駆け巡る&エリコの血
エリコと思わぬ会遇を果たしてから城内を駆け巡るまで随分な時間を費やしてしまいました。
なのでここからは総当たりになりますが、下り階段を目指して巻きで突き進みます。
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エネミー名:リビングアーマーLv80
状態:復活中
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「ふぅ、復活中らしいですが、破片が肉片に視えるまでに壊したので永久に立ち上がれはしないでしょう」
「RIOっ! ダメージは大丈夫!?」
「もう治っている怪我です。あなたも人の心配ばかりしないで、足を動かして下さい」
「ま、待ってよぉー! ってもうあんな遠くに……」
悠長に会話なんてしていられず、すぐにエリコと走り出しました。
ただ、足の速さを含めた身体能力はエリコよりも私の方が大幅に上回っています。
よってエリコより速く走り、待ち構えるエネミーを先に斬り伏せ、エリコが追いつく頃には既に危険は振り払っていると、安定した効率で進められています。
エネミーも格下警備兵だけなので、消耗も比較的少なく抑えられているのも良い風向きですね。
『くっ、もう地下パートに入ってしまった』
『最上階スタートながら、エリリオイチャコラパート以外が一瞬の出来事のように感じる』
『このペースならあと一時間以内に魔王倒すところまで行っちゃうんでね?』
『魔王サマ逃げて、超逃げて』
洞窟のような景観となった地下に降りても、私が先んじてエネミーを屠りながら走るのは変わりません。
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エネミー名:ハイ・ケルベロスLv86
状態:普通
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「RIOあれ! あのワンちゃん私のスカートに噛み付いてくるしもう散々だったっ!」
「ワンちゃんがあんなに首があるはずがありません」
素早く股下に潜り、頭三つが一斉にこちらを見下ろしたタイミングを狙い、一太刀で首を全て切り落としました。
『見事!』
『今日遭遇したばかりなのに戦い慣れやがった』
『芸術点100あげちゃる』
『バカデカい剣一つだけで三つ同時に斬るなんて妓○太郎もビックリだ』
『RIO様綺麗な断面作るの上手だよなぁ』
『武器がバージョンアップしてもすぐ順応したな』
床に転がった頭部はポリゴンとなって消失し、体の方は首を斬られた激痛か再生のためかで筋肉を隆起させて踏ん張っているので、害は無くなったと見て良いでしょう。
「このエネミーは再生復活のために暫く動きを止めるはずです、放置してまた走りますよ」
「えぇ、お願いだからちょっとは休ませて……」
すると、エリコが私の肩を掴んでいました。
その手に体重を寄りかからせている感覚から察すると、かなり疲弊している様子なのですか。
でしょうね。
私は戦いながら先陣を切っていたので時々足を休められてはいましたが、エリコは私に追いつくため常に全力で走っていたので、そこまでして疲労感を伝えたいのでしょう。
「申し訳ないのですが、休むなんて言ってられません。遅れればそれだけこちらが状況に追い詰められるので」
「ゔぇえRIOの鬼コーチ! というより、どうしてそこまでして急がなきゃいけないの?」
エリコが疑問に思って首を傾げていました。
私と組めたことで危機感が抜けていますね。
二人になったことで戦力的に有利になっても、外聞は圧倒的に悪い方へと傾くとの危機感。
あなたなら気づいてそうでしたが、チームプレーにおいて「話さなくても分かっているはず」という間違った信頼の仕方は厳禁でしたか。
「もたついていれば、新たに侵入してくる敵といつ鉢合わせるかも読めないのがこの魔王陣営の居城です。特に、冒険者はあなたの味方とは限らない……いえ、全員あなたの敵になっていると断言します」
「冒険者全員が……敵……」
夢心地の最中にナイフで現実を突きつけるような言い方になってしまいましたが、大体飲み込めたようですね。
味方が増えれば敵が減るとは限らないのです。
それどころか、今回の場合はエリコにとってかなり危ういギャンブルになっています。
「傍から見れば、友達同士ではなく敵対勢力同士がつるんでいるとしか捉えられませんからね。人と吸血鬼が組むなんて構図、冒険者ギルドの連中に見られてしまえばスキャンダルまっしぐらですから」
「そうだった。私とRIOの関係って、認めてるのはリスナーだけだったね」
ようやく腑に落ちてくれたようです。
私とエリコによる共闘は、個人的な事情だけで築かれたもの。
何がどうあれ配信中であるためどのみち共闘が知られると思いますが、敵に回っている想定と実際に敵として粛清してくる現実、現場を覗き見られるのと過ぎた事だと丸く収めるのとでは、段違いなはずです。
「じゃあ私って相当ヤバいってこと!?」
「ええまあ、ですが焦って足をすくわれてしまえば元も子もありませんね。急ぐといえど、要所では一歩ずつ急ぎましょう」
「結局急ぐじゃん!」
ふむ、私なりの方便に対して的確な返しの言葉を叩けているエリコなら、肩の力をリラックス出来ていますね。
要は手遅れにならない内に最終目的を達成すれば、大きなトラブルには発展しません。手を切るのはその後からでも間に合います。
……そうです、あなたとずっと手を繋いでいるよりも最終的に手を切るのが正しい在り方。
「私とエリコは許されざる関係、ならばこの仮想世界中の人達から公認になれれば……」
「RIO?」
「いえ、何でもありません」
戦略的な思考に徹しようとしても、ふとした瞬間に自分の感情が浮き出てしまいますか。
私だって、急いではいますが早く終わらせたいわけではありません。
もし走る速度を落とせば、その分だけあなたと一緒にいられる時間が増えるのでしょう。
この場に留まっていれば、あなたに迫り来る敵を倒した後に抱きしめ合って勝利の喜びを分かち合うことも多くなるのでしょう。
あなたの隣りにいられるこの幸せな時を、もっと噛み締めたいのです。
結局のところ、魔王吸血よりも願望に支配されそうな自己に打ち克つ方が課題でした。
「……でもRIO、私って根性論とかじゃ疲れが消えないタイプだし、一つだけおねだりしていい?」
急にエリコが腰を低くした態度で接近してきました。
確かに、疲れとは気持ちの問題よりも体力の問題ですから、叶えられる範囲なら聞いてあげましょうか。
「私に何をして欲しいのですか?」
「今からRIOは猫語で受け答えすることっ! ご主人様役はもちろん私で〜。そしたら私、疲れとかお空の彼方にふっとんじゃうから〜ぐへへっ!」
「は〜ぁ……」
いつから王様ゲームが始まってましたか?
あなたの疲れとは、気持ちで回復する類だったのですか。この非常識人。
『やったあ!』
『RIO様の語尾に「にゃ」が付くのかにゃ!?』
『エリコナイス!』
『やばいカメラカメラ』
『RIO様ため息ついてるし乗り気ではないけどな』
『萌え死ぬ準備は出来てるぜ☆』
ほら、あなたが妙なことを言い出したせいで画面の向こうから野次馬が大量発生してしまいました。
想像するだけで馬鹿みたいな喋り方、実際ほぼ近いことをしてたのですが、変に期待を寄せられしまっても困りますし魔王への示しがつかなくなります。
しかし、エリコを余分に疲れさせてしまったのはこの私。
もっと早く疲れの取れそうなサービスを提供しましょう。
「さあ、頭が完全におかしくなる前に行きましょうか」
「にゃんっ!? 私の腰……背中触っ……うみゃあああ!?」
エリコを横抱きにして、軽口ばかり喋る口を黙らせました。
『RIO様のお姫様抱っこだあああ!』
『唐突なイケRIO様で尊死ぬ』
『そのまま抱かれたい』
『そこに住みたい』
『ワイ男だけどバレンタインチョコあげたい』
『エリコそこ代われえええええ!』
『エリコはもう上は大火事、下は大洪水だろうなぁ』
『↑もの凄くキツイ下ネタぶっこんで来るな』
『マジのガチで通報しろ』
「だめだめだめぇっ! おろして! 私少し太っちゃってるから絶対重いって!」
抵抗なのか照れ隠しなのか、私の腕の中ではしゃいでいて、疲れている割には元気ですね。
引き締まりそうで引き締まらないウエストをお持ちのあなたの体は普段の私だと持ち上げるのも一苦労でしょうが、吸血鬼の腕力を侮らないで下さい。
「私からしたらそうは思いませんね、とても軽くて苦にもなりません」
そのまま「大剣よりも軽いです」と言葉を繋げようとしましたが、ビンタを食らわせられる失言だと口に出す前に気付けて内心ホッとしました。
「ほ、ほんと? ほんとのほんとに?」
「はい勿論、この状態を維持してずっと走れそうなくらいには軽々としていますねっ」
踏み込みからの最高速のダッシュで、敵の群れを横切って疾走しました。
流石に壁や天井を周る走りをすればエリコが酔いかねないので、高めに跳んでエネミーの脳天を足場にしなから掻い潜ります。
前を向けば取るに足りない雑魚エネミーが、下を向けば百年の恋の味を知ったように頬を赤らめるエリコの顔。
とても素晴らしい眺めではないですか。私の方まで蓄積された疲労がすっかり回復してしまいます。
「ふふっ、休めてるでしょうか? マイ・プリンセス」
『いやああああ!(歓喜)』
『ハスキーヴォイスで耳が幸せ』
『RIO様の女にされりゅううう!』
『TSしちゃうううう!』
『シクシク、RIO様のせいでお婿にいけない』
コメントの方はいちいち大袈裟ではないでしょうか。
世界一愛おしいエリコは、私の手で守ると誓いたかったからこそ囁けた大出血サービスです。
「マイ・プリンセスだなんて……あっやばこれ鼻が限界、ぐへへ……ぶぱっ!」
あなたも大出血ですか。
コメントに注意を向けていた瞬間、エリコが金属バットの猛打を受けた後のように鼻血を噴射し、私の顔面にかかってしまいました。
『きったねぇww』
『過去最大量の鼻血出した』
『そんでぶっかけた』
『不思慮にもRIO様のご尊顔にぶっかけうどん』
『あのさぁ……どれだけ下ネタっぽく表現出来るか競ってんの?』
『お前らそんなに爆走してるとそろそろ通報されるんぞ』
「うぅ、不潔です……」
いくら傲岸な吸血鬼だとしても、こんな小汚い血を吸ってしまえば体に毒ですね。
ベトベトしていてすこぶる不快な感触なので、洗い流せるものがあれば足元を見られる値段だろうと買い取るのですぐに拭き取りたい気分です。
「ぐっへっへっへ、でも私の意思でやったんじゃないよ。むしろRIOフェチの私に新しい扉を開かせたRIOがギルティー」
「即刻降ろしますからね、鼻から元気が溢れ出るほど回復したのでしょう」
「ぐへぇんRIO様もっとぉ〜」
出血多量により脳組織からどうかしてしまわないよう、足から下げさせてエリコを離しました。
顔に血液噴射攻撃を食らってしまったのは、調子に乗りすぎた私にも非があります。
それでも、この粘っこくなってゆく液体の不快感は忘れたくても非常に忘れ難く、どうしても虫酸が走るので。
「マイ・プリンセスだなんて二度と呼ぶものですか」
「ふぇえ!? 次までに鼻血症なんとかするから拗ねないでぇ」
「推しに拗ねられるなんてかわいそうですね、では視聴者の皆様、エリコへ代わりの呼び名をつけてあげて下さい」
困った時の視聴者頼り、すみません呆れたので丸投げしてしまいました。
『エリコの別名は万年発情期・鼻ブラッド・プリンセスにしてやろう』
『草』
『これが速攻で出るセンス』
『よし、ダサくて長いから略してMHPでどうよ』
『VRMMOタイトルみたいな略で草』
『SNS部ばりの健全な略し方』
『やーいMHPー!』
『哀れエリコ、魔王降臨イベ中ずっとそう呼ばれることになるんだろうなぁ』
「だそうですよ、MHP」
「一瞬RIOがぶっ壊れたって思ったけど多分罵倒してるでしょそれ」
そう私のカメラに鬼気迫る形相で近づき「いーっ」と唸りながら威嚇していました。
でしたが、話を少し戻すとここでエリコを降ろしたのはもう一つ別の意図があります。
「エリコ、あれを見て下さい」
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エネミー名:エルダーゴーレムLv90
状態:普通
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だだっ広い部屋、そこで扉の手前で道を塞ぐように鎮座している岩人形。
つまりは、魔王城の要所に到着したからです。
この時間がずっと続きますように




