RIOとエリコ その7
「ウウッ!」
エルマさんへの攻撃が間一髪外れても、どこも安心できません。
またしても私ではない方向へと駆けたのですから。
「聞こえてますかエリコ! 聞こえているなら、この私との真剣勝負に戻りなさい!」
「アアアッ! グァギァアアアッ!」
私の声は届かず、エルマさんの小さく脆い命を絶とうとする一振りを次々に放つ。
どうして、私とあなたで白黒つける殺し合いがこうなってしまったのですか。
『ヤバいヤバいヤバい暴走してる!』
『エルマちゃんだぞ! 敵の一味でも抹殺対象じゃなかっただろ!』
『エリコも結局冒険者の一人だったのかよ!?』
『これを冒険者と呼べるのかい? あの暴れっぷりと叫びっぷりは人間とさえ呼べないね』
私の愛したあなたは、目に映った動くもの全てを襲うだけのモノに変貌してしまった。文字にするなら悪夢、生生しい仮想の悪夢。
「早くしてお姉さん! わたしもうダメそうっ!」
エルマさんの追い詰められた先は壁でした。これではもう逃げ場がありません。
いけません、あなたの頭部を粉砕してでも止めなくては、エルマさんがエリコの手によって死亡してしまいます。
しかし、対象は魔装槌の間合いの十数メートルは外で、駆けつける頃には恐らく……。
「賭けるには分が悪過ぎます……これは?」
一歩踏み出した私のつま先に当たったのは、エリコの奥の手であった【日輪銃】。
一刻を争う事態で一刻も早く手を打つには、この利器に頼るのが最速の方法ですか。
「人間の力で、大人しくして頂きます!」
エリコでは銃の心得が足りかったために近距離でしか使えないようでしたが、私ならこの距離でも正確に狙撃出来ます。
「アギャ!」
右腿に命中して転ばせました。
これで暫く動きは止まるはずです。
「エルマさんは右へ走って下さい!」
「う、うん!」
右ならば、私の方向へなら安全確保に繋がる可能性が高くなります。
「エリコ! ずっと尊敬していたのに、獣みたく泣きわめいてばかりで心底情けない人です!」
パニックになりそうで、なってしまいたいとも一時は思いました。でしたが即座の判断を連続させられたおかげで、二者の間へ割り込むことに成功しました。
「ウウウッ……」
注意が私に向き直りました。攻撃対象をエルマさんから逸らせればこちらのペースです。
エリコの横斬りに私の槌をぶつけ合わせて威力を相殺させましょう。
エリコらしからぬあなたなんて、弱いだけ!
「むぐぐぐ、私が力負けしているですって」
いけません、正面からぶつかれば私の方が粉砕されかねません。
片腕のみの力しか乗れないのも逆風です。
回避や誘導に走れば、何かの拍子でまたエルマさんを攻撃対象にしかねないために真剣勝負以外の道が閉ざされてしまっています。
「ヴアアッ!! ヴガアアアッッ!!」
自力本願では解決が難しくなってしまったのは不味いことこの上ありませんね。
いずれにせよ、ベストな筋書きを考えなければ此処が墓場になってしまいます。
エルマさんを観客席に避難させるのが先決でしょうか?
いいえ、二人が一箇所に集まればまとめて両断されるリスクが現れる上、エリコが観客席に跳べば状況が変わらなくなります。
ブレイクスキルは? もし倒しきれず代償に右腕が選ばれてしまえば最悪、本格的に為す術がなくなってしまいます。
魔装槌は重量が規格外のために持ち手を咥えて戦えず、武器変形をすれば攻撃力不足となって猛攻を受け止めきれなくなるからです。
「グアアアアアッ!」
「エリコあなた! 山場にしては過酷な道を作ってくれましたね!」
そう受け止めながら、とにかく呼びかけを続けました。
エリコが奇跡的に元に戻って、いつもの優しい声で返事をしてくれることへの期待に縋りつきたいからです。
「ああっ! く、届いて下さい……」
動かなくなっている方の腕にダメージを負ってしまいました。理性がないだけあって右脚の負傷もお構いなし、攻撃に規則性が見当たらないのが厄介極まるところでしょう。
とにかく、おかしいのです。エリコが万全の対策に堅実な作戦を練り込んでいると考慮しても、こんな事態まであなたの考えの内とはとても思えません。
制御不能になってででも私を倒したいとすれば、エルマさんまで刃を向けているこの状況を見るだけであなたにしては有り得ない作戦だと断言出来ます。
何せエルマさんを戦力として数えず、戦えないならと極力攻撃に巻き込まないよう気遣って戦うような人でしたから。
『まずいまずいまずいRIO様が沈んだらエルマちゃんがまずい』
『いぃーーーやぁーーー!!』
『こりゃサスペンス映画かい! 笑えないどころか頭にくるね!』
『つーかエリコのパーティメンバー共いなくなってるし』
『神様仏様デウスエクスマキナ様! エリリオの間に挟まってでも止めてくれえええ!』
いつもいつも、勢いこそはどんな一線も踏み越えかねないエンタメ性がありますが、越えてはいけない領域への線引きはしっかりしているのです。
なので、あなたの作戦の裏側が疑問なのです。
真偽の程はどうなのですか、エリコ、これは本当にあなたが望んだ戦いなのですか!?
▲▲▲
エリコの暴走が、手にかけるべきではない者にまで脅かし始めた光景を遠巻きから眺めていた者が三人いた。
「オホホホホ、素っ晴らしぃ眺めだったわぁ」
黒いローブを羽織り、その中は緑を基調としている女性【スピードトリック】は口元を綻ばす。
「そうですわね、まるで“悪”を全員粉々になるまでねじ伏せるえげつなさよ」
もう一方、お揃いのローブだが橙を基調としている女性【エスストレングス】は相槌を打ちながら口角をつり上げる。
エリコのパーティメンバーである年長者の女性二人は、どちらもエリコから離れるために通路を歩きながら、不敵に嗤っていた。
「……お二人さん、あれはどういう了見っすか」
ふつふつと怒りが湧いている声で制止する者は一人。
【不知火ユイ】は何も知らなかったのだ。
「どういう了見って言われても、具体的に説明してくれなければ答えられないわねぇ」
「エリコっちにどんな危ない強化魔法を使ったんすか! こんなの悪趣味なんてもんじゃないっす、悪そのものっすよ!」
そう、胸ぐらをつかみかかるが如き勢いで迫った。
「ノウノウノウノウノウノウよ、断じてノウ」
そんな気迫も、彼女らには愛玩動物との戯れ程度にしか思っていない。
「バフ効果でステータス差を埋めるって作戦、先に協力を仰いだのはあの子の方よ。あたしは二つ返事で答えて、お望み通り実行したまでなのだけれど?」
明らかにしらばっくれているような発言で応じた。
この性悪な魔女二人、あんな展開まで予期していたかのような態度である。
「エリコっちは、エルマちゃんまで手にかけるような冒険者じゃないのは、あんたらだって分かっているはずっすよ!」
「あんたら? 口の利き方がなってないわ」
そう、二人は不知火ユイを囲むようにしながら威圧的に立った。
「あたし達が悪だと文句つけたいのなら、一緒になって強化魔法をバシバシかけたユイも共犯じゃないかしら?」
「共犯……まさかっ!? ウチまで騙してたんっすかっ!!」
「そうよ、お利口になれたわねぇ。あなた、失言ばっかしてるせいでみんな煙たがってるって陰口を聞いてるわ」
「あらあら、救いようのないおバカさんだこと。あたし達の策略に加担しちゃった以上、どう申し開こうが味方を作れないんじゃないの?」
「それはっ、ウチはそんなつもりはさらさら……」
「事実に意思は無関係よ。少し自分の胸に手を当てて考えてみたらどう?」
そう宣告され、ユイはこれまでの行いを振り返る。
若さ故の軽はずみな言動によって、冒険者ギルドの正義を意図せず中傷してしまった件。
冒険者内でも殆ど知らされていない重要な情報を預かる立場になったことを自慢したいがために、情報漏洩一歩手前に差し掛かってしまった件。
それでも、エリコと出会った時は包まれるような優しさに当てられて、悪行でしかない失敗を全て打ち明けた。
そしたら責めることもなく手を握って慰め、雲の上の存在だった配信者が仮想世界の対等な友人になってくれたのだ。
なのに、バフが引き起こした事態にバフで関わってしまった。それが何を意味するかはユイには理解出来る。
「ウチは、あいつらと一緒にエリコっちを裏切ったってことっすか」
死人のような顔面蒼白と化す。
全てを許してくれた友人からの非難の目を思い浮かべるだけで、遠い場所に逃げたい気持ちでいっぱいになった。
されど逃げ場があるのかと思考を巡らす前に、目の前の二人のささやきが耳に入った。
「大丈夫よ、ユイはお利口だから救ってあげる。あたし達って、社会人共とは違うから失態を隠してあげられるわ」
「この事をはぐらかして三人だけの秘密にすればねぇ」
それはもう、麻薬のような作用のする甘い声であった。彼女ら以外の音に耳を傾けたくなくなるくらいには。
さてこの蝮に似た腹黒二人、確信犯である。
もともと、“配信者”という不特定多数から過剰にチヤホヤされる存在に悪感情を抱いていた。
だが、身を焼かれる思いで己を押し殺し、エリコを蹴落とすためにまず本人との信頼を築きあげた。
我慢が実を結び、エリコが完全に信頼しきった時、確信犯の片割れが凶悪なデメリット付きの強化魔法《死獣宿り》を潜ませ、もう片方が隠蔽の魔法を被せておいたのだ(状態変化が隠したいものだけ空白になる)。
死獣宿りの効果、宿主のHPが残り少ない時のみの条件付きだが、一度発動すれば状態異常を一旦リセットしHPは全回復と、蘇生と大差ない有り難い魔法である。
但し、その後は攻撃力などが大幅に上昇する代わりに《超狂乱》という完全AI操作となり敵味方関係なく襲い回る危険極まりない状態異常が付与されてしまう。
「超」の一文字がついた狂乱状態は、時間経過以外では死亡しなければ解かれないために手の施しようがない。
瀕死の仲間を凌がせるために宿らせても、却って状況が悪化するのが目に見えているが、彼女らはどうだ。
発動すれば、エリコは信念に反してエルマを斬ってしまい精神が自壊するだろうという、宿主だけがリスクを被る絶妙なタイミングを待っていたのだ。
「そうそう、ユイもなるべく早くあそこから離れた方がいいわよ。あの狂獣に食い殺されたくなければねぇ」
「それか、自暴自棄になったエリコに斬り刻まれるってのも可能性としては現実的かもしれないわ」
「いずれにしても、ユイはもうあたし達と一緒にいるしかないから、四の五の言わずに着いてきなさいな?」
「ユイのためにお誘いしているの。かわいいかわいいユイちゃんのため……」
恐ろしきかな、打算はあるだろうが彼女らもエリコと違わず裁きたい者を裁き、救いたい者を救う冒険者なのだ。
つまり、彼女らにだって、ユイに手を差し伸べるだけの良心はあった。
だが、これから自分の強化魔法があどけない女の子を殺めてしてしまう事への良心は痛まない。
何故なら直接殺すのはエリコであり、自分達が返り血で手を汚すわけではないのだから。
「なんなんっすか、なんのためにエリコっちを陥れる真似をしたんすか」
「正義のためよ、何か問題でもあるのかしらん?」
「そ、“正義”が栄えるためなら、多少の犠牲は仕方なぁいじゃぁなぁい」
「くっ、あんたらは人間じゃない、クズだ!」
衝動的に罵りながらも、それが巡り巡って罵ることでしか出来ない自分自身を自覚し、歯噛みする結果となった。
エリコは仮想世界一慈しい冒険者だと断言しても良いはずだ。
だが、自我が肉体から離れている状態では、RIOとエルマをどちらも躊躇なく斃すだろう。
特に、RIO側が本調子ではなかったのは思わぬ僥倖。
そうして、RIOはエルマを守れなかったことへの絶望を引きずり、デスペナルティも相まって以前ほどの脅威ではなくなる。
エリコの方も、責任転嫁をしない性格上、自分の手で救うべき少女を殺めてしまった事に深く傷心するはず。
そこに彼女らが悪討滅の功績を褒めちぎれば、己の信念の無力さを知り、狂気に身をやつすかログインする事さえもトラウマになるかで自然と引退するはずだ。
まさに一石三鳥。
人間の良心を理解していながら冷酷に利用し、配信者という各方面に影響力のあるプレイヤーを排除しつつ、手柄は丸ごと頂く。
エリコに近づくきっかけを与えてくれた冒険者のサンガリングともこの件には中立でいるよう口約束を交わしたし、しかもベテラン冒険者である不知火ユイの弱みを握って逆らえなくした。
「あはぁん、あの子が羨ましいわぁ。あたしにも前に出て戦える力があれば、悪をいたぶってあげられたのだけどもネ」
「ばいばいエリコさん、あなたは自由よ。大人も子供も壊せるオモチャとして遊んであげなさいな」
そう明るい方へと一旦向いた二人は、高笑いしながら非常用出口へと進む。
「絶対に許さないっす、絶対にっ……!」
不知火ユイも、ただただ後に続くしかなかった。
三人の“悪”を排除する計画は順調に進行中であった。