!」
『エリコ逃げろ! 赤いやつが降って来ている!』
あ。
私に向かってヘドロの塊が降ってきていたことに気づかなかった。
この距離じゃ躱せない。
終わった。
私も、ゆっくり溶かされながら人間じゃなくされて、赤いドロドロした沼の一部になって……。
「プチ・エリコを死守しろ! メーヤっ!」
「無駄死にはさせぬのじゃ!」
あれ、誰かが私を助けてくれた?
鬼の角をあしらった両手盾を装備した女の子が私の前に滑りこんだかと思えば、どでかい障壁が張られたおかげで溶解液は一滴たりとも通さなかった。
「あ、あのっ! どうして私を助けて……」
(はーいそこの綺麗でぐへへなおねえさん、オレっちと一緒に来てもらおうかなーん?)
「あっちょっと何!」
やけにチャラい文字の書かれたホワイトボードを首からぶら下げた女の子に裏路地まで引っ張られる。
これ怪しい人ですって自己アピールしてるようにしか見えないけど、この間たったの一分なのに出来事の密度が濃すぎたせいで、抵抗する判断も出来ずされるがままだった。
……そういえばこのユニークな特徴の人、確かパニラさんだったよね。冒険者への復讐心でRIOと協定を結んでいるっていう。
ということは、私リンチされるじゃんこれ!
「ま、待って! 私は冒険者だけど、あなたをいじめたりなんかしないからっ!」
(落ちけつ。私はRIO様の味方であり、RIO様に味方する人の味方でもある。プチ・エリコ氏に急ぎの用事があるからここで死なせるわけにはいかなかった)
「そ、そうなんだ?」
ワールドニュースのせいで世界中が敵みたいにされてただけあって、なんだかホッとした気分。
というよりも、とっさに言っちゃったけど私ってもう冒険者でもないんだよね。
このパニラさんもそれを承知しているみたいで、恨みの目じゃないどころか同族のよしみを見る眼差しだ。それはそれで諸行無常を感じるけど。
(結論から話す、あそこの空に浮かんでる枷とか拘束もりもりのエネミー、つまり魔王の暴走をプチ・エリコ氏に鎮めてもらいたい)
「私!?」
まさかの私だ。
でもまあパニラさんって立場上おいそれと表立って頼み事出来ないし、私に頼み込むしかなかったのも納得。
RIOが一人残っているかもしれない魔王城の残骸もあの下にあるみたいだし、そもそも魔王の暴走にRIOが関わっている線もあるし。
目的が一致している以上は引き受けたいけれど、気持ちだけじゃどうにもならないこともある。
『デスペナでステータス落ちてちゃ、辿り着くまでに命がいくつあっても足りないぞ』
『しかも裏切り者の風評は今も拡大中、歩けばさっきみたいに冒険者が殺意の波動で襲いかかってくるぞ』
『ローグライクでたとえると、不可抗力で泥棒状態になっているようなもの。しかも逃げ切るための階段が存在せず、その状況フロアボスを倒さないといかんという』
『仮に魔王のとこまで着いたとしてノープランだぞ。どうするつもりだ』
『詰んでね?』
そう思うと、私ってかなりの八方塞がりな状況だったんだね。
あれが魔王なら、せめてあのとき、聖銀の針矢を使わないでいればなぁ。
藁にもすがる思いで私を頼ってきたのに、これじゃあ期待に応えることも「任せといて!」と言うのも難しいよぅ。
(お前の次のセリフは「ごめん、上手く止められそうな方法が無いよ」と言う)
「ごめん、上手く止められそうな方法が無いよ……はっ!」
私のセリフを言い当てられた!?
素直に凄いと思ったけど、私のことをお前とか書いちゃってるし、これ何かの漫画のパロディだよね。それを鑑みてもその特技はビビったけど。
とか考えてる場合じゃないのを近くに墜落して飛び散った赤い塊が警告してくれた。
「まさか、止められる方法があるの?」
(あるんですよねぇこれが)
そう通販番組のような語りの文字を表しつつ、四次元につながるポケットを弄るような仕草で取り出したもの。
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アイテム:聖銀の針矢
説明:魔王降臨イベントにおいて最大の敵である【魔王】をDNAの一片まで確実に滅ぼすための手段。
どこの部位だろうと、ひとたび命中するだけで魔王の伝説は根絶、新たに歴史に刻まれることは二度と無くなるだろう。
呆気ないほど理不尽だが、技術とは時に理不尽なりうるのだ。
但し、魔王討滅に特化したあまり防御面が非常に低く、人の力で握りしめるだけでたちまち崩れるので指でつまむのが限度、そのうえ長時間外気に触れるだけでも溶け始めるので取り扱いにはくれぐれも細心の注意が必要。
また、【魔王】以外にはチクッとするだけで効果無し。
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「ウソ……」
(BWO界の猫型ロボットって呼んでくれてもいいぜ)
聖銀の針矢の最後の一本が、こんな地獄の底のようなところでお目にかかるだなんて、予想もしていなかった