魔王降臨 その6
二次選考落ちました。
応援ありがとうございました。
【儂は今……万感の思いにある……。肉体は吸血鬼なれど、精神は真の人間。辛かっただろう、空回りの連続で疑心暗鬼に苛まれていただろうに……】
先程まで親の仇のように憎悪していたとは思えないほどの手のひら返し。
違法なアルバイトの誘いよりも胡散臭い友好的な態度は、正直言って気味の悪さが今まで葬ってきた敵の中でダントツです。
「私のどこを注視すれば人間に見えるのですか? はぁ、いよいよもって頭の方まで幻覚症状極まってしまったようですね」
【ふっふっ、卑下はいずれ身に沁みてしまうぞ、誰が何と言おうとそなたは正真正銘人間だ。蹂躙の宣言をする一瞬、エリコのような人間と同じ心の揺れを見た】
どうしてそう誇らしげに語れるのですかね。
恐怖のあまり本当に壊れてしまったことにしましょう。
これを仕様だと認めれば、私の敗北条件を満たしてしまいそうなので。
【歳は15か16、なるほどな、あのエリコが信頼し心通わせ慕い合うのも頷ける】
「舞台から降りた人の名前を餌にするだなんて、今世稀に見る戦略家ですね」
【よいよい、エリコを奈落の底へ閉ざしてしまったことは地を削ってでも頭を下げて詫びよう。儂はそなたと殺し合う理由は無くなった……】
どうやらこの魔王は毒気が抜けきったらしいです。
殺意が消失し、申し訳程度にはあった強大な敵としての威厳もどこかへ迷子になってしまってますね。
小さい子がおねだりする時にありがちなつぶらな瞳で見つめられればそうとしか思えません。
「そうやって中身のない所感ばかり長々語って信用しろと?」
魔王の上っ面の言葉、のらりくらりと拒んでいればいずれ相手側からボロが出るはずです。
人が嘘をついているかなんて、簡単に暴けるのですよ。
表情や声色から読み取って、その欺瞞で彩られた魔王らしい内面を釣り上げてみせるのも一興でしょう。
「儂はそなたを迎え入れたい」
「っ!?」
私は、驚いたのですか。
魔王がテレパシーを切り、その小さな口を開いて肉声を発しました。
枷が無ければ何不自由なく喋れることはもちろん、声色に誤魔化しが効くテレパシーを使わないという判断。
それに「迎え入れたい」とはまるで古き良き愛の告白のような直接的な勧誘、それを人間の敵である私に行ったのですから。
信用に値するという魔王なりの証拠提示なのですか。
それに、余裕の笑みを浮かべて聞き流すつもりだったのに、私の中で揺れ動いたものとは……。
「RIOという人間の理解者となりたい。そなたは、悪と罵られるしがらみから救われるべき人間なのだ。どうか信用して儂の手をとってはくれぬか?」
……なるほど、御猪口ってますね。
魔王が憐憫の情を表し、謎の涙を一滴一滴垂らす度に私の中で沸き立つストレス、苛立って苛立って息の根を止めたくなるこの嫌悪感。
そうでしたか魔王、私をただ殺すだけでなく、嘲り見下し、しまいには感動したりやらで私の絶対悪としての面目も丸つぶれにするという狡猾な策に打って出たのですね。
勝とうが負けようが同じ事、なんかではありませんでした。
「謝りたいのはこちらの方です。この私を人間だのという誤解を招いてしまうほど甘くしていたのは事実なので」
困惑が振り切れました。
あの手この手で泥を被せにくる天狗になった魔王には、永久に口が利けなくなるほどの恐怖に縛り付けてから殺さなければ死んだ後も侮られ、完全無欠の絶対悪には一生かけても成れません。
勝ち筋の方は見えています。
こちらには、よほど追い詰められた時か本気で癪に障った時だけに使用を解禁する技能を温存していましたから。
「胸焼けするので甘いものは無しにしましょう」
そして今現在、後者のパターンに該当しました。
【くっ、この凄まじい殺気……。そなたもか……そなたも所持者なのか!】
「おやまあもう恐怖しているようで? 一度似たようなものを食らっただけあって、察しの良さには定評がありますね」
その察しの良さのせいでなお長く恐怖を味わえると察してくれているなら嬉しいのですがね。
【それを発動してまだ戦う気か、よすのだ! 十分に健闘しただろう! 儂は、そなたと戦いたくはないのだ……!】
「《破壊の技能・君主に撃滅の役割あれ》!」
発動しました。神にでもなったような、アドレナリンの分泌量で目眩が襲ってきそうなこの高揚感、いつ何時でも楽しみたいほど病みつきになります。
されど一番に高揚する事を挙げるなら、魔王に絶対悪と対峙する恐怖を貼り付けられることに尽きますね。
これでこの壊し合いは9秒間も私の思うがままに壊すことが可能でしょう。
「まずは私のことをバケモノとしか呼べなくしましょうか!」
全て視え、全て聞こえ、どんな魔法が来ても難なく躱せる自信は満ちています。
直線距離を突っ切り、正面から真一文字に斬り伏せて破壊。出来上がったあなたの死体は、無力であどけない少女の死体として古城に飾ってあげましょう。
あと三歩、あとニ歩、いけます。
魔王は反応が遅れているようで、マグマバードもガイアナックルも放つようなモーションは見せません。
……いえ、魔王の口が詠唱しているように見えました。しかし、止まれば貴重な時間が無駄になるだけ。
今の私なら、どんなものが飛んでこようとも無敵。恐れの感情は捨てるのみです。
「食らいなさいっ!」
「《クロノリープエイジング》」
く、知らない魔法。
何かは放たれたのでしょう。
しかし、何が放たれたのかが認知出来ませんでした。
それどころか何も放たれていないようにしか、さては不発ですか? ブレイクスキルの動体視力をもってしても分からなかった以上どうあれ踏み込んで斬り伏せれば……。
どうして景色が変に、地面に落ちるかのように目線が下へ下へと……。
「あっぐ! がっ!」
あれ、私、踏み込んだつもりが転倒していたのですか。
体勢をもどせず、顔面から打ち付けるように倒れて、勢い余って地面を転がっていて、何が何だか理解不能です。
「何が起こって……! 私の体、どうなって……」
おかしい、体の傷が中途半端に再生済ですし、踏み込むつもりだった足に力が一切入らなくなって両足で立てません。
……あああそんな、何を食らったのか察してしまいました。
「時間関係の魔法ですか!」
「いかにもだ。儂の首級を狙う下手人に対し、強制的に肉体の時間を一瞬の内に自由に進めることが出来る魔法、クロノリープエイジング。有効範囲は1分だろうと1時間だろうと……10年だろうと100年だろうと無制限に進められる。いかなる英雄的な人間であれ劣化や老化の前には歯が立たないというもの、たちまち天寿を全うした死が迎えに来る。興冷めの折にのみ明かして下らぬ戦いを終いにするための奥の手だ」
やはり時間関係の魔法でしたか。
ですが、その舌っ足らずでありそうな口から語られた説明は、私の想像を正々堂々優に超えてくるスケール。
「だが無限の刻を生きられる吸血鬼にはいくら時間を進めても魔力の無駄よ。よって“9秒”を指定、そなたの時間を0秒の間に経過させ、ブレイクスキルが役割を発揮しなくなる時間まで過ぎさせたのだ」
一体どんな修羅場をくぐればそんな悪い冗談を思いつけるのですか。
敵の時間すらも自由に操れるだなんて、そんな能力まるで神の御業ではないですか
「頼む、聞く耳を持って欲しい、儂は心の底から辛いのだ。哀しみが積まれるだけの戦いは終わりにしよう」
ブレイクスキル、私の奥の手で最大火力の技が早速破られるとは、最早万事休すですか。
右足を代償にされた以上、走ることはおろか足腰に力を込めて剣を降ることも困難。
おや、勝機が見えません。目の前が真っ白です。
本能が負けを認めたのですかこれは。実際問題脳内でどう詰め将棋しようとも私が討たれるビジョンしか見えません。
ここまでですか。
勝てない相手から屈服する道が示されれば従うしかないのが道理なら、そうかもしれません。
「……はああああっ!!」
【何……を!】
上半身を回し、逆袈裟で魔王を斬りつけました。
体はまだ過不足なく動きます。たとえ屈服する方が現状最多の利益を手にするとしても、体の動けるところを動かして足掻くことは出来ます。
「死に晒しなさい!」
【やめろ人間! これ以上我が道を行けば、そなたの理解者が全て離れてしまうのだぞ!】
魔王の頸動脈辺りに斬撃を入れ、続けて斜め向きに跳躍しながら横蹴りを食らわして相手の首辺りを脱臼させました。
【自棄になるな! 後ろだけを向くな! 己を否定するな!】
この程度のダメージでは屁でもないようですか、以前までのように壊し合いに拘れば本当に負けです。
無慈悲に、残酷に、ヴァイオレンスに、死の覚悟というものを刻み付け、恐怖から覚めない内に迅速に殺す。
絶対悪は決して屈しはしません。プライドを纏って完全無欠でなければ単なる小悪党と変わりありませんから。
【そなたは儂とは対の存在だ。有象無象の魔族よりも秀で、人間の肉体を得てしても魔王でしかなかった儂とは違う、確かな人間なのだぞ!】
「あなたの言葉は全て無い物ねだりか命乞いにしか聴こえなくなりましてね。そんなにも必死に見つめられれば、嫌でも瞳を壊したくなるではないですかね!」
【んぐおおおっ! 目が……!】
眼帯ごと愛らしい左目貰いました。
死角さえ生まれれば付け入る隙も現れます。絶対悪の悪あがき、ここが屈指の盛り上がりどころですね。
【ぬぐぐぐ、よいな!? 儂の魔法は加減が効かぬぞ! 《マグマバード》!】
勧誘に日和っているかと思えばしたたかに反撃。
近づきすぎましたか。この至近距離、そのうえ片足が機能しない以上見切ったとしても躱せません。
耐えきるのも難しい以上は、使うしかないですか。
「《破壊の技能》!」
上手く発動出来ました。魔王も焦って魔法の発動を破棄しています。
ここまでは良いのですが、魔王の手札の前には死にスキルも同然です。魔王の次の手、ほぼ確実に持続時間を消し飛ばしてくるでしょう。
【無力化しよう。滅さずにな……】
流石に判断の速さは暴力的なほどですか。もう発動寸前です、一撃も与えられず無駄撃ちになりそうです。
ブレイクスキルをその場しのぎだけで終わらすなんて贅沢なだけ。こんな調子で無駄遣いすれば植物状態一直線です。
1に発想、2に発想、34で発想、切り抜けるための発想を閃けばちゃんと無駄にはなりません。
いつものこと。発想が降りてくれば、降りてきたものに全てを賭ければ絶対に何とかなります。
……これです。
「《破壊の技能》! これでえええっ!」
【重ねがけっ……!? がばあっ!】
やりました、成功しました。魔王の喉元に真一文字の剣閃を食らわせました。賭けで得た成果は丸儲けです。
ブレイクスキルを二重に発動し、時間操作の魔法よりも更に速く行動すれば力技で対処可能。
負荷により目から赤い涙が垂れ、気を抜くと意識が昇天しそうな快感の度合いは予想してませんでしたが、どうにか慣れました。
この二重ブレイクスキルは私の思い通りに使える道具ですね。
「残酷な死への恐怖が増大しましたか? ふっふふふふふ、っ……」
唐突に重力が強くなった感覚に襲われました。
左耳から喧しい耳鳴りが起こり、右の視界が狭窄して瞼を開けるだけで苦痛なほど。
これは、ブレイクスキルをかき消されましたか。
代償も二重、こちらの集中力を削いでくる部位に襲ってきましたね。
【儂は死なぬ、死ねぬ、死にきれぬ。そなたの心を救うまでは!】
なんともまあ見かけによらない渋い耐久性を誇示してくるものですね。
向こうが意地ならこちらも意地です。
完全無欠への拘りも捨て去ります。
「救うものはどこにも無いのに速やかに死ねないなんて、可哀想ですね。《破壊の技能》!」
一本ずつ糸の焼き切れるマリオネットに成り下がろうと望むところです。魔王のしょうもない願望も主義も私の大得意な暴力的恐怖で否定して差し上げましょう。
長らくお待たせしました次回決着です




