平均的女子高生にも出来る些細なこと
とーとつにリアル回なので苦手な方はスルー推奨
睡眠時間が大幅に減ったため、通学の道のりが二倍にも三倍にも錯覚して憂鬱でしたが、そろそろ恵理子が校門に来る頃合なので気分を切り替えて目を醒ましましょう。
「おっはよー! 昨日はお疲れ様、ぐへへぇ」
そんな明朗快活でありながら不審者のような笑い声を出した恵理子でしたが、それよりも昨日の生配信について気になって仕方ないはず。
「おはようございます。単刀直入に言いますが、昨日の生配信は観てくれましたか?」
スキンシップのノリで私の体を隅々まで執拗にまさぐる手を払い除けながら本題を訊いてみます。
「うん! 最後までちゃんと観てたよ。私でもあまり知らなかった莉緒の一面がみれちゃった。それにね……」
むむ、恵理子が顔を少し俯かせてしまいました。
やはり私に対して全肯定な恵理子とはいえ、彼女が所属する冒険者ギルドに敵対したのはいくら何でも悪感情もやむなしでしたか。
「すっっっっごく良かったよ! もう永久保存版だよぉRIO様!」
どうやら予感していたのとは真逆の感想でした。
しかし真っ先に返したい言葉があります。
「こんな人目につくところで様付けだなんてやめて下さい」
「リオ……さまってだれだ?」
「戸沢のことじゃね」
「なんだあの二人、今度は主従プレイでもすんのか」
むむむ、また良からぬ風評が立ってしまいますねこれは。
しかし、恵理子に面と向かってそうRIO様呼ばわりされてしまうと照れてしまいます。
声なきコメントばかり聞いて肉声は初だからか、はたまた相手が平常運転の恵理子だからか……それだけはないと信じたいですが、そう自分に言い聞かせても赤らむ頬を止めることができません。
「だって私の莉緒だもん。約束をちゃんと聞いてくれたならどんな配信内容でも嬉しいに決まってるよ」
「ええっと? そうでしたね。確かにそんな約束をした覚えがありました」
「確かにって何? まさか忘れちゃってたの」
「うっ……」
寝不足によりおぼろげとなった記憶と集中力が恨めしいです。
配信前日に「本当の莉緒をみてみたい」と上目遣いで嘆願された私でしたが、なんだかんだで無事望みは叶えられたようで肝が冷えかけました。
ぐぐもったまま教室まで移動し、目をこする手を止めて恵理子へ振り向くと、彼女はハムスターのように頬を膨らませていました。
「むーっ。眠気なんかで好きな人との約束忘れちゃうなんて絶対ダメだから、もう忘れないようにしてあげる」
そう言われた途端、恵理子に後ろからぎゅっと抱き寄せられました。
「突然どうしたのですか!? 校内でなければ勘違いされますよ」
「忘れんぼうの莉緒の意識を私色に染め染めしたくって。ぐへへ〜」
「あうぅ……」
不審に笑う吐息が耳にかかり、桃とラベンダーが混じったようなシャンプーの香りにより鼻孔が支配され、柔らかな人肌に高鳴ってゆく鼓動が伝わり、これから大事なホームルームが始まるというのに恵理子に身を預けてしまいそうになります。
この気持ちは……眠気が関わってるだけだからですよね。
「おーいバカップル。はやく席につけー」
「すみません。ほら恵理子も」
「このまま授業しゅる〜」
「重症ですね。今気づけば恵理子も配信を夜遅くまで観ていたのでした……」
微小な苦笑いをして、温もりが離れるのを惜しく思いつつも早足で着席しました。
●●●
放課後の用事を完遂させ、恵理子と近場のスイーツ店へ入り、これからの配信予定についての話し合いを始めました。
「……でもはっきり教えなくてごめんね。莉緒が冒険者のことそこまで拒否感あったなんて」
「え、ええ。ですが恵理子は違うということは分かっていますので」
「違うもなにも私も同罪だよ。冒険者の人からもよく切りとれって注意されてるから。莉緒の観たまとめ動画も結構編集してるんだ」
「そうなのですか」
やはりというべきか、BWOの冒険者界隈はデリケートなようです。
同業者ではない私はともかく、ゲームでは冒険者である恵理子の場合は常に顔色を伺わなければ信用を無くして村八分一直線ですからね。
ゲームだからと好き好んで全方面を敵に回して生きたいだなんて少数派であり、むしろゲームだからこそ調和を図る生き方こそが一般的なのです。
「……ねえ莉緒、外にいる女の子さっきから一人で同じとこをウロウロしてない?」
つんとした声に応じ、恵理子の目線の先を目を細めて歩行者用道路に直視してみます。
するとヘアピンをつけた六歳前後であろう幼い女の子が、忙しなく左右に首を動かしていました。
「言われてみればその通りですね」
「これ確実に迷子だって。行こ!」
「勿論です。お代はこちらで支払っておきます」
飛び出した恵理子の後に続き、カウンターで代金を渡してすぐに退店し、その迷子であろう女の子の前で目線が直線となるようしゃがみました。
「はいはーい。このお姉さん達がいればもう安心だからねー」
「たった一人で危険ですよ」
「うう……でもお母さんとはぐれちゃって……」
案の定、恵理子の予感は的中していました。
ですが恵理子が気づいた時には随分時間が経過しているはずなのにどうして道行く人は一声もかけなかったのか。
まあ親切が仇となりがちなこのご時世、何故声をかけなかったかを問うのは野暮でしょう。
こちらとしても、もし女の子が母親への連絡先があるスマートフォンを所持していたとして、手渡される一部始終を目撃されるだけで恐喝だとかで通報されかねませんので、ここは頭を捻りましょう。
「あなたのそのアップリケ、確かプリヒールのキャラですね」
「待って、いま莉緒の口から信じられないことが」
「お姉さん知ってるの?」
「ええ。素人ですがそれなりには」
プリヒールというアニメは恵理子の妹に頼まれて一話だけ視聴した覚えがありましたので。
こうして興味をそそられやすい内容で話せば、この子の寂しさが自然と中和されてゆくでしょう。
顔も知れない迷子の母親なんて無理して捜さず、ただ親が見つけて迎えにくるまで慰めていればそれで良いんです。
「オープニングも上手に歌えますよ」
「ほんと! 聞かせて!」
そう澄んだ目でワクワクしながら一曲お願いされては断れませんね。
なので聞き覚えが少ない曲調を記憶から懸命に探り出し、満面のスマイルとなりながらアカペラで歌い始めました。
「〜〜♪」
「すごぉい、きれいなこえ……」
「うん。私からみても完璧すぎて聞き入っちゃうよ」
瞼を閉じつつ集中し記憶の底まで歌詞を辿ったおかげで高評価のようです。
この平均的女子高生ですが、些細なことでも一役買えたようでこの上ない喜びです。
そう時間稼ぎから始まったひとときを楽しんでいると、無事にこの女の子の母親が慌てた形相で駆けつけ、我が子との再会にぱあっと明るくなってペコペコとお礼を申し上げていました。
「この子が本当にご迷惑をおかけしまして……」
「迷惑じゃないですよう。だって殆ど莉緒がなんとかしたようなものですし」
「いいえ。恵理子が発見してくれなければ私も気づかないままでしたよ」
「ありがとう! 歌がじょうずなお姉さん! これあげる」
元気いっぱいに言われ、ポシェットのような袋からイラストの貼られた薄い紙のようなものを取り出しました。
幼児向けなイラストなため、一見網目模様のある馬にしか見えませんが一体なんでしょう。
そもそもお子様から施しを受けるなんてもってのほかですが……。
「はい。キリンさんのシール」
「きりん……っ!?」
いけない。
これはただの草食動物でしかないキリンであって、私のとは同名の別物であるのです。
ああ何をしているのですか私は、険しい表情にでもなれば一転して怖がられてしまいますよ。
脱ぎ去った過去の呪縛なんて早く雲散させなければ。早く。
「ごめんごめん。このお姉さん実はキリンさんアレルギーだから。ぐへへ〜」
「なんですかその範囲が限定的なアレルギーは」
恵理子がフォローにまわって茶化してくれたおかげで平常心まで持ち直せました。
その後、親御さんから絶えない感謝をされつつ迷子ではなくなった女の子と別れ、帰路についてる最中に恵理子がそっと耳打ちしてきました。
「莉緒って過ぎたこと引きずるタイプだよね」
「否定しません。ですが考えなおせば矮小なものでしたので忘れて下さい」
「うん。だけどあまり強がっちゃダメだからね?」
別段咎められたり叱咤されることもなく、私の背中を擦ってくれました。
恵理子、あなたという人の包容力と優しさには毎回救われています。
何から何まで心のケアになってくれているおかげで今の凡庸な自分が維持できてますからね。
「じゃあ今日も配信気をつけてね」
「はい。それでは続きは今夜に」
「また夜ふかししたら抱き枕になってあげるから〜。ぐへへへへ」
「それあなたにとっては単なるご褒美ですよね?」
やっぱり恵理子は相変わらずでした。
とりあえず配信内容の予定は、次の街への道中を撮りつつ冒険者と遭遇すれば全霊をもって迎え討ちながら到着する流れが理想です。
しかし私を討伐する大義名分が冒険者側にあるので、自ずと私の主義に反する悪役像を強要されてしまうのが不本意ですね。
まあどれだけ悪名轟こうとも、配信を辞めるつもりはさらさらありませんが。
細かい事には神経質にならず、ゲームを再開させましょう。
一章にあたる部分は終わりです。
これより二章の準備にとりかかります。
大丈夫だ、ゲーム回とリアル回は繋がりを薄くする。
ポイント評価や何か感想等ありましたら気軽にお待ちしております。