謝罪勝負&陣営選択
配信を終了して二十分は経過した時です。
姿が見えました。
(おまた〜)
「おや、呼び出し人はパニラさんでしたか」
あのホワイトボード、あの血臭、草葉を踏む音を耳にして、自称闇墜ち武器職人パニラさんが到着した模様です。
一人分の血臭しかしないため、連盟の仲間は来ていなさそうです。
実は昨日、エルマさんを主役とした吸血配信をしている途中に、『明日の深夜、この王都東南方向にある密林地帯で待ちあわせせよ(要約)。元祖ロリヒロイン・パニラより』とのコメントが目に入ったのですが、信用して正解でした。
もっとも、こちらには精密な探知能力があるため、私を嵌めたつもりの方々が押し寄せてくるようなら即座に逃走を選べたのですが。
「久しぶりです、第三の街以来でしょうか」
(なんか遠い日の記憶になったね。こっちは毎日配信観て応援していたから久しぶりに会った感じがしない)
「それはそれは、かねてよりの懇意と毎度のご視聴ありがとうございます」
(きゅん♡)
微笑んで感謝の言葉を口に出しただけで、ホワイトボードには赤いハートマークがわんさか湧き出していました。
どうやら、あのハイテクなボードには色をつける機能も搭載されたみたいです。
(ここで立ち話してても余計な戦闘ばかりあるからさ、まずうちに来ない? お茶も出すよ)
「私からも話したいことは積もりに積もっているので、お言葉に甘えましょう」
そう答えつつ、つい先程の戦闘で付着した返り血を手で払い落としました。
「この辺りのエネミーは血に飢えている種が多くて、待っている間に三十弱は屠り返しましたが……肩慣らしにはいい場所でした」
四足獣が大半でしたが強さ自体はなんてこともなく、エルマさんを連れて行っても危険は容易く振り払えるような生温いスポットです。
今度の吸血グルメ旅の行き先は決まりましたね。
(ワンダフルゥ。どうりで戦いの匂いがしたと思った)
文字で答えつつ、羨望の眼差しを向けていました。
もはやボードを見ずとも伝えたいことを表情から読み取れる気がします。
(今日の秘密基地の場所はこっち。結構険しい道のりになるかも)
「ふむ、追われる者同士、拠点はおいそれと決められませんよね」
(そこはどうしようもない)
そんな苦労を話し合い、暫く獣道を歩き続け、巨大な樹木の幹の一つにドアの絵が書かれた壁紙を貼り付けられている所から入りました。
「ここですね、お邪魔します」
絵の扉をくぐった先には、廊下などの無い殺風景な小部屋だけでした。
中央にちゃぶ台だけ置かれただけで綺麗に片付けられた一室、ですが直前まで装備品の製造していたであろう煙の匂いは隠せていません。
(よっこらせ)
そんな文字を出しながら机の向かいの位置であぐらをかきましたが、この人ってエルマさんと同年代付近のアバターに似合わず私の両親と同世代だったりするのでしょうか……という年齢の話は禁句ですね。
(RIO様は私の見込んだ以上にやったね。おかげで冒険者ギルドはてんてこ舞い、もう一ヶ月前の時ほど幅を効かせられないはず。ふへへへへ)
笑い声を文字にして、本人も悪役らしさ満載の笑みを浮かべていました。
(はじまりの街とかで独立したプレイヤーとも手を結べたし、RIO様に足を向けて寝られないね)
とても喜んでくれているご様子です。自分の製造した武器によって復讐が着実に進行しているためでしょう。
しかし、私としてはその武器に関してどうしても伝えなければいけない話があるのでした。
「……パニラさん、私がプチ・エリコと戦った時も視聴してましたか?」
(視聴済。最強の博打打ちRIO様の計算高さがよく伝わったし、記憶に残る感動回だった)
大げさにゴマをすっているのか、あえて本題を避けているのか、どちらにせよ自ら伝えないことには始まりませんね。
「その件ですが、申し訳ございませんでした。あの時の私は、冒険者を殺すことに躊躇してしまったためにパニラさんからの信用に背く姿を映してしまいました」
直接会って謝りたかったことを伝えきれました。
あの日、武器変形が行えないだけでなく杖の形体に固定されたのは、パニラさんからの軽蔑の意思に他ならないでしょう。
最終的に、敗北が免れない状況下でやっと覚悟を決めて変形出来ましたが、一時は現実世界での事情が頭から離れないままだったのは証拠の残る事実。よって、裏切り行為として認めなければなりません。
(それはこっちが謝りたかったよ。セーフティロック機能を話してない上に取り外してないせいで、思うように戦えなくしてごめんね)
パニラさんから、寛容な返事をくれました。
ですが相手がどう思ってくれようと、事実も過去も消えないのは世の理。清算するしかないのです。
なので、私の実力の一部に等しい【黒隠の魔装傘】をパニラさんの手前に差しだしました。
「つきましては、こちらをお返し致します。言葉での謝罪以外に私に出来る責任の償い方は、これだけしか思いつかなかったので」
(いやいいって。悪いのは欠陥を残している武器を作った生産者の方なんだから)
むむ、パニラさんは難敵ですね。
責められるべきは私のはずなのに自分自身を悪いと断じるなど、あのエリコとどこか同じ波長を感じ取れました。
だとしたも、数少なすぎる支持者を前に甘えてはいけないのです。
「そこをなんとかお願いします!」
(RIO様はやるだけのことをやっただけだって! それに私だってRIO様の友達と望まぬ戦いさせるほど外道じゃないよ!?)
「いいえ! ここで謝意を受け取ってくれなければ、一生残ってしまいそうなので!」
まだまだ、めげず諦めず、土下座でたたみかけます。
(RIO様ってすこぶる頭固い人だよね! 敵以外に対しても!)
むむ、引き下がってくれません。
かくなる上は、手荒な手段で臨むしかありませんね……。
「これで! どうですか!」
なので、傘を直接手に握らせました。
吸血鬼の腕力によって振りほどけやしません。謝罪勝負は私の勝ちです。
(分かった分かった。この傘は私が預かるとして)
すると、やっと気持ちが通じ、長らく苦楽を共にした可変武器が元の持ち主のインベントリに収納されました。
―――――――――――――――
パニラから【黒隠の傘・Ver.2】が譲渡されました。
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(代わりといっちゃなんだけど、改良型の方をあげる。それでいいね)
私の手元に転移されたのは、これまで装備していたものと見た目や重量が同質の傘。
「バージョンアップ品……ですか。いえそうではなく、私はあなたに装備を返却したかったのですが」
(私はRIO様の謝罪力には折れたけど、謝罪勝負は終わってなかったんだぜ。っていう冗談もくどくなってきたし、RIO様を強化するためにずっと前から渡したかった)
「そうだったのですね。自分のことに熱くなり過ぎてしまいました」
私が意地っ張りなせいでだいぶ疲弊しているパニラさんから受け取ったこの日傘。
無理矢理譲渡されたとはいえ、機能も知らない内に不用意に変形するのは控えましょう。
(大まかに言えば上位互換品、領主プレイヤーからの資金や素材提供のおかげで仕上げられた。毎日配信を追ってRIO様のスタイルが大体掴めてきたから、各形体にちょっとだけ新能力を追加してみたよ)
「ただでさえオーバーテクノロジーな装備品なのに、まだ改良出来る余地があったなんて驚きです」
やはりパニラさんは、丁度いい比較対象を出せないですが生産職ではトップクラスに優れているのでしょうか。
そんな人材でも虐げられ、悪役に魂を売る復讐鬼に墜ちてしまうのは無情な現実を感じずにはいられません。
さて、開花している性能を箇条書きにしてみれば、【片手剣】には攻撃する毎にDEFダウンを付与。
【両手剣】には切れ味増強の他、盾としても応用出来るよう刃渡りの拡大。
【双剣】には隼の如く速く、機械よりも精密に斬り結べるように軽量化。
【槌】には純粋な破壊力と重量の向上。
【杖】には変形中のみ使用可能となる魔法をセット。
【槍】には攻撃判定や間合いの上方修正。
【爪】には血が触れるだけで吸血可能となるようサポート。
【銃】には対人用に、貫通力と連射速度と最大装弾数の倍増。
それぞれシンプルな正統強化だったので、これらはぶっつけ本番で確かめても支障をきたさないでしょう。
(忌み嫌われる強さだけを追求するために怨念とか呪いを込めまくったから、ただの人間が使おうものなら骨から灼ける。最上級の吸血鬼だけがこの暴れ馬を扱えるようにした)
「パーフェクトです、パニラさん」
(感謝のキワミ)
情けは人の為ならず、とは少し違いますかね。
自分のためだけに戦い続けても、巡り巡ってパニラさんが得をして私も得をするとは、風が吹けば桶屋が儲かるとのことわざが正しいでしょうか。
武器を失う想定しかしていなかったので、このような私専用装備を手に出来たおかげで今後の見通しが良い方へと様変わりするでしょう。
私は、『魔王降臨イベント』では魔王陣営に加盟し、従う身になってしまうのを忍んでプレイヤーのどなたかから武器を調達する腹づもりでいました。
ですが、その憂いとなる点を通過し、自由という選択肢が選べるようになったのは大きいです。
この際なので、明日のイベントについて話しましょう。
「パニラさんは、どちらの陣営に着くかは決めているのですか?」
(決めない)
「む?」
まだ決めていないだったら分かりますが、決めないというのが不思議でした。
(RIO様が選んだ方につくまで)
これはどうも、私とも波長が合いますね。
身の振り方まで私に忠実ならば、誘う手間が省けそうです。
「ふむ、ならば私自身の陣営につくということでよろしいですね」
(RIO様陣営ってこと?)
そう首をかしげていました。
王国と魔王以外の陣営は存在していないので、理解がおぼつかないのもいささか共感出来ますが、これはルールの穴をついた単純な話です。
「説明を見た限り、どちらの陣営にも属さないプレイヤーにもイベントに介入する余地があると見ました。なので、構図にもない第三勢力となり、両陣営を蹂躪して遊べるということにもなるでしょう」
(流石は目ざといね。考えはしてもやらなかったって人はいるけど、RIO様なら悪巧みした上でやると思ってた)
やはりパニラさんも勘づいてましたか。
結局、ただ目立ちたいだけで莫大なデメリットを負う選択をするプレイヤーなんていないというわけでしょう。
身勝手な正義によって瀕死の王国に、悪の代名詞とされている魔王。
二大巨頭による、私をないがしろに勃発した大規模な争いは好機と受け取れます。
どちらも滅ぼしたところで殆ど自己満足でしょうが、報酬のイーリスは使い道が無いので元より不要、領土がどう推移しようとも興味ありません。
私の欲しいものは、トップに届く力とトップに君臨する結果。他を溝に捨ててでもこの二つにさえ近づけるなら本望です。
「……魔王の血と国王の血、二つとも私のものにすれば大幅な強化が見込めると思いませんか?」
(ほーほー。お主も悪よのう)
「いえいえ、あなたの支援あってです。誰かに従うなど私のキャラクターから逸れる愚断。私は成すべき目標を果たすことのみを至上命題とするだけです」
それを言ってみれば、ホワイトボードには親指をつきたてる絵が表示されました。
パニラさんも、まるりと納得してくれた様子です。
あとは、どちらにも属さないと表明するだけです。
インベントリにしまわれていた【赤石の仮面】を取り出し、それを握る片手に圧力を込めて破壊。
修復不可能な赤い破片にしました。
「日曜18時から開戦、でしたね」
(そう。ゲーム内だと昼真っ盛りの時)
昼夜の差異は生死に直結するので再確認。
このイベント、まるで吸血鬼の乱入を拒んでいるかのような開始時刻なのです。
というみっともない邪推はこの辺にして、ただいま作戦を立て終わりました。
「なのでまずは、屋内である魔王の根城から攻め取ろうと思うのですが、いかがでしょうか」
(最高でやんす。RIO様が魔王を破ったっていう絶望のワールドニュース、両方の陣営が慌てる姿が目に浮かぶね)
……パニラさんとは、同じ事を考えていましたか。
魔王を倒す頃には日が暮れているはずでしょうし、順序としては最適でしょう。
(よーし、ならばこのパニラちゃんは王国に潜伏して、RIO様が凱旋蹂躪してきやすくなるよう役に立ちそうなことをするよ)
「ふふっ、パニラさんと手を組めるならば、向かうところ敵なしですね」
(すぐ七つの大罪のメンバーに共有してくる。期待していいよ)
「この大博打、予測不能の混沌にて覆い尽くしましょう」
さあ舞台を整えました、後は面白くさせるだけです。
冒険者界のトッププレイヤーも参加するとの噂を小耳に挟んでいますし、今回のイベントで階段を何歩前進出来るかが非常に楽しみになってきました。
他に懸念材料があるとしたら、ギルド上層部からの密命を帯びているらしいエリコ、魔王陣営のどこかから私の命を狙っているであろうジョウナさん。
その辺りがどう動くかに左右されるでしょうね。
人事を尽くして天命を待つ、なので余計なことだけはしないで欲しいと祈るばかりです。
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メインキャラの一人にしたかったつもりが全然登場出来なくなってしまった人。