魔王 その4
処女作で書籍化する作家様って何者……すげぇ凹む
『勝った! 第三部完!』
『え、マジ? いつのまに? もう勝った?』
『88888888』
『おめでとおおお!』
『エリコ様おめ!』
『エリコ一番乗り!』
『種族と陣営の垣根を越えたエリリオラブラブコンビが魔王を打ち砕いた件』
『最高のコラボ回だった』
随分とあっけない最期を飾った魔王でしたが、そうなるほどエリコが優れていたということに他なりません。
魔王降臨イベントの最終戦、魔王との戦いは私達の完全勝利なのです。
「やったぁい! やったよRIOっ! にへへぇ~」
どうしてまあ私の手を握っては跳ね回ってはしゃいで、白兎のように可愛らしく喜べるのですかね。
その顔、一世一代の大仕事を完遂したような表情を向けられると、実感が確かになってこちらまで喜びが膨れ上がるではないですか。
「あなたという人はすぐ落ち着きを忘れて……魔王を倒した英雄らしい態度へは改めないのですか」
「えー、RIOだってニンマリしてるくせに、これもう少ししたらキャラ崩壊だよ」
「っ……! あまり言わないで下さい、だからあなたには落ち着いて欲しいと……」
「あっ、RIOねこちゃん再来! ぐへぐへかわいいでちゅね〜」
む、また肉体操作が制御から外れて猫っぽい外見になってしまっているのですか。
というよりもエリコ、よだれを垂らしながら羽交い締めにして来そうな構えでにじり寄らないで下さい。動物の本能的に恐怖を感じてしまいます。
『お ま た せ』
『RIO様3分も持たなかったか……』
『勝利の後のエリリオいいゾ~』
『RIO様おいしくたべられちゃうわ♡』
『お前らあああああ眼球が干からびても目を離すなあああああ!』
かつてまで動画で観ていた時と同じ素敵な佇まいのあなたも、たちまち普段のあなたに戻ってしまいました。
「頑張ったご褒美に尻尾触っていい? というか、モフるっ!」
「うんみゃあ!?」
私に生えた尻尾をエリコがまさぐった瞬間、くすぐったさと共に背筋が震えるような快感だか不快感だかよく分からない感覚が駆け回っていきました。
それに、しれっとドレス越しに私のお尻にまで手を伸ばしていますね。
いえ、厳密には尻尾の付け根を発見した触り方でしょうか。
……なんでいやらしい手つきでいきなり鷲掴みにするのですか。
「やわらか〜生き返る〜」
「ふわっ! あっ、やめて下さい、はひっ! あのっ、そこだけは……」
あまりの未知の感覚に声が裏返った瞬間、私の弱点を見破った手つきに早変わりです。
尻尾の付け根の方は敏感らしいのですから、そこを重点的に触られると膝の力が抜けてしまいますよ。
「ぐへりおにゃん〜、『もっと触って欲しいにゃん!』って観てる人の前で甘えちゃってもいいんだよ〜」
「あぁ、やあっ……いけませんってエリコぉ……私を手懐けないで下さいって……みゃう……」
嗚呼、イベントはまだこれからだというのに、エリコの手つきで何もかも駄目にされそうです。
『デレ7割のツンデレRIOさま^〜』
『あら^〜むが鳴り止まないですわ〜』
『あっ、RIO様の尻尾がハート型になってね?』
『ツンデレデレデレRIO様やん、たまらんやん』
『悩殺する気か』
『はぁたまらん……RIO様・ペットフォルム一匹ほしい』
『エリコのゴッドハンドでもう悪役吸血鬼としてダメみたいですねこの脳味噌桃色吸血猫さん』
意識で抑え込もうとしても、尻尾の感情表現がどうやっても隠せられません。
気持ち良すぎて押し流されるままです。
きっと私が天寿を全うして生まれ変わった先は、同じく人間に生まれ変わったあなたの飼い猫なのでしょう。それもまた悪くないと思いますね。
「ねえねえ全部撮れてた〜? リスナーのみんな、ちゃんと見ててくれてた?」
当のエリコは、私をあやしながら自身のカメラに向けて本イベントの活躍を確認していました。
よく考えてみれば、全プレイヤーで一人しか得られない偉業を成し遂げたのですからそれもそうですね。
王都住民の明日と自分の信念を貫き通せたあなたの姿、この私の目にもしかと見届けましたよ。
そして私も魔王の血を奪い取れましたし、今回のイベントの目的は半分達成です。
吸血した結果は僅かにレベルアップした程度でしたが、元々ほぼ自己満足のような吸血だったのであくまで記念程度、ゲーマーがトロフィーを取得するのとやっていることは似たようなものなので満足感は足りています。
であれば、次にやることは、王国へ襲撃にかかるのが良いのでしょうか……?
ですが、私に密着して身体方面に愛情を注いでくれているエリコは王国陣営のプレイヤーです。
本懐を成し遂げた以上、私を撃退するために王都を守りに向かうのですか。
それとも、この場で決着をつけなければならないのですか。
大団円を迎えられたというのに、自らの手で悲惨な後始末をしなければいけないのでしょうか。
「……ダメ、絶対渡さないよ。RIOねこちゃんを好きにしていいのは私だけだもん。冗談でも次『RIO様をペットにしたい』ってコメントしたら、シメるから」
悩みなんて最初からなかったかのようにコメントに返事をしているエリコ。
見ているだけで覚悟なんて決められませんね。
あなたのその報われたような顔が視界に入ると、この後のことなんて考えたくもなくなります。
『しかしよぉ、魔王がぶっ倒された割にはシケてねぇか』
『↑おめぇ空気読めない奴ってよく言われない?』
『でも事実そうだろ? ワールドニュースの一つでも流れて当然じゃないのか?』
『そいえば魔王を倒したのが嘘のように何も起こらないな』
『フラインとヴァンパも戦闘体勢解いてないし』
ううむ、何やら視聴者様が魔王討伐の戦利品についてご不満のようです。
興を削ぐような方達だと思わざるを得ませんが、焦って勘繰ったところで何も変わりません。
かなり大掛かりなイベントなのですから、集計が遅れていたなどでもうそろそろ何かしらのワールドニュースが届くはずでしょう。
実は魔王が倒されていなかった、などと衝撃の展開でも起こらない限りは。
【……全く見事な戦術だった】
「えっ!?」
「……なんですって!?」
有り得ないはずの事態です。
例のテレパシーが頭の中に響いてきました。
【吸血鬼は囮、人間こそが勝利の可能性を託されていたなどとは、知恵を振り絞った首尾に出し抜かれたよ】
「なんで魔王がまだ喋れてるの!? 私倒したよね、おかしいよね、聖銀の針矢刺したはずだよ!? RIOっ、ねえってば!」
「絶対にあり得ません、どうせ残留思念か何かです。あなたが魔王を倒したのは決して夢などではありません」
断言出来ます、私とエリコどちらの視聴者の皆様も映像として見届けていたでしょう。
そこで路傍の石のように落ちている魔王の頭部は、役目を終えて朽ちてゆく聖銀の針矢と運命を共にし終えたところです。
それはつまり、この魔王が完全に消え去ったという証拠に他なりません。
もしこれで次のテレパシーが頭に響いてしまえば、そこにいる魔王は魔王ではなかったということに、エリコの頑張りが無駄努力ということになってしまいます。
もう何も喋らないで下さい。
お願いですから、エリコに夢心地の気分に浸らせて下さい……。
【聖銀の針矢の存在を知り、肉人形を矢面に立たせていなければ儂の命が無かったというわけだ】
「くっ……肉人形、謀られていただなんて……」
ようやく、手遅れになって、後戻り出来なくなってから話が繋がりました。
対話はテレパシーでしか応じなかったのは、奥深く潜んでいる本体が遠くから発信しているため。
ハリボテと対峙しているような拍子抜けた感覚も、強者特有のプレッシャーを感じなかったのも、本体ではないのだから当たり前。
私達が戦っていた相手は魔王であって目的ではないどころか、魔王本体にとって決戦は始まってすらいないと、戦う前から用意していた展開でしたか。
もっと勘を冴え渡らせていれば気づけたはずです。
いいえそれよりも、もっと念を押して臨んでいれば違和感を看破出来たはずでした。
【これで脅威は去った。そなたらが英気を養い終えた後にこの道を征くがよい。己の無力さを思い知るのはどちらになるか、存分に試し合おうではないか】
そのメッセージを最後に、魔王の影武者が立っていた場所を中心に地面に振動が起こり、深い闇しか覗け無い地下へと続く階段が現れました。
「うっ! ひぇああああっ!?」
「この凄まじい魔の気配……本体は更に下層ということですか」
階段が現れたと同時のことです。
全身から体内に至るまで汗が吹き出る状態に陥るほどの異常な威圧感が襲いかかってきました。
並の人間であれば精神崩壊でも引き起こしそうな、生まれたての赤ん坊なら心臓発作真っ只中となるほど。
そんな魔王と比較して私達がどれだけ小さな存在であるかを知らしめてくる気配がここにまで解き放たれていたのです。
本気を出し尽くして一仕事終わったばかりなのに、ただの身代わりの時点であれほど手強かったのに、それと戦いに赴かなければならないなんて、あんまりではないですか。
「どうしよ……私、やっちゃったよ……私がバカだったせいで、一回しかないチャンス無駄にしちゃったぁ……」
絶望感に打ちひしがれ、鬱々と両手で頭を抑えて自分を責めるしかないエリコ。
本来ならば、あの一撃で全てが終わるはずだったのです。
この仕打ち、察するほどに痛みの感じない心が痛くなります。
あなたは十分頑張りました。
これ以上の無理はさせたくありません。
「私だけで戦います」
フラインとヴァンパを招集し、階段に足を踏み入れました。
あなたがやらなければ私がやるまでです。
「RIOっ! ダメだって! だってもう勝ち目が無くなってるし……」
「聖銀の針矢などという邪道なアイテム、私は本来なら知りもしなかったのです。希望が潰えたのではなく出発した時の私に戻るだけ、あなたはそこに座って仲間の救援を待つべきでしょう」
呼び止めようと腕を必死に掴んでくるエリコを振り剥がしました。
吸血鬼の腕力とは、こういう場面で役立ちますね。
これでまた一戦交えに行けます。
私はエリコよりも戦いに向いているように出来ているので、戦って勝って殺すしかこの世界で生きられないので不幸せなことはありません。
なのにエリコ、今度は不意打ち気味に腰にしがみついてきていましたか。
「いい加減しつこいです」
「私、逃げるなんて言ってない」
エリコあなた、心が折れてなかったのですね。
あなたのその筋を通す言葉、決意に満ちた声色、耳に届いた瞬間に私の冷めきった情緒に温かさが復活しました。
「RIOが行くからとかじゃない、勝ち目あるなしでもない、私にはどのみち“やる”しかない。私ってSランク1000位より下だしあのダーツだけが私の価値なのかもだけど……勝つためならRIOの捨て駒でも弾除けでも全然へっちゃらだから」
「エリコ……」
「お願いRIOっ! 行くなら私をまた仲間にして! 次も足引っ張らないで勝ちに行くから!」
あぁ、私はエリコに弱いのですね。また我慢出来ないときめきが始まってしまいました。
そうやって初恋を何度も何度も体感させてくれる意地の悪さ、だから私はあなたという高嶺の花を好きになったのです。
はぁっ……ため息が木漏れそうなほど私は果報者です。
「この人なら応援したい」「命を預けてもいい」と思える人間としての魅力こそが、配信者としてもヒーローとしても私の恋人になる人としても屈指の長所なのだと、あなた自身では気づいているのでしょうか。
元いた所に振り向く機会は訪れないだろうと思った矢先に、一旦向き直る理由が出来てしまったではないですか。
「エリコ、大好きです。今度こそ二人で魔王を倒しましょう」
「私も大好き。魔王を倒すまでは隣同士だよ」
……時間にして一分にも満たない短さでしょう。
ですが、お互いの体を手繰り寄せ、重ね合わせるこのひと時こそは、たとえ無限の刻を自由に使えたとしても手にすることの出来ない即席のリラックスタイムです。
これで纏わり付いていた敗北の恐怖が残らず払拭出来ました。
魔王を勝ち殺すまで、私とエリコの共通の戦いは終わりません。
●●●