RIOとエリコ その4
エリコのみぞおちに向けて一つ放ったダークボールですが、あなたならどう対処してくれますか。
「ふんぬぬぬっ! この威力なら……いけるっ!」
盾で防ぎ止められましたか、そのまま威力を落とすつもりでしょう。
それでも勢いを落とせは出来ません。対象を貫くまでは直進し続ける猪のような魔球ですから。
「これでっ!」
するとエリコは両手の力を込め、盾を上へと向けて紫の球を真上へと弾き飛ばしました。
盾には傷やへこみが付いてなかったため、どうやら装備は高性能な逸品を仕入れたようです。
『まずはエリコの盾>ダークボールと判明』
『現RIO様主力の攻撃なのに……』
『もうまずいんじゃないかい、武器が変形出来なきゃ火力不足がついて回る』
『ゴリ押せ! グミ撃ちをしろ!』
エリコの守りは強固。現在まともな武器に禁止の札がされている私にとって、守備力の高い者が相手では長期戦は必至でしょう。
しかしまだ初手の成果が低かっただけです。
「《闇の気弾》」
一発が効かないなら、相手の側面へ走りながら何発も連射。
受け止めてから弾き飛ばす工程に労力を要するらしく、遠距離攻撃の手段ならこちらに分があるため、防御を軸としたペースをいずれかき乱せるはずでしょう。
「くううっ! 疲れる攻撃……!」
一発受け止めては必ず真上へと軌道を逸らす。
どうしてかエリコは余力が持つ限りダークボールを上方向に飛ばしているのです。
無論ながら、上には天井だけで照明器具も何もありません。
……解りました。エリコのパーティメンバーと、私の後ろで見物しているエルマさんに被弾させないためでしたか。
「距離を取ってれば有利だと思ったけど、RIOは遠距離も出来たんだったね。もっと気を引き締めないと……」
息を切らしながら言ってくれましたが、あなたの方が芯から強いはずです。
そうやって守りたい命を庇いながら戦って、謙遜の意を示すなんて心身共に強くなければ出来っこありません。
私だってエリコとの戦いに盤外戦術を手段として使いたくありませんでした。
「遠くからでは命を奪えないならば、近づいて奪うまでです」
間合いに入るために直線を一気に駆け抜けます。
反撃なんて怖くありません、打撃や防御のための武器は杖がありますから。
「本当に杖で来るって……優しさのつもりだったらほんっとうに承知しないからね!」
対してエリコも走り出しました。優しさというよりも、優しくしてしまっている私へと向かって。
あと一秒もしない内に得物がぶつかり合います。
ここまで接近しても、エリコの振りかぶった剣は勢いを落としたりはせず、殺す気でしかない攻撃を繰り出してきました。
対して私が取れた行動は、殺すためではなく防ぐための攻撃。
「てえっ!」
「……つ!」
非常事態、さりとてこれは必然的な非常事態です。
剣の一撃により、杖が二つにへし折られてしまいました。
「どう? RIOの魔法はもう威力が出せないよ!」
ステータスがとびきり上昇しているエリコの力では、杖など棒切れ同然でしたか。
『まさかまさかの武器破壊!』
『はよぅ変形し直さないと防ぐ手段が無くなる』
『もはや飛車角落ちさ。でも、君主と側近の子が戦の場に居座る限り、詰みとは認められないねぇ?』
折られようとも、この杖は消しゴム未満の大きさのパーツで構成されてる武器です。よって変形し直せば結合するはずですが、ここを凌ぎたいとも思えていない私にパニラさんは力を貸してくれるはずがないでしょう。
「武器をやられた程度で何もしないってことは無いよね。《紅蓮斬》!」
真っ赤な炎を纏わせた剣が迫ってきました。
折れた杖を頼ってはすぐに致命傷に到達する危険があります、インベントリから別の武器を取り出して入れ替えるしかありません。
「これならば。せっ」
「ウソ、止められちゃった!」
間一髪の差でノコギリを手にして防御。こんな武器だろうとも直接手で触れて止めるよりかはダメージ軽減に役立ちます。
「んぎぎぎぃ!」
「むむ……」
機転を効かせられたかと思いましたが、本来お遊び用アイテムのノコギリはオモチャに毛が生えた程度の質、エリコの武器よりも性能が数段も劣悪です。
つばぜり合いを続けるほどノコギリからはきしむ音を鳴らし出し、隔絶された性能差を嫌でも伝えてきます。
「無茶は良くなく、無茶を続けるのもこの上なく良くないですからね」
「ふわっぷ!?」
腕力で振り抜いて、一旦引き下がります。走る勢いをつけて再度攻撃するためにです。
「逃したりはしない、《真空斬》!」
「くっ、出血とダメージが嵩みますか……」
スキルによって正面から袈裟に斬られました。それに何本もの風の刃が肌を切り裂いて肉を抉ってくるのが厄介です。
「次次つぎいっ! これが、闇を照らせる人間のチカラ! 《閃光斬》!」
ここにきてあのスキルを出してきましたか。
吸血鬼であるヴァンパはこのスキルで再生を完全に阻害されたほど。私にも苦手な光を纏った剣技は、僅かでも食らってしまえばひとたまりもありません。
「エリコ、光とは血で覆い隠すことが出来るとご存知ではありませんでしたよね」
ここはいっそ、攻めの姿勢を戻します。
風の刃に多数刻まれた傷跡から《ブラッドアイスニードル》で反撃。
「ほえっ、いたたたたっ!」
まさしく狙い通りです。
無数の凍りつく針はエリコにとって食らいたくない攻撃だったためか、スキルをキャンセルして盾で防ぎました。
「ひううぅ、冷たすぎて凍っちゃうっ!」
しかしまあ、わざわざ顔を覆うような形で盾で防御してしまえば、貴重な視界を塞いてしまっていますね。
エリコには血臭などでの探知能力が皆無なのは知り尽くしているので、自身で打った悪手に気づかれる前にダメージを稼ぎたいところです。
「まずはあなたのソコを刈り取り、枕にして愛でてあげましょう」
なんだか、私の感情を鑑みると冗談にならない発言を口にしましまが、ともかく守りが疎かになっている脚一本を奪えれば戦況は覆るはずです。
そしてあなたのしなやかな脚をインベントリにしまえたら、早々に破棄するか永久に出さないかを戦いを終えた後で決めましょうか。
『おや、エリコにはチャチな針程度ならバリアで防げる盾スキルを持っていたはずだが……』
『いや、ここで攻め込むのはなんかまずい』
『これ誘引されているぜRIO様!』
『アッハハハハ、ちょい迂闊だったねぇ』
「……ふっふっふ〜」
む、盾によって隠されてますが、エリコの手に何かを持っているのがチラリと見えました。
お盆とほぼ同サイズの小さめな盾に隠れるほど小さいながらも、絶対に警戒しなくてはならないという危機感がノコギリを振るう勢いを停止してしまって……。
「打倒RIOの秘密兵器! 今から明かすよ!」
そう呟いたかと思えば、爆発でもしてるかのような強大な銃声が闘技場に響きました。
ええ、私は撃たれたのです。
「んっっっっ、この熱さは!」
それだけではなく、肉をも跡形もなく焼き尽くすまでの熱が左胸辺りを襲ったために、そこを抑えながら後退せざるを得ません。
「ごっ」
「お姉さんっ!!」
「くっ……手出し無用です、エルマさん」
続いて放たれた二撃目の鉄の塊が鼠径部に命中し、またしても傷口の再生を上回る速度で焼き始めました。
「ちゃんと効いたみたいだね、これはRIOの苦手な太陽の光をふんだんに込めた銃弾だよ! 今が夜だからって、日光は浴びないって思い込みに風穴開けられたかなっ!」
盾の内側に隠していたのは、デザートイーグルに近い形状である小型の拳銃。
そしてエリコの盾の仕組みは、持つのではなくベルトのように腕に固定しているとも明かされました。
隠し方が上手です。剣盾を使う従来通りのスタイルが本命の銃を盾の影に隠していたおかげで、いざ食らってみるまで正体を当てられなかったのですからね。
『うおっ! 前哨戦じゃ見なかった武器だ!』
『RIO様の傷口が再生しないってことは、弾丸は光か、じゃなくて銃が光だったか』
『あの武器の名は【日輪銃】。どんな弾丸だろうと光属性を付与する対アンデッド用の特注品、これを製造したプレイヤーは大物の鍛冶師だろうなぁ』
『エリコは銃火器使いってスタイルじゃなかった気がするが、その辺どうなんだエリコリスナー』
『その疑問に答えるとしたら、すなわち信念だろうよ。お前らの誰よりもRIO様激推しの信者だったからこそ、極悪レイドボス吸血鬼を倒すための努力と作戦立てを誰よりも惜しまなかった。苦手分野だった攻守の使い分けもここ一週間でメキメキ上達した。人間の身では反動に耐えられない獰猛な銃も、DEFバフマシマシでものともしなくした。配信じゃ、仮想戦闘施設で何回かRIO様とのシミュレーション対戦を披露したが勝率90%を修めたほど。今日のエリコは以前までのエリコとは別人と思って頂こう』
『↑また長文解説ニキ湧いてるんかい』
正直なところ、エリコを侮っていました。
あなたにだって大なり小なり葛藤があると想像していたのに、実際戦ってみれば一回一回の攻撃が私という敵を葬らんとする決意や殺意だけを込めていました。
そして私は、エリコのことを吸血鬼殺しの大敵ではなく一人の女性として見ている状態で、目の前に集中出来ず殺すための攻撃を無意識に除外している始末です。
あなたを倒したくない……勝つための思考を今すぐにでも止めてしまいたいのです。




