吸血鬼VS殺人鬼 その8
想定の倍の文字数になってしまった。
たまにはいいかな。
ジョウナはBreakWorldOnlineに飽きて現実世界の住人となってから、楽とも言えないアルバイト三昧の日々を謳歌していた。
それでもバイト代の金額に目を通す度に報われたような情緒に浸れるため、社会的地位に反してそれなりに充実した悠々自適な日常ではあった。
飽きたとはいえBWOをはじめとするVRMMO系ジャンルに限る話で、ジョウナがこよなく愛する一人用VRアクションゲームは暇がある日に鬱憤晴らしのために継続してはいる。
「だる〜い、ねむ〜い、メスガキの群れ分からせた〜い」
しかし、ゲームを起動する気力も沸かなくなるほど疲労困憊となる日だって多々ある。
そんな場合こそ、適当なゲームの実況動画を漁り、あたかも自分がプレイした気になってしまえば気力の消耗を抑えて満足感を得られるのだ。
「なんか今回の実況者、下手くそだったなぁ。あ、懐かしいタイトル」
今後触れる機会など無きに等しいと思っていたBreakWorldOnlineだが、あくまで能動的によるもの。受動的に情報が目に映る時もある。
「そんでこれは、RIOのチャンネル? お、新規ホヤホヤの配信者じゃん」
それが、RIOのライブ配信行為であった。
「ふーん、あの壊しゲーにねぇ。とんだゲテモノ食いがいたもんだ」
まともに配信するにはあまりに不向きなBWOの惨状を知っているため、尚の事RIOのチャンネルに興味津々となっていた。
この際毒にも薬にもならない配信内容でも関係ないと、試しにPC画面に流してみる。
「ぶっ!」
ただ、このライブ配信、毒でも薬でもなく、刺激性溢れる劇薬であった。
「あのゲーム今こんな爆笑な有り様になってるんだ! なにこれ腹がよじれる!」
期待値が低かったのも相まって、まさに運命の出会いのようであった。
運良く配信初日に立ち会い、床を叩きながら狭い空間で大笑いするこの――本名秘匿なため引き続きジョウナと仮称する。狂い無くチャンネル登録をクリックしていた。
次の日から、RIOにより見知った冒険者がキルされる中継を観ては腹筋を引き攣らせて笑い、時にはありふれたようなコメントを投げ、またある時には信者専用の掲示板に書き込んだりもし、一日の疲れを押してでもRIOのライブ配信をチェック。
RIOが第三の街にまでやって来た所で、ジョウナは完全に虜となっていた。
「トップを目指すなんて極端思考、サイッコウ。三国志じゃ呂布とか好きそうな配信者だこと」
冷めきっていた情熱が、体を突き動かすほどに蘇る。
完全にRIOに触発されたのだ。
そこで意を決す。
「よし、復帰戦だ」
折り合いをつけた仮想世界へと、これから一年ぶりにダイブするのだ。
手始めにジョウナの存在が過ぎ去った歴史じゃないところを見せつけ、いずれ逢いに来るであろうRIOに勝利してグッドエンド。計画を描いているだけで心が舞い上がっていた。
彼女はBWO史上最も掲示板を騒がせた個人である。
あの傲慢で恐れ知らずな冒険者達でさえ、ジョウナによる狂気の殺戮ショーには揃って恐怖した。
ただ、RIOというプレイヤーはジョウナの想像よりも斜め上へとプレイヤー離れしていたとは、程なくして分からせられる事となる。
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「これぞまさしく、絶望的な状況ってやつだね」
RIOの頭部は賽の目状に細切れにした。
その上、《歌姫の絶叫小夜曲》でポーションを浴びたタイミングで剣にも回復ポーションを塗っていたため、ヴァンパイアロードの再生能力を以てしても元通りにまで自然治癒するには時間がかかる。
故に勝利は目前のはずだ。
「……おかしい」
なのに、妙なことにジョウナは勝利に近づけた気が全くしなかった。
むしろ、気味の悪い感覚ばかりがくっきりとやって来ているほどだ。
「これボクが勝ったも同然でしょ。なのにこのまま攻め込んだらヤバい気しかしないのはそれなんてホラゲ……?」
抱え出した一抹の不安。
ジョウナの勘は鋭い。理屈で説明するなら、BWOにてサービス初期から場数を踏むことによって培われた経験則による賜物だ。
「ま、いいや。なんかRIO、死を待ってるかのように動かなくなっちゃってるし、諦め時だって察したのかもね。んじゃせめて一斬りで勝ってあげよう」
そう不安感を放置して意気がると、RIOへと駆け出しトドメの一撃を放つ。
果てしなく続くとジョウナ自身さえ思った勝負、緊張感が解ける気分であった。
「ん?」
――躱した?
命中するすんでのところでRIOが動き出し、ジョウナの一撃は虚空を斬った。
確かに今の一撃は難しく考えずとも躱せる攻撃だ。
だが、躱したことそれ自体が問題である。
RIOはこんな絶望的な状況下で、まだ戦意旺盛だということに他ならないからだ。
頭の無いRIOからの双剣の反撃が迫る。
「うーんそっかぁ、諦めないって虚しいだけだなぁ」
その行為に対し、哀れんだ反応を漏らした。
足掻ける所まで足掻くのだろう。
ジョウナは正面から迎え撃った後に改めて勝負を決めてしまおうと画策し、双剣に向けて斬り結んだ。
「うんっっっっっっっ!? ふぇい!?」
二つの斬撃から体内に伝わる衝撃。あり得ないダメージ。
剣を通じて受け止めたジョウナは、骨を分解しかねない凄まじい威力に混乱していた。
それでも、結論まで至るのは神速の域である。なので気付けた。
「これひょっとすると、ブレイクスキル……ヤバっ! 離れ損なった!!」
このRIOという悪役ロールプレイ配信者、諦めていないどころか、なんと視覚嗅覚聴覚が働かない身のまま九秒以内に勝利を手にするつもりであったのだ。
実はジョウナは、RIOのブレイクスキル発動を表情の機敏から判別していた。
しかし、RIOは顔が細切れにされているために表情から発動を予測するのは物理的に不可能。ここに来てジョウナは致命的な誤算を見過ごしてしまった。
これから逃げようにも遅すぎる。
そして、RIOが放ったのは、宙で舞うような回転斬り。
「ひぎっ! キミ制御不能の機械か!!」
極めてシンプルな通常攻撃も、ある一定のラインを超えればどんな複雑な技にも勝るものだ。
九秒間凌げば何とかなるはずなのだが、一秒未満に何度も死が見えてしまえば前向きな心が折れそうになる。
「…………………………」
回転が止まる。双剣の切っ先を交差して構えた。
どうやら武器は防御に回すつもりらしい。
「お、終わったのかい……?」
ならば攻撃はこれで止んでくれるのか。
……否。RIOの攻撃手段は上半身から下半身に移っただけである。
「ぶっべっ! 脚癖悪いって!」
前蹴りに膝蹴りに回し蹴り、怒涛の蹴り技展覧会。
しかも当たれば当たるほど位置を掴み、精度が飛躍的に上昇してゆく。
「え、ぎゃあああああああっ!」
締めには股を蹴り上げられ、高く宙へと飛ばされた。
ジョウナとて防御能力にかけては高い方。だがHPの損耗が早過ぎる。
「雑魚と勝負したかっただけなのに、ふざけるなって言いたい……」
尻もちをついたが、辛うじてダメージ無しで着地する。
だがそうこうしている内に、RIOが間近にまで迫り寄っていた。
「きいっ!」
RIOの影に覆われるまで迫られる。
「地獄、大地獄、等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄。私が主催のダンスホールでは、雑多な地獄が選り取り見取りです」
RIOはもう口まで再生されている。
その口から出された言葉は、怨みがましく妬んでいる対象を衰弱死させるが如し呪詛となって、視聴者やジョウナと、耳にした者の精神に侵蝕していた。
「はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……バケモノ……こいつバケモノ……」
動悸の乱れが収まらない。
胃液が逆流しそうだ。
まるで断頭台の列に並ばされ、自分の処刑される番が来たような気分である。
目の前にいるプレイヤーが、ログアウトしている間はただの人間として生活しているかさえ疑念になりつつあった。
不死の存在とは何たるか、何故RIOがキャラメイクにて吸血鬼に選ばれたのか、対峙してみれば自然と腑に落ちたような気がした。
恐怖を極限まで呼び覚ます悪の才能。
人間を絶望で縛りつける、人ならざる者としての才能でもあるか。
冒険者に追い詰められても恐怖は微塵も無く苛立ちや不快感しか沸かなかったジョウナだったが、RIOの奈落に匹敵する底の底を直接覗いてしまったがために、逃れようがない恐怖に支配されたのだ。
そして、次の斬撃で間違いなく死ぬとの実感を覚えているから、恐怖から背けるように目を瞑った。
「おっ、こんな所に来てみれば、RIOとジョウナが凄い弱ってるぜぇ。ベリーラッキー!」
こんな修羅場に突如現れた一人の冒険者。
釣り竿のような形状の杖からして魔法職だろうか。
「クソ忙しい時に誰っ!」
ジョウナは思わず冒険者を見る。
「む、そちらに回りこみましたか」
RIOの歩みも止まる。
目まで再生されてないため、冒険者の足音をジョウナが移動したと勘違いしたのだろう。
「【Sランク序列7494位・漁夫の瓜売りィ】。大金星二つをぶん取る男の名だァ! ノオ゛ッ!」
通名宣言を済ませたのもつかの間、ブレイクスキルの効果が乗ったRIOとは戦闘面に雲泥の差であった。
RIOの手刀によって顔面が残酷に貫かれ、吸血が発動される。
これを傍から眺めていたジョウナは、波が引くように震えが収まっていた。
「ナイスゥモブ顔冒険者くん! たぶん今回の大勝利のMVPとして持て囃されるかもね!」
RIOの注意は闖入した冒険者へ向いている。
わざわざ想定外の人間が現れやすい街中を戦場に選んだのはRIOの方。ジョウナも想定外を利用する権利はある。
というより、最早RIOをどうにかするには今しかチャンスが見当たらない。
「ボクこそが最強、だから勝利は必然っ!」
恐怖に支配されて体が動けないなら、恐怖に打ち克つためと目的をすり替えれば体が滑らかに動くようになる。
ジョウナは、剣を逆手に構えた。
「《第二十二楽章・終曲・究極の一閃鎮魂曲》!」
剣に色彩豊かな音符達の渦が集約され、数多の属性の奔流が相殺することなく交わった末に、白を基調とした虹色に輝く光のしぶきと化す。
これぞ、ジョウナが奥の手にすると決めた必殺の奥義。ただし必殺と必中は同義ではないために、ここぞという時にしか使いたがらなかったのである。
ましてやこの楽章術は近接攻撃、ブレイクスキル発動中のRIOの懐に飛び込む危険を冒す。だからこそ、ジョウナは死を覚悟の上で最大火力を誇る楽章術を発動すると決断したのだ。
「元の世界まで、ぶっとばしてあげる!」
数々の属性エネルギーを纏わせた剣で――力の限り振り抜いた。
「ア……ハ……ハ……! これでどうだい」
かくして、RIOの左半身は消滅した。
吸血中であった冒険者なんて、全身丸ごと光に飲み込まれ跡形もなく消え去っている。が。
「ひ!」
「相討ち覚悟ですね。あなたも、私も」
右半身は、ジョウナの胸に指を突き刺して血を奪い取っている真っ最中であった。
なので、左半身は時間が巻き戻ったかのようにほぼ元通りにまで再生されている。左目の色素が心做しか薄くなっているのは、ブレイクスキルの代償に視力を捧げられたからだろう。
「こんの、何回死に損なえば気が済むのさ!」
ジョウナは吸血される腕を切断し、蹴っ飛ばすことで引き剥がした。
RIOは体勢を整えつつ着地すると、襲いかかるわけでもなく口を開く。
「あなたの限界、それは殺戮が快楽目的でしかなり得ない点に尽きます。別に殺人を批判している訳ではありませんよ。あなたが殺人鬼ではなく食人鬼であれば、人間の命を糧として力を蓄えられたものの、無益な殺生とは戦いにおいて空虚なものだと伝えたいのです」
至極真っ当な指摘。語る者が真っ当ではないだけで特段間違ってはいないはず。
RIOがこんな物言いで指摘しているだけなのは、既にブレイクスキルの効果時間が切れてしまっているため。息をつき直す目的で攻めかからないのだ。
無論、口を挟まず聞いていたジョウナ。
「……無益な殺生、だぁい好き」
ねっとりとした口調で返すと、胡乱げな目つきになる。
「だけどキミはダイッキライ。だから勝たなきゃいけない」
どこから取り出したか、小さく弾力のある音符を手のひらに乗せる。
その音符の棒状の部分を摘んで口に運ぶと、「ゴクッ」と喉を鳴らして飲み込んでみせた。
するとどうだろうか。
ジョウナの足が地を離れ、翼が無いのに対空しているではないか。
「ワンダフォーーゥ! 頭がどうにかなりそうだねぇ!」
体内の許容量を越えるほど魔力が急激に高まったがため、浮遊の魔法が暴発しているのである。
そして同心円状の五線譜が複数も具現化し、音符を乗せて川の流れとなり、ジョウナの周りを回り始めたのだ。
「ふむ、まさか、いいえ、やはりあなたも習得していたのですね」
「そりゃそうさ! キミと対等な勝負を興じるには、キミのとっておきと同種のアレを手札に入れなきゃ……ね?」
RIOは把握していた。
このゲームのタイトルの一部である破壊の名を冠する能力を、ジョウナも持っていたことに。
また、「ダイッキライ」との言葉とは裏腹に、ジョウナからはどこか友好的な雰囲気を感じ取っていたことも。
「面白いです。ならば、私もあなたが奏でる興を破壊しに行かなければ楽しめませんよね」
RIOは肯定し、唯一無二の友人と会話しているかのようなにこやかな表情で言葉を返す。
二人はこの世界での悪役にあたり、また敵同士でもある。
しかし、長い長い戦いの時間を経てゆく内に、互いが互いを憎めなくなって、いつしか心の奥底で認めていた部分が増えていたのである。
今や二人の間柄からは因縁が取り払われ、紛うことなき『好敵手』との関係へと変化していた。
「《破壊の魔法……」
「《破壊の技能……」
ジョウナは剣を指揮棒の如く天に掲げ、音符の輪を高速で滑らせる。
対してRIOも、武器を魔装銃に変更。照準をジョウナに合わせ、ノータイムで引き金を引けるようにする。
「……死より始まる絶対音感》」
「……君主に撃滅の役割あれ》」
二人の所有する《弾丸》が全く同時に発射され、波打つオーロラの光を纏いながら激しい弾幕として展開される。
九秒間の銃撃戦が幕を開けた。
「アハハ、アハハ、アハハハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハハ」
「ふ、ふふっ、っふふふふふふふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふ」
銃撃戦が終われば勝敗が決する土壇場だろうに、二人は大声を出して笑う。
何故ならどちらも、この戦闘を過去一番に楽しんでいるからだ。
良かった。次回でやっと決着つきそうなんよ。
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