RIOとエリコ その2
(11/15)広すぎたので修整
いきなり敵に背を向けて走るとは、不可解極まりない行動です。
血臭はエリコ以外はてんで無反応であるため表向きはエリコだけなのでしょうが、だとしたらこんな救いようの無い私が攻撃せず後を追うと信じているのですか。
私には、あなたをよく知っているはずなのに今は何も分かりません。
「RIO様、ありゃ何者なんすか? いや冒険者は誰だろうとぶち抜くんで野暮ったい質問でしたが、なんかRIO様にしては躊躇してるみたいでして……」
隣で顔を出したボスさんは眉をひそめ、疑念を抱いているような視線を送っていました。
門を全開にするはずなのに、エリコに目を奪われて暫く頭が真っ白になっていたのですから、ボスさんの言い分はもっともです。
がら空きの背を向けている敵に攻撃を仕掛けようともしないなんて、エリコと内通しているとさえ思われても仕方のない行動でした。
「どうして追いかけてこないの! まさか捻くれちゃったりでもした!?」
エリコは一瞬ばかり顔をこちらに振り向かせて声を出しました。
「……総員、突入です。私の後に続いて下さい」
「お、うっし! オラァ野郎ども着いてきやがれ!」
ボスさんの猛々しい号令で、眷属達が隊列を作って侵攻を開始しました。
エリコが呼んでいます。
危険は少ないと判断し、全員を統率しながら付かず離れずエリコを追いかけましょう。
「そう! そのまま着いて来ればオッケーだよ!」
たまに顔だけ振り向いて、こちらが誘導されているか確認するエリコ。
信頼する人であることを踏まえても、どうにも怪しんでしまいます。
一定距離を保ったまま少時間走ると、不自然に半径数メートルものくり抜かれた穴が、エリコの先に見えました。
「この先だよ、戦いたい人だけ飛び降りて」
すると、エリコは迷いなく穴の中へと身を投げたのです。
『あ、ここらはもしや……』
『なるほどね、落ちた先か戦場というわけかな?』
『お察しの通り、この場所の丁度真下には地下闘技場っていう施設があったんだ。トーク配信によるとRIO様をそこに導くつもりなんだってよ』
『まぁ街は滅んだのは確かだがそれは地上に限る話、地下までは蹂躪されてなかったからそこに目をつけて掘り抜いたのだと』
なるほど、闘争のための施設で戦いたいとは、エリコらしい手口です。
敵を尊重するなどあってはならないとは思いますが、ここは自分の判断はミスではないと信じて穴に飛び落ちましょうか。
「ちょっといいっすか、俺にはあの女とRIO様がどういう関係なのか察しがついたんすが、そんなことはともかくこりゃガキでも引っかからねぇ杜撰な罠でっせ。あっちょい!」
「全員ここで待機です。しかし下から何か飛び出しても対応出来るよう、この穴の周辺を監視して下さい。お供はエルマさんだけで事足ります」
わざわざエルマさんを連れて行く戦略的メリットは薄いですが、精神的なメリットではそうとも限りません。
……私が慕える方は、エリコ以外ではエルマさんしかいないのです。
「ダメだよお姉さん! なんだかあの人からこわいにおいがするよぉ……」
「怖い匂いですか? そういえばエリコも冒険者でしたね。大丈夫です、エルマさんには怖い思いをさせないと私が保証します」
「でも……」
「お願いします、エルマさんこそが心の支えなのです。私を信じて下さい」
そう、エリコとは軋轢が走り、パニラさんからは愛想を尽かされてしまい、ボスさんからも不信を買われ、この配信を観てくれている方々からは私の勝利を不安視されている。
エルマさんからも心が離れてしまえば、吸血鬼は孤独な戦いでしかないのです。
「じゃあ……わたし、お姉さんを支えたい。お姉さんと同じ吸血鬼として」
そう決意した言葉を耳にしましたが、私を掴む手が小刻みに震えているのもまた伝わっています。
エリコは冒険者の一人です。悪い冒険者がトラウマになっているエルマさんにとっては、恐ろしい人間でしかありません。
恐怖が体に現れながらも、信頼か忠誠か、果てしない穴の底まで着いていくと決意してくれたなら、私の内にある心細さも半減します。
「私も、エルマさんの上位の吸血鬼として、いざ参りましょう」
手を握り返し、穴の先にいるエリコの後を追いました。
今日ほど心細くいたくない日はありません。エルマさん、私情に付き合って下さい。
▼▼▼
穴は思いの外深そうです。
エルマさんを離さないよう小さく細い脚を掴み、また安定して着地出来るよう、翼を広げて落下速度を落としましょう。
「エリコ……」
エリコの姿こそ見失いましたが、血臭は追えているので問題は無いも同然です。
暫く自由落下に任せているといると、私の足からは坂となった瓦礫の山がつく感覚が起こりました。
下るほど斜面が緩やかになっているため、平面になる頃にはエリコの待ち構える所に着けると思われます。
実際、坂を進んでいると、金属製の扉の隙間から淡い光が漏れているのを目にしましたから。
「中から話し声がする、さっきの人の声も混じってるよ」
「よく分かりましたね。話し声ならば、この先にエリコの仲間がいる証拠、総力をもって決着をつけるつもりである証拠です」
そう説明し、間を覗き込み、耳を澄まして聞いてみます。
「――ありがと、私のお願いのためにここまでしてくれて」
わずかに見えた高低差無き土作りの地面、それとエリコがいました。
周りに集っている人の姿は視界の範囲内では三人。
「悪をねじ伏せるためですもの、強化魔法なんてタダでいくらでもかけてあげるわよ」
「お友達と戦わなければいけないって辛いわね。だけど悲しまないで、あたしたちなら辛さを四等分出来るからね」
「これでバッチリっす! 頑張るっすよぉ……エリコっち……!」
その内二人はエリコより年上の印象を受ける女性、黒い三角帽子を深々と被ったファンタジーの魔法使いスタイル。ノースリーブのローブの基調としている色は緑と橙である以外お揃いなのは、双子だったりするのでしょうか。
もう一人は小柄な身長と童顔のアクセントも相まって後輩的な気質の女性。彼女だけ緊張の汗をかいている辺り、あの中では見た目通り最若年なのでしょう。
「いい? RIOが来たらすぐ安全そうなところまで離れて。バフをかけ直す合図を出すまでは離れたとこから見てるだけでいいから」
そうエリコが頷きながら言うと、三人の冒険者からも無言の頷きが返ってきました。
そしてエリコも相槌を打ったと同時に、冒険者達は三方向それぞれ散開しました。
……言葉を交わさずに意思が通じるほどの以心伝心の仲なのですね。
血液の流れが止まってしまう感覚がするほど羨ましい限りです。
もし……もしも私がエリコと同じ組織に所属していれば、あの三人に代わって私がエリコの隣にいたのでしょうか?
あなたのそばで献身的にサポートをしたり、前に出て守ったりして、そしたら抱きつかれて喜びを分かち合い、しまいには……。
『おや、RIO様の様子が……』
『え? まさかRIO様ジェラシー感じてるのか?』
『いやいや、珍しい表情になってるが考えてる事は全員惨殺する事だけだろうよ』
『ジェノサイド! ジェノサイド期待!』
『まぁどれも単なる雑魚、赤ちゃんの手をひねるように勝ってやるといい』
後悔も葛藤も、無かったことにしたくてもどうしてふとした瞬間に押し寄せるのか。冒険者達もエリコも漏れなく倒す、思考から外さないようにしなければ。
この位置と距離では不意討ちが難しく、盗撮犯みたくコソコソと隠れていても仕方ないため、扉を開け放ちました。
「待たせましたね、エリコ」
「待ってたよ。RIOと会える日を、ずっとずうっと……」
某ドーム一つ分よりも半分ほど狭く、天井は高そうな空間。遮蔽部は一切無く外周に等間隔で設置されたいくつものかがり火が照明の役割をしていると、まさに卑劣な手段を嫌う戦士のための地下闘技場。
フェアな土俵で戦える場所を用意しましたか。
「RIOの他は、その子だけだね」
そう私の後方を見渡しながら言いました。
「ええ、あなたとは二人きりで戦いたかったために誘導に乗ったのですが、どうやらこの私を嵌めるつもりでしたね」
観客席最前列に血臭反応が三つ、先程の冒険者達です。
わざとらしく周囲を一瞥してみました。
「このような古ぼけた戦場に、太鼓持ちを伏せさせておいて誘導し、正々堂々と戦いたいつもりなら笑わせてくれます」
「RIOだって、エルマちゃん連れてきてるじゃん」
「む、それもそうですが……エルマさんまで戦わせるつもりなんてありません。水を差さない観戦者です」
「でも良くないよ、危ない戦いに付き合わせちゃ。私だっていつまで本気をセーブしていられるか分からないし、戦えないエルマちゃんまで傷つけたくて戦いたいわけじゃないんだよ」
つまらなさそうな眼差しであるエリコからの指摘に、少しばかりたじろいでしまいました。
判断は誤りでした。また軽蔑されてしまいます……。
「やっぱり、こわいにおいだよぉ……」
エリコからの闇を滅する気迫。臆病な上に闇側の存在になったエルマさんには恐れ慄くのも無理はありません。
「ヴァンパイアロード討伐に正々堂々はいらないよね? ここに連れてきたのはね、私もRIOも背水の陣にして、どちらかがやられるまで戦い続けたいから」
そう、目論見が明かされました。
私には戦略上逃走する事だって多々ありましたからね。
間違っても取り逃さないため、直々にこしらえた場で、泥仕合になろうが逃走不可の殺し合いを所望するようです。
「どう? 私とRIOの戦いにはいい条件でしょ」
そう、私に向けて優しく微笑んでいました。
本当に、エリコは素晴らしい人です。現実世界のいざこざを持ち込まない潔さを持つ、私とは真逆の人間だと汲み取れました。
だからこそ、あなたを破滅させるのが苦しいのです。
「勿論です。エリコ達を始末し、背の水を斬り拓いて帰るまでが戦いです。なのでまずは……」
杖の先端を使い、私の体に二箇所の傷をつけました。
【ハハハハ! オレの相手はコイツか!】
【私の魔力は、お前にとって大きな力となるだろう】
こちら側には、同行させたエルマさんだけではなく、仲間だっているのです。
「これで数だけは対等になりました。エリコ、この私と戦う資格があるか、まずはフラインとヴァンパ、彼らに相手をして頂きましょう」
「前哨戦だね。いいよ、RIOを挫くまでは絶対に倒れたりしない!」
そう意気込んだエリコは、複雑な紋様の刻まれた盾を構えてフラインへと走りました。
『初手で二体を同時に召喚したか! 仁王像みたいに並び立つと迫力満点だなぁ』
『ほうほう、キミだけ出張らないなんて、随分と焦らし上手なことで』
『結構会話のキャッチボールが成ってるな。てことはちゃんと打ち合わせはしたってことか』
『知らん。というかガチで何もしてない可能性が高いゾ』
『エリコが戦うんだ。技の引き出しをよく観察して、RIO様戦で有利に運ばなければ』
このように、二連戦方式にしたのは魔王らしくもてなしたいとかエリコを消耗させるためだとかの深読みがされるでしょうが、実際はそんなわけがありません。
何故なら、戦う資格を問われるのはむしろ私の方にあるからです。
あなたほどの確たる正義を持った冒険者を前にしては、バケモノなんかではただただ倒される資格しか与えられません。
だから、勝ち目が薄く徒労に終わるだけになると悟った上で、フラインとヴァンパに任せる真似をしたのです。
「とおりゃあっ!」
間合いに入ったと同時に防御の構えを解いて片手剣での薙ぎ払い。勇ましい一撃です。
あなたのその戦いぶり、私の覚悟が伴うまでとくと見物させて下さい。