魔王降臨 その7
随時修正中
大幅な修正は無いですけど
「次こそ!」
片足だけだろうとバネのように折り曲げての一蹴りで魔王の喉元への距離を詰められます。
接近さえすれば、強化され神速の域となった剣戟で抵抗もさせずたたみかけることも容易です。
「覚悟!」
【《クロノリープエイジング》】
「くっ!」
また失態です。抵抗の中でもこの魔法だけは発動させてはならなかったというのに、相手には余りあって余裕があるのですか。
今のでどこの部位が選ばれてしまいましたか……分かりません、つまり感覚だけでは分かりにくい部位を失ったようですね。
でしたら分からないなりに攻撃を続けるしかありません。
「せええええっ!」
【ならば儂も覚悟を決めよう、そなたも武で語るとよい。時間をかけ命をかけ運命をかけ、飽いて止めるか力尽きるまで付き合ってみせようぞ! 《ランスオブエビルプラント》!】
空中に、毒々しい色で描かれた幾何学模様の魔方陣。
【怒り悲しみを受け止め、本心を通じ合えた後でこそ、本当の仲間となろうぞ】
「ぐううあっ!」
中央からは、槍のように先が尖った太い植物の蔦が何本も現れ、刹那にして私の体を貫いてました。
四肢にも胴体にも奥まで貫通した拘束力、更には引きちぎれないほど強靭なのが実際掴みとってみて理解させられます。
なので出し惜しむような真似をするわけには参りません。
「《破壊の技能》!」
深いダメージは負いましたが、自分の体の悲鳴に耳を貸している場合ではありません。
剣で周囲を斬り、絡みつこうと動く蔦を切断。体に異物として残る蔦も全て抜いて再び距離を詰めつつ攻撃です。あの魔法で無に帰されるより速く……いえ駄目です、このスピードでは間に合いません。
【そなたも愉しめるならば光栄なのだが。《クロノリープエイジング》】
「く! どこですか、どこが代償になって……はっ!」
音が何も聞こえなくなったため聴覚が全滅したのは簡単に分かる話、どうせテレパシーは鼓膜を介さないで話してくるのでしつこさから逃れられはしませんが。
ですが、そんなことが些細な問題になるほどの危機的状況こそ、蔦の魔法で私の体に残ったダメージ。
穿たれて出来た数々の風穴が一向に塞がろうともしていませんでした。
【どうした人間、儂は覚悟を決めたばかりだ】
9秒飛ばされてもなお再生しないとなると、こちらのHP残量は風前の灯火ですか。
勢い任せを改めず近接戦闘で相手取れば、ふとした拍子に腕や脚が千切れそうなのはもちろん、ちょっと相手に触れただけで死ぬことだって起こりそうです。
「覚悟したのですか、そうですか、ものはついでに絶望的な恐怖に屈する覚悟も定めてもらいましょう。《破壊の技能》!」
【……そうだ、それでこそ人間だ。踏まれるほど強く立ち上がるそなたは美しき華だ。その武器は杖か? 魔力を覚醒させて儂を越えてみたいつもりだな?】
ならば近づかないで戦うまでです。
武器の方は、アクションが控えめな杖があります。
杖限定で使える魔法で打ち合って、体の再生するための時間を稼げばもう一度殺しにかかれます。
「さあ、キザな台詞も往生際の悪さもここまでです! 《赤き悪魔の反神槍》!」
私の頭上に浮かんだ氷の塊が目まぐるしくカットされてゆき、シンプルなデザインである氷の槍が五本ほど束ねられて完全すると同時に魔王へと放たれました。
躱すことさえ難しい速攻性、貫通力から追尾性まで満遍なく備わった性能です。
魔王から鮮血のシャワーが吹き出て終わりにしたいものです。
【《アースジャベリン》】
浮かび上がった岩の塊、似たコンセプトの魔法で迎え撃ってきますか。
そう思いましたが、迎え撃つなんて対等な表現にはなりません。岩がぶつけられた途端、穂先から砕かれました。
「……これはまだ序の口です。悪魔妹の禁なる虹星弾!」
砕かれれば別の魔法へと派生出来るのがこの魔法の真価。
バラバラになった氷は礫となって空から急襲し、カットされて落ちていた氷も低空飛行で駆け、追加で具現したプリズムカラーの氷の弾幕も絶え間なく襲うため、安全地帯という逃げ道を与えない雹の嵐が場を支配するでしょう。
この包囲殲滅には、魔王も音を上げるはず。
【《カルラウィンド》】
「これも威力不足ですか」
嘘でも魔物達を束ねる頂上人物だと認識させてくれますねこれは。
強力な風圧を周囲に展開しただけで氷の弾がアリの子のように捻り潰されてゆくなんて。
まだ終わりではありません。
「《伯爵公の零式開放・死の絶対氷河》!」
私の背後で創造されたものこそ、生きているかのように蠢いて流れる氷の津波。
一つ一つが苦しみに悶えながら行進する人の形と動きをしており、それらがおびただしい数によって津波の形を成しているだけですが、この物量この規模でなら、必ずや魔王を飲み込んで死体すら流れの一部となるはずです。
それでも魔王は、逃げないどころかむしろ氷の津波に近づいては拳を前に突き上げ。
【《ガイアナックル》】
「ここまでしてもこちらが弱かったというのですか」
氷の人形達が飛び跳ねるほど大きく振動し、連鎖するように砕かれました。
やはり魔王に魔法で挑むのは浅はかでしたか。
それでも限界まで挑まなければ箔がつかなくなるというものです。あと一つ、明かしていない手立てはあります。
MPの消費が馬鹿にならないために二度は使えませんが、最凶最後の関門を発動します。
「《逆位置世界・地獄の到達》!」
杖を起点に、低温火傷が起こりそうなほどの冷気が放たれ、壁にも空気にも氷の膜による侵食が始まりました。
これこそ、この空間を空気ごと凍りつかせ、たちまち死の世界に変えてしまう静止と停滞の魔法。
凍らせて身動きが取れなくなるなんて生易しいものはなく、ありとあらゆる生命はコールドスリープのごとく活動を停止せざるを得ず、永久凍土の中で形が腐敗せず美術館内の彫刻のように残るのみ。
【これがそなたの奥の手となる魔法なのだな】
流石に面食らってるようで四度目の正直となりそうです。
マグマバード程度の火力は訳なく凍りつかせられるこの最凶じみた性能の魔法では、この空間内で発動し続けなければならない私自身も危ないですが、元よりアンデットの身なら死の世界での生存も現実的な話。
昇天するのは魔王一人です。
【そなたの魔法を一通り打破してみたが、追尾性に頼りきりで守りが疎か、即ち魔法の扱いが不慣れと見えた】
「不慣れ? だからどうしました、まさかこの氷結地獄さえも打破するという腹積もりなのですか」
【磨き上げた魔法とは、こういうことだ。《ダークマター》!】
……あれほど強力な魔法で暴れてくれたのに、まだ上の魔法があったのですか。
ブラックホールのような暗黒の球体を出現させ、そこから光線が見境なく乱射し凍りついた景観を破壊している様はひたすら圧倒されるしかありません。
どうやろうが死中に活を見出してきますか。
このまま魔法同士で撃ち合えばこちらが惨敗、頼れるのは直接的な攻撃のみですね。風穴も塞ぐ時間は十分稼げました。
【そして攻撃魔法だけが芸ではない。これを試練として乗り越えてみせよ《ファンタズムキングズ》】
む、飛び退いて距離をとった魔王の体から何かいくつか弾けたものが地面に落ちています。
その梅の種のような破片が吸血鬼の再生のように肉を膨れ上がらせて形を整えてゆき、翼で体をくるむようにローブを纏いました。
「これが試練ですって……決着をつけに来ているの間違いでしょう」
それ一つ自体は初見ではありませんが、見たことがあるからこそ気圧される姿。
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エネミー名:【魔王】Lv1
状態:不明
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エネミー名:【魔王】Lv1
状態:不明
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エネミー名:【魔王】Lv2
状態:不明
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エネミー名:【魔王】Lv12
状態:不明
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エネミー名:【魔王】Lv30
状態:不明
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上の階で仕留めたものと同じ影武者が五体、いえ、その後ろにもう五体控えているようです。
しかも確認する度にレベルが変化しており、上昇するスピードが止まりそうにありません。
【ファンタズムキングズを戦術ではない意味で披露したいと思えたのはそなたが初だ。お愉しみは続くぞ、熱き戦いを興ぜよ! 《マグマバード》】
【《マグマバード》】
【《マグマバード》】
【《マグマバード》】
【《マグマバード》】
【《マグマバード》】
炎の形をした鳥が空中を熱で支配し、滑空しました。
ガワだけでなく魔法の発動範囲や威力まで本体と同様ならば、捌くことも出来ず一瞬にして焼き尽くされるに決まっているじゃないですか。
「《破壊の技能》!」
一体目、二体目、三体目、四体目。魔王の影武者はまだレベルが低いため、一度の斬撃でマグマバードを行使する数体を優先しながらまとめて葬れます。さあこれで五体目。
【《クロノリープエイジング》】
「…………!」
強化状態が解除される衝撃で叫んだはずなのに、声が出ません。
ついに声帯まで犠牲になりましたか。
残るもう五体も、うかうかしていればレベルがカンストまで上がりきって手がつけられなくなります。
ですが、影武者の包囲の後方に居座る本体を何とかしなければ、安全圏からブレイクスキルを消される負のループ。
覚悟の上で、《破壊の技能》発動です。
【《ファンタズムキングズ》】
【《ファンタズムキングズ》】
【《ファンタズムキングズ》】
【《ファンタズムキングズ》】
【《ファンタズムキングズ》】
分身魔法まで本体と同様って、ムシャクシャしてくれます。いっそ羨ましくなって僻みが口に出そうなズル能力ですね。
六体目、七体目、八体目、九体目、まだ脆いので一撃の剣閃で屠れます。しかし十体目が予想以上に粘りますね。
影武者になる破片は両断することで食い止められはしましたが、手こずれば状況が悪くなる一方なのは、おおよそ体半分もガラクタになっている私の状況を鑑みれば火を見るより明らか。
【ふっはははは! 面白い、素晴らしい! 身体機能の喪失をも顧みず立ち向かう姿、まさしく人間だ、人間の戦い方だ! 《クロノリープエイジング》】
嗅覚!
血臭の反応が消失していたため、嗅覚が代償にされていたのは推理する間でもない簡単な答えですが、第三の目とも言える部位を失ったのは痛すぎます。
もし次に視力を失くしたら後がありません。
こうなれば腹を括って神風特攻です。
接近のためだけでもブレイクスキルを使うことは躊躇ってはいけません。
跳び上がって切り裂きながら、奥にいる本体へと影武者の肩からジャンプし、その後は頭蓋をかち割りたいものですが。
【《クロノリープエイジング》】
しまっ……攻撃のために右手だけは避けたかったのによりにもよってです。
剣が手からするりと離れ……ですが立ち止まることも振り返ることもすればすかさず狙い撃ちです。
ブレイクスキルを発動しながら落下し、左の腕を鬱憤のままに思い切り引いて、今。
「…………」
ふ、ふふ、笑い声は出せませんが、やっとです。
魔王の首根っこを掴んでみせました。
強がっているのか誇り高く死にたいのか、精悍なまま微動だに魔王の顔。
この表情を恐怖に染め上げたかったのですが、それが叶わないほどの超難敵だったと敬意を払いましょう。
これからこのカサカサでやせ細った首を握り潰すもしないも私の思い通りと考えると、嬉しさのあまり眉が釣り上がるもの。
客観的な視点からは我慢出来なくなったロリコンのように見えるかもしれないでしょうかね。
【本当に、儂を殺せるか?】
年貢の納め時に相変わらず命乞いのつもりなのですか?
まるで本質を見抜いたような眼差しを送ったところで、あなたは相容れない敵なのですから、絞め殺すのに微塵の後悔はどこにもありません。
そうとも、赤信号程度の交通ルールを無視出来てこそ悪。
絶対悪たるもの、まかり通る道に何人の善人や弱者が赤信号を掲げて行く手を阻もうと、馬鹿正直にブレーキを利かす必要などは――――
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だだっ広い宇宙に一人放り出されたような感覚。
上下や平衡感覚を手に出来ないまま、無重力空間でふわふわと彷徨わされているものと同然。
静かで、無臭で、真っ暗で、何も触れず味わえず、泳ごうとしても藻掻こうとしても根本的に体を動かすことが不可能なため、何もしないことが最大の暇つぶしになってしまう味気ない世界です。
全ての感覚が閉ざされた景色とは、まるでこの世が始まる前のようなところだったのですね。
「…………」
私は、やるだけのことはやりきりました。
目も耳も塞がれ、四肢それぞれに力が入れなくなっても、この体がピクリとも動ける限り立ち向かい続けました。
でしたが、ここで終わりですか。
ええと、思い出せる範囲では魔王がガイアナックルを発動して私を壁まで吹き飛ばし、ふり出しにされてもなお距離を詰めるためにブレイクスキルを連発しましたが……ここで記憶が途絶えてるということは、つまりそこで限界だったのでしょう。
なのでブレイクスキルを発動しようとしても拒否されてしまいます。代償に出来る部位は全て捧げてしまったのです。
あとほんの一ミリのHPバーになるところまで迫れたのに、勝ちに届きませんでした。
「…………」
敗北による死を待つことしか出来ないこの体。
ですがどうせこんなものです。
悪とは最終的に倒されてこと悪です。
全ての糸が焼け切れ、絶対悪を演じられなくなったマリオネットはただぐったりと机上に横たわり、観客からのブーイングを浴びながら焼却される運命。
絶対悪の最期に劇的さは不要でいいのです。
身の丈に合った死で敗退すると考えれば、普段の私なら文句や不満も無く甘受していたでしょう。
でも今回ばかりは悔しいですよ。
せめてあと一撃、なんとかして一撃、そうすれば間違いなく勝利して魔王降臨イベントにおける最大の恐怖になれたのに、こんなに惜しい終わり方がありますか。
それに後悔もあります。
もしあのとき、魔王による勧誘に承知し、救いの手をとっていればと反芻するだけで、大切なものを壊した時のように悲壮な気持ちになります。
魔王の甘言は信用していないわけではなく、むしろ本当の理解者となってくれると確固たる信頼を置いていました。
思わずその感情に駆られ、首を握り潰すのに一瞬迷ったのが敗因です。
自己否定を否定してくれていたのに、なのに頑として負けが確定するまで否定し続けてしまって、結局私は何がしたかったのかも分からなくなります。
「……っ」
私は、傍に寄り添ってくれる人がいても結局独りです。
死んで当然ですね、私。
というよりも独白に夢中になるあまり非常に今更な疑問ですが、何故かデスポーンしたメッセージが届いていませんね。
考えられる状況としては、殺すよりも残酷な公開処刑。
捻くれた我儘をやめなかった挙げ句指一本動かせなくなった吸血鬼を晒し者にしたいなら、それはそれでとも思いますが。
【お…………り…………】
呼び声がします。
テレパシーなら魔王、なのでしょうが疑問ですね。その声色は優しさで溢れていて死する直前とは思えない安らぎが感じられます。
【り……お……】
もしこれが魔王なら私に引導を渡しに火葬でもするはず。
それを一向にしないということは、まさか魔王ではないのですか?
辻褄が合わな過ぎて自力で答えにたどり着けません。
【気づいて……】
一体誰なのですか、呼び声の主は。
【魔王は私が倒したよ、私達は勝ったんだよ! お願い、気づいて、RIO!】
なんだ、あなたですか。




