思わぬ会遇&いっそ私の手で……
ここで会いたくない人と会ってしまうとは、鬼や蛇が出てくるよりも予想外でした。
『最悪だ』
『エリリオがバッタリさん』
『会ったらメンタルにデバフかかる人とエンカするなんてよ』
『もういいだろ……ただのイベントなのに二人を引き合わせるな』
『二度目の鬱百合回はこりごりだぞ。何とかしてくれお前ら』
『重い女が二人、来るぞ○馬!』
城内は元々重苦しい空気だったのに、あなたがいたせいで開きたい口まで重くなって開けなくなるではありませんか。
「やっぱりRIOなの!?」
「く……っ! いや……」
少しの間、ショックで頭が真っ白になっていました。
その我を失った状態から覚めた時、どれだけ残酷な方向に突き進んでいたのか、無意識となった体が何をしていたのかを知ることとなりました。
私もエリコも、咄嗟にとっていた行動は“武器の切っ先を向ける”こと。
どちらも孤立無援で目につく全てが敵に見えていたのもあったでしょうが、模擬戦でもない限り敵にしかやらないような行動なのに、反射的に体がそう動いてしまったのです。
それもそのはず、あちらの世界では愛し合った仲だとしても、こちらの世界では殺し合ったことしかないのですから。
また、殺し合わなければならないのですか?
「RIO、どうしてもう来てたの……まだ夜じゃないのに」
「あなたこそ、まだ王都での戦いが収束していない内に来てしまってどうしたのですか」
確かエリコは、ギルドからの指令で魔王を討伐するとは本人の口から聞いていました。
私としては、王都防衛に成功してから出発するとエリコの性格も踏まえて読んでいましたが、よりによって私より先のタイミングで独断専行しているなんて早すぎです。
私は、まだあなたの敵でしかありません。
あなたを見つけてしまえば、敵陣営同士のしがらみから戦うしかないのですよ。
「まず聞いて! 私は魔王と戦いに行くだけだから! RIOとはもう戦いたくないもん……」
あなたの声からは、私と同じ苦しみの色を聞き取れました。
ですが、責任に反することへの苦しみという意味でしょう。
私と責任、どちらを取るかの狭間で揺れている状態ですか。
「戦いたくないとか何とか口先だけで、責任感の強いあなたのことです、ギルドの邪魔となる存在とはどうせ戦うのでしょう」
「何でそういうこと言うの、目が恐いよ……。私っ、嘘で言ってないのに何で素直になってくれないの?」
「ならばその剣をしまって下さい、それかあそこの窓から脱出して一時撤退するべきです」
「うぅ……」
わけもなく信用する条件を突き返しましたが、それでもエリコはどこも動かさず目を下に向けたまま。
しかし俯瞰的に見てみれば、こちらも同じと言えますね。
剣を下ろしたくても体が硬直して思うように出来ず、かと言って斬りかかれるわけもないでいましたから。
「でも私の目的は変えるつもりないから、お願いだからRIOこそ退いて! そうしないと私……RIOを倒してでも行かなきゃならなくなる」
退いてくれですか、もし私が退けばあなたは魔王に挑み、そして敗北するでしょう。
それで手にするのは、当て馬という不名誉な蔑称だけ。
「あなた程度で魔王を倒せる確証もないのに、私を倒すだなど豪語して恥も外聞もないのですかね」
「決めつけないでよ……今回は私の力だけで倒さないとダメなの……」
つまり今回はパーティメンバーを連れていないと。
相当信頼されていませんね、当て馬の役割確定です。
「ですから焦りすぎだと言いたいのです。実力を弁える頭も回らなくなりましたか」
あの時のエリコの猛攻こそこの私を追い詰めたほどでしたが、バフの恩恵を受けないあなた単体の実力ではたかが知れます。
勇気と無謀は文字から意味まで違うのです。
そして私自身も、魔王を倒しに行くと意気込んでいるのにも関わらず魔王より弱いエリコを斬れなくなっているという辻褄の合わない精神状態であるので、こんなものどうしようもない悪辣な俗物です。
自分が出来ないことを他人に強いらせる愚かさで、潔く腹を切り捌いてしまいたい気分に覆われてしまいます。
あなたの内面が好きで大切に思っているだけなのに、刺々しい言葉ばかり変換している自分が嫌いで殺したくなります。
「言い過ぎました……それでも私は、一刻も早く魔王の血を頂きたいので退くのだけは選択肢から除外してるのです」
それだけ言ったら、その先の言葉に詰まりました。
エリコならきっと分かってくれると期待を込めて言葉を締めたのですが、相変わらず姿勢もそのまま、黙りこんだままでした。
譲歩出来ず、胸が張り裂けてゆくだけの膠着状態。
「……RIOにだけ教えるね、これ見て」
この沈黙を破ったのはエリコでした。
指を動かして見せつけてきたウィンドウは、あるアイテムのフレーバーテキスト。
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アイテム:聖銀の針矢
説明:魔王降臨イベントにおいて最大の敵である【魔王】をDNAの一片まで確実に滅ぼすための手段。
どこの部位だろうと、ひとたび命中するだけで魔王の伝説は根絶、新たに歴史に刻まれることは二度と無くなるだろう。
呆気ないほど理不尽だが、技術とは時に理不尽なりうるのだ。
但し、魔王討滅に特化したあまり防御面が非常に低く、人の力で握りしめるだけでたちまち崩れるので指でつまむのが限度、そのうえ長時間外気に触れるだけでも溶け始めるので取り扱いにはくれぐれも細心の注意が必要。
また、【魔王】以外にはチクッとするだけで効果無し。
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実物までは出してはいないのですが、こう記載されていました。
とある掲示板の巷では、魔王を一撃で倒す方法があるとかまことしやかに囁かれているのを聞いた覚えがあったのですが、あなたが所持者でしたか。
「私、ちゃんと勝つつもりでここにいるんだから。意味もなく行くくらいなら王都に引っ込んでるし」
言葉だけではありません。
自信を持った面持ちでした。
「なるほど、冒険者ギルドから買ったのですね」
「ううん、貰った」
「貰ったですって……?」
「そうだよ。こんな私にだって白羽の矢が立ったから、千載一遇のチャンスをモノにしたんだ」
聞いた途端、途方もなく冷たい悲しさがこみ上げるような感覚が、思考を襲いました。
あなたを見直したばかりなのに、またあなたを見損ないそうな気持ちになりましたから。
「エリコ、無料より高いものはないとはご存知なかったようですね」
推理するまでもなくお気づきの方も多いはずです。
正義が政治や権力にまみれているあのギルドが、裏もなくイベントのキーアイテムを渡すはずがないと。
エリコなどという半端に戦える中で立場が弱い人に対し、負いたくない責任を着せて利用しているだけでしょう。
「あなたが安請け合いして滅私奉公で尽くそうとも、正当な評価なんてされぬがまま。忠犬ならぬ中堅で終わり、配信のネタや思い出にもならず空虚な時間だけが捨てられないゴミとして心に残るのみ、馬鹿らしくなりませんか」
「そんなことはないよ……他の誰かのために戦うって思いは、プチ・エリコが一貫して曲げてないことだから、いいの」
「誰かのために戦うのも大いに結構ですが、それは本当にあなたの守りたい王都住民のためですかね? それともリスナーのためとか私のためとでも……あり得ません、あの冒険者ギルドのためですよね」
「ちょっと待って……難しく捻って考えすぎてるだけだよRIO……」
エリコが指先まで震えて怯えています。
それは怯えるでしょうね。
何せ私自身も涙が滲み出るまでに怯えています。
ですけど私の場合は怯えを攻撃に転換しなければ悲しさに耐えられなくなるという違いがあるのですから。
「あなただけは自分を見失わずに正義でいて欲しいのに、正義の犬に成り下がったあなたの姿はこの莉緒が一番苦しむと学習して下さい!」
「RIOっ! ごめんね……でも……」
「今から謝ってどうにかなる問題ですか。あなたが冒険者ギルドから請け負った密命『大人しく無駄死にして失墜しろ』は、どう頑張ろうと不幸しか生まれません」
ああ、胸のあたりの感覚が不快の絶頂です。
この落ち着かなくなった時特有の過呼吸を止められない限りが証拠であり続けます。
あなたは私の理想から少しかけ離れてしまっただけなのに、最も恐ろしい想像である私を捨てたというわけではないはずなのに、言い負かそうとまくし立ててしまいました。
「ねえエリコ、私のこと愛しているのですよね……こちらでも私と莉緒は同一人物なのに、この私の心配なんかどうでもいいと思っているのでしょう? もしそうであって、これ以上惨めなあなたが晒されるくらいなら……」
冷静さなんてとっくに消えており、言葉を紡ぐよりも先に行動が示していました。
「いっそ私の手で……」
固まって何も出来なかった手が力を込めて動き、エリコを対象にして大剣で薙いでいました。
「はあっ、はあっ、エリコ……」
「でも、タダより安いものだってないから」
しゃがんで躱されましたか。
エリコには当たらず、石壁に大きな亀裂を走らせただけでした。
ですが、エリコの頭のあったところよりも亀裂の位置が上。手元が狂ったのですか、それとも意識せず避けようとして……。
「無限にある命と引き換えで可能性になるなら安上がり、RIOを困らせるのもこれで最後にするから、やっぱり目的は曲げないで行く」
どこまでも頭が固い人です。
いい加減次こそは確実に斬り伏せられるとの危機感を覚えて下さいよ。
「また私の手を焼かせたいのですか」
「……だけど、RIOも魔王の血を吸いに来たならさ、欲しいものは違くてもやるべきことは一緒、それなら私達で協力して戦いに行けるんじゃないかって思う」
提案、なのですかこれは。
協力とは、誰もが思いつくようで意外と思わぬ発想が出ましたね。
目先の関係性にばかり囚われたあまりキツく当たってしまいましたが、少し先の未来を想像してみればやっている事は同じ。
魔王を倒すという過程についてだけは一致しているのなら……むむ、その一言で片付けたところで、そうは問屋が卸すのでしょうか。
「協力と言われましても、あなたは一人で行くつもりなはずでは」
「えへへ、そうだったっけ。RIOに叱られたらやっぱり心配になってきちゃって……」
とても和まされる照れ笑いで、私の想いが届いてくれた節の発言を返してくれました。
「私ってすぐ間違いそうになるから、今みたいにRIOが隣から思い直させくれなきゃいけないみたい」
「直させてあげますとも、愛しているのですから当然です」
「だからね、魔王を倒し終わる間まででいいから、私のそばに着いてて?」
エリコから、パーティを組むお誘いを受けてしまいました。
この感覚は、肩が楽になったのでしょうか。
乱れていた息遣いも落ち着き、沈痛だった精神状態が一気に全回復まで持ち直しましたようです。
あなたと戦わなくて済みました。
もう同じ悲劇は繰り返さなくて良いのですね。
これだけでも喜ばしいですが、しかも、あのエリコとの共闘が叶ったのですから、立つ力が抜けて足が折りたたむほど嬉しいとしか言い表せません。
「はい……喜んで!」
やっと、剣を下ろす事が出来ました。
敵同士だとしても、敵の敵は味方であっても良いのだと、エリコが認めてくれたのです。
あなたには逆立ちしても敵いません。
ずっとあなたにだけ頼って生きていたいと秘めている私ですから。
エリコの前なので嬉し涙が決壊しそうでしたが、配信中でもあるので息を飲み込んで堪え、嬉しいの顔に取り繕えました。
「さあ、共に魔王を倒しに行きましょう」
共同戦線を敷くための誓いの証として、手を取り合うための右手を伸ばしたのですが。
「ぐへへへRIO〜!」
「うわっぷ!?」
握手など眼中に無いとでも言わんばかりに、いつもの恵理子のように跳んで抱きつかれました。
フレンチキスしろー!
ハレンチキスもしろー!




