魔王陣営その2&イベント開始
王国陣営と比較して魔王陣営はあらゆる要素において圧倒的に不利。
その上、攻城戦において攻撃側は防御側の三倍の戦力を要する兵法を引用するならば、魔王陣営の敗北は火を見るより明らか。
「前日になっても、多勢に無勢か」
「せめてRIO様が味方にいればな……」
「わたし、RIO様のふとももに挟まれたかったなぁ……」
「この子アブノーマルな性癖してんなオイ過ぎる」
「フられたみたいな雰囲気出してる暇があったら前を向け」
負けるために戦えと告げられたような状況下で戦意が高揚するのは極一部の人格破綻者だけ。
全体の士気は下がる一方。これでは勝つどころか戦うすらも難しくなる。
そのため、魔王は一石を投じる手段として、プレイヤー一人につき4体の魔物を配備することにした。
槍衾による抜群の突進力を誇るリザードマン。
肉壁としてのしぶとさに優れたハイオーク。
後方からの弓矢によるホブゴブリンアーチャー。
支援において右に出る魔物無しのキャットメイジ。
内いずれかの兵種をプレイヤーが選択し、指揮権を貸し与えることで戦力を補うのだ。
「おっ、野良とは佇まいから違うじゃん!」
「俺もテイマーになったみたいだぁ」
「意外とかわいい?」
「よ、よろしくねっ……ひぃぃ食べないで下さい!」
一体毎の戦力としてはBランク冒険者と同等で、それらをAランクやSランクの冒険者と渡り合えるようにするのはプレイヤーの腕次第。
エネミーとプレイヤーは基本的に狩る狩られるの関係だが、魔王の手によって兵士になるよう調教されたこの魔物達は人間にもよく懐いたのだった。
その他、地底に転移されたプレイヤー達はイベント開始まで地上に戻れない仕様なので、レベリングや装備品の売買などはこの場で準備をしなくてはならない。
ただ、嬉しいことにその問題点をも見越して、経験値効率に最適なダンジョンへ繋がるワープゲートが開放されていた。
「光溢れる凄い場所だぁ! メタルなスライムまた狩った!」
「うげっ! こっちまで攻撃巻き込まないでくれよジョウナ!」
「俺今の音符で死んじまったぞ!? デスペナ中にイベント始まったら承知しねぇからな!」
プレイヤー達は寝る間も惜しんでこぞって潜り、一応の主力ジョウナはレベルカンストにまで漕ぎ着けられた。
イベント開始後には入口が永久に閉ざされてしまうのが惜しいと感じるプレイヤーも多かったほど。
ただ、それでも戦力差は依然として狭まらないまま。
ジョウナを飼い馴らす。
RIOを侮らず第三の陣営として対策する。
まだまだ多くの課題点が立ちはだかっている魔王軍だが、それらを度外視して何が何でも乗り越えなければならない関門に直面していた。
「聖銀の針矢、地上の噂は真であったか……」
魔王側には知る由もないはずの王国陣営の切り札の名を、アークドイルが口にしていた。
情報収集に動いていたプレイヤーからの報告だ。
魔王が一刺しで消滅するという理不尽なアイテムなど、至急の対策は必須の中の必須。
「冒険者ギルド……ジャークマンタ様が危険視する理由も分かりますな」
冒険者ギルド。
王国陣営の全てにして、人間好きの魔王でさえ人間扱いを厭悪すると唾を吐くほどの腐敗しきった組織。
そのくせ王国との主従関係を“強さ”だけで逆転させ、悪貨は良貨を駆逐するの言葉の通り支配圏を大陸中に伸ばし、魔王をあっけなく葬る手段も開発出来るのだから、タチの悪さは最悪レベルだ。
だが、その程度で戦意喪失する四天王ではなかった。
「合戦となる前に噂の真偽を暴けたのは運が味方したと言えよう。ここまで来たのだ、チャチな道具一つで魔王を葬れると思うならば大間違いである」
所在や所持者は不明だが、聖銀の針矢の入手した情報は、効果や欠点まで残らず把握している。
彼とて、伊達に歴代四天王の参謀役を一度も譲っていないわけではない。
数百年の時を以て育んできた頭脳を働かせれば、対策の一つや二つ、簡単に閃くものだ。
すぐに、ありのままの事実を主君へと報告した。
▲▲▲
それから一日が経った。
魔王陣営のプレイヤーのログイン率が8割を超えた頃。
【時きたり、居城を地上まで転移させる】
プレイヤー達の頭の中へ、低く重く加工したような人の声が響く。
この魔王によるテレパシーが魔王陣営全員に伝わった途端、城内の重力が途端に強くなった。
「にょわああ〜!?」
「うっひょお〜!」
「やばい心臓が出そう!」
襲う強烈な浮遊感。
まるでフリーフォールタイプのアトラクションだが、程なくして転移が完了し、浮遊していた備品なども元に戻った。
城内が、ほのかに明るくなる。
地上の光が差し込んでいるためだ。
魔王の城が地上へと転移されたことによって、中にいる魔王陣営のプレイヤーが外へと出られるようになる。
だがその代わり敵に魔王の膝下にまで攻め入られるルートを与えるというリスクを背負う。この仕組みにより、イベント開始の形となるのだ。
この後は、いよいよ王国へとプレイヤー総出で出撃する筋書きだ。
とはいえ闇雲に攻め込ませるわけではなくプレイヤー達は予め配属された部隊四つに分かれ、東西南北四つの門を攻め込むのが王国攻略作戦の全容である。
「南門の部隊の数が多いな」
「南門ってここから一番近いけど一番厳しくならない?」
「ジョウナの部隊に変更を所望したいぞぉ……」
「へぇ、ボクは北門に割り振られたんだね、どれでもいいんだけど」
漂う空気は緊張に恐慌、士気としては頼りなさそうだが、いかんせん準備期間が短過ぎたので仕方ない。
ジョウナはやけに従順になっている様子だが、彼女の場合、大量の冒険者相手に大量の勝利を味わいながら、戦闘でとにかく目立つことでRIOをおびき出す算段らしい。
それでも、戦いはきっかり時間通りに始まる。始まらなければいけない。
「奪うは王都、人民の命は奪うも残すも諸君ら次第。しかし冒険者だけは生かすな、一人たりとも許してはならぬ! さあ、征きますぞ!」
「「「オオオオオ!」」」
アークドイルの逞しき号令で、魔王陣営の戦士達は示し合わせたように拳を突き上げて雄叫びをあげる。
下知となるラッパが大迫力の演奏を鳴らし、人間と魔物の混合編成の軍が隊列を組んで進軍を開始した。
後は彼らの吉報を待つのみ。
総大将の魔王も、王都内いずれかの区を占領したと同時にそこへ転移し、特殊勝利とする。
それまで魔王とアークドイルは最奥の玉座で侵入者を待ち構えるのみ。
それに、魔王城を城としての形を維持をするためには、魔王が魔力を常に注がねばならないので、用も無く外に出るわけにはいかないのだ。
「……ほう」
城の防備について一時間近くが経過したアークドイルだったが、何かに感づく。
「早くもネズミが紛れ込んだようですな」
そう呟き、頭を右上へと向けた。
彼には、魔王城内限定の探知能力も備わっている。
探知に引っかかった侵入者は一人。庭園エリアを遠回りして裏手の窓から潜伏した動きだったので、よほどの臆病者か本命以外との交戦を避ける暗殺狙いの可能性が高い。
その事についてテレパシーで報告しようとした矢先、また何かに感づいた。
「一人だけではない、もう一匹いますな……」
人ではない者の反応が一つ、城の屋根やバルコニーを何度か跳んで、最上階の窓を豪快に突き破って侵入したのも察知していた。
よほど短絡的思考な動物か、よほど己の強さに自信のあるバケモノなのであろう。
だが二つの反応の動きには協調性が見えず、てんでチグハグ。
よって二人は仲間ではなさそうだが、悪しき者には違いないとテレパシーを送る。
「城内の防衛機能は起動させましたが、泳がせておくのも癪でしょう。某めが直々に懲らしめて参りましょうか」
【いや、この目で見るまでは善し悪しの決定付けるのは早計だな】
提言は即座に一蹴された。
たとえ自らの首を狙う侵入者だとしても、まずは試してみたいと期待を抑えられないのが魔王の癖だ。
今回は、その勇気や素晴らしさを確かめてみたかった。
「あなたも変わられましたな……」
それに口答えはしない。
彼とて魔王の実力は病的に信頼しているし、聖銀の針矢への対策は備えてあった。
【それよりも、北門を除く全部隊の旗色が悪そうだ。これより、お前も戦線に投入する】
「はっ、御意っ!」
出撃を命じられ、テレパシーの送られた方向に傅く。
彼はあまり前線で戦うようなタイプではないが、久方ぶりの戦場を目にすることへの高揚感は尋常ではない。
唯一の四天王アークドイルはまもなく転移魔法を受け、援軍として現場の監督をしに赴いた。
お察しのやつが攻めてきたぞ(白目)