その頃のアイツ&終末が始まる
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ワールドニュース!
魔王:プチ・エリコは、プレイヤー:シンによって滅び去りました。
おめでとうございます!
魔王降臨イベントは王国陣営の勝利です!
集計が終了するまで今しばらくお待ち下さい。
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魔王陣営にとっての青天の霹靂。
どんな信念や目的も空虚となってゆく敗北を告げる急報。
魔王の正体がエリコ等よりも、総大将の後ろ盾を失った震撼により、多くの魔王陣営のプレイヤーが我も我もと一目散に退散した。
だが、それでも火事場泥棒のような根性で戦地に留まり続ける厄介者もいないことはない。
特にこのプレイヤーの場合は、それを嬉々として実行したと決めつけても間違いないだろう。
「アハハ、良い眺めだ」
腰まで長くした金髪をなびかせながら、北区城壁の上に立って呟く。
効力を失った赤石の仮面が砂化したために顔が露出しているのだが、懸賞金億越えで追われる者としての焦りなどは微塵も感じられ無い。
むしろ自らの誇示するステータスとしているのは、今更な話だろうか。
「夕日が綺麗なVRMMOは神ゲーってジンクスがあるらしいけどさぁ、ここで眺められる景色ほど馬鹿げた矛盾を感じることはないよねぇ」
爽やか、されど聞く者を無性に苛立たせるように、既に陽が半分沈んでいるこの空を表現するような黄昏さすら感じる声音だった。
そのプレイヤーは次に城壁の内側、まるで百年に一度起こる大災害の跡のように人も街も壊滅状態となった北区へと見下ろす。
「だけど今日限りはこのクソ民度ゲーも神ゲーに特進してあげるよ。だってアホの満漢全席に雑魚の大盤振る舞い! 弱肉強食の強食側の特権を振りかざしまくれたんだからねぇ、ボクはさぁ!」
絶頂を迎えたかのように興奮し、呼吸が一気に荒くなる。
剣越しに味わった大量の勝利の感触に酔いしれていた。
「スリルなんて無い千人斬りの無双こそ極上の快感さ。ねぇ、キミもそう思うだろ?」
「なんで俺だけ残してみんな死んでるんだ……あのジョウナ相手に俺一人でどうしろってんだよぉ……」
同じく壁上でジョウナに相対しているBランク冒険者のシードガトリングは、この世の絶望を一纏めにしたかのように顔を青くしていた。
北門の防衛部隊は戦線崩壊、ジョウナにしてやられたと言えよう。
ブレイクマジックを連続で発動しては音符の絨毯爆撃で暴れ回り、魔王からの目付エネミーであるメイジキャットの能力で機能喪失の代償を肩代わりさせることにより、リスクを無くしつつ継戦能力に優れさせたのだ。
援軍として駆けつけてきた南門防衛部隊もそうだ。
大地を踏み鳴らす大要塞、ホエールタンクも。
気滅の大型巨人鎧、ギガメイルも。
泣く子もひれ伏すハードコアバンドマンズ、デスメタルバンド三人衆も。
開閉自在の抹殺者、ジッパーヒットマン・カリゲーも。
解毒不能の猛毒吐き、毒毒ポイズン毒毒毒も。
茶聖会・耄碌知らずの暴走戦車、バー茶ーカーも。
茶聖会・陰の支配者とされし神出鬼没の老練、ア茶シンも。
度胸と愛嬌のヒロインヒーロー、オカマカブルも。
宙に泳ぎ咲く一輪の人造人魚姫、メイドインマーメイドも。
ジョウナが半ば脅迫的に率いる北門攻撃部隊の前には歯が立たず、終ぞ全滅。
その亡き骸は瓦礫にも埋めさせられず、今にも地平線の彼方に落ちてそうな夕日に照らされるだけであった。
「勘弁してくれ……こんなことになるくらいなら王都に逃げ込むんじゃなかった……」
「いやぁ心配しなくて大丈夫、こうなったのはみんなが雑魚だっただけだから、キミが雑魚だった責任は千等分くらいされるだろうからさぁ」
「こっちの気持ち分かれよ! だからお前のような狂人とコミュニケーションとりたくねぇんだよ!」
この状況ではいつ殺されるかもジョウナのご機嫌次第。
いっそ殺してくれる方を望んでいたが、困ったことに対話で弄ばれているだけだ。
蛇に睨まれた蛙のような心境にされたあまり、恐怖を紛らわすための反論をするしかなかった。
シードガトリングは第二の街でRIOに出し抜かれて以来、不幸の連続だった。
このイベントにおいて、彼は門の外で戦う仲間を壁の上から援護射撃する比較的安全な部隊に配属されたものの、ジョウナのブレイクマジックゴリ押し戦法により屍の地面が積み上がってゆく様を壁の上から眺めてしまう羽目となってしまっていた。
「もうすぐだ、楽しみだなぁ……この夕日が完全に沈んだ時にRIOはきっと来る。夜の街こそRIOのホームグラウンドなら必ずここに来る! どうおもてなししてあげようか、いろんなアイデアが浮かんで止まらなぁい……」
ただしジョウナは、目の前の冒険者など興味の外だ。
あくまでもRIOをおびき出して勝つ目的に揺らぎはない、壁の上にいるのも予め自身の有利な場所に陣取ったまで。
果たして思いもよらない奇策で襲撃してくるのか、プチ・エリコと一緒に手を繋いで来るのだろうか……と、宿敵への思いを馳せていた。
「んじゃまそういうことで、メインディッシュRIOのお届けまで時間が押しているから、キミで最後の前菜を食べ尽くすとしよう」
「誰が前菜だゴラァ! あ、いえ言い過ぎましたすみません……なんて日だクッソォ! 俺もうコイツに遊ばれながら殺されなきゃあかんのかいな!?」
「アハハハハ! 理解が早くて助かるよ〜」
残り物に対し戯けているつもりだろうか。
だがその指揮棒のように掲げられた細剣には、様々な種類の音符が渦を巻いている。
これから、無名のBランク冒険者には勿体なさすぎるほどの、戦いとも呼べない贅の極みを尽くした処刑が始まろうとしていたのだ。
「もうヤダぁ! こうなりゃヤケクソだあああっ!」
「地獄アンド大地獄アンド等活地獄アンド黒縄地獄……あとはわーすれたーっ!」
シードガトリングが右腕に装備するガトリングガンから梅の種のような弾丸が大量殺戮者に連射し、対するジョウナも直線上に迫る弾丸のルートを視認しながら、縮地で次々と躱わしながら接近してゆく。
「はいクソー! 俺死んだ、もう死ん……全弾命中!?」
当の本人すらも、まさかとも思わない事態に吃驚仰天の反応だった。
自分の死に気づいていないだけかと自身を疑ったが、今一度目をこすって確かめて見てもジョウナには本当に全弾命中しており、自分は剣や音符に斬られていなかった。
「……あれは何なのかな?」
ただ、命中したのと効果があったのとは別の話、ジョウナは種の弾にはまるで意に介していない。
シードガトリングとは真反対の南へと向いていた。
「まさか舐めプ!? ってあの、ジョウナサーン?」
「枷とか拘束具がもりもりの魔女……外見年齢7歳くらいの幼女……? にしか見えないけど」
そもそもシードガトリングに訊いているわけではないが、ジョウナにしては要領を得ない発言だ。
何故ならば、あのジョウナが一瞬で掴める勝利を置いてまで警戒するほどの緊急事態が南の空に起こっていたからだ。
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エネミー名:RIO.Evil.Badidea
状態:不明
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地上から遥か空に浮かぶ一体の人形。
遠くからでも50メートルを優に越えると判る巨体に、両目を眼帯で覆い隠した顔に鮮やかな赤と黒のツートンカラーのドレスを纏った女性型の造形であるエネミーらしき何か。
錆びが落とされたばかりのような光沢を放つ黒鎖や黒薔薇が地上から伸びて巻き付いており、徹底的に動きを縛りつけているような印象も受ける。
果てには、真下にあるのは瓦礫の山となった魔王城。
そんな意味深で禍々しい物体が浮遊していれば、ジョウナだって思わず勝負の手を止める。
恐らくは目が見える全ての人間は同じものを注目しているだろう。
「……ほぉ、すんごいキツく加工された声で鳴くんだねぇ」
そのエネミーは、大切な者を喪失して悲しんでいるかのような叫び声を辺り一帯に響かせ、動き出す。
手枷で繋がれている両手を上へと突き出し、赤黒い球体を顕現しては天高く放つと、それは上空高いところで打ち上げ花火のように弾けては拡散。
その赤黒い球体一つ一つがドームの骨を描くように、内側を鳥かごの中にするような軌道で墜落していったのだ。
「……マジで? というかあれ攻撃? 人類滅亡させる気かな?」
人の考えうる想像を超えた光景に唖然としていると、その球体の内いくつかが王都にも襲来し、衝突音が各地で巻き起こる。
「ちょいジョウナ、あれ見ろあれ! なんかこっち来てねぇか!?」
もっと言えば、一個がジョウナとシードガトリングが居る壁の上へと迫ってきていたのだ。
ジョウナは刻一刻と近づく球体を眺め据えた末に、迎撃を試みたいと思い立った。
「《第二十三楽章・国死砲子守唄》」
剣先でくるっと描いた円が光りだし、そこから一本の巨大なビームに四本の細い光線が螺旋状に絡みつくように放たれる。
するとその謎の球体と激しくぶつかり合い、見事に相殺してみせた。
その球体は押し返された衝撃により空中で破裂。中からはドロっとした液体が真下に降り注いだ辺り、水風船のような性質を持っているのかもしれない。
そこでジョウナは何を思って何を見たか、その球体から放った者の感情を感じ取ったか、1から10まで把握する。
「メインディッシュ、せっかく楽しみにしてたけど、こんなに可哀想だと一口も食べる気にならなくなるよ」
心底萎えたように、無関係なプレイヤーを大勢巻き込むほど楽しみにしていた勝負への高鳴りが止んだため、ジョウナにしてはさも沈痛そうに答えていた。
「うおっ揺れる!? いやこの大地震! 揺れがデカすぎるってぇえ!!」
間もなくして、王都中に次々と墜落した球体による震動が絶え間なく起こり、そこかしこから建物の崩れる音の大合唱があがり、シードガトリングは地面に捕まって揺れに耐えながらも例のエネミーに目を向ける。
すると既に第二射が地上に向けて拡散している最中であり、同時に第三射を天に打ち上げるモーションの最中でもあった。
ジョウナはしみじみと語る。
「ボクはキミを邪魔しないよ。RIOとはそう、自由であるべきだ」
エネミー名で察しがつくとはいえ、ジョウナは夜空に浮かぶ巨大エネミーの正体がRIOだと気づいていた。
気づいた上で、あのRIOが行っている行為、平たく言えばこの仮想世界の終末。都市も文明も、生きとし生けるものも拡散する球体により破壊されてゆく有り様を否定しない。
ジョウナはRIOと同類の追われる者でありながらも、RIOとは違って不自由に嫌気が差して正義に背いたクチだからこそ、共感していた。
RIOとは自分の苦しみに無頓着な分、大切な人の苦しみに何十倍も苦しみ抜いては塞ぎ込んでしまう難儀な人だとも把握しているから、こうなってしまっている背景も容易に想像出来ていた。
「もうやせ我慢なんかしなくていいし、本当はやりたくもない悪役ごっこで無理に自分を偽る必要もないさ。どうせここはゲームの中だしね」
悪とは即ち自由であるのに、初配信のあの日から、不自由を選択したかのように毎回窮屈そうなRIOのことをジョウナは不憫に思っていたのかもしれない。
だからこそ、あんな正義も悪も無いバケモノからもかけ離れた姿に変貌してまで自由を我が物とし、溜まったものを吐き出せているRIOを愛でていた。
嫌なことや悲しいことも全部、赤黒い塊に乗せてこの腐りきった世界にぶつけられる歓喜。
それを阻止するなんて、ご無体なだけだ。
「吐き出せなかった分まで吐き出して、泣きたかった分だけ泣くといいさ。でもせめて、ゲームの呪縛から解かれた時には笑顔でいられるよう祈りながら、視聴者席で見守っているよ。世界一優しい吸血鬼さん」
ジョウナはただそれだけ言い終えたら、ログアウトの場所を確保しに王都の内へと飛び降りて行った。
「行っちまった。俺は命拾いした……のか?」
シードガトリングに勝たないままだ。
ジョウナという脅威は去ったが、あの巨大なエネミーと化したRIOの脅威は彼にも襲い来る。
「い、い、意味がわかんねぇんだけど、なんかBWO史上で一番ヤバいことが始まっている、気がするッ! へっ……?」
視界の全てが赤くなる。
体が、体の感覚という感覚が、溶ける、崩れる、それなのに意識だけがはっきりとしたまま残され続ける。
それが、シードガトリングがリスポーン前に見た最後の光景だった。
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