RIOとエリコ その10
ネタバレ、雑魚処理
凄惨な描写があるので苦手ならスルーして下さい
実に、愕然とした。
戦闘はエリコに任せ、自分達は折を見て去れば終了。実質バフ魔法をちまちまかけるだけの汗を流さない作業だと思っていたのに、計算外の事態は勝ち誇った側から起こるものだ。
「こいつらが待ち構えてるなんて聞いてないわよ!」
敵はRIOとエルマだけではなかったことや。
「シイィィネエェェ!」
元は住民であった者、冒険者ギルドが見捨てた者の成れの果てが、ここまで強かったことも。
「なんなのよもう! なんでアンデッドの分際で帰るのを邪魔してくるの!」
「ちょっと触らないでよ! ひっ! お姉ちゃん! こいつあたしにひっかいてきたわぁ!」
いっちょ前にRIOの眷属に罵声を浴びせる緑の方と、みっともなく泣き言をいう妹分の橙の方。
地上に出た時、およそ百を越える眷属軍団に囲まれてしまい、一度に数体が飛びかかってはまた別の数体が襲う波状攻撃のループに嵌められていた。
知性が消え失せている割には統率がとれており、半端に大勢で同時に攻撃しないために包囲に穴が生まれない。
応戦しようとしても、彼女らは戦いにおいて補助に徹するバッファーであり、そもそも自分の役割に驕ってばかりで白兵戦で戦うという経験を全然積んでいなかった。
「あーもううんざり! ユイはなんか勝手に消えてるし、ほんと冗談じゃないわよ」
予兆なく姿を消した不知火ユイは、多少は近接戦闘の心得がある。
彼女も戦闘に加わっていれば、もう少しは善戦出来ていたであろう。
一応、地上に出る直前までは愚痴りながらついてきていたのだ。
ただ、出口が近くなるにつれて通路は暗くなり、明るい所に着いた瞬間に気づいたが後の祭り。
交戦せざるを得ず、退却路も眷属達によって閉ざされていた。
「作戦を思いついたわエス、これから街の外まで一気に走る、生意気なザコ共を振り切るのよ!」
いなくなった者は捨て置くと判断し、得意科目である速度バフの効果を全開にした。
これにより、彼女らのAGIは敵の群れを一時的に上回る。
しかし、耳をつんざく銃声が空気を一変させた。
「いったあああああい! 撃たれたぁ! あたし後衛なのに撃たれたぁ!」
弾丸が脚に命中した橙の方は、のたうち回って無意味に騒ぎ立てた。
「だまらっしゃい! ちょっと怪我したくらいで泣きつくんじゃないわよ!」
「だってすっごく痛いのよ! ねえおねえちゃあ! このあたしを撃ったゴミを早く極刑にしてぇ!」
直情的で状況把握力に欠けた言動、滑稽にも見える。
いっそ嘲笑ってくれたのならプライドを刺激された怒りで立ち上がれただろうが、この場においてはただ“恐怖”だけが許容量を越えて運ばれ続けるだけだ。
たとえば、彼。
「女共、生ぬるい世界で生きてきたって感じだな」
「だ、誰よこの男!」
故ドラグニルファミリーのボスが、瓦礫が積み上がった高い所から狙撃していた。
「だがRIO様はお優しい方だ、嬲り飽きたらすぐ殺してくれるだけな。俺のファミリーはそうじゃねぇ、その服をひん剥いた後に、各街の闇市でボディを路銀に売買旅行のお時間だ」
「はい!? 言ってる意味がわかんないわ! 冒険者じゃない賊が何様のつもりよ!」
「そうよそうよ、この俗悪党! 今すぐ這いつくばって土下座すれば、じっくり痛めつけてから殺してあげるわぁ」
「うるっせぇぞ口だけの雌が! てめぇら如きが口答え出来る立場か? 相手が俺だったことを泣いて喜べや!」
「うっ、きいいっ……!」
そう鬼の形相で怒鳴られては、彼女らの高飛車な威勢は鳴りを潜めるしかなかった。
彼は既に、犬猿の仲であるファミリーの行方はアジト跡地に埋もれていた日記から掴んだ後だった。
ドルナードが冒険者ギルドの支配下になって以来、苛烈な摘発により構成員は散り散りになり、多くはギルド本部に身柄送検されたか賊に落ちたかの末路を辿っていた。
しかし、朗報にもそこのボス一人だけは魔の手から亡命し、滅亡だけは免れていたのだった。
「タイガーアイファミリーの手にかかりゃ、こんなもんじゃ済まねぇからなぁ」
そう呟き、人道を無視したありとあらゆる犯罪に手を染めていたファミリーの事業を思い出し、壊滅されたのも自業自得と彼らに向けたかった銃口を冒険者に向け直した。
次はどこの艷やかな肌を血染めにしてやろうかと思案していたボスだったが、彼女ら二人が現れた非常用出口から人影が現れたのを目にする。
「……数の暴力でせき止めている最中でしたか、もう少し遅れても追いつけそうでしたね」
「教えてお姉さん、エリコさんを騙した人って、この人たち?」
「はい。彼女らの妖しげな魔術が、私の大好きなエリコを誑かしたのですよ」
「そうなんだ、許せないね」
RIOとエルマ、それとアイアンクローで掴まれている見知らぬ女の子が一人。
「うおおおおっRIO様、絶対に勝っていたと思ってましたとも!」
冒険者達の帰還イコールRIOが敗北したと思い込んでいたボスは、満を持して登場した真打ちに目礼し、調子よくかしこまった。
「やっぱりいたっすね……クズ……」
「ユイ!? あんたさては、あたし達を売ったのね!」
見ただけではRIOに自由を奪われているユイだが、自分達を裏切っていると指摘する。
「あんたらにだけは、言われたくないっす……」
ユイは心変わりを果たしていた。
エリコに何と罵られようとも構わない覚悟を地上に出るまでに決め、それでも結果的に間に合わなかったが、彼女ら二人の悪事は身を持って償わせたいと望んだのだ。
「この者はいち早く観念してあなた達を損切りしてくれました。私の損得勘定を基準にすれば、賢明な判断です」
そう言ったRIOは、ユイを適当に地面に投げた。殺す優先順位を彼女らより下にしたからだ。
よだれを垂らして今にも噛みつきそうな眷属達をステイさせ、すぐに二人の魔女に目を向けたのだが。
「はうっ!」
先程投げた方向に声。
ユイが発したその言葉は、断末魔の声だった。
「おーっほほほほ!」
橙の方が、隠し持っていた短刀を敵ではなくユイの喉元に投げ当てて、殺めていたのだ。
「全てを明かすわRIOサマぁ、犯人を懲らしめたいならこいつよこいつ!」
「む?」
あまりにも突飛な言動だったので、RIOはクエスチョンマークを浮かべる。
橙の方は、どうしたことか手のひら返しを果たし、あれだけ泣きついていた緑の方へしきりに指をさしながら怨敵に言っていたのだ。
「はぁ!? 何であたしだけ悪いの? ふざけるのも大概にしなさいよ」
「黙れっ! そもそもお姉ちゃんがエリコを騙したのが発端なのよ! あたしは命令されただけで、エリコさんを可哀想って密かに思ってたんだから一緒にしないで!」
「そんな嘘をついて……うぶっ」
被害者面で荒唐無稽なことをまくし立てられ不服でしかなかったが、逆ギレした脚で蹴飛ばされる。
橙の方は、ユイに倣ったとでもいうのか緑の方を生け贄に差し出したのだ。
事実が配信されている中、今後の事を考えて姉貴分の容疑とユイの死をもって自分がシロだと証明するつもりらしい。
ただし、小物臭く言い逃れたり罪をなすりつけようとしても、RIOには「許す」の選択肢は持ち合わせていなかったのだが。
「私は迷っていました」
「うがっ!?」
RIOの剣が、橙の右腕を瞬時に斬り落とす。
「相手が二人いるのではどちらから制裁すればいいかと決めあぐねていましたが、そちらから名乗り出てくれたおかげで選ぶ時間が省けました」
「ひ、びぎぶくぶくぶく!」
斬られた腕は痛む間もなく、彼女の口の奥まで無理矢理詰めこまされた。
また、もう一方の腕は剣を使わず素手だけで引きちぎられ、またしても押し込まれる。
吐き戻せないように、丹念に食道を通らせた。
「ぐ……ぐぽっ……」
「すんすん……こんな吐き気を催す血臭を放つ人でもエリコに近づけるなんて、酷い話です。エリコの体内に流れる百合の花より素敵な血の香りが薄れてしまえば、エリコがエリコでなくなってしまって……事実そうでしたね。エリコエリコ、エリコエリコ……」
耳を削ぎ落としては詰め、髪にはわざわざブチブチ音を出しながら引き抜いては耳の穴に詰め込むと、HP残量が許す限りは尊厳を踏みにじるように責め苦を与え続ける。
こんな者、エリコと同種族と呼ぶのも烏滸がましかったからだ。
「むぐむぐむぐぐむぐ、ぐむむぐぐぐぽぐぽぐぽ」
「この腕、この部位で、べたべたくっついていたのでしょう、そうでしょう? 親睦を深めるつもりがさらさらないのに、あの人の心を巧みに惑わしたのでしょう?」
RIOの精神世界において、エリコの順位は断トツのトップである。
かつてまでエリコと仲良く会話していたのだろうと想像するだけで、嫉妬心が静かに燃えだし、攻撃性が増大してゆくのだった。
「ぐぽあっ……!」
「おや、人語を出せなくなりましたか。自分の味についての感想くらいはお聞かせ願いたかったのですが、人間未満の下賤な生き物からでは期待も抱けなさそうでした」
両目が別方向に向き、息もまともにつけずに苦しむ有り様を、抑揚の薄い声で嘲笑う。
そこには、愚かしく哀れな人間を蔑む、人の心を持つ人ならざる者の眼光も向けられていた。
もう命や精神が持たなさそうなため、RIOは決断する。
「さて、もう食べてもいいですよ。ですが、この人間の悲鳴は秘伝のスパイスになります。すぐに食べきらず、よく咀嚼してから飲み込んで下さいね」
「おごごごごぐごごごご! うがごががががが!」
思い思いに迫るアンデッド達から抵抗しようとし、芋虫のように藻掻く。
それは、この世で最も意味のない足掻きであった。
「ウマイウマイ」
「グチャリグチャリ」
橙の方もとい奇妙なオブジェには、地獄が始まる。
食物連鎖制度の被食者の立場を味わわされ、眷属らに餌として食われるだけだ。
「ひっ、ひっ、あたしが何をしたっていうの……」
一部始終を眺めていた残りの魔女は、RIOに歯向かった者の末路に怯えていた。
この者はただの後衛ではなく、無駄に頭がきれる参謀タイプなため、諦めを悟って抵抗する気も失せている。
「全員、この者を取り押さえて下さい」
「イエスマイロード」
RIOの号令により、複数の眷属に掴まれる。
「いやだっ! 離してえっ! あたしを死なせてえっ!」
必死に懇願するが、死さえ聞き届けてはくれないだろう。
反省は不要。
望むは報復、悪意で制裁するだけだ。
そもそもこいつはエリコ以前に冒険者である。
二度と立ち向かえないように恐怖させることを目的とするなら、倫理的に情けをかける理由は無い。
「ひんぎゃああああっ!」
「プレイヤーの体って便利ですよね」
RIOは、この女の右の目玉を指でくり抜き出した。
綺麗に取り出した後は、指二つで圧力をかけて潰し、黒い液体を垂らす。
「人間には二つしかない目玉も、四つ六つと抉りとることが出来ます。無限に死に、無限に復活し、無限に損傷させられる……うふふ……」
もう片方も、引き抜いた瞬間に放り投げ、一体の眷属のデザートに変えた。
「死ぬっ! 死ぬっ! もう死ぬうううっ!」
「死んでしまいそうですか? では手早く済ませましょう」
RIOの表情には変化が無い、その分思考はまるっきり変化している。
手早く終わらせるという考えではなく、手早く尊厳を最大限崩壊させるための方法を練った。
手始めに、双剣をメス代わりとして手に持つ。
「切開」
「ぎゃおおおっ!」
腹に十字の切れ込みを入れ、めくれた皮を死なないように丁寧に切り取っては中身を外気に触れるように晒す。
これは、吸血しやすいように切り開いたと言うべきだ。
「さて、ここからはエルマさんに担当させましょう。この冒険者の血をここから吸ってみて下さい」
「うん、お姉さんのために……」
小さい吸血鬼が降りて、RIOに言われるがまま腹の中に顔を近づける。
今のエルマには、RIOの眷属と化した吸血鬼の本能が働いている。忠実に命令をこなすロボットのような躊躇の無さが、指定の部位に牙をつきたてた。
「んむ、あむっ、むにっ」
「お゛ほっ! お゛ほっ! お゛ほっ……!」
ぶよぶよした感触を分け、血管の密集してそうな箇所から吸血する。
対象からの声にならない悲鳴を聞こうとも、やめはしなかった。
エルマもまた、経緯を嘘偽りなくまとめると、バフの状態異常により危うく命を落としかけたのだ。
自分の手ではなくエリコの手がどうとか、他人の褌で踊ってるだけだったとかの責任逃れは通用するはずがない。
「全力を出さずとも倒せそうな小さな子供なのに、無様に吸血される醜態、どうでしょう、屈辱でしょうか、そちらからの意見を聞かせたいものですが……」
「の゛おっ! の゛おっ!」
とても答えられない状態を知ってか知らないか、見下げる視線で訊く。
すると、答えが返ってくるより先にエルマが顔を上げた。
「にがい……」
口元をべっとりした血で塗らしながら、味の粗悪さを端的に教えた。
「良薬口に苦しとは当たり前の法則ですが、すみませんでしたね、彼女は薬ではなくヒトでした」
そうエルマを咎めずに撫で、定位置に戻す。
次にRIOは、恨みつらみを吐き出すことにした。
「あなた、よくもまあ正義を間違った形にして使えましたね、エリコの勇姿から何も学ばなかったのですか」
「あたしが……」
呟いた声が聞こえたので、耳をすましてみる。
「あたしが、代償を払ってでも悪をねじ伏せたかったことのどこが悪いのよおっ!? 誰が聞いても良い話じゃない! あんたなんかにあたしなりの正義を説教される筋合いは何一つないんじゃなくて!?」
「はいそうですか、代償を払ってでも正義を遂行するのは結構な心意気です、しかし……」
「う、うぷっ!」
RIOは切り口から手を突っ込ませた。
グチャグチャと臓物が音を出し、体内に異物が侵入された感覚に鳥肌が逆立った。
「……エリコの財布で代償を払っておいて、どこが良い話ですか」
「ぎょっ! ぎょおおっ……!」
RIOは心臓らしきものを握ると、なおも口を動かす。
「あなたなんて代償を会計しに来ただけで、他人から無断で搾取したものを捧げてはいおしまいなんて、悪い人からの取り立てを恐れないのですか。まあ正義とは凄いですね、一介の悪でしかない私の想像の遥か上に思想が飛躍していて、とても勝てる気がしません」
「う゛っごっ! やめ……! やめえっ……!」
RIOの語気には、エリコ関連の感情がこもっていた。
大切な人のことになると歯止めがかからない。悪意すら感じなくなる。
大切な人への想いが強すぎるために、それの裏返しでますます敵に容赦なくなっているのだ。
この女性も、自分さえ損しなければそれでいいと考える限り、一生許してはくれないだろう。
「あなたの顔と血臭は覚えました。また目をくりぬかれたり肉を裂かれたくなったら、いつでもお迎えに参りますので楽しみにして下さい」
「やめ…………て…………」
「やめてと言われましても……随分前からやめているのですが」
RIOの悪意は、既にある程度鎮静化していた。
また彼女も、随分前から死亡していることには恐怖で気づかなかった。
非常にむごい光景を観てしまった視聴者達からは、よく訓練されたリスナーまでもが『お蔵入り』のコメントを過ぎらせていた。
「ふぅ、これで百分の一は返しました」
全体の百分の一は満足したような顔でそう独りごちる。
そしてRIOの目的に、「エリコを誑かした冒険者ギルドを潰す」が加わっていた。
悪意が作った三つの凄惨な死体は、その後眷属達が骨も残らず食い尽くしたという。
こいつらのその後は推して知るべし