閑話・莉緒と恵理子のクリスマス
メリークリスマス!!
注意・ゲーム内とは全く繋がらない完全なる閑話です。
よって、かなりやっつけな内容となりますので要らない方はスルーで。
暖房が効いていない、家族誰も気を利かせてくれない部屋なので吐いた息が白くなるほど肌寒いのですが、今日はクリスマスのため恵理子とウィンドウショッピングの予定があるので、更に寒い外へと出かけなければならないのです。
都心近くなのに雪が降るほどの記録的寒波なのもあって気分は氷水の深くまで落ち込んでいますが、それもここまでです。
恵理子がいれば、あのいつまでも眺めていられる笑顔があるだけで寒空なんて平気となります。
「ふふっ、行ってきます」
――恵理子に会える。
一応毎日のように会ってはいるのですが、だとしてもあなたの生身の顔を今日も見られると考えるだけで鼓動が高鳴ります。
それらが悟られ気味悪がられないよう、表情に出さないようにしないといけませんね。
「メッセージによると、家の外で待っているとのことですが……は?」
これは驚きました。
立方体、クリスマスの贈り物を包むものとして王道のプレゼントボックスが玄関先にあったのです。
「……夢ですよね」
目の前に置かれた物体のわけのわからなさに困惑が倍倍に膨れ上がりました。
赤い箱に黄色いリボンで封をした常識的な見かけですが、大きさは一メートル近くもあるので非常識。
「サンタクロースの見せる夢ですかこれは? 非常識ではた迷惑ですね」
プレゼントボックス改め謎の塊に向かって言い放ちました。
この中身には、応答可能な人がいると看破しているからです。
そもそもサンタクロースは夢を見せません、強いて言うなら夢を届けるもの。
そして、これをサンタクロースの仕業だと断定すれば、サンタクロースを全うする世の人達への風評被害です。また、我が家への風評被害も甚大となりかねません。
凝った悪戯、許しはしません。
「出てきなさい、恵理子!」
「メリークリスマス! プレゼントは私だよー!」
蓋が飛び出し、箱が倒れ、防寒対策万全の恵理子本人が元気良く現れました。
この瞬間、恵理子のパンチの乗った思考には恐らく何年経っても追いつけないのだろうと判った気がしました。
「あなたという人はですね!」
「ぐへっ、やめて、ほっぺたぷにぷにしないでぐへへ」
「寒さで頭がやられたのですか! 公道近くで変なサプライズをして、こちらまで赤っ恥かいた気分になりましたからね! だいたいいつから箱を組み立てて待機していたのですか!」
「莉緒の既読がついてからだよ」
バカと天才は紙一重。
脳裏に浮かんだ言葉はそれが最初です。次には「なるほど」です。
まくし立てていた言葉も、あなたの独特のノリについて行けず凍って詰まってしまいました。
悪い意味で目立つのは拒否感しか出ないので、早くその箱の跡始末を無慈悲に行いましょう。
「はぁ、あなたがいつも以上に元気そうで何よりです。それで、その箱はどう持ち帰るのですか」
「……考えてなかった」
嗚呼、あなたを成績以外の面で頭脳明晰と評するのを取り下げたくなりました。
「全くしょうがない恵理子ですね。私の方で処理しますから、少しそこで待っていて下さい」
「ぐへへ、ありがと」
「恵理子ですから、これは特別ですからね」
特別……ふふ、特別な日にこれから特別な人と過ごすのですね。楽しみです。
とりあえずは、箱の残滓を私の部屋へと運ぶことにしました。
処分の方法ですが、見れば見るほど捨てるのが勿体ないように思えてきました。
この内側に恵理子が入っていたのです。しかもまた後で組み立てて、当時の状況そのままに私が中に入ることが出来ます。
決してやましいことなど考えていませんよ。むしろ、出かけたのにすぐ家に戻ったことへの虚無感が上回ってきましたから。
「お待たせしました、ふぅ」
「ごめんね〜。寒かったからついあんなことして」
「寒さのせいにするのはいけません。これから先、恋人になるのですからあなた自身も慎ましやかに行動して下さい」
「ぐへへぇ、いつも慎ましやかな莉緒の言うことは違うよぅ」
いつもなのですか、ピュアな瞳でおだてられると喜ばしい限りです。
どうにか出発するまでの落ち着きを取り戻せたので、手を繋いで歩き出しました。
指と指を絡ませる、つまり恋人繋ぎで。
「おや、どうしました? さてはもう恋人気分ですか」
「まーね。今日を逃したらまた一年後なんだし、気分だけは恋人でいてもいいよね」
「あなたといえど、一年は待ちきれませんか。ええ、勿論良いですよ」
こちらからも手を握ってみると、恵理子の細くしなやかな指がよく伝わります。
ああっ、どうしましょう、暫く手を洗いたくなくなってきました。
手袋が無くたって、こんなにも素敵な体験が出来るのですから、恋人とは羨ましく魅力的な存在です。
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着いたのは近所の商店街。
人通りの数が普段の七割増しで、イルミネーションが所々に備えられ、どこの店もクリスマスムード一色なので圧巻の一言です。
「あれ見て! あのジャンパーすっごくお洒落〜」
薄ピンク色で、羊のようにモコモコとした防寒着を指していましたが、私からでは子供っぽいようにしか見えませんね。
こうしてあなたと出かけていると、認識の相違が至るところから見つかるので互いを知らなかった点を知ることが出来て勉強になります。
「ちょっと待って、あの服は莉緒と着てみたいかも……」
恵理子……胸にハートマークが堂々とついたペアルックのセーターなんてありきたりなもの、よく興味津々となりますね。
そんなもの、私は人前では断じて着ませんから。
「莉緒と一緒に着れた後は……莉緒との子供にも着させてあげちゃおっかなぁ……」
再考の余地はありました。
ナントカ細胞があれば、女性同士でも子供を設けることが出来ると、夢のある風説が一時期流行った覚えがあったので。
「子供……私と恵理子との間に生まれたのなら、誰よりも可愛いに決まってますよね……」
「ん? でも子供ってかわいいかもしれないけど、私の自慢の莉緒のかわいさに敵うはずはないよねっ!」
「あなたはですね……同意を求めるような言い方で訊かないで下さい……」
恵理子は、いつもながら私への欲求が強すぎました。
私だって、正直に話せば恵理子も可愛らしくて大好きです。
顔をこちらに向ける度に、抱きしめたくて堪らなくなるのですからね。
今のあなただけではなく、何年か経った後のあなたはきっと更に魅力が深まり、大人の色気も醸し出せるほどになるだろうと想像してしまってばかりです。
はぁ、もっと恵理子という恵理子が欲しいです。
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「りおっ! りおっ!」
商店街を抜け、急に興奮したような様子となった恵理子に手を引っ張られた先には、某ディスカウントショップがありました。
「私ね! 莉緒に着せたいものがあそこの店にあったんだ!」
「着せたいもの? 見せたいものの聞き間違いでしょうか」
これが聞き間違いではなければ、またファッションの話に逆戻りですから。それはそれで素敵な時間が続きそうですが。
「莉緒に似合う、というか着てから配信で全国公開したいくらい似合うはずだから〜、ぐへへぐへへぐへへへ」
「え」
この不審な笑い方から伝わってくる我が身の危機感、尋常ではありません。
Uターンをしても掴まれてしまって、入店させられました。
「いえいえいえ! これは常識的に考えて駄目でしょう!」
「いやいやぜっったい似合うっ! 莉緒のグラマラスボディなら着こなせるって!」
恵理子の手にとっている品物は、サンタクロースの衣装、帽子付。
でしたが、どういうことか布面積が狭く、ビキニと大差ないほどの露出度なのです。
「着て自撮りするだけで大バズりは堅いよ〜。私も、莉緒がえちえちな衣装着てるとこ人生で一度は見てみたいな〜」
「むむむっ、恵理子の破廉恥」
「ぐはっ! ありがとうございましゅ」
「何故鼻血なのですか」
恵理子の反応が視聴者様と変わりなくて少し不安です。
「……莉緒が着ないなら私が着る」
これはどうしたことでしょうか。
決意を固めた形相でそう口にしていましたから。
「こう言っては何ですが、正気ですか」
「正気以外ない! 折角サンタコスが出来る日なんだもん。私が着て、私の垢にあげて、夢の万リツ目指すんだから!」
闘志を燃やす瞳。
何が恵理子の正気を駆り立てるのでしょう。
ですが私としても、恵理子がその衣装を身にまとっている姿は見てみたくもあるような……いけませんって、劣情に負けると恵理子がお嫁に行けなくなります。
「早まらないで下さい! 妹さんから軽蔑されかねませんよ! あなたがそんな破廉恥な服を着るくらいなら、私が着ますから!」
「莉緒……大好き……ぐへ……」
この衣装は、私の自腹でお買い上げとなりました。
恵理子の『押して駄目なら退いてみろ』作戦にまんまと嵌められていたと気づくのは、買った後の話なのですが。
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「あのね、莉緒」
帰り道、ふと恵理子がもじもじした様子になってたずねてきました。
「今日ね、妹は友達の家にお泊りするから、私の家に誰もいなくなるんだ……」
「……ふむ」
おや、私ってば何故いつにもなく体が緊張しているのでしょうか。
決まってます。恵理子の頬が紅潮してる上、喋り方が禁断の誘いをしているようにしか聞こえないからです。
「だからさ、良かったら私の家に遊びに来ない……?」
嗚呼、たったこれだけで言いたいことが伝わりました。これが聖夜特有の一時の誘いというものですか。
「というか、来て。いっぱいいいことしよ?」
「はわぁ……」
ついに命令口調で囁かれてしまいました。
あなたからそんな普段聞かないような言葉が出ると、何故か背筋がゾクゾクする感覚と名前の知らない感情が湧き始めてしまいます。
「あの、すぐに取り消して下さい……今ならまだ、冗談半分だったと聞き流してあげますから……」
「えへ、莉緒の意気地なしさん。恵理子欲がたまりまくりなのによくいうね」
まだその気では無かったのに、そうやって背中に密着しながら腕をまわされ耳元で甘々しく誘うだなんて……私は……もう……。
この後どうなったかは想像にお任せしますが、少なくとも男性陣諸君の想像しているようなことは起こりません。健全。