魔王降臨 その1
聖銀の針矢の名前の由来は聖銀製。
ではなく、聖銀と正義の韻を踏んでいるというだけです。
だってほら、製造元がアレだし。
魔王の影武者にぬか喜びさせられたのはエリコにとって精神に致命傷一歩手前のダメージを残す結果でしたが、私にとってはだから何だという話です。
倒していないのならまた倒しに行くまで、影武者が無尽蔵に控えていても鏖殺するまで。
聖銀の針矢はほぼ無駄撃ちに終わってしまいましたが、アイテム一つ程度で私とエリコの仲は揺らぎません。
多少遠回りになっただけ。
エリコと力を合わせて必ずや魔王をこの世から消し去る結末のみが、変わらないもの全てです。
『泣いても笑っても次で終わり』
『でもどうせなら笑って終わりたいよな』
『俺ェ、この戦いが終わったらエリリオがケッコンカッコユリするんだ』
『↑フラグよりも俺ェの話なのかエリリオの話なのかが分からない日本語だな』
笑うですか。
エリコと遭ってから、殆どの時間を嬉しさから笑って過ごせた気がします。
「フラインとヴァンパの怪我は治したよ」
「助かります」
エリコの回復魔法によって、我が方の状態としては万全そのものです。
「……まだ歩くんだね」
「あまりにも長い階段なのでくたびれそうになりますね」
ただ暗いだけの景色は変化に乏しく、普段ならコメントに返事する程度しかやることが無い退屈な場面でしょう。
しかし、その分エリコと一緒にいられる時間が長くなると考えを変えてしまえば幸せな時間です。
「攻撃されて足踏み外したらすごい転げ落ちそうだし、気が抜けないかも」
たとえばそう、さりげなくあなたの背中に移動して腕をまわしてみると、かわいらしい反応が聞けるはずでしょう。
「り、りおっ!? どしたの、もしかして敵きてるの!?」
これは、勘違いをしているフリですね。
敵だ敵だと騒ぎ、ドキドキをどこかにそらそうと必死になっているのは透けて見えます。
「いいえ。ただ、何となく甘えたくなる時期が私にもあるだけなので」
「甘えっっっ!?」
これは、心臓の鼓動が一気に激しくなって、音まで伝わりそうなほどです。
いつもは人の迷惑を顧みずどこでも触ってくるくせに、攻められると途端に弱くなるなんてまるで高火力紙装甲なのですか。
また一つあなたの好きなところを発見しました。
「嫌でしたか?」
「いやとかじゃないけど……やるならもっと平和な時にやってよぉ」
「口ではそう言いつつも、尻尾の方は『もっと触って』としきりに仰っているようですが」
「くぅん……RIOのむっつりすけべ」
意趣返しをしてみれば、尻尾をハタキみたいにパタパタ動かし、真っ赤になっては顔さえも合わせてくれなくなりました。
エリコの頭の中は私でいっぱいでしょう。
ふふ、ずっと私のことだけを考えていればいいのです。
「ふむふむ」
「ふむふむって何!? わんっ、きゃん!」
あなたの体をまさぐってみると、装備している盾は頑丈なのに、肌は柔らかくて触り心地抜群ですね。
指に力を入れるだけでそこからすっぽりと沈むほどです。
それに桜の花ようないい匂いもしますし、総評で言えば睡魔を誘われてしまいそうです。
ことあるごとに興奮してセクハラ的行為に夢中になるあなたの気持ちが少し分かったような気がしました。
「RIO、そろそろ離して」
「私も離そうとしていたところです。戦うために」
あなたに充電して頂いている間に求めている血臭反応も近づいてまいりました。
大体の位置からすると、ここから大声を出すだけでも血臭の主に届くまでなはずです。
【おお……漸くだ。漸くそなたらの姿をこの目で見ることが出来る】
やはりテレパシーで対話してきますか。
向こう側も、私達が近くまで来ていることを察知しているようです。
しかも近づくにつれてテレパシーからノイズが少なくなり、高くはっきりとした女性らしい声であるのが判明してきます。
「魔王……」
長い階段を下り終え、土の洞窟には不似合いな人工的な牢屋らしき広大な一室、奥に何者かがいました。
あえて言います、これが魔王なのでしょうか?
どちらかといえば魔王に脅かされる人間といった、エリコが倒す存在ではなく救うべき存在に近い外見としか……。
「おっ、女の子?」
「えっええ、にわかに信じられませんが、私も同意見です」
外現年齢は七歳前後。
みすぼらしい包帯のような眼帯が右目に巻かれ、首枷、手枷、足枷、口枷、腕枷、腿枷……様々な拘束具で壁に痛々しく縛られている薄幸の少女。
これが本当に魔王だとしたら、意図がいまいち読めませんね。
しかし、その魔王らしくない外見から伝わる気配は本物です。
外見のみで気配は大したことがなかった影武者とはまさしく対照的。
こちらは私でなければ油断を誘われそうです。
「なんていうか……かわいい?」
【かわいいなどとは失礼千万だな。この姿こそ、世界で最も素敵な姿と儂が認めたのだ】
鉄の鎖が触れ合う金属音を鳴らしながら、魔王は腕をあげて手首をぶら下げるポージングをとりました。
ナルシストの気質でもあるのですかね。
だとしてもあの土気色の肌、伸び放題の茶髪、少なくとも千年以上前に死んでいるような不潔な外見を素敵だなどとは、封印されると美的感覚もどうかするのかもしれません。
またもや魔王の印象をひっくり返されました。
【エリコ……この目で見て少しは驚いたぞ。魅了や洗脳を施されているわけではなく、自らの意思で吸血鬼と手を組んでいるとは、恐れ入る】
そしてここまで近づいても頑なに少女の声でのテレパシーだとは筋金入りですね。
口枷があるからなのでしょうが、外さないのか外せないのか、ますます手の内が読めません。
一方エリコは、魔王からの疑問に答え出しました。
「私とRIOは敵同士だけど、その前に友達同士……じゃなくて将来付き合う人だから。もちろん私の意思で、RIOと一緒に魔王と戦いに来た!」
【その意思は良し、だがそなたらの連合体とは即ち背徳、いずれ王国や民衆、終いには冒険者ギルドからも糾弾される】
「だから何さ、また仲間になれって言う気?」
【そうだ。まだ遅くはない、この儂の庇護下へ……】
「くどい!」
引き抜きの誘いを断ち切り、エリコが臨戦態勢に入りました。
こちらも指をくわえて見てばかりではいられませんね。
「エリコは全てを投げうつ覚悟で戦いに臨んでいます。私もエリコのため、いざとなれば全てを投げうつ覚悟は決まっています」
まだ遅くはないだのと魔王は説得していましたが、配信に残る以上もう遅いのです。
その後戻りできなくなっている罪をプラスマイナス0に近づけるために、魔王の首級をあげてこのイベントの英雄となるしか道が無くなっています。
……もしや、エリコが私と組んだのは、自分自身を追い込むためでもあったのですか。
ならば追い込みすぎたせいで自滅だなんて結末にもさせないため、なおさら勝たせなくてはなりませんね。
「私はエリコの剣でも構いません、エリコを一段と輝かせるための闇でも構いません。エリコの盾となり、物言わぬ鮮血となって土を塗らすとしても、その頃には魔王も事切れる寸前にしているでしょう、だから“そうあれかし”と遺して最愛の人に後を任せられます」
【ほう】
「私は大義ではなく好きでエリコを選んだまで。ですが、魔王の掲げる大義にどれだけの正当性があったとしても、エリコが倒される道理などありません」
剣を魔王に向けました。
殺意や悪意ではなく、勇気で向けられました。
隣にいるあなたを想えているおかげです。
あなただけでも生きて勝てさえすれば、魔王の血を奪えずに力尽きても悔いはありません。
「そうだね、私のことは犠牲で終われない……。でもRIOは闇じゃないよ、私とは別の色をした月光。私の陽光じゃ照らせなかった人を照らしているんだから」
人を照らす? どなたのことでしょうか。
【魔王を滅ぼすために清濁併せ呑む。また魔王に勝利するために自己をも捧げられるか……】
そう諦めたような口ぶりとなった後、引っ掻いた傷にまみれた魔王の人差し指に、熱がこもり始めました。
例の魔法でしょう。
影武者が最も多く放っていた、焦がすを越えて溶かしにくる溶岩の魔法。
【《マグマバード》】
白に近いオレンジ色をした熱の鳥、全部同じです。
だからこそ、この少女が影武者を遠隔操作していた魔王の正体だと再認識させられます。
「エリコ、やり方は分かっていますね」
「大丈夫、さっきの戦いで経験にしている!」
エリコと目を合わせ、回避と接近のために時計回りに走り出しました。
エリリオ、どっちかが魔王になるかもしれない。




