魔王降臨 その3
この1ヶ月以上の間、スイッチを買ってしまい、金カムを読んでしまい、安土桃山時代で立身出世していたことを懺悔いたします。
「ま、まだ諦めるには早いと思いませんか。失敗したならもう一度、私もエリコもHPに余裕が残っているでしょうからまだ……」
「だからくよくよタイムやめーっ!」
耳元だというのに鼓膜の心配を考慮しない声量で怒鳴られました。
感情的になっても仕方ないのは重々承知しています。
問題はそこではないのです。
「ですからあなたのその作戦の意味が分かりません! 個人の力だけでは勝てない格上相手なのに、どうしてそれを否定する戦術をやれというのですか!」
「でも無理に合わせようとするからどん詰まりなんだってさっきから痛いほど分かってるよねっ! こっちも真剣に考えたの!」
エリコにしては一歩も食い下がってくれませんね。これでは埒が明きません。
あなた、失敗した作戦の逆方向に走るだなんて浅はか過ぎるのではないですか。
1に1を掛け算したところで1にしかならないのですよ。1+1を2にしつつ3以上の効果を発揮しなければならないのが原則として戦いの肝なはずでしょう。
そうこうしている内にも、サウナの比ではない熱気が迫ってきました。
「時間ないから三箇条で話すよ。一つ、魔王を倒すことだけを考えること。二つ、自分の身は自分の力で守ること。三つ、どんな手段でも臨機応変に自由に使いまくること。そのためにお互い傷つけ合っても後ろで棒立ちとかしてても恨みっこなしで!」
「ちょっとエリコ! 理解させて下さい!」
制限時間が迫っているので仕方ないことではありますが、私のイエスを聞くより早く剣を構えて魔王に突撃していました。
とりあえず、力を合わせるなと伝えたいのは何となく理解出来ます。
ただそこからどうやって立ち回れば良いのかが問題です。
出遅れてしまいましたが、私も戦線に加わるべきでしょう。
【言い争いは済ませたか。この儂を、この魔王を、土の玉座からひき落とすほどの可能性を見せてみよ】
「そろそろ覚悟してもらうよ! ここからは全力でぶっ潰しにいくから!」
するとエリコの剣に眩い稲妻が落ちて纏わりつき、間合いが広がったと同時に両手で剣を構え直していました。
例の縦一文字ですか。
いい判断ですね。これで切り込めば枷で防がれようとも雷の副次的ダメージもあって怯ませられるはずです。
「《雷光横一文字》!」
「よ、横! っあぁっ!」
雷撃が後方の私にまで襲いかかってきました。
私が悲鳴をあげてもキャンセルする様子は見えません。
【ほお、仲間ごと攻撃しただと?】
間一髪で双剣を駆使して防げはしましたが、魔王の言葉と同じ疑問しかありません。
何故、私が攻撃範囲内に含まれていることに気づいていながら放つだなんて、まるでジョウナさん辺りへと人が変わったかのようです。
「エリコ! 私まで巻き込んでますって!」
「言ったはずだよ! 恨みっこなしだって!」
「それはそうですが……」
エリコの語気に気圧されて何も言い返せませんでした。
【奇妙なことだ、仲間割れを割り切ったのか? それとも油断を誘うための策か?】
まるで探りを入れるように疑問を呈してきましたが、それはこちらが一番聞きたいことです。
こんなエリコ、連携を断ち切るほど私のことを恨めしく思っているとしか考えられません。思い当たる節がいくつもあるとはいえ、考えたくもない想像ですが。
【《マグマバード》】
「うぉらあああっ!」
魔王の放ったオレンジの鳥は雷の帯に巻き込まれてその形を維持できなくされ、威力や熱量を落としていました。
「もーいっちょ!」
【さては破れかぶれの特攻か? そなた一人の勢いだけでは気力が先に尽きるぞ】
「ふんだ、全然余裕なんですけど!」
相殺するだけでは終わらず、何度も回転して視界全てに雷のエネルギーを無尽蔵に放つと、もし木が並び立っていればボーリングのピンのようになぎ倒せそうなほど、狂戦士さながらな豪快さです。
だからこそ、魔王に近づく以前にエリコのフレンドリーファイア上等の範囲攻撃により真っ直ぐ進むことさえままならないのです。
「エリコ、本当にどうかしてしまったのですか……」
最早この私ごと魔王を倒すつもりのようにしか見えず、さりとてその程度の力押しだけで魔王を倒すにはまだ火力不足。
それに、あの威力では恐らくMPの消費量も馬鹿にならないでしょう。
エリコが先に尽きるというのは正解です。
しかしエリコはきっと私の協力を頑として拒むでしょう。
ならば、仲間であるエリコを止められずさせられず一人暴れさせるしか出来ない私がするべきことは……。
『ん? 今俺を見たな?』
『RIO様やっとこっち向いた』
『エリコに夢中でついにワイら忘れられたかと……』
『いやいやでもでも、不肖わたくしとしてはずっとエリコを見つめている方が癖に刺さるので……』
『ワイは観葉植物です、気にしないで仲直りしてください』
私の仲間と言えるのは視聴者様方だけになりましたね。
ですが、つまるところ仲間は依然として大勢いるということです。
これはエリコの方もまた然り。
「エリコも私も、最初から1ではありませんでしたか」
エリコとの連携、捨てれば勝てるというならば捨て去ってみせましょう。
観ている方々の文字の声援を受け、私個人の頭脳と全力をもって戦うべきです。
【そなたは限界が近づいてきたな、期待していたよりも遥かに物足りない】
「だああーっ! 限界は超えるものっ!」
エリコはあと少しは堪えてくれると期待しましょう。これから私の行う戦術に対して批判しないことも同様に。
雷の帯はまだまだ真正面から高速で迫ってきていますが、高く跳躍することで回避。
【ハハハハ! オレの最強の気弾に敵はない!】
【任せておけ、お前の敵は全て私が消してやろう】
落ちながらフラインとヴァンパを召喚し、武器は魔装銃に変更。
「いいですかフラインにヴァンパ! エリコもろとも魔王を一斉射撃です!」
「っ! RIO!」
エリコはこちらの声に気づいてくれました。
あなたの作戦とはこういうことなのでしょう。
今の私の言葉はエリコの背中を撃ち抜く宣言ではなく、エリコが撃たれるよりも先に退避行動をとってくれるためにかけた一声です。
これで引き金に置いた指を引くことへの躊躇が無くなるというもの。
「今!」
エリコが横へスライド移動をしたと同時に連射。
【この目で全て見切っている】
流石に魔王、弾丸が届くよりも先に魔力で生成した障壁を張られましたか。
ですが、魔王の知識は封印された時から停滞しているようですね。
【ぬうううっ!? あれは杖ではないのか、この鉄の弾は魔法でもないということか】
その障壁で防げているのはフラインとヴァンパの遠距離魔法だけで、私の放った銃弾はすり抜けるように貫通しています。
どうやらあの障壁、遮断出来るのは魔法だけで物理は通してしまうようですね。
「これは魔法ではなく弓矢に近い類の近代兵器だなんて、古代人の魔王には知りもしないでしょう」
『よしよし巧い判断したな』
『くらえ魔王! 一発一発の弾丸が、お前の体を削り取るのだァ!』
『でも口ではエリコごと撃つとか言っておいて、ちゃんと魔王だけをぶち抜いたRIO様は評価されるべき』
『正直ヒヤッとした』
『おかげでエリリオは仲違いも破局もしていないと分かってプチうれしこ』
『阿吽の呼吸かたまたまか分からんが却って連携らしくなっている!』
ええ、エリコから見限られたかと勝手に思い込んでいた私こそが不信感に負けていました。
これでようやく全て把握しました。私もエリコも自分の身は自分で守れます。
そして、手間をかけて言葉にしなくても以心伝心の如く伝えたいことを読み取り合いながら効率的に戦うのだと。
むしろ固い信頼で結ばれていなければ到底踏み出せない作戦なのでしたか。
連携を捨てると言いながら新たな連携の形を思いつけるなんて。
「どこの影響を受けたのか。全く、しょうがないエリコですね」
引き金を維持しつつ魔王へと駆け抜け、また足を止めず武器を大剣に変えます。
【……ハッ!】
魔王が時代の変化にあたふたしている間に接近し、一回転して袈裟斬りを縦に命中させられました。
「手応えありです」
【邪な吸血鬼に遅れを取るだなど……】
「ちなみにあなたのような少女の外見と生意気な性格を合わせると、現代語訳では『メスガキ』と呼ぶそうですよ」
【地上の知識自慢、無用の長物、下らぬ下らぬ】
相手の指はじきで放たれたカッターをいなし、即座に牽制のために一回転して反撃。
ですが、あることに気づき攻撃の勢いを止めかかってしまいました。
回っている最中に見えたものの中にはエリコが何かの液体が入ったビンを投げつけている光景を目にしましたから。
「行っけー! 爆裂デスポーション!」
「エリコ、あなた何を!」
【何だと、また仲間もろともか】
一歩出遅れました。回避不能の距離まで爆裂デスポーションなどという危ない響きである謎のアイテムが迫ったため、打ち返すなりしなければ私も少なからず中の液体を浴びてしまいます。
『待て、デスポーションは死属性、RIO様は効果が反転するから平気だ』
『昨日のエリコの配信、消耗品一つにも金に糸目をつけない買い物してたが、ついにここでふんだんに使い切るつもりか』
『ニクいねぇ、エリぴよ』
ふむ、私の場合は避けなくても無害ですね。
ここは魔王に打ち返される前に腕を一振りして先にポーションを両断してしまいましょう。
「むっ……と、こうなると分かっていれば躱しとくべきでしたか」
耳を割く破裂音と戦場全体に広がる煙幕によって、反射的に視界を腕で塞いでしまいました。
催涙弾なのですかこれは。私のHPは徐々に回復しているとはいえ、視界が効かないとエリコの次の攻撃も目で探れません。
【体の内外から激痛が止まらん……がぽぁっ! この幼い体にデスポーションは荷が重いか……】
ですが魔王の方は煙幕に加えてかなりのスリップダメージを食らっている状態。
この状況で有利になったのは煙幕を味方につけた私の方と言えましょう。
眼の前が何も見えなければ血の臭いで探り、撹乱しつつ攻めの姿勢に回りましょう。
「すんすん……あっ、エリコの匂いがします」
魔王の後方から距離を詰めてゆく反応……エリコしかいませんが、おおかた煙幕に紛れて不意打ちを仕掛けるつもりでしょう。
【《カルラ……】
煙幕を風で払う手に出ましたか。
武器を一旦離して力ずくです。
【……ウィンっ!】
風を放とうとする腕を掴み、270度の角度にへし折って
風は真上に飛んで行きました。煙幕は未だ辺りを包み隠すように覆って晴れません。
「子供相手ですが、とっくみ合いをさせて頂きましょう」
そのまま手首へ掴みかかり、ついでに足を踏みつぶして拘束。
【《マグマ……】
む、焼いた鉄板に触っているような熱の感覚、掴む腕から伝わってきます。
ですがここまで抑えつけられればゼロ距離から食らう前にこちらの連携も成功するはずでしょう。魔王から手を離すのは、あなたの技に合わせる時だけ。
「さあエリコ! 今こそが私ごと斬れる時でしょう!」
「《雷光縦一文字》!」
感電されないようにすぐ近くから迸る稲光に合わせて後退。
しかもエリコとのタイミングが寸分の狂い無く合ったようで、魔王は背中から斬り裂かれ、その落雷にも似た衝撃で吹き飛んでいきました。
『すごい!』
『すごい!』
『すごい!』
『うまい!』
『また見てるだけでヒエヒエする連携攻撃が決まった!』
芸術的なまでに見事に決まりましたね。魔王が無抵抗で食らったのが不自然極まりないほど。
【……そなたらの作戦の像が見えてきたぞ。これこそ儂が堪能したかった人間の可能性、付け焼き刃だが魔王にも剣先を届かせた絆の力こそ! 《カルラウィンド》】
「ぐっ!」
ここで風魔法ですか、妨害されない距離をとるためにわざと直撃を受けたのでしたか。
この風魔法は攻撃目的にしては私達と離れ過ぎています。息継ぎのため煙幕を晴らす目的でしょうね。
ただこの火力では近づくだけでも危ういので観念して攻撃範囲外へと撤収。
咄嗟の判断はどちらも同じ選択をするようで、エリコも私の隣で並走しているのが見せました。
「あなたの爆裂デスポーションを無駄にしてしまいましたが、確かなダメージは稼げてます。連携も上手くいっているので仕切り直して次も同じ作戦で行きたいと……」
魔王から目を離さないようにしつつそう言葉を並べていると、この地底の戦場においていささか感じ得ないはずの香りに鼻孔をくすぐられました。
――桜の香りですか?
いいえ香りだけではなく、実際に一片の桜の花びらが私の目の前にひらひらと舞い落ちています。
好奇心から、それに指を伸ばして触れた途端。
「む、指先を切ってしまいましたが、これは花びら型の刃? もし花びらが刃の性質を持っているのだとしたら、一体どなたから……」
「機能回復用ポーション準備よし……よしっ!」
「エリコ?」
何かの決意を固めたエリコの声。
それを聞いた途端、桜の花びらが二つ三つ、一つ瞬きする間に何百何千何万と数を確認するのも諦めさせるほど際限無く顕現されていたのです。
出どころを探る間でもなく、片手にポーションを持ったエリコの周囲の空間から吹き荒れているようでした。
『お前ら見ろ! ついにエリコのアレが出るぞ!』
『ついに!? というかアレって何だ?』
『年取るとアレとかソレとか多くなっちゃうのよねぇ』
『見れば分かる。だが見た瞬間驚きで目玉がひっくり返っても知らないぞ!』
この映画のクライマックスにも似た高鳴りは……あのときジョウナさんが放った音符の嵐に似た感触は……。
「あなたも習得していたのですね!」
私にも見せて下さい。あなたが最も力強く輝く姿を。
「これが私のとびっきり! 《破壊の魔法・桜の姫君》!」
嵐のように渦巻く桜の花びら全てが螺旋の柱となって天井高く吹雪き、結集し、エリコの後ろで下半身の無い巨人の姿を型どっていました。
これが、エリコのブレイクマジック。
「凄いです……」
途方も無いスケール、卒倒しそうな威圧感、それでいてエリコらしさが全開でいて、目も心も奪われ語彙が幼稚になるほどです。
発動に成功したエリコは早速動き出し、近くにいないはずの魔王に向けて腰を深く落として拳を構えていました。
そうすると、巨人の方もすぐさまエリコに連動して腕を引き、巨大な拳で殴る姿勢に入っていました。
なるほど、そういった能力ですか。
花びら一つ一つが刃となっているのに、それらで作られた拳で一撃殴られればダメージは尋常ではないことでしょう。
「うおおおおいっけえぇ!」
エリコが拳を振り下ろしました。
私自身も、何故か拳を握りしめていたのは何故なのでしょうか。
嗚呼、私は今、真のエンターテイメントを体感しているのですね。
あっと驚くサプライズによって観ている人達を熱狂させる、ひとえにあなたが有名になれた才能の全貌!
「思い切りぶつけて下さい! エリコ!」
「私のRIOは世界一かわいいよパンチー!」
あの、なぜ惚気なのですか。
そういえば第10回ネット小説大賞で一次通過してました。