王都防衛戦・南門
南門しかやりません
あとスルーしても問題ありません
王都の南に、黒雲と落雷の包む魔王の城が地上にせり上がってから三十分は経過した頃だろうか。
物見からの伝令により、魔王陣営の軍が南門に迫っているとの報告があがっていた。
敵が南から進軍するのなら、戦火が激しくなりやすいのは南門になるのは必然。
そこに配属され、待ち構えなければならないプレイヤーにとっては災難なのだろうか。
「いよいよね……」
「そうだな」
「こんな規模で戦闘するなんざ、ゲームとは思えないな……」
「この距離だってのに、魔の気配が眼の前にいるみたいにプンプン伝わっててくるぜ」
その南門の外側で固まり、私語を交しているプレイヤー達。
数はおよそ三百弱だろうか、門の内側にはこれの倍以上の予備戦力が控えており、全員がこの門の防衛の任についた冒険者達である。
「殆ど全員揃っているな。よきよき」
「今になってどうしてもすぐ落ちなきゃいけない用事の出来た人は?」
「いなさそうだ。この戦力を維持して戦えるぞ」
「頼もしい。なら不安な人は? ビビっている人とかもどう?」
「それも無いな」
それぞれのプレイヤーは、各々の調子を話し合う。
臆しているような色は見当たらない。
自分勝手に持ち場を離れる者もおらず、むしろ何があっても侵略者を撃退する気でいるほどだった。
「魔王軍を追い払い、平和を守る。シンプルだけどベストね」
「勝っても負けても王国滅亡は防げない……だけども、むざむざと負けるぐらいなら勝って兜の緒を締める方が断然いい」
「王国が滅んでも、王国民は今後も生きていかなきゃならな。だったら俺が戦う理由としては十分過ぎる」
「もちろんだとも。冒険者ギルドが王国を統治してしまうなら、その分俺やあんたで自浄させればいい話だ。協力してくれるな?」
「言わせんな恥ずかしい……」
彼らの脳裏は勝つだけに染まってはいない、勝った後にも冒険者の横暴に脅かされる住民の安寧のことまで入れている。
西門や東門の防衛部隊は守るべき人命よりもまず自分達のデスへの心配しかしておらず、北門の部隊に至っては魔王陣営プレイヤー達の不殺を逆手に取って無辜の民を並べて肉の盾にするという、勝てばよかろうでしかない下劣極まりなき戦術を展開しているのだが、南門の防衛部隊はそれらの採用をしない。
守られるしかない者や性根のねじ曲がっている者の力を借りず、また門の内側に待機している後備えプレイヤー達の手を煩わせず、自分達の全力だけで立ち向かうのが南門防衛部隊の満場一致で決まった作戦だ。
「お偉いさんは私達を厄介払いで南門部隊に編隊させたみたいだけど、攻め込まれやすそうなところを守らせてくれるなんて好都合ね」
「そりゃまあ、誰かはキツい役割させられるんだ。僕みたいな強いのがやらなきゃな」
「へっ、俺もこの日のために特訓したさ。安心しな、お前さんの足を引っ張らない分の実力は持ってるぜ」
「どうせやるなら敵が強い方が燃えるってな!」
「ははっ、僕もあなた方と共になら気持ちよく戦えそうです」
同じ冒険者達から雑に扱われ、窓際に追いやられた悲惨な経緯も、今となっては良き運命の巡り合わせ。
冒険者といえど、母数が多ければエリコを始めとした清く正しい人材もないことはないのである。
そう、彼ら南門防衛部隊こそは、魔王が手を叩いて喜びそうな善人だけで構成されている集団であったのだ。
「あれを見て、来るッ!」
鶴の一声が全員の耳に届く。
「聞こえているか王国陣営! 実に申し訳ないが、これからこの門を攻め落とさせて頂く!」
前方には、雑多なエネミーの大軍に、赤石の仮面を装着している魔王陣営参加者のプレイヤー達が迫っていた。
数を合計するとおよそ3000以上。これだけ見れば、王国陣営とはかなりの戦力差だろう。
そして、両雄並び立ち終えた今、暗黙の了承に従うように戦いが始まるのだ。
「見たところ守備隊の守りは堅そうだ! 攻撃魔法を使える者はドシドシ撃てー!」
先制攻撃を仕掛けたのは魔王陣営。
部隊長格であろうプレイヤーの指示で、それぞれが火球や氷球、雷の矢に風の刃、遠距離攻撃の魔法を間断なく放たれ、放物線の軌道を描く。
受ける側も、部隊として固まっているため人と人の間隔もそこまで広くない。このカラフルな雨を全員が散らばって避けようとすればぶつかり合いが起こるのは避けられないだろうが。
「先手の牽制は予想通り、こっちも壁役で対処する、行って!」
「【Sランク801位・ホエールタンク】。さあさ、わてと我慢対決をする人はおらんですかぁ?」
相撲取り顔負けの巨漢が前に出て、仁王立ちの構えをとった。
すると、魔法の球が吸い込まれるように彼へと殺到し出す。
相手の攻撃対象が変化させられたのだ。
「ほっほっ、こっちは何もしてないのに楽しい玉入れですわこりゃ。おかわりはあとどれくらいあるかね」
HP自慢の彼が誇る厚い脂肪は、炎だろうが氷だろうがあらゆる属性を軽減させられる。それに加えて大きな体に大きな背中は、タンク役として心理的に安心出来るだろう。
一見すると上手くいったようではあるが、後続の物理攻撃役が攻めてくればひとたまりもないかもしれない。
「魔法は効き目が薄いな……。それじゃあゴブリンアーチャーは矢を射て! 前衛部隊は突撃突撃ーっ!」
相手も相手で判断は早い。
前衛プレイヤーやリザードマンの槍衾が真っ直ぐに走り出した。
ただし、互いの陣営に従軍経験者はいないので、確実に敵味方が所狭しと入り乱れるだろう。
「勢いを止めたい、次の人お願い!」
「【Sランク740位・ギガメイル】。敵がこんなにいると気が滅入る……」
そう巨大で厳つい重装鎧を着込んでいる彼は、ダウナーな雰囲気を醸し出しつつ腕を開いて敵の真ん前に立ちはだかる。
回復のため後方へ退避したホエールに代わって攻撃が殺到したが。
「うわぁなんだこいつの鎧、硬いぞ!」
「オレのリザちゃんの槍が折れちまってる!?」
彼の場合は、先程の男と同じタンク役でもDEFの高さが自慢。
その上、物理的攻撃に対する軽減率に定評のあるために、集中して降り注ぐ矢やリザードマン軍団の槍衾は鎧を貫くことすら叶わなかった
「ギガメイルがせき止めたわ! 目には目をよ、今度は私達が勢いを出す番!」
「おっし俺達も出るぞ! 魔王軍を蹴散らしてやれ!」
ゴツゴツした鎧の背中から、冒険者達各々が得意とする武器を手にし、勇猛果敢に敵に突撃する。
ここから先は作戦無用。
自分の力を出し切り、やりたいように好きなように戦うのみ。
「【Aランク88位・デスメタルバンド・セキネ】! 一番槍は俺がもらった!」
「【Aランク87位・デスメタルバンド・アヤノ】! 耳クソかっぽじってよーく聞き届けやがれ!」
「【Aランク89位・デスメタルバンド・モリワキ】! 俺達のCDデビューソングで、このイベントをじゃんじゃん熱狂させてやるぜぇ!」
最も勢いが早かったのは、パンクな革ジャンが刺激的な外見の三人。
歌唱マイクを握った若い男を中心に、ギター・ベースやドラムをインベントリから取り出した男達が続く。
「リズムは俺に合わせろ! ヘビーに奏でるぜ、合体魔法!」
「「《三位一体・反避雷針》!」」
ボーカルの掛け声と共に演奏が始まり、彼らの楽器から耐性を無視する放電が前方一面に放出される。
それらは直列し、一大イベントに相応しきド迫力のBGMとなりつつ威力や範囲は爆発的にプラスされていた。
「骨の芯までシビれたかい、ベイビー」
まともに食らったエネミーらは、聞くまでもなく黒焦げになっているか息絶えていた。
「【Aランク105位・ジッパーヒットマン・ガラゲー】。閉じろファスナー!」
おかっぱ髪が特徴的なこの冒険者は、敵が電撃で一掃された隙を突いてすかさず能力を発動。
地面にチャック状のレールを敷き、開閉部分を掴みながらチャックを閉じることにより高速での移動を可能にするのだが。
「やべっ! 噛んだ!」
最後まで滑りきれるかはLUK次第。
今回は運悪く途中でトラブルが起きてしまったようだ。
「【Aランク8位・毒毒ポイズン毒毒毒】。チッ、どいつもこいつも毒ってもんを嫌ってそうだな……好きなやつもそうそういないんだが」
別の所でも戦いは動き出す。
いつでもローテンションに毒づく性格の彼は、人間の指程度のサイズの筒を口に咥える。
「やっばいぞ、オークがしぶとすぎ……」
「あっちがピンチそうか、じゃあドクドク戦いますかっと!」
一人のプレイヤーが率いるオークの群れに狙いを定めて息をプッと吹くと、筒から尖ったものが放たれる。
筒の正体は、厳選された高価な毒を含めた吹き矢だった。
オークらに計4発の矢が一回ずつ傷をつける……が、それだけだった。
「……ちょ、あんたこれで終わりか?」
慌てて駆けつけた冒険者が問う。
オークらは攻撃が効いた素振りさえも見せず、それなのに彼は二度目の攻撃をしようともしなかったからだ。
「ああ、これでオーク達は終わりだ」
「お、終わりってどこが!? 毒使いなら毒状態にさせなきゃなぁ!?」
「俺の毒はな、神経回路を侵してじわじわ苦しめるのはもちろん、ちょっとした毒の解除条件を伝えることも出来る」
「回路? 解除条件?」
聞いていたこの者にとっては、頓珍漢な事実だった。
自力で解除させられる毒なんて無意味ではないのかという疑問ばかりが浮かぶ。
「まあそこで見てな」
「見てなってそんな悠長な……あっ!」
外見上の変化が無いために失念していたため、オーク達の様子の変化に驚いた。
オークの握る木製の棍棒は、彼らを率いるプレイヤーへと向けていたのだ。
神経回路から脳に伝わせた言葉『毒の苦しみから逃れたくば、そこにいるあいつを攻撃しろ』を受けて、味方へじりじりと歩み寄る。
「おっおい、オレは主人だぞ!? こっち来るんじゃ……ぎゃああああ!」
呼びかける声も虚しく、苦痛からの解除条件を満たして喜びの笑みを浮かべたオーク達からの攻撃を一斉に食らってしまった。
「【Sランク3778位・バー茶ーカー】。戦いの場とは、轟々と燃え盛る野原にいるようで心が躍る、儂も仲間に入れてくれぬかの」
穏やかに呟いたシワまみれの老人は、見るからに飲んではいけなさそうな赤い液体を飲み干した。
すると、信じられない現象が起こる。
「クワアアアアアアッ! 在来抹茶園パワーッ!」
体躯が二倍三倍へとどんどん巨大化し、枯れ木のような腕や足がみるみる隆起するあまり服がビリビリと破け、年老いた兵士のような印象がものの数秒でかき消される。
生涯現役の彼なりの準備が済んだのだ。
「ひいいっ!? なんなんだ一体……ぐはっ!」
「まずはそこのわっぱからご臨終じゃあああああ! カーッカッカッ!」
目の前にいたプレイヤー達に対して巨腕を力一杯に振り回す。
拳骨の餌食になったプレイヤーは、もう息をしていなかった。
「痛快痛快! たまの運動は若返った気分になるのォ!」
声を張り上げ、バイタリティの漲る姿は恐ろしく勇ましく、若々しい。
一度覚醒したら自分自身でも止めることは出来ないが、己の体一つで手当り次第に敵をなぎ倒す感覚に酔いしれていた。
「うげえにゃあ! あのムキムキマッチョジジイさん早く止めなきゃまずいにゃ!」
「でも幸いながら軽い狂乱状態らしい。ほら、動きや視線に小回りが効いていない」
「よし俺がやろう、死角に回ってサクッととっちめてやる」
近くでこの老人の危険性を悟った魔王軍プレイヤーは、相手の目をすり抜けて暗殺しようと画策した。
「ぶにゃっ!?」
「え? ねこねこ……? ぶおっ!?」
しかしどうしたことだろうか。
一人、二人と仮面の内側にある口と鼻の穴から、黄緑色の血を吹いて倒れていた。
「おいどうした!? 一体何され……ぶっぱっ!?」
「……暗殺した後に飲む茶もまた格別」
助けに行こうとした彼も、同じように抹茶を吹いて地に伏せる。
通り過ぎた下手人の影には、気づく間もなかった。
「【Sランク2633位・ア茶シン】。年寄りは年寄りらしく老獪にな……」
派手に暴れる者あれば、地味に暴れる者あり。
魔王陣営二人を《経皮抹茶毒》を塗りたくったナイフで仕留めたこの物静かな老人は、瞼を開かないまでに動じず、茶器に注いだ茶をすすっていた。
「【Sランク29位・オカマカブル】。趣味はトランプタワー作り、好みのタイプは強い人」
トランプカードの束をシャッフルしながら自己紹介を語りだして、合コンかナニかと勘違いしてそうなこの冒険者。
厳しい顔面に塗った赤丸の頬と、筋肉質の肉体が纏うレオタードは敵味方双方の士気低落を招きそうである。
「序列が高いのがいたぞ! こっち集まってくれ!」
「29位……相手にとって不足なし」
「囲め囲め! 連携で大人しくさせるぞ!」
魔王陣営のプレイヤーは、奇抜な外見に呆気をとられないどころか序列のみで判断し、手強い相手と見込んで数で挑むようだ。
しかし、大勢が囲んだ瞬間こそを狙われていた。
「そんなアタクシの座右の銘は……蝶のように舞い蜂のように刺す!」
自己紹介の語気を強めた瞬間、男性諸君にとって死を意味する猛攻が始まった。
武器であった52枚のトランプは、二つの手から目にも留まらぬ速さで全て投げられる。
視えてないはずの真後ろまでカバーするという凄まじきトランプ捌きだ。
「「アア゛ーーっ!」」
彼? のトランプで股関を刺突された者達は、一様に同じ断末魔の叫びをあげてバタバタと倒れてしまった。
なお、命中した部位に別段深い意味はなく、人間の弱点を目掛けて狙っただけだ。
ソコにさえトランプの角が刺されば状態異常の即死が発動される。卓越した視力が持ち味のこの冒険者には簡単な話。
「ん? あらやだ、今回はアタクシの苦手な相手が二人もいたのね」
しかし、逆に言えばもっこりしている目印が無い相手には狙いが外れやすいのが難点だ。
腕に糸が貫いていたのに気づいた時には、敵の術中に嵌っていた。
「全部位にヒット! ウチら元Aランク冒険者の意地、見せつけてやったぜェ!」
とある糸使いのプレイヤーにより、全身を拘束されて行動不能状態にされていたのだ。
「やれ! 当たるまでは油断すんな!」
「はいですっ! ちぇすとおおおお!」
拘束から抜け出せないでいる間に、これまた命中しなかったプレイヤーのハンマーが迫る。
緩慢な走りだが、動けない状態では躱しようがない。
それに一撃でも脳天に食らってしまえば、不死の化物でも命を散らすほどの火力があるだろうという悪寒が走る。
「いけないワ、まさか運命の人があの子になっちゃうなんて……」
「【Sランク28位・メイドインマーメイド】! そこのあなた、いま助けるから諦めないで!」
そこに、人魚の姿が割り込んだ。
下半身を魚に変身させたこの女性は、空中をまるで水中のように泳ぎ、自分の周囲を対象に魔法を唱える。
「油断しちゃった!? いやあああああっ!」
「ぎえええ目が回るうううッ!」
魔法《大禍潮》がオカマカブルを始点に発動され、激流が広大な渦となって顕れる。
まるで全ての陸上動物を押し流す攻撃に見えるが、当の救出対象だけは渦の中心という一点も動かないところにいるため、ダメージはゼロ。
「ほっ、助かったのね。まさかアタクシにも勝利の女神がついているなんて、優しい世界だわ」
おかげで糸の拘束も消滅し、自由が戻る。
「見事な魔法の使い手ね、もしアタクシが男だったら間違いなく惚れていたわワ」
「冗談は後にして、先にするのは魔王軍の撃退だから」
顔は見合わせなかったが、共に同じ方向へと目を向け、駆ける。
二人の間には、奇妙な友情が築かれていた。
「また、つまらないものを楽しく斬ってしまった」
門に迫る敵には、【Sランク5432位・サムラインザナイン】が嬉々として斬撃を放っては撃退する。
「頼む、間にあってくれ! ホームランインパクト!」
金属バットを担いだ【Sランク334位・ピンチヒッター】は、絶体絶命の味方に絞って颯爽と援軍に向かう。
「あらあらうふふ、お怪我でお困りですか? あらあらあっちも、あっちもこっちも? 困ってしまいますわ〜」
回復役プレイヤーの中心人物である【Sランク6756位・小癒漬け淑女】は、傷の深い者から適格に回復魔法をかけ、戦線復帰を手伝う。
「俺様の通名は、榎ノ木ノ王・エノキング! 俺様オリジナルのSランクゼロ位もってるんですみませんだわ。人生あっぱれパラダイスのお前、これから爺ちゃん直伝のビッグシャドーボクシングで、グローブの中のかみそりミサイルが……ぐはっ!!」
「全然弱いじゃねぇかチルドレン!」
誰もが真剣に戦う中、とんでもなく場違いな心構えを携えた少年が乱入したと同時に、一撃で仕留められる。
尊くない犠牲を一人生み出しつつ、防衛側は数で劣りながらも戦況を覆すほどに優勢を保っていた。
ところが、魔王陣営から逃亡兵が現れ始めた辺りで、幾何学的な魔方陣が描かれる。
「やれやれ、こちらが窮地に陥ってようやく吾輩を出向かせるだなど、ジャークマンタ様も人が悪い。此奴らの言葉を使うなら、“いけず”でありますなぁ」
そこに召喚された者は飄々とした声色で愚痴りながらも、とてつもなく強い魔の気配を放っている。
「新手か!? しかもあの魔道士は……!」
「吾輩は魔王軍四天王が一人アークドイル。心憎き冒険者のみなさま、はじめま死ね」
そう刺々しい雰囲気で死を宣言したこの魔族。
「《暗黒の侵食》」
指をパチンと鳴らして、このフィールド全域に向けて魔法を唱える。
すると、雄大に広がる南門外側の草原は、イリュージョンの如く真っ黒に塗りつぶされていた。
「これは、なんじゃらほい!?」
「闇魔法か、気が滅入る……」
「あれ、あんたその足どうした? 靴から黒くなってるぞ」
「そっちもだ! 何かヤベぇ!」
「あ、足が動かない……昇ってくるっ!」
アークドイルが展開したのは、地形変化の魔法。
まずはぬかるんだ闇の下地を作り、そこから手の形をした暗黒が足をつたって体全体を侵食する効果だ。
範囲もさることながら、足を掴んでいるも同然なので退避も不可。
「変色した所の血液の流れが死んでいるっ!」
「ええっ!? し、死ぬって!?」
「寒いのう……まるでお迎えが来たかのようじゃ」
「とにかく、手が動ける内に剥がすか消すかせよ!」
「もうやってるぞ爺さん! そっちも間に合わなくなっても知らんぞ!」
その効果はまさに、冒険者が倒してきた魔王軍四天王の中でも随一。
あちらこちらで動転し足掻いている間にもHPがどんどん奪われ、命の輝きを奪う黒き死が頭にまで迫る。
「駄目だ、ぜんっぜん剥がれない!」
「早く剥がれろっ! ひっ!」
「ごめん! 俺じゃどうにもならなさそう」
「どうすればいいの!? このままじゃ全滅よ!」
「まだ戦わなきゃなのに、ここで終わりだなんて嫌あっ!!」
悲鳴は木霊し、抵抗の動きが鈍る者も出始め、そこは阿鼻叫喚の迸る地獄の様相で覆われていた。
「最初から人間に任せず、吾輩が出ていれば被害少なく片付けましたねぇ〜。暗黒の沼に捕まってしまえば、死から逃れられはせんですよォ?」
「お生憎様、私達南門防衛部隊には、死から逃げようとしている人なんて一人もいないわ」
「なにっ!?」
魔王陣営が勝利を確信した瞬間、目の前に現れた人間が何かしらの魔法を発動する。
その後、彼女が剣を地面に突きつけると、死で彩られていた大地に光の波紋が広がり、元の草原の風景に戻っていたのだ。
「温かい……この魔法は、あの人が来てくれたのか」
「おおおお! 黒い気色悪いのが落ちてくぜ!」
「あぁ〜生き返るわぁ〜」
「リウマチにも効いたかのう?」
下地が無ければ、そこから生えている黒い腕も効果が続かなくなる。
洗い流された角質のようにポロポロと剥がれ落ちていた。
これで戦況がまた覆ってしまったが、アークドイルの心中はむしろ歓喜に満ちていた。
「素晴らしいですなぁ人間! この侵食を破った人間は貴殿で二人目。名を知りたい、名乗ってはくれぬか!」
「【Sランク11位・始天使セラフィー】。私達は、待ち受ける相手が死であれ吸血鬼であれ、最後の一人になっても戦い抜く! 《獄炎鎖縛》!」
神々しく輝く左手から炎の蔓がひとりでに伸び、アークドイルの手足を巻く。
この程度ならばすぐに抜け出せるだろうとたかをくくっていたアークドイルだったが、自身の体に起きている異常に気づいた。
「馬鹿なッ!? 吾輩の力が抜け……いやこれは、力が燃やされている……!」
元々骨だけの体なので筋肉が無いのだが、熱ではなく指一つ動かせない脱力感に襲われていた。
この炎は対象を縛るだけでなく動力を燃やす。
脱出にあぐねているほど、自力で抜け出すのが困難になってゆく。
魔王陣営のプレイヤーは全て倒されたか逃げ出したかされたため、もう手遅れだった。
「動きは封じさせてもらうわ、あの魔法が王都内に拡散されたら、住民達がどうなってしまうか考えたくもないから」
闇を打ち払ったのは、あくまで侵入を防ぐため。
だがその瞬間に、策は成っている。
攻撃面を捨てて全体補助に心血を注いだセラフィーに出来るのはここまで。
これまでやられた分の逆襲は、他のプレイヤー達への見せ場として譲るだけだ。
「さあ、時は今! みんなの力を一つにぶつけてッ!」
戦場広く、高らかに号令をかける。
これにより南門防衛部隊の全員が呼応し、彼女が考案した策が決行に移る。
「なんと! いや、滅びるのが魔王ではなく吾輩で良かった……」
アークドイルは、これから王国陣営が行うことを悟り、魔王にも通用し使うであろう手段だとも把握していた。
それは単純だが極めて強力。
それでいて誰も異論を唱えない。
各々が持つ最大火力の技を使い、一つの敵に総攻撃で放つという相手が死だろうと魔王だろうと通用する策であった。
「《鯨砲》!」
「《巨鎧の重圧》!」
「《三曲一体・邦楽電撃波》!」
「《開口の殺戮奇劇》!」
「《毒毒爆弾》!」
「《濁りを消す者》!」
「《暗茶ツ術秘技・冥響死水》」
「《舞札女王》!」
「《荒渦の超珊瑚礁》!」
「いっけえええええええええ!」
どれほどの鍛錬を積めば、それほどまでに技の威力を引き出せるのだろうか。
どれほどの訓練を積めば、それほどまでに息を合わせられるのだろうか。
圧倒的な人間の力の結集がそこにあった。
魔王軍四天王と畏れられたアークドイルが断末魔の悲鳴を出す間もなく息絶えたと言語化すれば、その途轍もなさを実感出来るだろうか。
「やったのか……やった!」
「やったぞ! 俺達は勝利したんだ!」
「四天王は倒れた! みんなの力が倒したのよ!」
「イェイ、ピース」
「守り抜いてやったぜ! 連携プレイっていいな」
「お前のおかげだ、あの時は助かった」
「お前もな、粘り強さがどうにか間に合わせてくれた」
セラフィーを中心に勝鬨をあげる。
勝利の喜びを皆で分かち合う。
誰も彼もが、呪いが解けたような、憑き物が落ちたような顔してたのが印象深い。
この完全勝利は、たとえRIOが襲撃してきてもすぐさま撃退出来る自信にも繋がっていた。
冒険者ギルドから期待もされていなかった南門の部隊は、本当の正義を貫き通す華々しい決着を飾ったのだ。
「たっ、大変です!」
しかし、勝利の余韻に浸る間もなく、一人の兵士が血相を変えてやって来る。
その彼の口から出た報告は、ひどく衝撃的なものであった。
「北門防衛部隊、壊滅寸前! 至急救援に向かって下さい!」
「北門が!?」
北門といえば、王都住民を盾にするという非道な作戦をとっていた部隊だ。
それが敗北している。
北門防衛部隊にとってはみっともない事態だろう。
それに、人道に反してでも勝とうとしている連中を破ったのなら、敵側にも人道に反する行為に躊躇が無いプレイヤーがいるのは明白。
故に、セラフィーは代表者として詳細を聞くことにした。
「敵の特徴は!? 大まかに答えて!」
「音符……4分音符8分音符、多数の音符が襲ってきておりました……」
音符などという荒唐無稽な情報。だったが、全員が心当たりがあった。
「くっ、ジョウナの仕業だったの……!」
まるで自分の失態のように歯噛みする。
一年前の離反事件に何万人も殺したジョウナが王都内に侵入してしまえば、大量のコラテラル・ダメージは免れない。
ある意味でRIOよりも警戒すべきプレイヤーだった。
戦い終えたばかりだが、聞いてしまった以上このまま休んではいられず、南門の部隊はセラフィーを防衛ラインとして残し全員が救援に走り出した。
南門しかやりません(2回目)
なお殆どが既出キャラだったり。