特別な日常
注 ゲームの話は全然しません。
恵理子と過ごしている時間は、身も心も一人の平均的女子高生となれているような感覚がして、だからとても落ち着けます。
「付き合うかぁ、正式に付き合ったら何しよっか〜」
そう、恵理子が肩を寄せながら提案しました。
「私としては、特別なことをしたい……と思いましたが、並大抵のことはやりきっている感じはしますね」
「言われてみるとそうだね。なんかもういっつもイチャイチャしまくってたし」
「ですね。しかしあるでしょうか、れっきとした恋人らしいことを……」
歩きながら思案してみましたが、本当に思いつきません。
恵理子と出会い、一緒の時間が長くなっていますからね。
手を繋いで歩くのはしょっちゅうありますし、スキンシップは言わずもがな、撫でられたり揉まれたり膝枕で安眠したりと様々。
デートなんて、休日になったらそれらしきことをよく計画立ててます。
恵理子の自宅でお泊り会を開いたことだって何度かあるため、交際したとしてもこれまでと何も変わらないのではという懸念があるのです。
していない、または私のしたい特別なことといえば……キス。
「……っ」
普段以上にいけませんね。
一度頭に思い浮かんだだけで、恵理子の唇から目を逸したくても離せなくなってしまいました。
「でも確かに特別なこともしてみたいよね~」
あっ、そうやって綺麗な唇を動かさないで下さいって。たったそれだけでも私の我慢の対象になってしまいますから。
恵理子の、冬にも関わらず瑞々しさが際立つ魔性の唇。
高級なリップクリームで念入りにケアしているのでしょう。
それは私もですが、私の場合は体の隅々まで常に清潔さを保ちたいがため。
いえいえ、恵理子が接吻を望んでいるとのレッテルを貼りたいのではなくてですね。
「ん? 私の顔に何かついてた?」
キョトンとした様子で口もとを軽く手で拭っている恵理子。
「そんなことでは、そうではありませんっ」
こんな時に鈍感を発揮されると、頬を膨らませたくなりますよ。
「というかさ、発想力が貧困だよ莉緒。カップルになっても、今までやってきたことをまた一通りやるってのがいいんじゃない」
なんだか哲学的なことを言い出されました。
「む、また一通りだなんて、二度手間でしかありませんが」
「あ゛! もーバカ莉緒!」
「ば、バカ莉緒!?」
「二度手間とか言っちゃうの雰囲気ぶち壊しだって! 私達恋人同士になるんだよ、分かる?」
これは、言葉選びを盛大に誤りましたか。
好感度が下がったような音が恵理子から聞こえてしまいました。
でしたが、少し考え直してみれば腑に落ちた気がします。
同じことをしようとも同じことしか生まれないと思いがちでしたが、友人同士から恋人同士の視点になるだけで、新たな感想がいくらでも見つかるものだと。
「なるほど、それも乙なものですね。私、交際の経験が無いどころか学業ばかりで育っていましたから」
「うぇ……莉緒ってすごい人生損してる……じゃあこれを機に、いっぱい恋人のお勉強しようね」
「はい! 是非ともよろしくお願いします!」
「ぐへ、素直でよろしい」
毎度、あなたの知識量には敵いません。
それに引き換え私ときたら、自分から告白していながら知識面ではからっきしな不甲斐なさを悔やむばかりです。
下らない先延ばしとも思えた交際の予行練習も、これはこれで必要性があったのだと分かりました。
その後、道中にて恵理子から恋人としての在り方に振る舞い方を色々と手ほどきされ、そうこうしている内にもう教室の手前でした。
クラスメートには交際の件は伏せておくつもりですけど、それよりも気になっていたことが一つあります。
「恵理子の髪型、結構短くなっていますが大丈夫なのですか?」
一見すれば、平均的な男子高校生とほぼ変わりません。
もっとも、変わったのは外見だけで触ってみれば髪としては有り得ないほどサラサラ、その上私の好きな恵理子の匂いがしますが、そういう問題ではないのです。
「悪目立ちするよね。どうしよう……えへへ……」
どうも笑うしかないと言った様子でした。
昨日、私とゲームで戦うにあたり断髪式だなどと験担ぎで切りそろえたらしいのですが、不慣れが祟って想定していたよりも切りすぎてしまったそうなのです。
「ううむ、私としては快活な印象もあって似合っているとは思いますが、急に短くなり過ぎても皆さんから驚かれますよね」
「真面目にウィッグ被っとけば良かったかなぁ。やっぱ慣れないことはするもんじゃなかったよう」
「真面目に校則違反に当てはまるようなことやめて下さい」
「えへへごめんごめん。とんでもなくピンチだからさ〜」
しれっと校則を違反する行為を語ってのけてましたが、逆に危ない橋を渡ってでも何とかしたいという深刻な問題なのだと読み取れました。
こうした時にも、配信時同様に機転を効かせられたらと思いましたが、あまり妙案が出てきませんね。
「いいこと考えた! ぐへへへへへへへへ」
「ええと?」
不審な笑い声が長めな時は、良からぬ企みをしている時です。
くれぐれも注意したいところですが、すると恵理子は何やら真後ろに忍び寄っては、私の髪を掴んでは何かを取り付けたのです。
「名付けて、莉緒を目立たせちゃえ作戦! 莉緒が構われてる間に私はミスディレクションしてるから後よろしく」
「視線誘導、理にかなった作戦ですね。しかしこれは……?」
「これはね……出来上がり! ツインテ莉緒〜」
「ふむ、ツインテール……って勝手に何してるのですか!?」
すぐに手鏡で自分の惨状を確認しましたが、開いた口が塞がりません。
二つ結び用のゴムで留められた私の髪は、少し頭を動かすだけでぴょこぴょことはねるほど。
これは幼い子供がするような髪型、特に視聴者様のいう『メスガキ』ではないですか。
まだ恵理子の短髪の方が百倍マシです。マシかどうか決めるのは恵理子ですけれども。
「でも可愛いよ。大人びてる莉緒にはこれくらいはっちゃけた方が絶対いいって」
「可愛い……ですか? 私が?」
「うん、すっごい可愛いよ。可愛い可愛い、ベリー可愛い超可愛い」
「私が可愛い……うふふ……」
想い人から可愛いと褒められると、不思議と高揚しますね。
洗脳、もとい暗示をかけられたような気分になりました。
とにかく、窮地に陥った恵理子のために一肌脱ぎましょう。
「おはようございます」
恵理子を隠すようにして立つよう意識し、挨拶をしましたが。
「え、なにあのかわいい生物」
「きゃ〜! 戸沢さんかわい〜」
「イメチェンしたんだ! 似合ってるよ!」
「綺麗……髪触ってもいい? ハァハァ、ちょこっとだけだから……」
女子生徒達から囲まれ、普段あまり話さない人からもチヤホヤされました。
流石は恵理子、私自身悪い気はしません。たまには殻を破るのもいいものですね。
ところが、目立ちたくなかったはず恵理子が目の前に割り込んでいました。
「やっぱり莉緒に構っちゃダメえっ!」
一転して静まる空気。
それについては、本人の口から答えられました。
「……莉緒は私の彼女だから、あまり独り占めしないでね」
「語弊がありますって!」
ちょっとしたジョークじみた語調ならまだしも、そんな大事な発表をする時のような語調を嫉妬混じりで言われたらあらぬ誤解を生んでしまいますから。
ですから腕を絡めないで下さい。
嫉妬なんてあなたらしくない、私が代わりにしますから。
「恵理子! 交際するのは段階を踏んでからと決めたはずです! あっ!」
やってしまいました。否定のみならず訂正までしてしまうとは。
「二人って付き合うんだ。マジで!?」
「やるじゃん。えりりも隅に置けないね」
「おめでと! わたし応援してたよ!」
一様に拍手をするクラスメート達。
好意的な反応は有り難いですが、ここからダッシュで逃げ出して、穴があったら墓穴でもいいので入りたくなってしまいました。
これはもう、一大スクープとしてクラス中に伝播するでしょう。
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普段しないようなツインテールで過ごしていたらその感触がどうにも気に入ってしまい、明日も同じ髪型にするのも有りだと思ってきました。
本当に洗脳されていたのですかね。
下校時、合流した恵理子の相手をしつつ下駄箱へと向かいましたが。
「やばっ! 雨降ってる」
外を眺めていた恵理子が慌てていました。
「降水確率は0%のはずでしたが……まあ通り雨でしょう」
「じゃあすぐ止んじゃうね。はぁー」
「あの、何故残念がっているのですか」
またしても、恵理子の考えが読めません。
さては、傘を忘れてしまっているのでしょうか。
「残念っていうか、雨が長く続いて欲しかった的な感じ」
そう意味不明なことを宣いながら、紺色の傘を手にとっていました。
む、ちゃんと傘を持ってきているではありませんか。心配して損しました。
「とりあえず、どこかに寄る時間を作るためにも動きましょうか」
早めの行動のため、止むのを待たずに自分の折りたたみ傘を持ったのですが。
「りーお♡」
恵理子からの闇のオーラが凄まじい強さです。
ついでに目つきも、配信中にエリコの体重いじりを止めないリスナーに向けたそれでした。
では配信時ではない今はどうか、これは登校中に恋人としての在り方を学んでいた際、誤った選択をした時と同じ目つきですね。
私がいけなかったのですか、それよりいつの間に出題されていたのですか。いえ、これはまさしく実践問題でしょう。
ともかく考えるしかありません。
恵理子のことなので、難しく考えなくてもすぐに答えが出るはず。
「お邪魔します」
折りたたみ傘をしまい、恵理子の傘の元へと移動。
「ぐへへぇ、相合い傘! 莉緒もしたかったんだ〜」
「いえいえっ! したいというわけでは……したかったです」
恵理子の目を覗いた途端、自分でも気づかなかった欲求が口から漏れてしまいました。
「私の前だから、したかったなら正直にね。だからもっと寄って、雨に当たっちゃうよ」
「はわ……恵理子っ……」
肩に手を置かれ、過剰なまでに寄せられたので真っ赤になりそうです。
恵理子との相合い傘は別段初めてではありませんが、一つの傘の下、二人で密着するシチュエーションが私には至福で……あ、恵理子って湯たんぽみたいな体温をしていますね。
「それじゃ行こっか、新しく出来た喫茶店に! ちょっと莉緒大丈夫?」
「いえ、大丈夫ではありません、寒いです。だからこうして暖を取っているのですよ」
「う、うん、そうなんだ……攻めてる莉緒……ずるいよぉ……」
やりました。腰に手を回して密着してみるだけで、恵理子の心を撃ち抜けたみたいです。
その照れている表情、急加速する鼓動、反応一つ一つがまるで初々しく、もっと弄びたくなります。
「さあ恵理子、私にはお返ししてくれないのですか?」
「ぐへへへ! とうぜんだよ。ぎゅー」
「ああっ、傘、あなたが傘を離して誰が持つのですか」
「いいじゃん。だって相合い傘するよりもこうしていたいんだもん」
「なっ。全く、しょうがない恵理子ですね」
これではただ抱きしめ合っているだけですが、結局拒否出来ませんでした。
私も、あなたを独占している時間が一番好きなのですから。
「ねぇ恵理子」
「なぁに莉緒」
「私のこと、捨てないでください」
「捨てるわけないよ。だってどんなリスナーさんよりも愛してる人だから」
「ふふっ、失礼しました。私も恵理子を離したりなんかしません。愛しているのですから」
恵理子は心身共に強い人、それに理想を叶えてくれるかけがえのない存在。
そんなあなたの傍に、ふつつかな私を受け入れ置いてくれるなんて感激です。
これからも一生、死がふたりを分かつまで。まだ進学や就職など試練は多いですが、あなたと共にいるためならどれでも挑みましょう。
ですが、どうせならゲーム内でも同じ関係でありたいです。