RIOとエリコ その5
『エリコが思ってた以上に万全だった件』
『RIO様が思ってた以上に不調だった件』
『おっとこれは予想外につぐ予想外』
『エリリオがぁ……心がほぐされない……』
『いつにも増して惨めだねぇ好敵手、あのジョウナおねーさんを震え上がらせたサーチアンドデストロイの勢いはどこいったんだい?』
不調も不調、光の銃弾に焼かれるよりもエリコに勝ってしまうことへの苦しみの方が強いための絶不調です。
「ねえRIOっ! どうしてずっと本気を出さないの!? 奥の手まで出したのに、まだ私のこと弱いって思ってる!?」
そう激しい語気で責められましたが、期待未満の泥沼のクオリティを見させられていれば無理もないでしょう。
覚悟をつけられないまま後回しにしすぎてしまった自分のせいでしかありません。
配られたカードで勝負しなければならないならば、私の手持ちは奇跡的なまでに自分と相性が抜群で、故に常勝と言っても差し支え無いほど賭けに勝ち続けられたのですが、ひとたびあなたの麗しい顔を目にしてしまうだけで本分を見失い、いつの間にか賭けるためのカードを失くしてしまったのです。
私には、こちらの世界でさえ本気の出し方を忘れてしまいました。
「エリコ、敵に声がけをする暇があるのですか」
それでも、どちらとも立てている限り殺し合いはまだ続きます。
それがたとえ、掴んでくる敗北に対してじたばた抗うだけの戦いとは呼べない行為だとしても。
「《闇の気弾》」
間合いの外のため、魔法で遠距離射撃を仕掛けました。
「ぬるいっ!」
む、卓球ラケットのようにいとも簡単に天井へ返されてしまいました。
杖を装備していないだけで、体力の消耗すら望めない威力になってしまいましたか。
「速度強化が切れそう! かけ直し早く、早く!」
「オホホ、人使いが荒いわねぇ」
バフ効果の制限時間が近づいていたようで、戦場の端まで移動して魔法を受け取っていました。
遠距離戦が危険でなくなったと判明しただけでこの判断力に行動力。
コメントであったように、作戦をよく練っていなければ即興で行動に移せないでしょう。
「遊んでるつもりなら、これで本気にさせるから! 《破邪斬》!」
盾による防御を解いて、手にスキルによる聖なるエネルギーを溜め、脚で一目散に距離を詰めてきました。
「私だって、あなたと後腐れなく終わりたいのです!」
迎え撃つために武器を前に構え、エリコの剣に向けて横薙ぎで振ればどうとでもなるはずです。
「きええっ!」
「はああっ!」
ぶつかりあった瞬間に火花が飛び散った剣と剣。
『やったか!?』
『いいややってない!』
『破邪斬は邪の存在なRIO様にゃ食らっちゃいけないスキルに変わりない。だがノコギリで受け止めるのもいささか良くなかった』
『ホンマどうしたんだRIO様』
「かっ!」
競り合う間もなく競り負けたのは、私の方でした。
まだ迷いが晴れず、腕の力を出しきれてなかったためです。
「やった! もっと激しくビリっといくよ、《雷光真一文字》!」
今度のスキルは、光の魔力に落雷を纏わせる属性を複合させた剣。
しかし、あんな不安定なエネルギーのバランスを保つのは一筋縄ではいかないでしょう。
眼球の奥が痛くなりそうな眩しい稲光に惑わされず、目を開け続けて攻撃の軌道を読めば、容易く躱せるはずです。
「てえええっ! 外れちゃった!?」
計算通り、容易く躱せました。
攻撃も防御も拙くなっているのはこの際認めるしかありませんが、回避ならば一応普段通りの身のこなしを発揮出来ます。
「血……」
エリコから奪いたいものの一つ。
血を奪えるならば回復にもなり、私の中にエリコの汚れなき血が混じると夢のような心地よさが流れ出しましょう。
そのために剥くのは爪ではなく、牙。
エリコ相手ならば直接しても良い、直接したいのです。
「どこっ! 後ろ!?」
「あなたのO型の血はどんな味か、是非とも確かめさせて下さい」
その扇情的な素肌からの吸血を牙で行うために、思い立ったがすかさず左から回り込んでエリコの首元から吸い尽くします。
「かああっ! うぐ」
突如歯に伝わる強烈な衝撃。
それより、歯がいくつか砕かれた感触が不快を通り越して焦燥ばかり起こりました。
回り込んだつもりが、エリコの目はこちらの動きを完全に捉え、私の口内に妙な物体を押し込んだためです。
『日輪銃!』
『しまった! 背中を狙えたかと思えば銃を咥えさせられているっ!』
『とんでもないな、剣から手を放してでも銃を右手に持ち替えてやがったか』
『これも作戦用紙の通りなんだろう、RIOが吸血する時は必ず口からだっていうね、エリコのデータの力っておっそろしいなぁ』
『早く! この筒状のものを離さねぇと痛々しいことになるぞ!』
「この銃って装弾数六発の近距離用武器だけども、これなら絶対外さないっ!」
あなたは、本当に恐ろしい存在です。
平均点女子高生の私にいつも歩幅を合わせてくれて、些細なことでもスキンシップで喜んでくれるあなたが、情け容赦せずに引き金を引いたのですから。
「むっぐ!」
喉が貫かれ、奥が焼かれ、頭部だけが遥か彼方に吹き飛んでしまいそうな規格外の威力。
通常の人間であれば確実に死ぬ、吸血鬼でも半端な耐久力では死が見えるダメージでした。
「ぐむむっ……エリコおっ!」
「冷静じゃなくなってるよ! RIOっ!」
銃を吐いた後、力に任せてノコギリを振ろうにも盾だけで受け流されてしまいました。
『攻撃もさせてくれねぇ』
『普段こそポンコツガチ百合キャラのエリコなのに、成績優秀な部分がこれでもかこれでもかこれでもかと……』
『心も体も人間なのに、戦法はまるで機械的』
『メリハリがある戦い方だねぇ。剣を使う時は剣だけ、盾を使いつつ銃も同時に使うなんて欲張ったりをしないせいで隙らしい隙がない。あーやだ、勝負したくないタイプ』
『おっよく見てみろ、銃まで手を放してる。何気にヤバいんじゃね』
コメントに目を通してみれば、エリコが握っているはずの銃が地面に転がっていました。
エリコが片手ではなく両手で盾を構えるのはここまで見なかったパターンです。
これはもうスキルの事前動作に他なりません。
「おまけ! 《シールドチャージ》!」
「っ!」
盾による突進技が、私の体を端にまで突き飛ばしました。
「内臓が浮遊する感覚、フラインもヴァンパも、こんなスキルを受けたのに再起出来ていたのですか」
剣ではない攻撃のためにダメージはゼロですが、猛烈な勢いで背中が壁にぶつかったため結果的に凄まじい威力に化けられました。
「スピードはもういい、攻撃と防御の強化を集中させて」
「おおっ、ついに決めるんすね!」
「もちろん。みんなの分の責任と私なりの信念にかけて、きっちりとRIOに勝つんだから」
「ウチらも、エリコっちの信念をどこまでもお助けするつもりっす、それじゃ行ってくるっすよ!」
エリコが私を仕留めにかかる準備を始めています。
遠くからの様子では、パーティメンバーの三人から能力強化だけでなく激励による精神的強化を受けとっているようです。
『草も百合も生えない』
『お前ら助けてあげて……』
『降参かい吸血鬼、まだHPゲージは一つ分あるじゃないか』
一ゲージ分以上のHPを削られた私に、次の攻撃を凌げる術があれば良いのですが、即興で編み出すのは絶望的でしょう。
「お姉さんしっかり!」
「まだやれます、どうかエルマさんを守らせて下さい」
健気に駆け寄ったエルマさんの頭を撫でつつ、こちらに歩みを進めるエリコに備えるために立ち上がって目を合わせます。
果たして剣でかかるか、銃でかかるか、魔法でかかるか。
「RIO……」
私のPN、つまり言葉攻めでかかるのですか。
そのエリコから次に発せられた言葉は、この場において意外なものでした。
「心配だよ……RIOがやられてばかりじゃさ、弱いものいじめみたいで気分が悪い方に向かっちゃうって」
確実に本心でしょう。
決別の一撃を放つ前に、私の意思を確かめたいつもりらしいのです。
私も何とかやり返そうと無理くりしているつもりですが、あなたの方が心身共に強いために失敗してばかりなのです。
倒される覚悟さえ決まらず、変に諦めきれないで悪あがきを続けているせいで不快な思いだけをさせてしまったのは弁解の余地もありません。申し訳無さでいっぱいです。
「エリコ、戦いはまだ途中ですよ。敵に情けをかけている場合ですか」
どこを斬るかの目的を無く武器を振りおろす。
「RIOのバカっ!」
時間をかけずにあっけなく捌かれる。
「誤魔化さないで答えて! 今日の別れ際に言ってたこと、あれは正気、それとも狂気、どっちのつもりで言ったの!?」
あっ、あなたからそんなにがなり立てられてしまうと、沈痛な思いだけが強くなってしまいます。
誤魔化さないでと予防線を張られたら、黙って聞いているわけにはいかなくなるじゃないですか。
「……正気です、私が気が違えた事など一度もありません」
『あのプレイスタイルで常に正気かいww』
『RIO様はどこの世界でもRIO様だった』
『ヒエッ、自覚が無いっておぞましい』
『お前ら見たか、RIO様は平女ジョークも飛ばせる余裕があるぜぇ』
『さて、どうだかねぇ』
過程がどうあれ、その答えしか思い浮かびませんでした。
私は、正気とそうでない時の違いが分からない、人ならざるバケモノなのですから。
「じゃあ全力でぶつかって来てってば! 私の撮れ高とかはいいから、みんなの期待に応えようとしてよ! RIOって意味分かんない!」
いちいちもっともな言い分です。私も、出来ることなら期待に応えたかったのです。
しかし、武器が動かなくなった時から連鎖的に皆の信頼を綻ばせてしまったために、期待以前にそもそも挑む資格が無かったとの審判を下されてしまいました。
やはり迷いは不正解でした。
肝心のあなたからの期待にも応えられなくなってしまったのです。
「一人だけの戦いじゃないって言ったのはそっちだよね。これを言うのも最後にさせて、本気を出すの、出さないの」
そう冷淡に口にされた最後通告。
「お願いお姉さん……元気がないならわたしの血をあげるからぁ……」
ドレスの裾を揺さぶり、命の糧を差し出してもいいほど懇願するエルマさんの目から流れているソレは、色の無い血なのでしょうか。
エルマさんを守りたいことこそが戦い続けられるための行動原理。私自身それが最終的に正解になるのではないかと思いこんでいましたが、実際には勝利に程遠いそうでした。
誰か教えて下さい、一体どうすれば正解なのですか。
『お姉さんがんばえー!』
『エルマちゃんまで泣かさないでくれー!』
『エルマちゃんを守るためには、どうするんだっけ』
『勝って殺すんだろう、キミ自身の言葉をキミがすっかり忘れるなんて、アッハハハ笑えない。まあまあ物は試しに初心に戻ってみなさいって』
そのコメントを目にして、なるほどと唸りたくなりました。
「エルマさんを守る」では動機もへったくれも皆無な戯言です。
冒険者の敵である吸血鬼がしていいのは、「エリコを殺す」のみ。
墨汁の如き黒色が夜闇の戦場を支配し、白もグレーも朱色に染め上げるのが血を吸う鬼の本分。
「本気というのは、自発的に出したくて出せるものではありませんので」
折れた杖をインベントリから取り出し、両手にそれぞれ手にします。
みっともない有り様になった主力武器をエリコに見せるのは羞恥心が許さないので、背に隠すしかありませんが。
「もういい、《閃光斬》!」
あなたからのスキルや蔑む目線なんて気にも留めません。
光の剣が振り下ろされるまでに変形させてみせましょう。
エルマさんは守るために居る人、しかしエリコは殺すために立ちはだかって居る人。
これで悲しみが起こった場合は、配信者権限でこの場を見て居る人全員に等分して頂きますからね。
「仕留める……外さず仕留めたい」
さあ覚悟の宣誓はこれで十二分に足りているでしょう。どうかもう一度だけ力を貸して下さい、パニラさん!
「へ!? RIOが持ってるそれって」
驚愕に彩られたエリコの表情。
私の左手には何もありません。
ですが、右手に握られたずっしりとした重みある物体は錯覚などではなく、破壊力最高値の打撃武器である【黒隠の魔装槌】へと変形を完了させられた動かぬ証拠です。
「殺される覚悟は出来てますね! 肉の一片まで叩いて絶やし、正義の血の最後の一滴まで粉砕してみせます!」
この形体から得られる攻撃力で脳天直撃を決められたなら、不倶戴天の敵でも大切な人でも物言わぬ死人になるでしょう。
「それが聞きたかった、ばっちこい! 《正面大防御》!」
む、エリコの盾から巨大なガラスのような透明の障壁が現れました。
回り込むためのAGIは恐らく不足している以上は、力押しでの正面突破あるのみでしょう。
「はああああああ!」
一撃目で、壁に白いヒビを少しばかり生まれさせました。
壊しがいのあるものを発動してくれたおかげで、却って力みやすくなるというもの。
「責任も信念も背負わない悪役だとしても!」
二撃目は、つい先程生んだヒビに目掛けて振り下ろしで攻撃。
割れ目が広がって破片も飛んできたため、突破の希望が目に見えてきました。
「己自身が定めた目的を果たすまでは!」
「ふぎっ!」
三撃目で、スキルの障壁に爽快感溢れる破砕音を鳴らしながら破壊出来ました。
邪魔な物を取り払ったら、人間である本体が残るだけ。
「絶対に負けてはならないのですからっ!」
「RIOが本気なら、私も本気で受け止めるからっ!」
流石に対応が早いですか。金棒が迫る方向に盾を構えてきました。
それでも、回転の勢いを加えたもう一撃を止める理由にはなりません。
魔装槌のオーバーな攻撃力なら、丸い盾程度での防御を破ってくれるはずです。
「私はあなたのことが、あなたのことがああっ!!」
――いかがでしょうかエリコ、あなたが望んだ本気と本気の戦いを叶えられたでしょうか。
私は、あなたに愛される人でいても良いのでしょうか。
否定されるのは分かっていますから、せめて声に出さないで倒れて下さい。
「うぬぬぬぬぬううう! きゃあっ!」
「くっ、エリコっ……」
嗚呼、終わらせてしまいました。一瞬見えたあなたの苦悶の表情で察しがつきます。
今この瞬間こそ清々しい気分が私の中を占めていますが、きっと後々になって後悔が募るかもしれません。
大体分かってしまうのです。
何故なら、私の人生はやって後悔した経験が数え切れないほどあるのですから。
『やったか!?』
『やってないか!?』
『やったかやったか!?』
『やってないかやってないか!?』
『フラグをフラグで中和するお前ら大好きだ』
本気で殺す気で攻撃したのです。
自分の中の捨てたくないものを捨ててでも粉砕したのです。
もう勝っても良いでしょう、皆様からも許してくれるでしょう。
「RIO、もう凄いよ……死ぬかと思った……」
「何から何まで凄いのはあなたですって……」
これで倒せた、もう終われたと思いこんでいたのにも関わらず、エリコは、あなたの頑強な意志は度重なる渾身の攻撃に耐えきっていたのでした。