魔王 その3
「散開開始です」
適度に見下ろしつつ、フラインとヴァンパ二体の強靭な胸板を足場に魔王の頭部を目掛けて跳びます。
ですが、俄然遠くまで飛ばされたために近づくより早く魔王が動き出し、その巨大な手が持ち上がったので、また何らかの魔法で出迎えて下さるようです。
【《カルラウィンド》】
先ほどと同じ魔法ですか。
ですが、どうせその魔法で迎え撃つとは読んでいました。
効果があるのも先ほどまでです。
「同じ攻撃を二度使うなんて下策中の下策、無駄」
風が襲いかかる角度に双剣を振って迎撃しました。
風が不可視といえど、予測してしまえば視えているようなもの。
最初に受けた傷口の形から、どの方角から襲ってくるのかを推理出来たのもプラスの一つです。
それでも半減までしか抑えられず、魔王へ跳ぶ勢いが殺されて落っこちるしかなくなったのがこの魔法の強力な部分でしたが、これは頼もしい光景が写りました。
地上には、勢いを増して走る人の姿がありましたから。私は自由落下に身を任せているだけで大丈夫です。
「《旋風斬》!」
軽やかに一回転して剣で大風を巻き上げ、狂風を完全にかき消してくれました。
目には目を、風には風で相殺しましたか、最高に良い判断です。
「RIOっ、私を使って!」
エリコが盾を頭の上に構え、私のための踏み台を作ってくれました。
いつもながら、気配り上手でなければ咄嗟に繋がらない行動ですね。
「エリコが吹かせた追い風、遠慮なく乗せて頂きます」
盾の上にクラウチングスタートの要領で足を曲げて乗せ、再度飛び抜けましょう。
しかもこの距離なら瞬きする間に肉薄して私が好きなように一太刀浴びせられます。
「せっ」
【サルとはいえ身軽か、そのくせ人間とも連携する、互いに思考を統一していたかのような阿吽の呼吸だ】
双剣の二撃で初となるダメージを稼げました。
『よっし! やっと決まった!』
『見下ろした時にエリコが反転して走っていたのを知ってなきゃ、目を閉じて落下出来なかったな』
『そうしたか! エリコたらしめ!』
『↑失礼だな、ラブ・ミー・エリコだよ』
『だが魔王からダメージボイスが聞こえなかったのはちょいと気になるところだ』
言われてみれば、攻撃を食らっても痛がらず無感情に分析しているだけのようでした。
魔王など生物学上全くの謎なので痛覚が働いていない可能性はありますが、HPはほんの少しは削れている のであればそんな反応不要です。
魔王の肩に留まって追撃すればまた魔法の餌食になるのは明らかなため、すぐにフラインへと飛び移ります。
ただ、もう一度フラインから跳んで急襲すれば今度こそ風魔法に墜とされるため、ここから跳び移る先はヴァンパです。
彼もフラインと同じように私を腕を前に出して受け止める姿勢に入ったために手足で掴まり、瞬間的に魔王を斬りつけます。
【これまで遭ったどの吸血鬼よりも機敏な動きだ】
「どちらに向けてテレパシーで喋っているのでしょうか」
ほどほどにダメージを与えたら三時の方角に旋空していたフラインへと跳んで離脱。
そこからまたヴァンパへと跳び移って別の角度から急襲しつつ勢いを落とさずすぐに離脱。
【《マグマバード》】
「鬼さんこちらです、どんどん反応に遅れが目立ってきていますが」
これぞ、魔王の特徴を捨てるとこなく利用し尽くした空中ヒットアンドアウェイ戦法です。
これまで発動した二種類の魔法はどれも直線だけを穿つ攻撃範囲、それと今のところその場から一歩も動いていないので固定砲台タイプの魔法使いと見ました。
持ち味のスピードで時間をかけて翻弄して翻弄し続け、クレバーな思考の余裕を奪いとってみせましょう。
『見たかうちのRIO様を!』
『翼なんて無くても空中を自在に動ける、無い方が速く動ける』
『これが魔王の中の魔王・吸血魔王』
『人間卒業試験どころか人外卒業試験もクリアする無茶苦茶な御方だ』
『やーいマオちゃん眷属化したいなら今のうちじゃぞ』
やっていることは木から木へと飛び移るのとほぼ変わりなく、森林地帯と同様の戦法で戦えるのでフラインとヴァンパに感謝ですね。
「もっと速く……です」
同じことの繰り返しだと向こうも慣れてくるであろうため、次は少しだけ捻りを加えて螺旋状に二周して斬り裂きました。
「どうしましたか? 魔法の威力こそ味わったことが無いほどですが、読み合いの方は苦手のようですね」
【やらせておけば、思い上がってきたか……】
「こっちも忘れられちゃ困るよっ! 撮れ高の意味でもね、たあっ!」
【ほお、人間の方もまだ生きているとはな】
グッド、事前の計算通りエリコのマークが疎かになってきているようです。
いい流れが築かれてきました。
聖銀の針矢も、唯一無二の出番を今か今かと待っている頃でしょう。
ただ、あの矢をいつ使うかはエリコが判断することであり、存在をひた隠すために私は指示を送れません。
今まさに使おうとしていることだって考えられます。なのでそろそろこちらの目的、魔王の吸血も果たすために準備を開始しましょうか。
「フラインにヴァンパ、集結です」
フラインとヴァンパの間に跳びながら指示を送ります。
ここ一番の勝負どころ、二度目以降のチャンスがあったとしても失敗はしたくありません。
足場を強固にしたいため、二体の膝に乗って吸血を発動する準備を整えます。
【そなたの実力を認めよう。盗賊のように血を強奪して得た強さではなく、武芸者のように鍛錬で得た強さだと認めざるを得まい。だが……】
む、手のひらが閉じられましたか。
それだけではなく、親指と人差し指の指先を合わせていました。
きっと見ない魔法が放たれるでしょう。ですが、どんな魔法が放たれるかは予測が難しく、吸血も開始したいタイミングになってしまい……。
【《マジェスティックカッター》】
魔王が指を弾いた瞬間に私から血飛沫が噴射し、視線を向けた時には斬られていたことに気づきました。
右の腕が肩口からまるごとバッサリと切断され、後ろにいたヴァンパも頭から真二つになるほどの切れ味ある真空の刃が貫通していたのです。
完全に狙いすましていたのに体勢を崩されました、ヴァンパも種族上まだ死なないとはいえ飛行の持続力を失って地に墜ちるしかありません。
「RIOがあっ! RIOがやられ……」
「いいえエリコ、これでも良いのです」
私の指を突き刺すと同時に発動出来るよう吸血の準備自体は出来ているのです。
フラインの体を掴んで左腕の力で体を持ち上げ、倒立の姿勢になります。
「私の強さの根底にあるものは、悪知恵と悪才と悪運だと自分では思ってますので」
そして、切断されて宙を舞っていた私の右腕を、蹴り飛ばしました。
はい、これで右腕は魔王の胴体深くに突き刺さり、吸血が行われます。
ミツバチの針が体から離れても毒を送り続けるのと同じように、私の腕も一度吸血を発動したのならば例え切断されようが対象の獲物の血をポンプのように自動的に汲み上げ続けます。
もっとも、あそこの腕が魔王に焼き払われでもされてしまえば血を摂れないため、何がなんでも腕を回収しなければなりませんが。
「行けますねフライン、連携攻撃です」
【ハハハハ! オレの最強の気弾に敵はない!】
フラインと合同で空中を疾走し、邪魔する魔法の攻撃を斬って撃ち落として一気に接近します。
【全てはそれのための布石だったか、吸血鬼!】
「戦う前から気づけなかったなんて、天下一の愚者ですね」
マグマバードやカルラウィンドの嵐をフラインと共に突き進み、吸血が完了し切断面から血が漏れ出している右腕をすかさず奪取しました。
記念品ゲットです。
吸血した腕と引き換えに元の部位に右腕も再生しました。
「うふふ……ついに手に入れました。あなたのものは私のもの、私のものはもう私のもの、他人を出し抜いて貴重品を手にするこの時ほど楽しい時間はありませんね」
【気高くも貴くもない儂の血などくれてやろう。だが、そなたの命だけはここに落としてもらう】
「っと、機嫌良くなっている場合ではありませんでしたね」
魔王の血が体内に流れ込んだまでは順調でしたが、この後が一番の正念場ですね。
【吸血鬼は人間のために絶滅しなければならないのだ】
ヴァンパ再起までの防衛、魔王の特徴の解析、エリコのサポートをしながらもこちらな注意を引き付けさせると、やるべき事はまだまだ山積みではないですか。
というより、魔王のテレパシーを聞いてると選民思想の塊のように思えますね。
冒険者ギルドを排除したとしても、こんな俗物を地上の王にすれば冒険者ギルドの統治よりも悲鳴の数が多くなりそうです。
そういった意味でも葬らなければならない気がしてきました。
「吸血鬼の命を落とすなど、出来るものならやってご覧なさい。飛べなくなっても、HPが1でも残る限り抵抗してみせます」
「RIO、それはちょっと違う、だってもう戦いは終わってるから」
何故でしょう、エリコが私の所へと悠々と歩いてきました。
そんな余裕ぶっているとまたしても背中を狙われてしまいますが、そこまで余裕でいられる理由があるのですよね。理由がなければリスナーの方々から迷場面行きでしょうし。
「エリコ……それはどういった意味で?」
「あれ見て、なんか出来ちゃった……あううっ、上手く説明出来ない」
エリコがまるで家宝を紹介するように指さした先は、半分に斬られていた魔王のローブの内側。
紫色の肌をした筋肉質の脚があったのともう一つ、聖銀の針矢がその脚に突き刺さっていました。
魔王は……電池切れのように全く動かなくなっていますね。
そして突き刺さった脚の部分からは……波紋が広がるように全身の灰化が始まっていました。
「……エリコ、ついにやったのですね! 聖銀の針矢、魔王の体に、私ですら気づかぬ間に!」
「うんっ! 私できたよ! 魔王がRIOに殺意向けてる今しかない今しかないって思って、なんかもう考えてる暇がなかったけど力いっぱい刺せたよ!」
まさか、私の手でこのまま葬ろうとさえ考え始めた時に、とどめを刺してくれるだなんて、凄いです、感激です。
エリコが魔王を葬りました。
画面からでも目で見て分かるその事実、暫く時間が止まるほどの衝撃でした。
これはもうエリコを罵ってきた冒険者達を見返せるのではないでしょうか。
エリコが魔王降臨イベントの主役、この世界の英雄になったのです!