力攻め&許すか許さないか
岩を削って作られた彫刻ではなく、複数の岩の塊が磁石のように隙間なく繋がって構成されているようなこのエネミー。
『おいそれとは魔王に行かせてくれはしないか』
『へっ、こんな雑魚RIO様の敵じゃねえ。と言いたいとこだが今回はエリコがいるからなぁ』
『だがあのガーディアンが生きて立ち塞がっているということは、エリリオカップルが魔王討伐競争トップを独走している証拠』
『こりゃさっさとはっ倒すしかありませぬな』
立ちはだかるエネミーは全て屠るべき敵、ですがエリコの意見も聞きたいところです。
「たぶん中ボスかも、このゴーレム自体が後ろの扉のカギ代わりになってる感じの」
エリコが剣を抜きながらそう言いました。
冒険者であり、ダンジョン探索のプロが言うからには間違いない推測でしょう。
「避けては通れない関門なら、迷わず排除するのみですね」
「こっちに気づいてる、動き出すよ!」
岩人形の目にあたる部分が赤く鋭い光をこちらに向けて放ち、ロボットのように起動したようです。
丸太のように太い腕と脚で立ち上がって顕になったその巨体は、天井がそこまで高くないこの広間も相まって威圧感満載でしょう。
ですが相手は所詮格下、それに立ち上がる動作から分析する限り見かけ通りの鈍重、これならば苦もなく制せるはずです。
「格下相手なら力押しで勝てます、ここは私が前に立って参りましょう」
「じゃあ私もうおおっ!?」
生憎ながら、やられるより先にやるスタイルなのでエリコを待っていられません。
エリコを振り切り、一歩で相手の懐にまで潜んで大剣で逆袈裟斬り。
「や、やれた!?」
「いいえ浅いです」
あの岩の体ですが、頑丈なのは外見だけではなさそうですね。
「とりあえずエリコは後方から自由に、私はもう少し攻撃してみます」
「自由にって……まさかの投げやりRIOさまぁ……」
ないがしろにするようですが、ステータスが満遍なく振り分けられたタイプのエリコでは攻撃が通じなさそうなので指示。
私の攻撃なら全く効いていないわけではないので、攻撃が通じるまで押しきるのが一番でしょう。
「さあっ! 早くっ! まだっ!」
相手の視界の死角に走り回るよう意識しながら大剣で何度か攻撃をたたみかけましたが、ううむ、今ひとつ効いてるとは言えない反応ばかりでした。
対して相手もこちらを捕捉出来てないままで、殴打のまぐれ当たりが迫ってきても力で弾き返せる程度の威力。勝ててはいませんが負けはしません。
とにかく、魔王以外に長々と時間を使ってる場合ではない時に嫌らしい性質の敵と当たるなんて、じれったさが募るばかりです。
『しぶとい奴今日何体目だよ! そいやRIO様の配信初期もしぶといやつに手を焼いてたなぁぁ』
『この城のエネミーは全体的にしぶとさに特化した奴が多い。固いなり復活するなり、侵入者を撃退するんじゃなくて時間を浪費させるのが目的に思える』
『なんというか、魔王の性格が伺えるな』
『きっと魔王も耐久タイプの可能性が高いぞこりゃ』
『耐久タイプとの戦いは絵面が地味になりがち、配信者最大の天敵』
格下が格上に対抗するには、総合力ではなく己の優れている一点で勝負するのが基本ですからね。
このゴーレムが格下なのは間違い無いですが、私の攻撃力を以てしてもすぐに倒れてくれそうにないとなると、単調な力押しとは別の瞬殺方法を考えるしかありませんか。
「RIOっ! 前っ!」
「……はっ」
エリコの一声で気づけました。
どうやらこのゴーレム、黙って見ているだけではなく反撃のため掌を重ね巨大なエネルギーを生成していたようです。
「なんらかの魔法ですか、それも粒子砲を放つ類ならば……」
「RIOこっち……って逃げないの!?」
攻撃に晒されるより先に倒せる自信が無いのと、距離を空けるとあなたにも被弾するリスクがあるため、あえて踏みとどまります。
双剣を手に取り、相手がビームを放ったこのタイミング、さあ捌ききりましょう。
「適当に命名して、世界三千枚卸しイミテーション」
斬撃の密度が高過ぎるあまり閃光にさえ見えた一瞬にして斬撃を何百も放つあのスキル。
しかし“一瞬”なんて身体スペックだけでは無理なので、“ほぼ一瞬”で妥協し腕を滅多矢鱈に振って粒子砲を左右に斬りわける作業を開始しました。
『ついにジョウナの大技までパクリやがった!?』
『見よ! ただ超高速で剣振ってるだけにしか見えんリスペクトの欠片のない独創性盛りまくり技』
『防げてるんだから結果オーライ』
『過程もオーライ』
『いやこの極太ビームそうやって防ぐもんじゃないから!』
「驚くことはありません。絡まった毛糸玉を指先でほぐすよりも簡単なことです」
より素早くより精密に斬れるようバージョンアップした双剣ですが、パニラさんはとても便利な武器を製造してくれましたね。
斬れたり触れなさそうなものでさえも、疲れずに斬って斬って斬り続けられます。
「思いついた! RIO、あと何秒耐えられそう!?」
む、エリコから提案でしょうか。
「何秒どころか、すぐ攻撃に転じられるほど余裕です」
「オッケー、じゃあ私の攻撃に合わせて反撃お願い!」
そう強く言い放ったエリコが回り込む姿が目に写り込んだかと思えば、剣に落雷のエネルギーを纏わせていますが、それをぶつけるつもりですか。
理に適ってはいますね、物理的な攻撃の効き目が薄いなら属性で道を拓くのがエリコの作戦ならば、かなりの効果が現れるはずです。
「《雷光真一文字》!」
剣を振り下ろし、私の予想通り電気メインの攻撃をぶつけました。
ゴーレムは仰け反って怯み、粒子砲が止んだだけでなく、岩と岩の間に隙間が生まれそうなほど節々が緩んでいる状態に陥っていました。
そこが、相手の泣き所ですね。
「電気を伝達させ、電磁石に似た原理で体の形を維持していたのが防御力のタネですか」
「そう、電気ショックを浴びせたらショートするって思ったんだ。RIO!」
「ええ、守りが不安定になったおかげで“一瞬”で屠れます」
エリコが導いてはくれましたが岩は健在、私が斬り離すべきは岩の隙間です。
跳び上がりながら左半身を全て斬り飛ばし、天井を蹴って右半身を余さず斬りつつ、くっつかないよう岩の部位を四方八方にふき飛ばしました。
「このエネミーが鍵の役割なら扉の方は……大丈夫そうですね」
すると、ゴーレムの護っていた扉がひとりでに開き、今まで攻めあぐねていたのが嘘のように呆気なく勝ててしまいました。
『エリリオはじめての共同作業で勝った!』
『しかも初の連携プレイにしてはほぼ完成されてるぞい』
『流石は公認ふーふ』
『すまん尊いんで拝んでいい?』
今回はエリコの閃きのおかげです。
これまでは強い私一人の力で周りを引っ張るのが常だったので、二人で協力して乗り越えるというのも悪くない気分ですね。
「さて、何とか勝ったところで……」
「やったね〜! RIOっ!」
「あっこの、エリコ!」
走って接近する感覚を受け取って身構えましたが、その頃にはエリコが横から私を抱きしめていました。
「一体何ですか藪から棒に!」
「ぐへへ〜、中ボスに勝ったんだからこうやってRIOと一緒に喜びたくて〜ペロペロ」
「みゃっ! 変態です! 理解不能ですこのひっつき虫!」
いきなり首筋を舐めるだなんて、遠慮も何もあったものではありません。
私のこの体なんて汗と返り血でまみれていて不衛生極まりないのに、何が楽しくてこんなスキンシップを行えるのですか。
それにまさか、強敵相手に勝つ度に喜びの表現をするため抱きつかれなければならないとしたら……。
もし本当にそうだとしたら私が持ちませんよ。
『あら^〜』
『RIO様の満面の笑顔イイネ』
『エリリオずっとこうして欲しい』
『RIO様隠さなくなってきたな』
『エリリオが最初から仲間同士の世界線だと毎日この景色が見れてしまっていたのか』
む、そういえばエリコのこの行為について少し不安な事がありました。
「あなた、まさかとは思いますが他の人とも抱きついていたのではありませんよね?」
「えっ、いやその……えっとね……」
な、どうして言い淀むのですか。
質問が突拍子もないあまり驚いてるだけだと信じたいのですが、すぐに答えられない理由でもあるような反応ですよ。
エリコは他の冒険者プレイヤーとパーティを組んだ事は一度や二度だけではないはずです。
それでも流石に私だけですよね。私が特別だからこんな踏み込み過ぎなスキンシップしているのですよね。
『ヒエッ』
『しまった! RIO様から嫉妬の香りが……』
『メガコワイヨーいつもより』
『平均的SBJK』
『お前らまだまだだな、エリリオ限界オタク紳士とは百合嫉妬すら楽しむものさ』
『↑お前だけじゃい』
『おーいエリコー、はぐらかしたり目逸らした瞬間吸われるぞー』
「私ってRIOが思うほど安くはないよ! 私がハグするのはおんなこどもだけだから! えへん」
エリコ、胸を張ってポリシーを言うようなことですか。
「ああやはり……ですけどそこまで開き直られると私が負けた気分になります」
素直に白状したのでこれ以上追求しないとして、これは紛れもない罪です。
罪にはちゃんと然るべき罰を与えなければなりません。
なので罰の準備としてエリコを離れさせ、罰として私の方から同じように黙って横から抱きしめました。
「えっなに、私すごい幸せなんだけど」
「次また敵と戦うまでの間こうされていれば許してあげます」
「もひょ〜!」
むう、私の独占欲が先行したあまりどう考えても罰ではなくご褒美になってますねこれは。
ともあれ、エリコどころかパーティプレイは未経験だったので、戦闘時のコンビネーションだけでなく距離感のイロハも早めに学びたいところです。
『るおおおまたラブラブっぷり見せつけてるぅ〜』
『RIO様また尻尾ピンピンしてるし』
『かわいい』
『独占欲強くてかわいいと思います』
『※さっきは甘いマスクでマイ・プリンセスをMHP化させた吸血鬼です』
『言ったろ? エリリオは受け攻めが逆転しやすいって』
外野が煩くなってきたので、抱きしめたまま先に進みましょう。
歩きづらさはありますが転びはしません、登下校の際に始めた二人マフラーで慣れているので。
「……魔王の城らしくなってきましたね」
扉の先を一瞥してみれば、太陽のような照明の眩しさが一番に目についたあまり咄嗟に身を屈めたのですが、目が光に慣れた途端に言いようのない面妖な光景が広がっていました。
「か、鏡が大きい……ここ通らなきゃダメってこと」
「それはそうでしょう」
「え……RIO、あのさ……恐いとかじゃないけどもっとひっつき虫になっててもいい?」
「つまり恐いのですね、ふふっ、ではお望み通りにしましょう」
この先にあったのは、両壁が奥まで天井に届く鏡に覆われたという全くただならない気配漂う直線の通路。
エリコが戦々恐々とするのも無理は無いですね。




