一方の魔王陣営&知る人ぞ知る最も危険なアイツ
あけましておめでとうございます
地の底の底。
地上からはあまりにも果てしなく離れているため、この世界の地図を片手に携えても、人の足で辿り着くのは不可能な場所。
そこは洞窟と城が融合されたような奇怪な建物だった。
「けっこう人いるな」
「RIO様来ていないかなぁ……」
「まだ来てないな。顔が見えなくても来ていたら気配で分かるもんだし」
そこに集められた黒山の人だかりは、背格好から戦闘力まで十人十色。
しかし、誰もが表社会から弾き出されてしまった住人であるのと、真紅の石で造られた仮面を装着しているという二点だけは共通しているので、さながら反宗教的なサバトが行われそうな雰囲気である。
そこの壇上にいる者は、彼らの信仰の対象とでも呼べばいいのか。
「……あれが魔王?」
「想像してた以上に禍々しぃー」
「いやぁ……? なんだか会えたっていう実感がないかな?」
「てか俺達みたいなプレイヤーが直接会えていいものなのか?」
彼らの視線は、【魔王】らしき者へと注目している。
そいつは一切喋らず、カーテンのようなものに覆われていて全体像は不明だが、石製の椅子に人型で巨大な脚が膝を曲げているのは誰の目からでも解った。
「そろそろお時間ですかな」
その前隣にいるガイコツの魔物、足が無く魔力で浮遊していて頭からローブを深々と纏っている不気味な魔道士が、顎骨を開く。
「さて、本日お集まり頂いた心優しき人間、心強き人間、心巧みな人間の皆、戦略的事情により言語を発せない魔王に変わり、この魔王軍四天王が一人・アークドイルよりお礼申し上げますぞ」
丁寧な言葉遣いで、深い感謝を発した。
ちなみに四天王といっても、参謀ポジションの彼しか生き残っていない。
他は全て人間に、しかも冒険者によってあの世行きとなっているのにも関わらず恨み節を吐こうとしないのは、四天王のポストに違わぬ度量だろう。
そもそも四天王は一人減ったら一人足し、三人減ったら三人足すスタイルなので、何度も入れ代わりが起こる様を体験した彼には感慨に値しないのであるが。
「最初に、吾輩は諸君らを見下さない、そこにおわす魔王様も同様に人間を尊重し、どのような非難も度して抱擁するおつもりである。だが最後まで信用して聞いて欲しい、諸君らにも悪い話ではないはずじゃ」
演説は続く。
身振り手振りを交え、プレイヤー達との心の距離を縮めるために説く。
だが、恐らくあと30分は話していそうなペースだ。
「……王国を手に入れた暁には、人と魔が手を取り合い、誰もが不満を口にしなくなる恵まれた世界を目指すと約束しよう。王のためではなく民のため、正義のためではなく平等のため、図々しくも諸君らに助けを求めることもままあるのは堪らえて欲しいが、ゆくゆくは……」
「やめやめ、ちょーっとここいらでやめてくれる? ざっと聞いてもつまんないし、眠気が襲うほど長くなるパターンだろうしさぁ」
ところが、命じられてもないのに厚顔無恥に壇上に上がるプレイヤーが現れた。
魔王は無反応。
半数の者は興を削がれたため白い目で睨み、演説に内心退屈していた者たちは内心でガッツポーズを決める。
「な、なんだ貴様はッ! いくら大切な客人といえど無礼である!」
「まーまー、早速怒ったりしちゃ目的見失うんじゃないかい? 仲間同士で馴れ合いをするための集会なんだろ」
アークドイルが食ってかかったが、すかさず論点ずらしを交えて陽気に論破した。
呆れるほどの怖いもの知らずがいたものである。
まともなプレイヤーではないだろう。
「チッ、ネジが外れた奴が出やがった」
「傾いてるねェ、謎のねぇちゃん」
「いや謎もなにもあいつジョウナじゃね?」
「だな、RIO様の配信で声聞いたことあるわ」
「お? 殺すのか? 殺すのか?」
正体を察したプレイヤーがちらほら現れ始める。茶々を入れる者も大概怖いもの知らずだ。
ジョウナは魔王陣営を選んだ。
未だ監獄島最下層に収監中の不自由な身だったが、赤石の仮面の効果によってここにワープし、表明を果たしたのだ。
なお魔王陣営が勝利すれば監獄島も魔王領になり、脱獄の手間も省ける。参加した理由はそれとは別なのだが。
「アハ、すっごい、コイツがキミの主君なんだっけ?」
遊び心でも発動したのか、突っかかる者がいなくなったが否や、謎の魔王に対して興味を示す。
もっと言えば、幕の内側にまで土足であがり込んでいた。
ジョウナにとって、こんな魔王は怖れの内に入らないそうだ。
「ええい下がらぬか! そこから先を覗くのは……ぬ? ……はい……はい……左様でございますか……」
武力行使で降ろそうとしたアークドイルだったが、突如として背を向いて応答を始める。
これは魔王の能力の一つ、地球の裏側まで距離が離れていようとも会話したい対象にのみ言葉を送れるテレパシー。
直接喋りたがらない主君だが、このような会話方式ならば可能である。
「……お主がどのような武人かは知らぬが、魔王よりお許しの言葉が出た。好きにせよとのことだ」
不服そうに歯を鳴らし、ジョウナの非礼をあしらわなかった。
「じゃあ魔王さまに聞いてみましょー、本当の正体、目論見、どんだけ強いか、コイツの小判鮫同然のキミなら答えられるだろう? あ、答えづらい秘密でもあったら黒に近づくだけだけどね」
「ちょ! ジョウナさん聞きすぎ!」
「おーおー踏み込むねェ、ウチとは何となく気が合いそうだ」
「何杯冷や水ぶっかけりゃ気が済むの!」
「これは心強い味方を得たわ。皮肉の意味でね」
自分のペース全開に入ったジョウナに対し、プレイヤー達は口々に突っ込みを入れざるを得なかった。
「何を申すか、ジャークマンタ様は我々の長に就いて以来生涯無敗、かの古代の勇者ですら勝利を諦め封印を選んだほどである。その別格の強さ、邪悪なる気迫、まさに魔族の王者【魔王】の肩書きを冠するに相応しき御方じゃあ!」
腹の底から声を張り上げる。
アークドイルの見解として、魔王の能力や魅力はどこをとっても隙がなく、自身を含めて誰にも並び立てないという自負がある。
そのため、心酔している主君の紹介ほど愉快な時はないほど。
寿命を克服した骨だけの体は、命が灯っているように活き活きとしていた。
「アッハハハハ! 魔王って要するにただの異名みたいなものなのかぁ」
ところが、いつものように可笑しかった点について笑い飛ばしたジョウナ。
いつの間にやら剣を抜いては、切っ先を魔王に向けた。
「ボクから見た印象じゃ、“弱そう”だけどねぇ」
「な、なんじゃと……」
ジョウナほど戦闘力の伴ったビクトリーハッピーはいないだろう。
この魔王にすら、楽しく勝てる雑魚だと認定していた。
だからこんな不遜な態度をとれる。演説が勝手に仕切られていながら、アークドイルは何故か押し黙る。
「まーそういうこと。ボクはイベントが終わったら魔王とひと勝負するから、キミたち雑魚たちもボクを何とかしたいなら今が屈指のチャンスだよ」
臨戦態勢をとり、魔王の一味達を相手に自分と殺し合う権利を叩きつける。
この挑発も、虚勢を張っているわけではなかった。
本気で勝つつもりであったし、勝てるつもりでもあった。
それに黙っちゃいないのは、プレイヤー達だ。
「ふざけてんじゃねえぞジョウナ!」
「さっきから聞いてりゃお前、チキンレースも甚だしい!」
「お前は魔王陣営側だろうが! どっちの味方なんだよ!」
「話にならない、つまみ出してくれ!」
ジョウナに恨みがある者や信用出来ない者から、紛糾の声が渦巻く。
彼らと魔王の間には王都住民の命を害さない取り決めを交わしているが、ジョウナはそんなの知ったことではないと殺戮する可能性しかないだろう。
見えている危険因子は味方にも加えたくもない、排除の声もあがるのは至極当然だった。
「というか忘れたとは言わせないわ。あんたがRIO様に負けたってことをね!」
「RIO様に二回も勝てなかった分際でイキるな!」
「そうだそうだ! 引っ込んどれジョウナー!」
「引っ込んどれにゃ!」
「お前よりもRIO様の方がよっぽど魔王なんだからな!」
ブーイングの言葉は、彼ら魔王陣営参加者において最大の同志であるあの配信者の名を出し始める。
ジョウナはRIOよりも下。
また、ジョウナがRIOとの因縁によって敵対しているのも周知の事実。
もしこれからRIOがジョウナと衝突するようなことがあれば、彼らプレイヤー達は一斉にRIOと共闘するつもりなほど、ジョウナを毛嫌いしていた。
「……キミらさぁ、マジで言ってるのかい?」
ところが、急に目つきを鋭くしてプレイヤー達の方へ向く。
「RIOはどこにもつかないってプチ・エリコが本アカでつぶやいてたよ。つまりRIOは魔王陣営も潰すつもりでいるのさ」
哀れな情報弱者を蔑むようにし、衝撃的な反論を呈したのだ。
「えっ、えええええ!?」
「いやいやいやRIO様いないの!?」
「誰か、俺に嘘だと言ってくれ。嘘なら信じられるからよぉ」
「いぃーーやぁーー! RIO様と戦うハメになるなんていぃーーやぁーー!!」
「これ無理だろ!! ジョウナがいるのにRIO様いないって勝てるわけがない!」
「俺に死亡フラグ立った! モブのように殺されちまう!」
「ウチおうちかえる!」
すぐにして激震が走った。
冒険者の敵だからRIOが味方にいると思考が先走っていたプレイヤー達は大混乱。
「ん? いやボクがこっちの陣営にいる時点で察しなかったのかい? キミら冒険者より話の通じやすい面子で揃ってるって喜んだけど、こればっかりはアホだと言わざるを得ないね」
ジョウナの心境は、呆れ果てていた。
RIOに頼りきりな意識、RIOがいないと知るだけでこの動揺。
揃いも揃ってこの有り様では、RIOとの勝負のために高めていた士気はだだ下がりであった。
そもそもジョウナは、エリコの呟きを眺めるよりも前に、RIOの常軌を逸する思考回路を信じていた。
もしRIOが魔王陣営にいるとすれば、ジョウナはどこの陣営にも属さないと選択するだけの話だ。
「……ジョウナ、お主をそう呼ばせて頂く」
この話に、プレイヤーの反応に関心を寄せた者がいた。
アークドイルだ。
「そちと知己のようであるRIOという来訪者は、それほどまでに諸君らの希望の象徴であるのか?」
RIOの悪名や悪行は、さしものアークドイルにもご存知なかったようだ。
だから教えたかった。
「違うね、あれは絶望だよ、恐怖だよ! しかも最強になるとかいう夢物語を配信ハンデ付きで叶える寸前まで行き着いてる真性のバケモノプレイヤーさ!」
「なんと……我々はかような化け物まで相手取らなければならぬのか……」
「キミもアホそうだからRIOを知り尽くした方がいいよ、さもなきゃ魔王が人間以外に負けることになるからねぇ」
アークドイルが魔王を紹介した時のように、愛しき好敵手を活き活きと語る。
魔王が生涯無敗なら、RIOは百戦百勝。
ジョウナと二度相対して一度は自決による敗北を選んだが、自らの手で殺して勝つことこそ全てのジョウナの価値観では決着を引き伸ばしにされたようなものだ。
二度目の勝負に至っては、ジョウナの脅威が地に落ちたほどの完全敗北。
だがそのおかげでジョウナはこのゲームを続けるモチベーションを得られ、今こうして地の底に来ているのだ。
「だけど安心、ボクはRIOに勝つためにキミらの味方についたんでね。雑魚と雑魚、ここにいる誰もがRIO未満の雑魚、そんな雑魚どもみんなの力を一つにしてRIOに勝っちゃえばいいのさ! やっぱりボクって天才、アッハハハハハ!」
目論見を明かし、高笑い。
「天才なわけねぇだろ脳ミソ爆発女!」
「勝つなや! RIO様を一度でも敵に回したら一生殺されてしまうぅ!」
「力を一つにって、お前のスキル仲間も巻き込むのばっかじゃないかい!」
「RIO様ごめんなさいいいい!」
「もうだめオワッチャ……」
「なあ、明日病欠か見学しててもいいか?」
「奇遇だな、俺も無断欠勤したい」
RIOと協力するつもりが真逆の展開へ突き進んでいるのがたまったもんじゃないと、当初の演説はものの見事に阿鼻叫喚へと置き換わっていた。
ジョウナはこのイベントをチャンスとして捉えていた。
自分なりに導き出したRIO戦の敗因は、一人で勝負したこと。
実際かなり拮抗していたので、頼れる相棒がもう一人いただけでも違っていたかもしれないだろう。
しかし、一年前に有象無象の区別なく散々殺し回った自分に味方する者などいるはずもない。
だから魔王降臨イベントの陣営方式を利用し、有象無象と呉越同舟し、否応なしに共闘させてRIOに勝とうと思い立った。
魔王陣営についた理由もそのためだ。
「お、お主の要望と真意は理解した。RIOという来訪者には重々警戒に当たろう」
アークドイルも、RIOという第二の敵陣営の影響力のほどに戦慄を感じ、四天王の座を賜われた魔物としてただただ万全を期すことだけを考えていた。
魔王陣営は、王国陣営以上に先の見えない状況へと陥っていた。
胃が痛いです