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魔王 その1

 サボってたわけではないんだ。

 今世紀最大のスランプなんだ。

『魔王の城って便宜上そう呼んではいたが、洞窟探索パートの方が長い件』

『明らかに城がメインではないよな』

『というか魔王の城だなんて誰が最初に言い出したんだ? 改名しろ』

『でも【魔王の洞窟】にでもしたら前代未聞の締まらないネーミングセンスジャアアアん』

『↑ちょっと草』

『決戦前に和んだ』

『こんなとこにもちゃんと有能なムードメーカーがいたとは』



「どうRIO? そっちで正しそう?」


「血臭によればあと百メートル先です。メートル以外で距離を例えるならば、あそこの扉をあと一つ開けた先で鉢合わせるでしょう」


「もうそんなに近いんだ、震える……」


 私達は篝火の灯る通路を罠に警戒しながら進んでいました。


 警戒するといえど、鏡の通路を最後に何かが襲ってくるような気配など起こりそうにも無かったのですが、安全地帯であることに越したことはありません。



 魔王のお膝元へとすんなり進めているこの時間、嵐の前の静けさと言うのでしょうか。


 その嵐を打ち破る手段もこちら側には所有しているのがせめてもの幸運です。



聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)


「りお?」


 私達の可能性の全てであるアイテムの名を意識せず呟いていました。


 魔王との決戦の趨勢、そのアイテムが中心になって回るのは想像に難しくないはずでしょう。


 問題としては、使い手となるのが私かエリコかの二択になる点でしょうが、決まっています。


「引き続きあなたが所持して下さい。あなたに託されたものはあなたが使うべきです」


「う、うーん? でもRIOが持っていた方が確実に使いこなせると思うよ、きっと」


 少し思案した後に拒否の意を表したエリコは、聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)でも取り出そうとするためにアイテム欄を弄っていました。


 エリコなりに合理的な判断を下したいのでしょうが、ならばことさら捻くれるべきでしょう。


「それは聞けない相談です。そのアイテムは魔王を一撃で葬りたい人のためのもの、ですが私の目的は、魔王の血を頂くことですから」


 何かを差し出そうとするエリコの手のひらを両手で丸めて握り。


「英雄と持て囃される役割はあなただけが適任です」


「わっ、わたしってそんな大物になりたくは……はわわ……顔近っ……」


 上手く言いくるめて、抗議の声をあげたそうなエリコは目を反らして静かになりました。



 これも合理的選択の内ですね。



 戦闘が始まれば、レベルの高い私の方が排除するための狙いになりやすくなるはず。


 エリコも立ち回り次第では警戒されるでしょうが、最終的に私の方が危険だと思うようになる、いいえ、もっと強気な心構えで、ヘイトを一極集中させるほど危険と思わせてみせましょう。


 そして戦闘が長期化するほどエリコへの警戒は疎かとなり、いずれ意識に死角が生まれるため、そこから必殺の一刺しを確実に命中させるチャンスが爆誕するでしょう。


 成功させるための大条件としては、優勢を保つこと。

 一撃で終わるからと言って困った時や絶体絶命時の切り札にすると失敗する典型的なフラグになります。

 上手く事が運んでいる時の仕上げのひと押しとして使うのが私の目論見です。


 鏡の幻魔の例もあるため、魔王の思考回路が常識で考えうる範疇内である場合の話ですが、エリコがトリを飾るまでが作戦とします。



 さて、作戦会議はそれで十分といたしましょう。


「ふぉお……テスト前とかじゃないのに心臓のバクバクがやばいよ……」


 そのエリコは上手く呼吸出来ていないほどの強いプレッシャーが生まれているようですが。


「エリコ、緊張していますか?」


「ちょっとはね……あっ、でもほんとにちょっとだけだから! ほんのちょっとだけは緊張してるから……まだ手繋いでて、お願い」


「ええ、私に出来ることがあるなら頼って下さい、ふふっ」


 そうしてあなたから差し出された左手、指を絡めてくる心の余裕が残ってなさそうでしたが、そんな所も可愛らしく思えながら握れました。


 どうせなら手だけと言わず、いつものように無遠慮に腕を絡めてきても大歓迎でしたが、もし歯止めが効かなくなると現在の状況すら忘れてしまいそうなので恋しいスキンシップを固い意思で我慢しましょう。



「RIO、ここまでずっと頼ってばかりでごめんね」


「悪気があるように言うのはよして下さい。頼られるための仲間です」


「うへへ……じゃあRIO、いつもありがとう」


「どういたしまして」


 信念の冒険者といえど、私の前だと普段のあなたの姿を見せてくれるだなんて、まるで実の親のような気持ちになります。


 私も、あなたがとても魅力的なあまりに尖りきった理想ばかり押し付けてしまい、それ故に抑えきれずに暴走することがあるのは褒められない個性。視聴者一同にも周知の事実としていつか償いたいものです。



 この戦いさえ終われば、その機会も訪れるのでしょうか。



【ここまで来たか、吸血鬼】


「っ! どこから!」


 前触れなく聞き取れた何者かの声。鏡の通路と似たパターンですかこれは。


 どれだけ加工すればと思わずにはいられないほど人間とはかけ離れている低過ぎる声質。姿こそ未だ見えてませんが、すぐに剣を正面に向けました。



 ですが、この声は耳から鼓膜を通って聞こえたのではなく頭の中に直接語りかけたような、魔法だからと解説されなければ説明のつきそうにない、そんなテレパシーじみた摩訶不思議な声質でした。


 少なくとも、冷静になって考えてみれば鏡の時とは全く別だったのは確実です。


「今の声もしかして、RIOも聞こえた!?」


 エリコも少し遅れてあの声を頭に響いていましたか。


「聞き違いなく、『ここまで来たか、吸血鬼』という高圧的な声を拾えました」


「えっ、『ここまで来たか、人間』って優しい感じの台詞じゃないの?」


「おや?」


 エリコの方で食い違いが発生しているのは何故でしょうか。



 ……っと、危うくペースを握られるところでした。


 ただ単純に別個に送ったに過ぎず、それさえまとまれば考察する意味もありません。


「なんなの、どっちが合ってそうなのRIO!? というかこれ魔王の声? いっ!」


「エリコ、最優先は敵を思惑ごと叩くことです。それらに関係しない事象には鈍感に参りましょう」


 エリコの耳先を指でつまんで諭しました。


 たった一つの言葉だけで私達の間で混乱が引き起こされかけるだなんて、意図していたとしたら声の主は相当な頭脳派ですね。



【先だ】


「波打つように曖昧で不定、正体の掴めない声です」


 またしても頭の中に転移されているような魔法のような性質の声。


 すると、少し先にあった扉が砂煙と音を立て、ひとりでに開かれました。


【先ずはそなたらの姿、確かめさせて貰いたい】


 三度も聞かれれば、もう声には驚きはしません。


 また、声全てに耳を傾けてその通りに動くなども不味いだけ。


「どうやら向こうも準備万端なようですが……」


「どっちにしろ行くしかないよね」


「はい、広げに広げた風呂敷をたたみに参りましょう」


 扉の先へと歩くのはただ私の意思で、強大なエネミーの血臭をキャッチした方向へ進むという考えあっての行動です。


 エリコとの距離を保ったまま、壊れそうな石橋の上にいるように一歩ずつを用心深く進みました。



 魔王の姿をこの目で見るまではその慎重な行動が続くと思っていましたが、何かの集会に使われてそうな広間と体育館の緞帳より倍は大きなカーテンを目撃した時でした。


 エリコが走り出し、私を追い越しては急停止し。


「来たよ! 私が見たいんでしょ!」


 これは、大胆に啖呵を切りましたね。


 先ほどまでの緊張した様子とは打って変わって堂々とした立ち振る舞い、重苦しい空気を一変させてくれました。


 ふふっ、あなたを守り支えるべき人として軽んじて見ていましたが、こんな頼り甲斐を見せられると思わず勇気づけられてしまいました。


【どれ……幕が邪魔だ、この儂の眼鏡に適う者かを見定めてみようか……】


 いざ伝えてきた通りに来てみれば、尊大な態度でご対応ですか。


 同時にカーテンが落とされ、ようやく魔王のその姿が目に出来ました。



―――――――――――――――


 エネミー名:【魔王】Lv95


 状態:不明


―――――――――――――――




 私達の三倍もの巨躯が紫のローブで身を包み、黒目の無い眼球に赤鬼のような二つの角を持つ人型エネミー。


 この存在を良く言ってしまえば、一般的な人が魔王と聞いて即座に思い浮かべる絵を地で征く佇まいです。


「つ、強そうかも……」


 エリコは少し萎縮している様子。


 外見で判断するならその通りでしょう。

 レベルも、私やエリコよりも少し上ですし。



 ですが、エリコと私でまたもや食い違いが発生してしまっているのです。


「エリコ、あれが強そうに見えたのですか」


「RIO、それって?」


「私は逆の印象を受けました。強くなさそうと……」


「強くなさそうって、んえ? 魔王だよ! なんでそういうの見抜けるの!」


 この意外な事実、それはまあ目を見開くほど驚くでしょう。

 エリコの緊張を紛らわすための戯言などではなく、極めて真面目に言ったので尚更です。



 この魔王を悪く言ってしまえば、フリー素材で使われてそうなオーソドックスな風貌なのはこの際気にしないとします。


 しかし、それを加味しても疑問と思える、まるで無駄に大きいだけのハリボテと対峙しているような拍子抜けの感覚。

 実際に弱いならば護衛の一人でも付けているはずですが、その存在すら見当たらない辺りに悩みが尽きません。


 想像をいくつも欺いてくるあまり、戦う前から頭を使わされますね。もしやすると血を奪う暇も無くなるかもしれません。


「私は魔に近しい存在であるために判っただけかもしれませんが、なんといいますか、格上特有のプレッシャーを感じられないのです」


「そうなのかな……? 私、RIOみたいな感覚が鈍いから、RIOの言うことを正しいって信じてみる。だとしたら、あれは仮初めで第二形態とかに変身してくる前提でいけばいいんだね」


「ええとまあ、そんな具合です」


 エリコはエリコなりに考察を口に出してはいましたが、はたして。


 まるで看破出来ない相手ですが、エリコの聖銀の針矢(セイクリッドダーツ)を必ず成功させるため、出来るだけ裏側の情報を暴きつつ戦略を構築していきましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とんでもねぇ、待ってたんだ。 スランプってままならなくてグワーッ!ってなりますよねぇ...... 魔王が強いと断定できず展開が読めないぞ......!
[一言] ロリで眼帯と首枷・手枷・足枷・口枷・腕枷・腿枷の枷もりもりと拘束具もりもりで黒鎖と黒帯もりもりで縛られている上、黒薔薇と黒鎖が絡みついた鳥籠の中にいる外見年齢7歳くらいの封印された魔王の登場…
[良い点] お久しぶりです! スランプはしょうがないですなぁ ハッピーさん自身がやりたいペースで頑張ってください!
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