更に先へ&祝福
今ごろ解散しているとはいえ、エリコのパーティメンバー達には悪いことをしました。
何故ならば、私は正義と相反する存在ですから。
ええ悪いことでしょうね、だから躊躇なく脅し、斬り、抉ったりと残酷に始末出来たのです。
「ボスさん、被害の状況は」
とりあえずは、地上部隊の交戦結果を聞いてみましょう。
「土に還ったりしたもんはゼロ、負傷者もいないす」
「上出来です……ふぅ、私の私情に付き合って頂きご苦労様でした」
「うぉう……RIO様にしては疲労困憊……」
私の顔色、分かりやすかったですかね。
疲労具合を見抜かれるなんて、調子がくるいそうです。
ともかく、今回エリコと戦えたこと、エリコに誰も殺させずに救えたことは、我ながら誇れる事柄だったと思います。
その他、エリコをデタラメな正義の呪縛から解放してあげたい、トップになったとしても冒険者ギルドをこの世界から滅ぼすまでは私の配信は終わらないと、新たな目標も加えられました。
「また会いたいな、エリコさんと」
最初こそ、こわいにおいの伏線に怯えていたエルマさんでしたが、すっかりエリコを慕っていました。
「会いたければ、私が直接相談しに行きましょうか?」
「ふぇ? やったあ! 今度はほっぺたにちゅっちゅしてみたい!」
「ちゅっちゅですって……よく吸血行為をいかがわしく言い変えられますね」
うむむ、思った以上に懐いてしまいましたか。
もしもう一度遭う機会があり、更に親しくなったとしたら、妬けそうです。
その後はレベリングなども考えましたが、これといってやるべき事も無いので拠点に戻ってログアウトしました。
やるべき事があるのは、あちらの世界なので。
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元の体に戻り、まず思い浮かんだのはあの人についてです。
あの時、パニックが極まったあまり咄嗟に打ち明けた想い、両親にも秘密にしていた恋愛感情。
その件に言及される前にエリコは自決してしまいまったので、ちゃんと答えを聞かなければもやっとした気分が晴れません。熟睡出来なくなります。
夜分遅くですが、この際構いません。あなただって、ついさっきまで私と抱き合っていましたよね。
「恵理子、お願いします」
これはただ確認するだけ。ええ、決して一世一代の気持ちを伝えるイベントではなく、あくまで確認作業なのです。
すぐにメッセージアプリを開き、少しばかり緊張しながらも文字を打ち込みました。
『私は、告白したかったことについては向こうの世界で伝えきりました』
『ですが、こちらの世界の莉緒として、同じことを打ち明けます』
『私は、あなたのことが焦がれるほどに好きです』
『あなたが女性だからとかではなく、恵理子でなければいけないのです』
『どうか返事を聞かせてくれませんか?』
それぞれ送信しました。
口下手ですかね。
だとしても、隠す意味がなくなった以上、面と向かって伝えるより速やかに文字で白状する方が時間をかけなくて済みますし、写真に残したくない表情になっている自分を見られることもありません。
「ふふっ、恵理子と交際……っていけませんいけません、舞い上がってましたか」
まだ手を打っただけなのに勝ったと思い上がるのは、既に負けていると気づかないものなので要注意です。
こんなメッセージ、もしかすると送られた相手だって気持ちの整理をする時間がかかるかもしれません。
相手の悩みには重く受け止める恵理子なら尚更、『莉緒の文字じゃなくて声で聞きたい』とでも送り返す可能性だってあるでしょう。
「まだですか……」
そこから先は、一秒が数倍にも長くなったかのような時間でした。
恵理子が返信していないか五分おきに確認し、既読もついていない画面を覗いては肩透かしを食らった気分となり、期待ばかりが膨らみ続ける状態。
一時間も経過している頃には、睡魔に負けて寝息をたてていました。
「……寝落ちしてましたか。恵理子!」
起床した瞬間、脇目も振らず画面を開きました。
流石に返信していないはずが無いだろうと不安を感じずにメッセージを見てみましたが。
『ありがとう』
これが、最初に目に入った文字でした。
見間違いではありません、感謝されたのです。
何故、感謝されなければいけないのかがさっぱりでした。
こちらの期待に答えを出さずにはぐらかされるのは、どこもかしこも違うのです。
私が知りたい答えは、良いのか無理なのかのみ。
でしたが、その求めている答えはすぐ下に書いてありました。
『でもごめんね。莉緒とはまだ付き合えない』
「えっ」
動揺がすぐさま声に現れていました。
感謝も謝罪もどうだって良かったのに、答えを見れば私だけ時間が止まる感覚が一瞬にして来る。
これが、玉砕という気分なのですね。
それと、一方的な私欲を出した者が罰として受ける絶望感。
こうして振られてみて、私は答えが出る前なのに勝ちを確信していたのだとも気づかされました。
「私は、大切な人に対してなんという軽はずみな失言を……」
目に見える光景が逆さまを通り越して傾いて、指先から体全体にかけて麻痺したような錯覚に陥り、そこから脱力感で体が床に着いて起き上がれなくなっていました。
勢いに乗っただけの行動とは、必ずどこかで躓いて落ちるのですか。
でしょうね。私が、最低でした。
そこから暫くの間、部屋から出ることも出来ずに茫然自失となっていましたが、まだメッセージには続きがあるのを見落としていました。
読むしかありませんか。
恵理子の打ったメッセージですから。
『私だって莉緒が好きで、いつも一緒だし恋人同士の関係に踏み入ってもいいとは思う』
『けれどもRIOとエリコはそうじゃないからさ。まだまだこの先譲れないもののために戦うってことも起こると思うから、今から付き合っても変なだけだよね』
『でも、もしRIOがトップになった後は、私に刃を向ける理由なんてなくなるし、私の方も倒しに行く理由もなくなる、きっと争わなくなるはず』
「む」
まるで私の目線に立ったかのようなメッセージが書かれていました。
それに、断られこそしても否定まではされていないと。また、恵理子も承諾したくても複雑な立場からの事情なために、曖昧な返事になってしまったと窺えました。
なお、まだ続きはあります。
『いつかそうなる日が来たら、きっとどっちの世界でも仲良しでいられて、ファンの人達に発表してもおかしく思われなくなるんじゃないかな』
『もしその時が来たらさ、改めて告白してほしいな。絶対OKするから』
『約束だよ』
「恵理子……嬉しいです……」
承れたと確信するには十分な答えでした。
私の想いの節は、ちゃんと想い人に届いてくれたのです。
実感があまりなく、交際はまだしないので無くても何ら間違いではないのですが、こんなにも嬉しい出来事はあるでしょうか。
「こんな私にも、救いはありました。あなたを好きになれて、世界一幸せですっ……!」
恵理子のものでもないのに、暫しスマートフォンを胸に抱きしめていました。
今日ほど晴れ晴れとした気分で登校する日は久しぶりです。
「それでは、行ってきます」
恵理子に会って挨拶をしたら、最初に何を話しましょうか。
そんな心躍る考えを巡らせながらドアを開けたのですが、目を疑う光景が写りました。
「ぐへへーおっはよー!」
寒い日には癒しとなる眩しい太陽がお出迎え。
つまり、雑に短髪となって謎に長い桃色のマフラーを巻いた恵理子が玄関口で待機していたと、なるほど。
「恵理子を想いすぎるあまり幻が現れたのですか」
「ちょっと待って閉めようとしないで、逆に莉緒がそんなキャラしてると私の方が狐に化かされてるみたいなんだけど」
疑問、狼狽、戸惑い、思考の糸がこんがらがったあまり中に戻ってドアノブに手が伸びてしまいましたが、それより先に恵理子に手を引かれて阻止されました。
恵理子からは、実体も体温も感じました。にわかに信じたくありませんが。
「はぁ、話したいことは山積みですが、一体どういった風の吹き回しですか」
「莉緒に会いたくて、来ちゃった♡」
そうあっけらかんと言い張っていました。
「来ちゃった♡ではありません。あなた、私の家と学校の最寄り駅とは反対方向でしたよね? 遠ざかってまでここに来たかったわけでもあるのですか」
今日ほど恵理子の謎の行動力に度肝を抜かれたことはありません。
まだ一日が始まったばかりで疲れたくないのですけれども、聞きましょう。
「正式に彼女になった時の予行練習だよ! こうやって家の前まで待ちあわせして〜、腕と腕を絡み合わせて〜ぐへへへへぇ」
「か、彼女だなんて……気が早いですよ……」
恵理子とはまあ、私を倒す時もそうでしたが万全を期すタイプなのですね。
正式な交際となるまでは今まで通りの関係でいるのだと思い込んでいた私には、顔から火が出るほど刺激的な妄想を伝えられました。
「満更じゃない莉緒も莉緒な気がするけど、そうだ! これをやりに来たんだった」
そう何かを閃いた恵理子は、するりと私の隣に寄ってきました。
すると、恵理子のマフラーがそのまま私にも巻かれたのです。
「む!?」
左側が巻かれてなかったと視界で発覚するよりも、恵理子の暖かさで全てが判りました。
「じゃーん! これぞ二人マフラー! 今日はこれで学校まで歩いてみようよ」
一つのマフラーを二人で使うとは、私の価値観では破廉恥で考えもつきませんでした。
「流石に恥ずかしいが過ぎます! 誰かに見られていない間に外して……」
「いーや外しちゃだめ。莉緒って私が近づくだけでもあがっちゃうんだから、早め早めに慣らしておかないと困るでしょ」
いけませんって、そんなに喋られるとあなたの吐息が顔にかかってしまいます。
それに、恵理子の温もりと匂いのついたマフラーのせいもあり、距離が近くてあなたが一層可愛らしく思えてしまいます。
「おねがい、莉緒さまぁ……」
「うぅ……様付けは卑怯です……」
手ではマフラーの拘束を外すために動かしはしましたが、そんなに期待の眼差しを向けられると断りに断れません。
「学校に着いたら絶対に外して下さい」
「わーいっ! じゃあもっとくっついて行こうね、ぐへっ!」
「もぅ、しょうがない恵理子ですね」
気づいたら観念して、羞恥心よりも多幸感を受け入れ甘やかしている自分がいました。
「あそこにいる猫ちゃん莉緒そっくり! みてみて莉緒〜」
「ぎっ!」
「あ、ごめん。なんにも言わないで立ち止まっちゃって」
その後は、事あるごとにマフラーの引っ張り合いが起こりましたが、とても満ち足りた登校時間を過ごせました。
=^σ_σ^=




