その後のエリコ
日輪銃で自決した私は【冒険者ギルド本部】という所へと送られた。
そこは、地上200階からなる巨大な摩天楼が林立した塔のような施設。
正義の本拠地とでもいうべき場所で、各地の冒険者ギルドを統括する総帥【グランドマスター】も、ここの最奥で月日を過ごしている。
Aランク以上の冒険者はここでの居住を許され、私のマイホームも167階の一角に建ってたり。
一日経ってデスペナから明けた私は、最上階へとショートワープで転送された。
冒険者の中で、かなり広範の権限を持っている人から大事な話があるんだってさ。もちろん配信はNG。
ちなみに他のパーティメンバーは呼ばれてない。
けどそれ以前にパーティメンバー全員が、とてもいい子だったユイちゃんまで何も言い残さずにログインしなくなったから呼びようもなかったみたいだけど。
でも変に気まずくなりそうだったから、悪いけどこれで良かったのかも。
「…………ほう、それで」
これが、私を呼んだ人、【Sランク序列6位寝られない元帥】さん。
この人が最上階から冒険者を自由に召還出来るのも、それだけの権限があるから、それと別名の一つにグランドマスターの最終防衛ラインってのがあるからだ。
Sランクのトップ10人の中じゃ一番気さくと言われてて、冒険者専用掲示板はこの人の連盟が合同で管理しているってことだけど、初めて間近で見てみると今にも死にそうな隈ができている以外はごく一般的な成人男性って外見だからあまり感慨がわかないかな。
だけど、その貫禄、その無言だけど口ほどに物を言う目は、聞いていた印象とはまるっきり違うSランク6位に違わない威圧感には畏怖される。
けれども、そんな説明をしてる場合じゃない。
「聞いてますでしょうか元帥さん! こいつ、エリコはRIOと結託する危険因子であったと、此度の敗戦でお分かりのはず!」
隣にいるサンガリングさんは、敗北の責任が私にあると延々と報告している。
それについて、私は反論しなかった。
私自身、原因は自分にあるとなによりそう思っているから。謹慎でも追放でも二つ返事で受け入れる覚悟はある。
「こやつから正義の剥奪、及び即刻追放の処罰を!」
サンガリングさんがそう締めくくった。
「ふむ……」
元帥さんが私を見た。
あっ、私、ここまでなんだ。
除名宣告されて、私の積み上げてきた冒険者としての功績や、趣味全開に飾ってきた住宅も水の泡。
でもそれもいいかな、私って冒険者の世界に向いてなかったみたいだし。
そう諦観していたけど。
「ガリングと言ったな、下がっていい」
「は、は?」
サンガリングさんは、呆けたように声を出した。
「エリコは俺が預かる」
あれ、追放の話はどうなったんだろ。
サンガリングさんは強制的に転移されてるし、大物冒険者と私で二人きりだ。
ということは、私と元帥さん二人だけで話すの!? バイトの面接よりも緊張するよう。
「冒険者プリンセチュ・エリコ、お前の失態はこの目でしかと観ていたぞ。戦力において優位にありながらRIOを殺しきれず、あまつさえ余裕があったのにも関わらず戦闘を放棄する。全てではなくとも、大半はお前の過失だ」
減点方式でRIOとの戦いを括られた。
おっしゃる通りでございます。
上司から叱責される社会人の気持ちになれた。
一つも返す言葉もない中で、元帥さんは別の話題に切り替えていた。
「……だが、お前のかねてよりの配信行為で、危機的状況だったBWO人口を瞬く間に潤わせた功績もあるな。俺はしかと覚えているぞ」
まさかの加点されちゃった?
よく分からないまま元帥さんの話は続く。
「エリコの首を切ったところで益以上に不利益を被る、反発する冒険者も現れるだろう。そこで、汚名返上のチャンスを与えなくもない」
「チャンス……」
ここに転送された時からクビにされるとしか思ってなかったから、つい声が出ちゃった。
RIO相手に使い物にならなかった私にも籍を残してくれるなんて、それだけでも優しさが滲み出ていて有り難いよ。
でもチャンスってどんな内容だろう。
RIOを倒しに行けとか命令するには信頼出来ない人材だよ私。
「それって私にも出来ることなの? 教えて」
「ハッハッハ、まあ順を追って話してやるからそう急かすな。ああ楽にしていいぞ」
すると、元帥さんの表情が柔らかくなっていた。
なんだろう、鬼上司から気のいい叔父さんに人格チェンジしたみたい。
これが、掲示板で冒険者達から親しまれている元帥さんとしての顔なのかな。直感だけど感じられた。
「お前にやるチャンスは決して楽な仕事ではないが、限られた冒険者にしか出来ない大仕事だ。成否によって、王都に住む民の命、王国の存亡が決まると言っても過言ではないぞ」
「王国の……ええっ! いやいや私には荷が重過ぎるよ!」
大ボカやらかした相手にあげるチャンスにしてはかなり責任重大な案件。
相手が私だからと思って話盛ってないかなこれ。
「何をそんなに信用出来ない目つきをする。俺が密命を頼む時は、それを成功させられるだけの能力を持つ奴にしか任せないのでな」
「う、ううん……?」
誰からも私の能力実績を評価されると、反論するのに罪悪感が出る。
ありもしない希望を提示してぬか喜びさせる冗談を言うような人じゃなさそうだし、本当に私に任せるのかも。
「じゃあ聞かせてもらいたいな、私なら成功させられる密命というのを」
「だから急かすなって。ではまず、『魔王降臨イベント』については知っているな」
魔王……このゲームの核心に迫り得ることを話された。
魔王降臨イベント、それは三周年記念一番の目玉。
ストーリー上では、魔王ははるか昔に地底に封印されていたみたいだけど、経年劣化で弱まった隙に封印が解かれたんだとか。
私に関わる概要だけ羅列すると、第7の街である王都を狙う魔王から差し向けられる軍勢に、王国のみんなが力を合わせて撃退する大規模な戦争。
所謂ワールドクエストって言うのかな? 今のところは準備期間で、今週の日曜日に大々的に開催される。
敵の親玉の魔王を誰かが倒せば勝利なんだけど、いかんせん魔王に纏わる情報が少なすぎるから不死身のラスボス説とかMMOおなじみのレイドボス説とか、RIOを示す用語とかいう珍説まであったりで、確実な攻略法が出ていないんだとか。
まあでもみんな不安がるよね。
オンラインゲームで魔王って呼ばれてるキャラクターが弱かった試しが少ないからさ。
「うん、公式サイトから発表された情報は大まかには知ってるよ。私、参加資格が無くなりそうだったから参加しないつもりでいたけど……」
冒険者じゃなくなれば、殆どが冒険者で占める防衛軍と肩を並べて戦えるわけがないからね。
それでも、魔王を倒すことは諦めきれなかった。
表では参加できないなら、裏でこっそり魔王を暗殺するとかの企画を配信するつもりでもあった。
でも始まるのは軍と軍のおしくらまんじゅう。私が単独で動いたところで数も力も足りないのは明白。
あんまりにも手詰まりで、だからどうしようもなくなっていた。
「気持ちは分からんでもない、敵が魔王となれば史上最大の死闘が予想される、冒険者ギルドもあらゆる戦力を惜しみなく投入すると決議したほどだからな」
「それもそうだよね、だってこの世界のラスボスみたいな相手は絶対強いに決まってる。もしかしたら、日を跨ぐまで戦い続けなきゃ倒せないかもしれないし」
「ほーうほう、お前も凡百冒険者同様つまらない見解を出すか」
人差し指を真っ直ぐ突き立て、嬉しいことでもあったかのように笑っていた。
「ではその魔王を、たった一撃で葬る手段があるとしたらどうする?」
「ふええっ!? 一撃!?」
聞き間違えたと耳を疑う発言がされて、「どうすると言われても……」状態になった。
フツー魔王特有の闇の衣を剥ぎ取るとか、あやふやな正体を暴いてまともに戦えるようになるとかなら分かる。
けど一撃だなんて許されることなの!? このイベント史上最大のガッカリイベントにならない?
「魔王を一撃で葬る手段、それが、冒険者ギルドの技術の粋を結集させて生産したこの投擲アイテム【聖銀の針矢】にある。見ろ」
元帥さんの手のひらから玉手箱を思い出させる箱が出現して、自動で開かれて中身が見えるようになる。
「これをブスッと突き刺す、それだけで魔王の正体がレイドボスだろうとラスボスだろうと、全てが解決してしまうというわけだ」
「ほへぇ……」
見た感じ、特別な装飾とかはされてない銀色に光る手投げ矢。
ちなみに、三本入っていた。
「この三本だけ?」
「アイテムとして仕上がれたのはこの本数が限界だった。とはいえ、内一本だけでも命中すれば終わるのだがな」
そんなアイテム三本も作れちゃうなんて凄いなぁ。冒険者ギルドが最大最強の組織と言われる所以を肌で感じた。
もっと近づいてよく見たいなと顔を伸ばしたら、私から離すように引っ込められた。
「だがこの聖銀の針矢、小魚の骨よりも脆い素材で構成されている。そのため、この矢を失わずに持ち運べる者に所持させたいのだ」
「ちょやばいやばい、知らなかった」
最初はいじわるでもしてるかと思ったけど、顔を近づけて息が吹かれただけでボロボロ崩れるほど脆かったらイベント詰んでたかも。
「並のプレイヤーが気安く触れていい代物ではない、これは魔王を倒さんとする義心を持つ者だけが手に取ることを許される。そんでお前には渡せるに値する人材だと俺は思う。さあエリコ!」
「はいっ!」
急に大声出さないでよと言い返したくなったけど、元帥さんのマジな表情が封じる。
「やる以外の選択は聞けない。しかしあえて聞こう、魔王討伐作戦、お前はやるのか、やらないのか」
高圧的、だけど凄まじく真剣に問いかけていた。
私が引き受けない、つまり魔王を倒しに行かないとなると狙われた王都で暮らしている人達はどうなる。
王都に住んでいる人達には、たくさんの戦えない人で溢れている。
その人達をエネミーの前に立たせれば、ただ餌として食べられ消えるだけ。だからエネミーの侵入を封じる壁の中で暮らすか、誰か強い人が守らなきゃいけない。
私だって、その人達の明日を守るべく邁進していたんだ。決まりだね。
いやでも、RIOと戦った時に愛情を優先して自分から負けちゃった私が偉そうに言えるご身分じゃないけど……プライドのために救える命を見殺しにするのはもう嫌だ。
「やるよ」
願ってもないチャンスとして、決意を表明した。
「その意気やよし、では聖銀の針矢を一本だけ渡そう。こいつの詳細はフレーバーテキストを読んでくれ」
アイテム譲渡の項目をちょっと操作した元帥さん。
そのアイテムは、いつの間にか私のインベントリにちゃんと入っていた。
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アイテム:聖銀の針矢
説明:魔王降臨イベントにおいて最大の敵である【魔王】をDNAの一片まで確実に滅ぼすための手段。
どこの部位だろうと、ひとたび命中するだけで魔王の伝説は根絶、新たに歴史に刻まれることは二度と無くなるだろう。
呆気ないほど理不尽だが、技術とは時に理不尽なりうるのだ。
但し、魔王討滅に特化したあまり防御面が非常に低く、人の力で握りしめるだけでたちまち崩れるので指でつまむのが限度、そのうえ長時間外気に触れるだけでも溶け始めるので取り扱いにはくれぐれも細心の注意が必要。
また、【魔王】以外にはチクッとするだけで効果無し。
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STRはMAXだけどDEFはマイナスMAXみたいな性能。
でも魔王を一撃で倒せるなんていうくらいだし、これはこれでバランスが取れてるね。
またなんか暴走するような変な細工が施されていないのも、いま鑑定石で調べたから大丈夫。
「悪いが俺が協力出来るのはここまでだ。俺にしてはゲロ甘いラストチャンスをくれてやったが、活かすも棒に振るも、後はお前の裁量に委ねる」
「棒に振るなんて私自身が許さない。救国の勇者に抜擢したのなら、勝って兜の緒を締めるだけ」
「それでいい。正義のために、抜かるなよ」
そう激励されたけど、言われるまでもなくやると決めたら一人だけでもやる。
ラストチャンスとかは正直どうでもいいからね、犠牲を少なくしてイベントを終わらせるために冒険者ギルドの手を借りたまでだ。
そうだ、質問。
「待って! あと二つはどうす……!」
「それはこれからこちらで決めること、お前は王国を救う一本の矢となり、成すべきことを果たすことだけ考えろ」
景色が歪んだ、声が途切れる。
下の人からの質問は受け付けないらしい。
それにしたって、最後に不穏なこと言われるって無くない? 凄く優しくないよ。
そして、目がさめるとマイホームに転移されていた。
「……緊張する……とにかくこの矢は使い時がくるまで大事に持っとこう」
そう自分の与えられた使命と責任を胸に、イベントへの備えに取り掛かることにした。
魔王、能力がどんななのかとかそこまでたどり着けるかとか、不安は要素は色々待ち構えている。
RIOが一体どうするかもまだ分からないし、両想いな人なんだし出来れば戦いたくないな。
でもそんな不安がぶっ飛ぶとんでもないアイテム貰っちゃったわけだから、やるしかないよね。
よし、頑張ろ。
これより次章に入ります
いやーようやくVRMMOらしい公式イベントが開催されますわねぇ
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