エルマのところ&ボスのところ
(11/11)ちょい修整
ログインしたのなら、暫く放ったらかしにして寂しがっているであろうエルマさんの元へ向かいましょう。
……それは卑怯な建前ですね。
均衡の取れなくなりつつある自分の精神状態を平静まで戻したいため、純粋無垢なエルマさんの想いを良いように利用し、めいっぱい甘やかすVRMMOおままごとによって沈んだ心を紛らわさせて欲しいからです。
「エルマさーん」
「わ! お姉さんが帰ってきた!」
古城の玉座の間で待ちかねていたエルマさんが、小さな翼を力一杯はためかせるという犬の尻尾のように感情を表現しながら私の胸に飛び込んできました。
「ふふっ、元気にしてましたか」
「うんっ! お姉さんと同じになってから眠くなくなったし、毎日が元気ハツラツなんだよ!」
ふむ、活力に溢れた声色に、一目で和ませてくれる満面の笑顔、吸血鬼化したのはエルマさんにとって幸福だったみたいです。
恐らくは、レベルもそれなりに高くなりステータスの数値も上がったが故に普段以上の元気が出ているのでしょう。
とりあえず、頭を撫でてあげた後は、エルマさんのお食事タイムに洒落込むとしました。
「んっ……くんっ……ままぁ……」
私の胸にぴったりとくっついて、吸血しながら蕩けた表情となった愛らしい吸血鬼さん。
因みに、一番美味しく私の血を吸える箇所は胸部だそうです。
亡き母の味を思い出させてくれるためらしいですが、ついに私はお姉さんからお母さんへランクアップしたのでしょうか? エルマさんは吸血鬼としては生後数日の赤ん坊ですけれども。
「エルマさん、いつぞやに話した私の好きな人については覚えていますか?」
何か話題が無いかとぼうっと考えていたら、ふと、エリコについて話していました。
「うーんと、覚えてるよ。だってお姉さん、真っ赤になるほど好きなんだよね」
「実は本日、その人に会いに行ける予定なのですよ」
「ほぇっ!? ホント!?」
目を点にして驚き、飛び上がるというリアクションで喜びを伝えるエルマさん。
私の幸せは自分の幸せと言いたいほど、共感する感情が育っている良い子ですね。
でしたが、何故かすぐに冷めたテンションで暗い面持ちとなってしまいました。
「会いに行くって、本当に会いに行くだけ……?」
む、一段と鋭い勘です。
エルマさんの洞察力を前にしては、下手な隠し事は筒抜け同然なのかもしれませんね。
「ごめんなさい、嘘をつきました。会いに行って戦うのです、私とだけ……」
「そうなんだ……好きなのにどうして仲良くなれないのかな……」
その疑問は、私の心に刺さります。
もう仲良くなれるわけがありません。好き嫌いと敵味方がそれぞれ悪い方向に合わさったため、エリコと一度出会えばやるべき事が命の取り合いしかないのですから。
エリコは真の正義を背負い、私という絶対悪を裁くために出向く……悪ならば、エルマさんは裁かれるべき存在なのでしょうか?
「そうです、いい事を思いつきました! これからすぐ出発するのですが、エルマさんも一緒について来てみますか?」
「いいの? わたしって、きっと役に立てないと思うよ?」
「心配はいりません。ただ何もせず見ているだけこそベストなのです。あの人は、悪事の役に立てない者まで手にかけるほど正義に飢えていないですから」
◆◆◆
とりあえず、配下全員を動員したいのでボスさんの所へと行きました。
しかし、食堂の椅子に座っている本人を発見してみるとどこか様子が妙だったのです。
「仕留める……外さず仕留める……」
私が足音を鳴らして背後に立とうが一顧だにしない集中力。
長銃についている埃を拭き取ったり、銃口に詰まっていた塵を取り出したりとメンテナンス中の模様ですが、まるで一流の職人を彷彿とさせる没頭状態です。
「精が入っていますね」
「あぁ、戻られたんすかRIO様」
呼びかけると、振り向かないながらも応じてはくれました。
よほどの用でも無ければ、慌てるように作業を中断して媚びへつらいそうなのがボスさんのとりがちな反応です。つまり、よほどの用を抱えているのでしょう。
「RIO様が次に殴り込みに行く街って、確かドルナードでしたっけか?」
こちらが話し出す前に聞かれました。
「そうですが、何か不都合な点でも」
「不都合ってほどじゃねえんだがよ、あの街にゃちょっとばかし行きづらい事情があったんだ」
そう、後ろ髪を引かれるような哀愁漂う印象となるボスさんです。
まあ、どう欠席する理由を言おうと配下全員投入させるつもりだったので、隣に座って作業を眺めるついでの心持ちで聞いておきましょう。
「一昔前、先代が率いたドラグニルファミリーと血を流し合いまくったファミリー、【タイガーアイファミリー】の本拠がドルナードにあるんだ。俺の代じゃ休戦状態になったがよ」
「ふむ、竜と虎……と思わせて少々ズレているファミリー名ですね」
これはこれは、期待していなかった分耳寄りな情報ですね。
仮にもファミリーの頭だった経歴のあるボスさんのことですから他ファミリーについても物知りだとは思いました。
興味があるので引き続き聞いてみましょう。
「先代さんと抗争するにしても、そんな遠路からはるばるお邪魔するものなのですか」
「いや、そいつらも元々ローレンス一帯を牛耳ってたもんだ、事業だってドラグニルファミリーよりも幅広く闇深い。だが冒険者ギルド……! あそこからの事業縮小命令を良しとしなかったんで、ギルドの手が及ばないドルナードにまで移転するって、去り際に俺に言い残してきたんだ」
「その事情があったため、ドルナード攻略に対してやけに消極的な様子だったのですね」
「ああ。あいつらは正しい選択をした。俺は身の安全のために冒険者ギルドに従っちまったし、そんな腑抜けたザマになった俺の顔を見りゃ、ボンクラ当主だって指を指して激昂するだろうよ」
現在は私に従っている点はさておき、敵対勢力だった親玉と戦場での再開は気まずいシチュエーションになりかねませんね。
配信としては比較的盛り上がりそうな展開ですけれども。
「毎度苦労をかけさせたボスさんへの褒美です。あなたに代わって私が因縁の根を除去してあげましょう」
「スタップ! それだけは考え直してくれ!」
どうしてか、私による優良サービスを抗議しに入りこんできました。
そのタイガーアイファミリーから顔に泥を塗られた経験だって一度二度ではないはずなのに、私の言葉に率先して賛同しないのも不可思議です。
「もしそいつらと遭遇したら、そこのボスだけは俺がケリつけさせてくれないすか。こればっかはRIO様が相手でも譲りたくねぇんだ」
そう助命を嘆願するような様子で、幕引きを譲るよう頼み込んできました。
「敵ファミリーの頭ですよ。なのに何故、直接対決に拘るのですか……」
「どんだけ犬猿の仲だとしても、ローレンスの住民が殆ど逝っちまった後じゃ数少ない顔見知りになっちまったからな。RIO様が生けどりにしたいならそうするまでだが、見知った顔に一泡吹かせて終わらせられりゃ俺は満足する。RIO様への要望はこれっきりにする」
「あなた自身の手で引導を渡したいのが望み、ふむ、人間とはよく分からない生き物ですね」
軋轢極まる敵の長ではなく、まさか好敵手と描いてライバルとでも言い回したいのですかね。
この場合、私にとっての好敵手らしい存在はジョウナさんにあたるのでしょうが、正直言って一度勝利した相手と戦うのは面倒さが先に来ますね。
それに、一人称が「ボク」だのと宣う珍妙なプレイヤーと前回以上に馴れ合うのは勘弁願いたいです。
……そんなボスさんに残念なお知らせがありました。
「あのファミリーを俺の手でぶっ潰すまではくたばったりしてられねぇ! RIO様! 準備が済んだらいつでも声をかけてくんなせぇ!」
「すみません、ドルナードは先日私が滅ぼしました」
「ぎょっえええええっ!? 滅ぼすんじゃなくて密偵で出かけてたんじゃ!?」
「のっけから滅びかけだったので、帰るついでで街ではなくしました」
「オーマイガァ、俺の決心がぁ。でもあいつら音信不通だったし、もしかすりゃと信じたいぜ……」
「街に着いたら確認するのを許しましょう。……ですが、ありがとうございます、おかげさまで少し悩みが晴れたような気がします」
「へ?」
ボスさんを通じて気づけました。
正義と悪、味方と敵、別の陣営となってしまった者同士が衝突しようと、無理に仲を悪くする必要はないと。
敵だとしても、戦わなければいけないとしても、エリコを焦がれるまでに好きであり続けても良いのだと。
ボスさんの「もしかすりゃ」との可能性は、私も縋りたい言葉です。もしかしたら恵理子はまだ私を嫌っていないのだと、信じたいのです。
だとしても、明日になったらよりを戻すべくすぐさま仲直りしに行きましょう。
それで許してくれなかったら……そんなのあまり想像したくありませんが……。
その後は、中庭に集めた眷属達に血を与え、戦闘訓練を直々に行い、呻きながら襲うだけの往年のゾンビから、走ったり銃火器を使ったりが可能な現代版ゾンビへと強化させました。
設定上はエルマちゃん大人化できるんだけどやったら叩かれそうでやりません。
そもそもやる必要性もない。やりたいけど(小声)