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英雄は遅れてやってくる&最も許せない絶対悪

 ドラマや本などで接吻というものを目にする機会は数え切れないほどでしたが、そんなに情欲を掻き立てるものなのかについてはこれまで疑問で過ごしてました。


「んんっ、はむっ」


【んみゅう、りお、すごっすぎてっ、キスだけで妊娠出来そうっ……】


 でしたが、これはフィクションだからと侮れなくなるほど歯止めがきかなくなってしまいますね。


 「きりのいいところで帰りましょう」と口に出そうとしても、その言葉を無理矢理遮るように口が塞がれ、唾液が交わる度に舌から駆け巡る途方も無い幸福感によって尚の事熱中してしまいます。



 ずっとこうしていたいです。



 一度知ってしまった禁断の快楽には、いつの世でも逆らい難いのですから。



『尊死んだ』

『尊死んだ』

『尊死んだ』

『尊死んだ』

『残機−9999』

『すっげえ。殆どが尊死んだばっかだけどコメントの瞬間最大風速大幅更新しとる』



 こんなあられもない行為、去るどころか皆様まじまじと見物しているようで、私達は愛され者ですね。



 とりあえずは視聴者様を待たせてしまっているという罪悪感に従ってやめ時を作り、磁石が反発するように若干勢いづけて口を離しました。



「疲れてはいませんか?」


 エリコの脚がふらついていたため、心配なので手を伸ばして支えようとはしました。


「ちょっと疲れてるかも。でも魔王になったんならこれくらい一人で平気」


 ですが、気丈に振る舞いながらも、私の伸ばした手を掴まずに立ち上がっていました。


「あっそっか、私って魔王になったんだった……えへっ、吸血鬼のパートナーには相応しくなれたかな」


 っ……! そのセリフ、満面の笑顔と組み合わせられると破壊力が高いですって。


「馬鹿っ! ときめいてしまうのであなたは喋るのは禁止です」


「なんか理不尽!」


 あなたはそうやっていつも恋人を喜ばせるセリフばかり天然に出せる。どんな漫画を読み漁ればすらっと言い放てるのですか。

 こんなにも素敵な私だけの魔王様、一生かけて大事にします。


 一拍遅れて自分のセリフに照れ始めているエリコでしたが。


「あ……」


 一瞬だけ痙攣したかのような反応を表した後、緊張の糸が切れたかのように私の胸へと倒れこんでしまいました。


 振る舞いに表さなかっただけで、実際は疲れ果ててしまっていたのですかね。

 私で抱き止めていなければ、正面から地面に倒れてしまっていたところです。


「ふふっ、お疲れ様です」


 あなたはいつも頑張り過ぎるところがありますからね。

 そんな時こそ、私が支えてあげるとしましょう。



 一肌脱いで労うように、唇に唇を近づけましたが。



「……変ですね」


 あまりにも不自然だったので口づけは寸止め。


 未だ私に甘えていると思い込んでいたエリコの様子を見てみれば、腕が力無くぶら下がっている状態。


 それだけではなく、私がこうして抱きかかえているから微笑ましいように見えるだけで、ここで腕を離せば地面に倒れ込んでしまうほど脚の力が全く入っていないようにも感じました。



「エリコ……エリコ!?」


 またしても異変に気づきました。


 ですが理解不能とはこのことでしょう。


 エリコの体は、何故か徐々に軽くなりつつあったのですから。


「ちょっとエリコ! あなた本当に平気なのですか!? 返事をして下さいって!」


 それどころか、呼吸さえもしていない事態。


 どれだけ肩を揺らしても、エリコは驚いたような表情のまま硬直しており、既に事切れたかのように瞳が動きません。



 またなのですか……一体これで何度目なのですか。

 何故毎回この私ではなくエリコばかり悲劇が起こるのですか。


 そしてあなたの危機を助けられるのも、毎回この私の役目でした。

 ええ、取り乱すには早すぎます。最後には上手くいくのも毎回の事……。



「助けますから、あなたのためなら……っ!? これは……ああああああ!」


 見てしまいました。


 エリコのHPゲージ、真っ黒のまま微動だにしません。

 これは息を吹き返すには手遅れだという証左。



 次に最大の異変、エリコが軽くなってゆく現象の理由。


 エリコの体は、つま先から上へ上へと朽ちて塵になるように消滅していたのですから。


 この消滅の仕方には見覚えがあるから、聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)に刺された魔王と同一であったから、悲鳴を出さずにはいられませんでした。



「い、いやああああっ!! 答えなさいエリコっ! 戦いは終わったはずでしょう! なのにどうしてっ! どうしてエリコが消えなければならないのですか!」


 こんなことって無しでしょう。



 ずっと一緒だと約束したばかりなのに、また私を置いて遠くまで連れて行かれるってあんまりでしょう。



「消えるなんてもうやめて下さい! お願いですから、あなただけが不幸になる結末なんて……私がつらいだけですから……」


 めそめそしている場合じゃないのは分かっています。


 私の目の前で最愛の人が体を失ってゆく様を止められるものなら即刻止めたいという気持ちも、衝動的な暴力になって表れるのを辛うじて堪えているほどです。


 ただ、如何せんこの現象は突拍子もなさすぎて、考えるほど迷宮入りへと行き着いてしまいます。



 こんな現象に辻褄を合わせるとしても、二本目の聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)が存在しない限りあり得ません。



 いいやまさか、魔王降臨イベントの困難もへったくれも無くなるような狡いアイテムに二本目なんて……あれ、そんな馬鹿な。

 エリコのうなじの部分、瘤らしきものが膨らんでいると思えば、聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)が刺さっているなんて。




―――――――――――――――



 ワールドニュース!


 魔王:プチ・エリコは、プレイヤー:シンによって滅び去りました。


 おめでとうございます!

 魔王降臨イベントは王国陣営の勝利です!


 集計が終了するまで今しばらくお待ち下さい。



―――――――――――――――



 なんなのですかこの訳のわからないアナウンスは!


「倒した、始末したぞ!! 正義に楯突いた悪しき魔王はたった今滅び去った! 我々冒険者の、正義の勝利だああっ!」


「っ……何者!」


 入口の方向から、けたたましい鬨の声がこの空間内に反響していました。


 獅子を彷彿とさせる勇ましい髪型に、警察官のような厳しい装備で揃えたこの男性。

 ついに私達以外にも最深部まで到達したプレイヤーが現れたのですか。


 いえ、そんなこと考えている場合ではありません。ワールドニュースの情報を鵜呑みにするならば、エリコに聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)を刺した下手人はこの人ということに。



「全冒険者よ聞け! 聞こえなかった冒険者は二度も聞き逃すな! 超弩級戦犯、裏切り者の魔王エリコはこの俺、【Sランク一位・真輝之王シンキング】が裁きを下したぞおおおっ!」


「は……はぁ!? ちょっと待って下さい!」


 何もかも追いつきません。

 理解の到底及ばないようなことを言わないで下さい。


 超弩級戦犯に、裏切り者!? エリコがですか、それだけではなく悪しき魔王とも聞こえました。

 Sランクの一位(トップ)、私が必ず越えるべき壁であるあなたが、それら聞き捨てならない事を声高に堂々と宣言って、私のいる前で、えっ。


「あ……あなたがエリコをこんな目にあわせたのですか……? それよりも何故エリコを裏切り者呼ばわりしたのですか……?」


「RIOよ、まずは落ち着け、率直に答えると君は結論へと早まっている。俺はエリコを始末したのではなく、魔王を始末しただけだ」


 無実ぶって、物は言いようじゃないですか。


「待てと言っているでしょう! あなたがやったことはエリコを殺害したことに他なりません! その行いから目を逸らすような発言なんて……無責任極まりないですって!」


「落ち着けと言っている!」


「質問に答えなさい! どうしてっ! エリコを殺害した挙げ句、裏切り者やら戦犯などと罵ったのですか! エリコは冒険者ですよ、あなたの仲間でしょう! 裏切り行為を働いたのはあなたの方ではありませんか!」


「フッ、それにはちょーっとだけ語弊があるぜぇ、吸血鬼」


 別の男性の声が届いたかと思えば、一位の人の前には全身鎧の冒険者が立ち塞がっていました。


「【Sランク5位・ジェネシス将軍】俺達トップ5の目的はな、あくまでも聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)で魔王を始末することに集約されているんだぜ。エリコも聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)を預かった冒険者の一人だってなら、ああして魔王を道連れにしてでも成し遂げる覚悟は最低限伴ってなきゃおかしな話だぜ?」


 聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)、魔王を一撃で倒すためのアイテム。


 いやそんな既出の情報など今更です。


「なんなのですかその理屈! 聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)を預かったのがそんなに誇らしいことなら、エリコを一人きりで魔王城に送り込んだそっち側に問題がありませんか!」


「いやバカでしょ。仲間を組む組まないかはエリコの判断だよ? というか実際あんたみたいな敵側のプレイヤーと結託してるんじゃ、いくら言い逃れしても見苦しいだけだよね」


 また別の冒険者。


「【Sランク4位・盗塁之王スライキィング】。魔王を力押しで倒しても魔王にされるってことはさ、ぼくらの間じゃ常識なんだよ。でもエリコは聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)持ってんのに魔王になったわけじゃん、しかもRIOを引き連れて。元々エリコって謀反の噂が立っていたことだし、これじゃあストレートに裏切る目論見だったって認めたようなものだよ。あと重要なのは感情や背景じゃなくて“何をしでかしたか”、小学生じゃないなら分かるはずだよ?」


「よせライデン。お前は気を抜くと一言多くなる」


 そう一位が行き過ぎた言動を玉にキズのように注意していましたが……四位の言葉を整理すると、引っかかるものがあるような気がしました。



 一位の人には、魔王の特性を引き継いだエリコを始末したのに、魔王化の現象が始まっていなかったからです。


 ということはまさか、聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)は魔王を一撃で始末するためよりも、魔王を倒した人が新たな魔王になるのを防ぐためのアイテムだったというのですか。



 その事実をエリコはこれまで一度も話していません。


 正確には知らなかったようにしか……あっ!


「やはりエリコを嵌めたのですか……!」


「おん?」


 彼らはクロでした。

 暗黒よりもどす黒い闇の色をした確信犯。


「答えられなければ代わりに当てましょうか! エリコに真実を知らせず、報連相が出来なくなるほど追い詰めた上で、善意を利用して裏切り者をさせるよう誘導して処罰するため! 納得しました、どうせあなた達は聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)を温存していながらエリコに加勢せず故意に見物していたのですね、魔王を倒させ、楽して処刑する口実が立つ瞬間まで……!」


「それは世間一般的には陰謀論と呼称するのですぞ」


 今度はどなたですか。


「【Sランク3位・怒気之王ドッキング】お前さんはプチ・エリコを全身全霊で弁護したいようだが、リアルで悪友同士の間柄では信用などされますまい。百歩譲って止むに止まれぬ事情で魔王になったとしても、正義の冒険者を悪人に仕立て上げるとは……女の狡猾さや被害妄想には脱帽ですな」


 何故そっちこそ悪辣全開のシナリオをでっち上げているのですか。


「どうしてエリコの覚悟を信用しようとしないのですか! 活躍に対して素直に報いようとは考えないのですか! あの人はですね、何度あなた達冒険者ギルドに裏切られようと、決して裏切らないで務め続けてきたんですよ! 今回だって、孤立無援の状況にめげずにそちらの陣営の勝利のため、最善を尽くし命を燃やして戦い抜きました! 裏切り者とも戦犯とも言われる筋合いなんて、これっぽっちもありません!」


「その結果が魔王化、シン様によって一刺しで葬られた末路、ここでとやかく言っても過去とは変えられないものです」


 あれは……誰かなんて突き止めるのはどうでもいいこと。


「【Sランク2位・錻力之王ブリキング】先程のワールドニュースが全てのプレイヤーに事実を伝播した以上は、残念なことですが仕方のないことだと諦めるのが常識的な反応です。だからこの話はここでおしまいにしませんですか?」


 どうして被害者面が出来る。

 どうして悪気が無いように仮面を被れる。


 どこの世界で暮らせば、エリコの意思を侮辱するような発言を軽々しく口に出来る。


「勝手に話を終わらせないで下さい! エリコを犠牲にしたことを無かったことにするなんて、度を越してます! あなた達冒険者はいつもいつも、エリコが気に入らないからといって陰湿な方法ばかり、使うだけ使った後は責任転嫁をして知らん顔するのですか!」


 握りこぶしに爪が食い込んできました。



「誤解が生じる捏造記事みたいな文面なんて取り消して、早くワールドニュースを送り直して下さいよ! あなた達冒険者ギルドの権限なら造作もないことでしょう!」


 五臓六腑が煮えたぎってきました。



「一人くらいまともな人はいないのですか! エリコの犠牲を肯定するなら……返して下さい! あの人がこれまで積み上げてきたものも、そっちが傍観して成し遂げようとはしなかった功績も、全部全部全部! つべこべ言ってないでエリコに返して!」


「頼むから落ち着けRIO! 俺だって、エリコは始末したくなかった。こんな悲劇を未然に防ぐためにも、正義、努力、最善、ありとあらゆる人事を尽くしてきたつもりだ!」


「っ! だったら!」


「だが災難にもエリコは魔王になり果ててしまった。俺達の目的が魔王を始末することである以上、仮に魔王になったのがエリコ以外の誰かだとしても、正義の一矢は投擲しなければならなかったんだ!」


 1位、あなたの腹の底は分からなくなりました。


 話が二転三転しているせいでしょうか、混乱しますよ。


「裏切り者には最早ギルドに籍を残すわけにはいかないが、この犠牲は俺達が必ず未来へと繋ぐ。もしお前の中に一欠片でも正義の心があるならば、どうか勧善懲悪の摂理に免じて、分かって欲しい……!」



 ……は?


 分かって欲しいって何ですか?

 なに相手を試すような言い分をしてくるのですか?

 自分達に責任はないと本気で思っているのですか?

 まるで道理があるようにでっち上げて、謝罪の一言も無いのですか?


 先に裏切っていたご身分で、よくもまあ裏切られたかのようにボロを出さずに演じられるのですか。

 勧善懲悪とか何とか都合よく使って、出来レースの標的に巻き込んだことを耳障り良く言い換えただけじゃないですか。



 ……図々しく、盗人猛々しく、恥も外聞もなく、無機質なほど無責任で、さも自分が常識人であるかのように心底呆れ返ったかような理不尽極まりない持論を展開しては奢り高ぶれるのが、正義の正体なのですか。


 トップを目指すという仮想世界の私の目標も、肝心のトッププレイヤーがこんな悪質な人間だったせいで、追っていた夢への魅力が風化しました。


 私は、あのようなプレイヤーを超えたいがために悪役ロールプレイを続けていたのですか。

 エリコは、あのような他者の苦しみを理解しない人間のために全てを奪われ踏みにじられ、死後も裏切り者の汚名を着せられて迫害されなければならないのですか。



 こんな連中に、正義を名乗る資格なんて無い。



「ふざけるな……!」


 最も許されざる絶対悪は私ではなく、こいつらのことだったなんて。



「皆殺しにしてやる! 人間共!!」

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[良い点] 来たかぁついにこの展開が来たかぁ......! つれえ......けどRIO様を信じてるから続きが楽しみだぁ!!!
[一言] よし七度蘇ろうともログインと聞くだけで震えて吐く程に滅ぼし尽くそう(真顔)
[一言] オッケー、ハッピー先生。 一読者としてのお願いです ク ソ 野 郎 ど も に 鉄 槌 を
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