座りしままに&悪を挫く精神的拷問体験&無念の撤退&そして魔王が降臨する
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ワールドニュース!
魔王:プチ・エリコは、プレイヤー:シンによって滅び去りました。
おめでとうございます!
魔王降臨イベントは王国陣営の勝利です!
集計が終了するまで今しばらくお待ち下さい。
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正義達の大団円を告げるアナウンスは、瞬く間にして全プレイヤーへと拡散される。
それは冒険者ギルド本部の最上階で留守を預かり、イベントの趨勢を傍観している【Sランク6位・寝られない元帥】にとっても例外ではなかった。
「ほぉう、エリコがやられたか。そうかそうか、信じて送り出したエリコがねぇ……」
そう納得したかのようにワールドニュースを閉じる。
暫く無言となり、目からじんわりと感極まったものが零れ落ち、両拳を力強く握りしめ、叫んだ。
「すごいぞシン! よくやってくれた! こんなに上手くいっちゃっていいのかって申し訳なくなるほどの奇跡じゃないか! アッヒャヒャヒャヒャ!!」
だがその様子は、あからさまに朗報とでも受け取らなければ表現しないようなほどの狂喜乱舞。
目の上の瘤、もとい癌でも取り除けたかのように、上体をブリッジさせては壊れたスピーカーのように騒がしく笑い転げる。
ただ、この階層に住まう者は元帥の他にもう一人、それが奇声につられて現れる。
「げっげげげげげげげんすい! なっなななぜそんなにもっもっ荒ぶっておるのじゃ!」
毛髪は無く、顔半分もの大きさのコブをたくわえた老人が奥の扉から現れ、白杖も足腰も声も震えすぎなほど震わせながら訊いてきた。
「これはグランドマスター、自室から外においでになるなんて、お体にさし障りますよ」
「そそそそんなことなど、どどっどうでもいいわい! 部屋越しから聞き耳を立てていたぞ。何故あの冒険者の訃報を喜ぶ、チャンスはどうした。お前さんは、冒険者プリンセチュエリコを買いかぶっていたのではなかったのか!」
杖を元帥の眼球へと向け、脅迫するように所業を問うた。
エリコのこれまでの不手際を返上する機会、この魔王降臨イベントを好都合としていたのは、全冒険者ギルドを統括する総帥ことグランドマスターも小耳に挟んでいた。
それほどまでに、エリコは冒険者として高い評判を得ているのだ。
ところが元帥は、吊り上げている口角を保ったまま杖を地面に立て直す。
「あーあの客寄せパンダのことねぇ、あいつには元からチャンスなんてあげてないですよ。どうせ消えるなら何らかの役に立ってから消えてほしかっただけです」
それは、狂喜乱舞が高度な演技ではなかったという証言でもあった。
「ななっ!? なんじゃとぉ!? エリ、エリコは冒険者ギルドにとととととって」
「まあお茶でも飲んで落ち着きなさいな」
インベントリからカップを取り出し、顎が外れたように口を開きっぱなしのグランドマスターの喉に流し込んだ。
ギルド本部97階の一角にある老人冒険者連盟・茶聖会の拠点から押収した貴重な茶葉を原材料とし、そこに即効性の鎮静剤を混ぜているため、元帥の言葉は案外気取ったものではない。
「……つまりじゃ、あやつにはお前さん直々に謀ったというわけなのじゃな」
「そりゃまあな。正義は勝ち、悪は滅びる勧善懲悪がグランドマスターのお望みとあらばだ。根源たる悪を滅ぼすためにゃ、俺という史上最高の正義が一肌脱がなくては話にならないからな」
醜悪とも見て取れなくもなく、少なくとも正義がしなさそうな笑みを浮かべて目論見を答えていた。
「おおっ、そうだったのかげんすい! ワシゃ最初から信じておったぞ!」
グランドマスターは、これまで批判的だった態度が急変していた。
「ハハハ、この俺が期待を裏切ったことが過去に一度でもありましたかぁ?」
「そうじゃったそーじゃった、ワシが信頼するのはエリコなんぞではなく、後にも先にもお主だけと決めておったわい。オッヒョヒョヒョ!」
疑念がものの見事に解消したグランドマスターは、寝られない元帥と同様に大口開けて笑い転げていた。
高位のNPCに取り入り、ただのゲームプレイヤーからゲーム内で暮らすNPC住人に近い形としての地位を狙うプレイヤーは、今どき別段珍しい話でもない。
その甲斐あって、BWO内における最も高位のNPCであるグランドマスターからの6位の信頼度は抜きん出ており、1位相手にすら上回る。
「じゃが……エリコなどという正義の皮を被った極悪人が我がギルドに所属しておったとは、嘆かわしいことよのォ」
「だから、消えてくれる罠をうまいこと張り巡らせたわけよ。あいつは配信者とかいうデリケートなご身分なんで、どうにか自滅するよう仕向けるしかなかったんですからねぇ」
もっとも、その配信者であったのがエリコを陥れたい最大の理由になったのだが。
親友同士であり、配信者同士であるRIOが思いがけないレベルに台頭しているからという至極真っ当な理由も含まれているが、今や彼自身が築かんとする天下に最も不要な邪魔者としてしか見ていなかった理由の割合が強い。
「エリコ単体の実力なら聖銀の針矢も不発、そのままぶっ倒されて敗北、そんでもって適当に責任おっ被せて除名処分を下す寸法だった……」
当初の計画から大いに逸れた動きをしたエリコのことを、さも残念そうに語ったが。
「だがどうしたことだこのワールドニュースは! 向こうで何が起きてるか知らんが嬉しい誤算だ! メッキが剥がれ、我欲で魔王と結託し、最悪の悪堕ちをしたエリコを正義の化身が葬ったような構図じゃないかよ!」
「うお、うお、うっほおおおっ! ななななんて見事な勧善懲悪じゃあ!」
「やっぱ正義は勝つんだなぁグランドマスター! おかげであの目障りな奴を擁護する奴はいなくなる。全世界満場一致で追放決定になる! 冒険者ギルドを不利益たらしめる怨敵が、賛成多数で消えてくれるんだ!」
エリコを正義の表舞台から消す口実が作られたのを、肩の荷が下りたかのように爆笑していた。
寝られない元帥は、完璧に仕組んでいた。
密命として頼む際、口癖のように「成功させられるだけの能力を持つ奴にしか任せない」と前置きするのも、失敗の責任を自分の人選ミスではなく向こうの怠慢とするため。
聖銀の針矢の情報が密かに魔王陣営に漏れていたのも、万が一にもエリコが勝利しないようにするため、あえて元帥の配下がそれとなく掲示板に書き込むことで対策させたため。
円卓会議で、トップ5の面々に早さよりも確実性を唱えたのも、単騎で先行させたエリコと合流して共闘という展開などとさせないため。
聖銀の針矢の3本目は、慢心しないためという精神論によって元帥預りとなったが、その実トップ5が出立した後に王都の闇市で売り飛ばし、私腹を肥やす大金に換えていた。
エリコだけに魔王の持つ魔王化能力を伝えなかったのも、心の中であわよくばという欲があったのかもしれない。
今回それが奇跡的に的中したわけなのだが。
「しかし今回一番上手くやってくれたのはシン達だ。ただ最近のあいつらの態度はどうも不遜でなぁ……もしかすりゃ、調子に乗って俺とグランドマスターの権威を脅かす可能性もあるかもしれん」
「なっなっなんとっ!? あの真輝之王もか!」
「昔馴染みの戦友だが、いざこざが起こる前に早いとこ密告しなければってな。だからあいつら、いつでも消せる権限を俺に隠し与えて下さいっすよ」
6位の行動には無駄も抜かりも無い。
お得意のブーメラン発言でしかない密告で、強力な大義名分を要求する。
「う、うむ……げんすいの頼みならば仕方あるまい」
危機感を覚えて鵜呑みにし、奸臣の讒言に承諾してしまった。
冒険者の最高戦力であるトップ5。
有能であり働き者であり革命的な功績をいくつも打ち出してきたプレイヤー一団だが、それはそれでありこれはこれ。
たとえ無能な怠け者でも自分に盲信的な手駒だけを選りすぐりたい6位にとっては、トップ5ですらいずれ排除する対象でしかなかったのである。
「……ま、汗水流して杵でつく役割はエリコでいい。手を汚してこねる役割はシン達でいい。俺はこの安全地帯で、座りしままに勝利の天下餅を頬張っているから、仕上げまでちゃんと働いてくれよな?」
この魔王降臨イベント、最も大きな利益を得たのは彼だろう。
エリコの永久追放が確定事項となり、今や自分の天下の障害となる悪はRIO一人を残すのみとなっていた。
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「皆殺しにしてやる! 人間共!!」
おおよそRIOの口から出たとは思えない怒号を、1位は殆ど耳元で聞かされていた。
何故ならば、その言葉が放たれたと全く同時に1位の首に斬りかかっていたからだ。
「融和の交渉に暴力はご法度だというのに、正義や努力を怠った者とはこうも分別がつかなくなるのか」
落胆しながらも凄まじき反応速度で首を傾け、致命傷になる前に躱してみせた。
すかさず審判を下す。
「お前らやるぞ、正当防衛を執行する」
「「「「正義のために」」」」
その言葉が重なった刹那、“王”達は四方に散開。
唯一その場に踏みとどまっている“将軍”を軸に、悪を撲滅するための陣形を整えた。
「死ねえええええええええっ!!」
「涙を浮かべて勝てるかバカめ! そんなへなちょこな攻撃じゃ、エリコと同じところにも通してやれねぇぜ!」
RIOによる激情を伴った強烈無比な斬撃に対し、金城鉄壁の防御力を誇る大盾で防ぎ止めた5位。
タンク最高峰と目される彼は、悪を裁くための攻撃力が低いという欠陥のような欠点のために、謙遜の意味でSランク5位に甘んじてはいるが、四天之王全員からの絶対の信頼が置かれた防御力は伊達じゃない。
「エリコに償ええええええええっ!!」
「同情の余地無し情状酌量の余地無し更生の余地無し、スリーアウトチェンジってとこだよきみ。生きてるだけで迷惑かけるだけだし、早く首吊った方がいいって自覚しないの?」
斬撃の波を綺麗に掻い潜るようにして滑り込んだ4位。
その足に纏わらせた色とりどりのオーラは、炎傷、氷結、風烈、電撃、様々な性質を反発せずに併せ持つ。
このゲームに実装されている属性という属性をふんだんに盛った足技は、接触しただけで悪の弱点を必ず突く。
もちろんRIOの苦手とする光属性も含まれているため、そのダメージは計り知れない。
「ぐうっっっ! この下衆共があああああ!!」
「痛っったいなぁもう。ねぇ回復まだなの」
「ツバをつければ治るダメージのように見受けられますがな」
RIOの反撃が4位の右脚の腿を削りとったが、ヴァンパイアロードの再生力にも勝る速度で回復される。
これこそ、ヒーラーとして卓越した回復能力を持つ3位の御業。
仲間のHP管理を徹底し、遠距離からでも対象の傷口に精密に回復魔法をかけ続けるため、無茶な特攻にも安心感を与えてくれるパーティの要である。
回復役ということで5位と同じく攻撃面に難があるはずだが、今日の相手はアンデット。
回復エネルギーを手のひらに集約し、光る球体へと転換させる。
「これは悪党への慈悲である。潔く受け取り、自らの悪行を悔い改めると良いだろう」
「ぐっあああああああああ!!」
回復の効果が体質により反転し、RIOの体は火だるまとなり、皮膚という皮膚が蝋燭のように溶け始める。
ダメージよりも熱で炙られているような肉体的苦痛に蝕まれ、堪えきれない絶叫をあげるしかなかった。
「竜翼包締陣、展開完了! 時間稼ぎご苦労です」
2位による号令が響いたと同時に、包囲するように伏せていた彼のテイムエネミー【自動錻力人形兵】らの姿が露わになる。
総勢49体。
鼓笛隊の様な姿をしており膝丈ほどの体躯しかないが、2位の類稀なる統率力を以てして発揮する殲滅力は折り紙付き。
「我が信ずる真なる正義を穢す悪よ、服せ!」
一糸乱れぬ洗練された動きで肩に担いだ長銃の砲口をRIOに向け、一斉射撃が開始される。
「うああああああ! こんな程度でええええええええ!」
「……あーらあら、思いの外しぶといみたいです。死にぞこないのゴキブリさんみたいに、くすくす」
弾丸の嵐を大剣で片っ端から斬りまくるRIOを嘲り笑う。
全方位からの射撃を防ぎ止めようとくるくる回っている様が、さしずめ自分の尻尾にじゃれつこうと延々とその場を回り続ける頭の悪い猫のようで、面白おかしかったようだ。
誰の目から見ても、力の差は歴然だった。
RIOによる我を忘れた激しい斬撃の数々には、普段の戦略的な思考が見て取れない。
それでも、5位が兜の内側で感心の表情をするほどにはダメージを嵩ませ、3位の回復魔法を全て回復に回させるほどに余裕を奪い、2位のテイムエネミーをおよそ20体ほどガラクタにしたのは大健闘だ。
だがいくら感情任せに暴れようとも相手は5人、どれもRIOよりも多くの死線をくぐり抜けたプレイヤー群。
最低でもタンク役の防壁が崩せていない内は、どうしても攻め手が休み休みになる。
それに、力攻め一辺倒では格上に勝てないと提唱したのがかくいうRIO自身であることを、本人は果てしなき激情に駆られて戦術的思考が埋もれ、思い出せずにいた。
対して冒険者側はひたすら無感情。
勝利への道筋を考えながら、五人全員が一体の生き物になっているかのようにシビアな連携を成立させ、感情の機微を見せず機械的に立ち回る。
感情の力で心の不調を元通りに治すことまでは戦術的に通用するかもしれないが、ステータスという固定された数字を上昇させるために必要なものは、レベルアップやバフといったシステム。
つきつめるほど、感情とは無力であることをよく知っているからだ。
そして最大の要因こそ「正義のために」だろう。
人間誰しもが抱える加害や殺傷への抵抗も、正義の二文字を暗示のように言い聞かせ合うことで、モラルや罪悪感もろとも除去しての戦闘行為が可能となる。
自分達が正義を代表する立場にいるという共通意識を持つことで、たとえグランドマスターや寝られない元帥、プチ・エリコが相手だとしても躊躇なく抹殺出来るようになるのだ。
「泣けよ」
「さっさと首括ってよ」
だから自分達の言いたいように罵れる。
「道化役が、こちらの手をこれ以上煩わせるでない」
「どうせ悪は滅びるのに、足掻き続ける意味があるのです?」
だから対敵する相手を悪と断じ、傲慢にいたぶることが出来る。
「風評以上に憎たらしいゴミだ。リアルでの犯罪行為も一度や二度ではなかったりするのだろうな」
1位は、5位の防壁の後方で腕を組みながら呟き、RIOを鬼の形相で睨み据えていた。
「ううっ……ゲホッ! 皆殺す……!」
RIOは突然足のふらつきを覚え、呼吸が激しくなる。
いかに吸血鬼が人間よりも強靭な肉体を有していても、限界点が無いわけではないのだ。
「これそろそろ潰れそうってサインだよね。こいつムカついてたし、ぼくが殺していい? ねえいいよね?」
「いや、RIOを殺すには小難しい手順を踏む必要がある。取り押さえろ」
「はいはーい、正義のために」
何か考えがあるような指示により、RIOをかすり傷でもHPを奪わないよう注意を払いながら、5位〜2位の4人がかりで四肢を押さえつけ、身動きを封じる。
「このっ、離せえええええ!! さわるなあああああっ!!」
「こういう手合いは、単に殺したところで雑草のようにしつこく蘇り、ゾンビアタックで永久に付きまとってくる。それでは殺したと言えないな」
そう語りながら、オブジェクトのように落ちていたあるものを拾いあげ、無造作に放り投げる。
「だからこれを使い、自発的に配信活動もログインも拒絶するほどの絶望や恐怖、克服不能のトラウマを刻みつけなければならない」
「……エリコ……?」
怒りで薄れていた正気が思わず戻る。
RIOの目の前にころころと転がってきたものは、エリコの亡骸。
頭部以外は既に塵となって戻らなくなっているが、聖銀の針矢は切除されているために、そこで消滅は止まっていた。
「エ…………リコ…………」
目と目が合い、餌へと前進する芋虫のようではあるが、ゆっくりと確実に身をよじって顔を近づける。
たとえその魂が遠い場所でリスポーンされた抜け殻だとしても、自らが生きる希望としていた最愛の人であることに変わりない。
ギリギリまで近づいたその時、物言わぬ者へと1位は足を振り下ろす。
「こんな風に」
ぐちゃ、とエリコの肉が潰れる音が鳴る。
「こんな風に」
ぐしゃ、とエリコの顔が歪む音が鳴る。
「こんな風に、こんな風に、こんな風に……こんな風に悪の毒花を根から枯らすのだ」
何度も何度も、執拗なまでに踏み降ろし、RIOの最愛の人の整った顔立ちは醜く崩れ、血肉の池となって離れ離れに伸ばされる様を見せつける。
真輝之王・シンキング。
彼はまさしく、Sランク1位の座に相応しき究極のセイギであった。
恐怖を振りまく側が、恐怖を終わらせる側に、恐怖させられる逆転現象すら引き起こす。
吸血鬼RIOのベールは解かれ、平均的な女子高生の戸沢莉緒の表情が引きずり出される。
「いや……いや……嫌ぁっ……」
ギブアップの音を上げさせるには充分な凶行だ。
強制ログアウトが作動するのも時間の問題、のはずだった。
「清々するね。こういう悪の道に引きずりこもうとするやつ、ぶっ壊れたらいいと思ってたからさ」
「左様、こやつの仕業で一人の純粋な冒険者が悪の道に引きずり込まれたのですからな」
「でもさ、それで魔王になったエリコもエリコでしょ。ぼくがエリコだったら、こんなやつ警察に突き出して縁を切るってのに」
優勝後の打ちあげのように駄弁る4位。
だが1位は言っていた、「お前は気を抜くと一言多くなる」と。
その通りだった。エリコエリコと盛んになって話したことで、知らぬ間に虎の尾を踏んでしまったのだ。
「エリコに……何もしてあげなかった奴らが……」
「ん、RIO。貴様その姿はどうした……?」
その現象にいち早く気づいたのは、この中で唯一一部始終を見たことがあった1位だ。
「エリコを語るなあああああああああ!!」
叫び、無心の慟哭。竜の逆鱗が大気を揺るがし、人の激情が蒼天を突く。
だがその絶叫による被害は、鼓膜をつんざくだけに留まらなかった。
「なんっっっだぁぁぁこいつはあぁっ!?」
「やばいやばいぶっ飛ばされるっ! てかRIOにこんなチートな攻撃が使えたっけ!?」
「わからないです……記憶が正しければRIOにそんな能力は無かったはず。ならばこれは一体!?」
RIOの拘束が解かれる。冒険者達は、乱気流の如き暴風にあおられ体や装備品が持ち上がってゆく。
この摩訶不思議な事態によって混乱の淵にありながらも、1位はすぐさま状況の把握につとめ、まとめ上げた。
「魔王だ……」
「おいシン、今何て」
「RIOが魔王になっている! いかん殺すな! こっちにも魔王が感染するぞ!」
RIOのドレスは、魔王と化した直後のエリコが着ていたものと同一となっていた。
更にこの風圧、カマイタチのような刃の攻撃で減りゆくHP、魔王の扱う魔法である《カルラウィンド》と効果が極似している。
この想定しようがない最悪なイレギュラーには、歴戦の猛者達を以てしても動揺の色を隠せなかった。
「いやあり得なくない!? 魔王はシンが葬ったんだよね! もしかして二体いた!? シンが仕損じるわけないじゃんね!」
「RIOが魔王になったとして、どうするのです! 聖銀の針矢はもう使ってしまわれたのですよ!」
「元帥があと一本預かっていたはず……譲り受けに本部に戻るのが先決でしょう。ただ難点として本部までは些か距離がある上、魔王の追撃を躱しながらになりますがな」
「あのこんちきしょうめ! だがやむを得ん。俺達は一時本部に引き揚げる! 無念だが撤退する! 急げぇ!」
言うが早いが、1位の撤退宣言により、“王”達はRIOに背を向けて階段へ走る。
まるでプライドが無く、まるでみっともなく、悪を裁ききれない逆恨みを無理くり抑えこむしかない彼ら。
その踵を返した後ろ姿は、勝利者のそれではなかった。
「逃さない……」
自身の変化に気づいたか否か、立ち上がったRIOは一人残った冒険者に狙いを定める。
「さて吸血鬼、これから俺は殿の務めを果たすが、くたばるつもりも尻まくって逃げおおせるつもりも毛頭ねぇ」
5位は大盾をインベントリにしまい、代わりに攻撃に参加する際の武器であるファルシオン状の剣を取り出す。
ここに食い止めるつもりだ。彼はただのタンク役ではなく、不測の事態に陥った際の時間稼ぎこそが真骨頂。仲間の指示が無くとも徹底している。
「あのまま続けていれば俺達が勝利していたと証明した上で、悠々と撤退するぜ。かかってきな」
「一人として逃がすかあああああああ!!」
感じればショック死しかねない殺意を全開にして駆け、剣を唐竹に振るう。
対する5位は物怖じせず、剣技スキルを行使した一撃を浴びせ、雀の涙ほどのダメージを与える。
両者共に、ダメージの割合だけ見れば痛み分けに近かったが。
「はぁ、はぁ、逃がすか……っ!?」
突然、RIOはコンクリートにでも塗りかためられたかのように体を動かせなくなる。
理由は単純。状態異常欄には【マヒ、スタン】と、本来ならば行動不能の耐性によりかかるはずもない二つの効果が付与されていたからだ。
冷静であれば気づけるはずだった。
「リッキーのオモチャ兵の弾丸にはな、状態異常への抵抗を下げる効果もあったんだぜ。だから行動不能が付随するこの斬撃スキルも、意味をもって効いたということだ」
このままタコ殴りにしたい思いはあったが事態が事態なので諦め、180度回って背を見せる。
「そんじゃ、あばよだ」
「待てええっ! 逃げるなああああああああっ!!」
麻痺されてもなお、RIOは怒りを止められない。
一生分の酸素を肺からひり出し、卑劣な行為を許すまいとする声を轟かせる。
しかしその叫びは、5位に伝わるにはもう遠く、誰も答えを返さない虚しさだけが残る。
「逃げるな……エリコは逃げなかったのに……」
叫び疲れ、怒りが行き場を見失った時に脳裏をよぎるものは、命を賭しても護りたかった最愛の人。
彼女は強大な敵であろうと立ち向かい続けた。
一つだけ渡された希望が空を切っても、諦めないで前につき進むことを選んだ。
英雄と真逆の存在にされても、微笑んで受け入れては人々を信じる心を保てていた。
その信念、見返りを求めに驕らない姿に憧れるあまり、RIOは他の冒険者プレイヤーにまでその姿勢を期待してしまっていたところがあったのだろう。
故にトップを夢見て、トッププレイヤーを一目拝みたかったのかもしれない。
そんなトッププレイヤー群も、百年の恋も冷めるような形で遇ってしまった。
彼らのエゴにより、エリコは裏切り者の咎を受けるだけでなく死ぬより酷い形で徹底的に蹂躙されてしまったのが、絶望だった。
「なんで……いつも私以外の人ばかりこんな目に……」
そんなRIOが視界から離せないものは、見るも無残に変わり果てている、私だけの魔王様。
どれが目で、どれが唇だったかも分からない。
麻痺状態から解除され、体が自由になっても悲しみが止められず、冒険者に追いつこうとする精神力を保てなかった。
――呼び声がする。
【儂だ、愛しき人間。そなたとこのような形で再び会遇するとはな】
彼女は魔王、名はジャークマンタ。
聖銀の針矢によってエリコと共に亡き者となったはずであるが、立体映像のようにRIOの目の前に浮かんで佇んでいた。
RIOが魔王エリコに吸血した際、RIOの血管内に潜伏していた魔王の血液が今になって活性化。
血液から順に体を侵食する能力を駆使し、RIOを毒キノコを食した幻覚症状のような体の状態にしてではあるが、姿無くとも対話に成功したのだ。
【そなたは誰が何と言おうと人間だ。だが心身共に人間であるはずのあやつらはまるで悪魔、素晴らしき人間を害する人外。そなたと対比するのも烏滸がましき、儂が滅すべき輩共よ】
その共感者の憎しみに満ちた呼び声は、病んだ心に不思議と染みては落ち着かせてゆく。
RIOは柄にもなく、いたく共感していた。
【そなたの望みと儂の望みは一致した。今度こそ、儂の手をとってはくれないか?】
輪郭がはっきりと現れた魔王の幻影は、少女相応の小さな手をRIOに向けて伸ばしていた。
「はい……」
迷いは無い。
後悔も無い。
エリコの尊厳を奪い取った冒険者、被害者が悪人となり加害者が英雄となる矛盾、人を助けるために身を粉にした者から不幸にされる不条理な世界。壊して壊して壊しまくって、全部無かったことに出来るならば、誰が囁く甘言だろうとどうでもよかった。
その手を掴むために伸ばした指先は、RIOにとって救いとなる選択肢をタップしていた。
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《種族:完全体・魔王に進化しました》
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甘言が偽りではなかったことにRIOは安らかに微笑んだが最後、見上げなければ全容が把握出来ないほど巨大な肉体に取り込まれる。
救いで縋りついた選択がまるで大罪であるかのように、赤く錆びた鎖が永遠に伸びて巻き付いてゆく。
主の羽化を見届けた魔王城が崩壊する。
赤茶けた夕空が顔を覗かせてくる。
膨大な闇色の衣が、光をも冷たい黒に染め上げる。
そして完全なる魔の王としての姿が形成された時、ソレは写るもの全てを蹂躙すべく天高く飛び立った。
果たしてそのエネミーは、人類を死という永遠の救済に導く慈悲の使者か、正義という万能な力に溺れた愚かな冒険者達に向けた神罰の代行者か。
魔王降臨イベントは、ここからが本当の始まりだ。




