RIOとエリコ その1
さて、第六の街に出発する準備が整いました。
「わわ、わたしも一緒に着いてきて良かったのかなぁ……」
頭の上には、肩車状態となっている吸血鬼エルマさん。
「シィィィネェェェ!!」
「おぉいこら! 俺に噛みつこうとするな!」
後ろに控える者は、百発百中の狙撃手であるボスさんと、数の多さを活かせるよう、魚鱗や鶴翼と、古の軍略上では鉄板の陣形を組めるよう訓練を施した眷属達。
総力で出撃することで、後には引けない状況を作りました。
全員を古城のセーフティゾーンから外へと出した所で配信開始です。
「皆様こんばんは。二日続けて正念場の戦いになりそうで、腕が鳴る思いです」
『うぽつ』
『やあ、キミの方もインしたのかい』
『ひえっ、エリリオコラボ回がはじまってしもうた』
『RIO様は一歩出遅れたか? エリコは決意表明の儀を終えて第六の街に走ってる最中ぞ』
ふむ、視聴人数が普段より少なめなのは、先手を打ったエリコの視点で視聴したい人が続出しているからなのかもしれません。
今回戦う相手の偉大さがよく分かるというものです。
ジョウナさんが最大の壁だとすれば、エリコは最大の山場でしょう。
「皆様に注意事項があります、今日の配信は、私の……友人であるプチ・エリコと戦闘するのが全てとなります。勝利するためとはいえ、エリコのファンの方々には申し訳無いような行為も辞さないつもりです。許容可能な方のみ、視聴して下さい」
『りょ』
『アハ、ボクは最初からキミだけの虜さ』
『いぃーーやぁーー!!』
『↑叫ぶのが早い!』
『エリリオの決戦、心が締め付けられる思いだ』
『俺はむしろ逆だね。エリコとバトる回を観たいがために毎日チェックしていたんだからなぁ』
『ゆるゆるな八百長でも良い、死力を尽くすキャットファイトでも良い、決着という答えをみせてくれればそれで……』
「大変感謝致します」
ええ、ここにいる誰もが期待を預けようとしています。
私が信じる正義を身に纏ったエリコに挑み、殺して勝つ期待を私は背負っているのです。
特に、先日ジョウナさんを撃破したのは無視出来ない事柄でしょう。
もうトッププレイヤーの座を奪えるまでに勝ち続けたため、尚更期待が膨れ上がっているのです。
エリコに勝ち、居場所を奪い、配信者生命を断つために戦う……。
『あれ、目を開けたまま立ったまま寝てない?』
『そりゃ緊張するか……』
『熟考中か、精神統一でもはかっているのかもね』
『今回はちゃんとした方の人の心がある?』
いいえ、戦う以上、勝利以外は欲しがってはいけません。
さて、エリコの能力は全方面バランスの取れた形であるとは、本人の配信を視聴していた私は知り尽くしています。
技構成も、属性攻撃に盾や回復魔法と様々、尖った特徴こそありませんが、言い換えると何でもこなせるオールラウンダー。これらは、Sランク序列一位の冒険者と似たタイプであるそうです。
だとしたら私は、こちらのペースに持ち込むまでは無難に双剣で相手をしつつ、盾による防御を切り崩しながら一気呵成に首を取れる大剣で向かうのが善策でしょうか。
そうと決まれば、今のうちから双剣を装備します。
「おや」
左手に物を掴んだような感触がありません。
「変ですね。私って、魔装杖の形体を指定してましたっけ?」
私の片手に握られていた物は、魔法の威力が最も向上する形体である、黒い杖。
インベントリから取り出した時は双剣の状態だったはずです。
変形した覚えがありませんが、とりあえず戻しましょう。
「……変形、出来ません」
どうしてか、魔装杖の状態から微動だにしないのです。
この武器は機械仕掛けな点が所々ありますが、ここに来て不具合でも発生したのでしょうか。
何度も何度も、変形したいと念じても動きません。
武器のテキストや状態異常欄、思い当たる項目をチェックしても特に情報は無く、五分ほど視聴者の皆様からの質問に答えながら時間による解決を期待したのですが、色良い反応は見せずじまいでした。
「何故応えてくれないのですか」
殺すだけしか能のない私には、武器の解析や分解をする術を持っていないため、打つ手ありません。
「ただの不具合なのか、ことさら大きな理由があるのか……」
――今すぐ調査するよう頼み込みたいです、パニラさん。
この武器の製造者であるプレイヤー。どんな細工を施そうがパニラさんの自由です。
突然、変形出来なくなった理由があるとすれば……。
まさか、怒っているのですか?
冒険者を殺す事に葛藤が生じた私を、陰から軽蔑しているのでしょうか?
だから、私の得意戦術と乖離した杖の形体からテコでも変わらなくなるといった隠された機能を作動させ、愛想をつかしたと批難したいなら……ごめんなさい、パニラさんには敵いません。
私の覚悟が未だ足りなかったばかりに、あえて伝える必要の無い機能を使わせてしまったなら、次に再会した時にはお詫びと共にこの武器をお返ししなければならなくなりますね。
思い違いだったとしても、人として正直に打ち明けるべき事実です。
「ねぇお姉さん、しちょうしゃさん? とお話はおしまいなの?」
「っ! ただの与太話でした。あまり守ってあげられる保証がなくなってしまいましたが、振り落とされないように出来るだけ力強く掴んでいて下さい」
「なんか、お姉さんがすごく不安そうな顔してて、わたしも不安になる……」
「む、そんなことはありません。この私が勝てない戦いなんてゼロですから」
『おおっ! 自信も魔王並に育ってきてるな』
『いつもいつも、こりゃ負けたろと思わせといて勝ってきたRIO様だしな』
『ジョウナとの初戦も、死にはしたけど手玉に取った負け方したおかげで却って評価を上げたしな』
『↑アハハハハ、遊び過ぎはいけなかったよ』
『でも、杖はなくない……?』
『エリコ相手なら手数と攻守両用の双剣かロングレンジの槍を推奨するけど、杖はなんか不安』
『舐めプか魅せプか、どっちなのか』
『バッカヤロウ! RIO様の判断に狂いがあるとでも言うのか!』
やはり不安の声が増えていますね。私だって同じものが渦巻いているので、それはもう不安になりたくもなります。
ですが、この親和性が低そうな形体を使いこなせてこそ、よりトップに相応しくなるというもの。
ヴァンパイアロードはINT評価も悪くないため、ダークボール主軸の戦法にすれば一応解決です。
それに、いざ対面すれば思いの外戦いに集中出来るかもしれませんからね。大事な存在であるエルマさんが傍から見てくれているだけでも奮起出来るはずです。
死活問題に値しないとし、武器は魔装杖のままにして出発しました。
▼▼▼
『吸血魔王様、ご到着〜』
『エリコも現着してるぞ〜』
『よし、エリコの方はまだRIO様が来てないと思い込んでるかもな』
『公平性を保つために、向こうにRIO様到着したとコメ送った』
『……やっぱスパイいるな』
『エリリオどっちもライブ配信者だから情報筒抜けやん』
この門の向こう側にエリコがいるはずです。
エリコは退くつもりは毛頭ないのでしょう。私だって同じ、今更逃げ出せないのです。
「まずは門を破ります。……隙間があるということは閉まっていませんね」
おおかたエリコ本人か、情報通な視聴者様の仰っていた、かねてより呼びよせていたらしいエリコのパーティメンバーの仕業でしょうね。
どうせ襲来してくるなら門の防御を固めても無意味と言いたいようで――空城の計のように誘いをかけているようにも捉えられます。
「ボスさん、私が門を開け放ったら、何者が待ち構えていようと狙撃出来るよう備えて下さい」
「へ、へいっ!」
街がバトルフィールドなのは決定事項だとはいえ、街のどこで待ち構えているかは伝えられていないため、万が一の想定はいくつもしておくべきです。
最大限警戒しつつ、門を開きます。
ボスさんも眷属達も、微小な動きさえ止まる集中力で備えているほど。
「ねぇ、お姉さん、あれ……」
その存在に、いち早く気づいたのはエルマさんでした。
「RIOっ!」
あ、いつも聞くあなたの声がしました……。
「返信ちゃんと見たよ、約束通り来たんだね」
「っ……」
来たのはあなたを想って、目的は生命を奪うため。
しかし、エリコの心情を思うと声に出すのも憚られ、何も声が出せませんでした。
『いた!』
『ほぉ、ご対面だね』
『おお! まさかRIOちゃんねるでエリコが映る日に立ち会えるとは』
『くっ! 互角か!』
『↑バストサイズが?』
『目と目が合ったなら戦闘開始!』
瓦礫の景色とほぼ同時に見えたプチ・エリコの姿。
染めたような茶髪に現実世界とそう変わらない顔立ち、架空の学園にありそうな制服に犬耳と犬の尻尾をつけたコスプレファッション。
剣を鞘から引き抜かないままなのが気になりましたが、その疑問点に推測を立てる間もなく。
「エリっ……! あっ、どこへ行くつもりですか!」
「こっち! 戦いたいなら着いてきて!」
急に後ろ姿になったかと思えば、速くも遅くもない速度で走り始めて私との距離を引き剥がしてきたのです。
くっ、お腹が痛い