吸血鬼VS殺人鬼 その7
『凄い……RIO様。どんどん強くなっているぞ……』
『だがよ、そんなほいほい強くなっていいもんか?』
『↑あん? RIO様なんだからいいんだろ』
『いいんだぞ。この二人の強さには決定的な違いがある。ジョウナは完成された強さ、対してRIO様は成長する強さ。RIO様はこの戦いで無関係の人間からお血々を吸いまくったおかげでついに強さを魅せられたのだ』
『お血々(゜д゜)ウマー。ってかわいい単語作るなww』
戦況の好転。険しい下り坂を越え、緩やかな上り坂へ。
我が世の春がやって来ました。頂点まで走りきってしまいましょう。
「いったいなぁもう!」
「よく今の二撃を防ぎました。次こそはその腕を刈り取ります」
再び始まった白兵戦で、ジョウナさんへ明確なダメージを与えられました。
双剣という攻守万能な武器は私とは相性抜群で、攻撃力こそ他の形態より見劣りし両手で同時に扱わなければいけない難度がありますが、両利きのように完璧に扱えるようになれば手数の多さを存分に活かしきれます。
また、ジョウナさんは技に頼り過ぎて剣術自体は並程度だと看破しました。いくら剣技を研こうが現代社会では役立つ場面がかなり限られる現代人らしいと言えばらしいですが、楽章術さえ発動させなければこちらが圧倒的に有利となるでしょう。
「月並みですが、『楽しむ』というのが明確に分かってきました。対等に渡り合える殺し合いとは、弱肉強食における弱肉を一方的にいたぶるよりも遥かに楽しいのだと」
そう言葉を溢してみると、苦い顔となっていたジョウナさんに喜びが灯ったように見えました。
「キミも大体分かってきたかい! 勝負ってのは勝てば楽しい、だが負ければストレスしか残らない、暴言を吐こうとばかり考え出す。このボクが最強に選ばれたのは、全部の勝負を最高に楽しんで終わらすためだったのさ!」
そうこちらの攻撃を捌ききっては喜びを顕にしています。
これなのです。
ジョウナさんとの殺し合いに楽しさを感じている理由。
私自身も悪役ロールプレイで頂上を目指している立場であるため、その清々しい悪役具合にシンパシーを抱いているのです。
「勿論、楽しい思いをするのは勝ったボクだけでいい。この勝負もつまらなくなる前に勝つ」
剣呑とした敵意。
ジョウナさんから感じ取ったものに気圧されそうになっていると、空中広範囲にいくつかのガラス瓶が放り出されていました。
ジョウナさんの所持アイテムなのでしょうか。
「む……」
異様な光景に目を奪われている間にジョウナさん自身は次の技を発動準備を完遂させていたのです。
「《第十二楽章・歌姫の絶叫小夜曲》!」
「う」
剣を地面に突き立てると、鼓膜が裂けて流血でも引き起こしそうな爆音が襲いかかり、更にほんの一泊遅れて強烈な音波による範囲攻撃が放たれました。
二重の攻撃。しかもどちらとも双剣では防ぎようがありません。
「これまでで最も音楽らしい楽章術ですね」
私の聴力は片方失われているために音響の威力こそ半減したかと思われますが、音波の方は肉体的なダメージが大きく、耐久力が低ければ体がバラバラにされそうなほど。
しかも音波を凌いで油断した瞬間、何か冷たいものと破片が頭に降り注がれたのです。
「薬品の匂いのする液体。いっ……! あの瓶の中身は回復のポーションでしたか!」
三重の攻撃こそが隠された狙い。あの異様な光景の正体が判明しました。
音波による振動が落下しつつあった瓶を破壊し、散乱した中身を浴びせていたのです。
「焼けるような痛みです……うう、体が溶解までするのですか……」
浴びた箇所からドロドロとなり、髪の毛一本一本に至るまで神経が通って電流の波が来るかのような錯覚に陥り、不死者と相反するアイテムの威力を体感しました。
「アハハハ。アディオス!」
ジョウナさんが逃走経路を把握したのか踵を返しました。
ジョウナさんもポーションを浴びてHP回復しているのです。もし完全に仕切り直されでもされれば好転した流れが断ち切られてしまいます。
ですがこちらも、ちょっとやそっとの痛みで怯んでいる場合ではないとは分かりきっているので撤退はさせません。消耗品を利用する戦術は多様しにくいのが自明の理、二度目は放たれない自信があるため恐れなど皆無。
「ぎぎっ!? マジ!?」
双剣を一本、ジョウナさんの脚に無回転で投擲して逃走を阻止。
「劇物未満の市販品を小細工にして、私を止められると思われましたか。食らいなさい」
「うえっ!」
もう一本の双剣を投擲。背中を貫いて追撃をかけました。
「効いたねこれ。でもでも、ゴリラみたく武器を全部投げちゃうそっちも……ウッソぉん」
インベントリから手に取った肉切りノコギリを、回転を加えて投擲。
意外性を全面に出した投擲で手を焼かせている間にジョウナさんへと走り、回収した双剣で追撃でトドメです。
「わっぷ! もう何でもかんでも使える手は使いまくるのかい」
流石に首への攻撃だけは頑なに防ぐ模様でしたね。
ジョウナさんは手元に残していたポーションを使い、正面を向きながら一定の距離を取っていました。
「あなたにとっての勝負も、私には手段無用の殺し合い。まさか卑怯とでも否定意見を唱えますか?」
「卑怯? 無粋なジョーダン。勝負も多様性の時代さ」
「話がわかる人ですね。だからあなたを気に入りました」
「ボクはキミが嫌いだ。逃げる気も失せたし、つべこべいわず勝負を続けようか」
剣を正眼に構えていましたが、楽章術のモーションには入らないようです。
楽章術発動が困難だと割り切りましたか。
それなら私の方も、勝つために受けて立つのみです。
「いざ」
「ヒャッハ!」
私も相手も、瞬間的に距離を詰めては剣と剣をぶつけ合うという答えを選びました。
――そこから先は、一進一退の斬り合いだけが苛烈に巻き起こるのみです。
ジョウナさんは足りない技を補うように私の剣技を真似たらしく、ひたすら捌いてはこちらを袈裟斬りにしようと虎視眈々と狙い続けているのが油断なりません。
ただこちらも、真似られたのなら打ち破りやすい型をその場で編み出し、常に致命傷を与えられるような剣技を心がけて連撃。相手の選択肢を防御で埋め尽くして何も手出しさせず、こちらにとって攻撃こそ最大の防御になるためです。
「勝ってみせます。トップの栄光を我が物とするため諦めはしません」
「まだ天上天下唯一最強でいたいんでね」
斬っても斬っても、有効な一撃が決まらずコミュニケーションだけが進行するばかり。
お互い、命を落とす訳にはいかない確固たる理由があるため、身を削る思いなのです。
もしもこの拮抗した戦いに勝敗の分かれ目があるとするならば、先に気を抜いた方が敗北すると言っても過言ではないでしょう。
『ジョウナとRIO、同じようでいて探ると全然違うのが面白いな。ジョウナは基本好かれる要素が何一つ無いが、RIO様は配信のおかげでカルト的人気が確立されたのが誇れるポイントだ。RIO様は好かれる努力をしたんだ。お前らだって、RIO様を好きになった所を即答えられるだろう?』
『こんなJKいてたまるかってツッコミたくなる平均的女子高生詐欺なとこ!』
『どんな将兵も一度対敵すれば武器を置いてひれ伏しそうなカリスマ性』
『「様までがプレイヤーネームじゃね?」って勘違いする強烈な個性』
『立っているだけで色仕掛けが成立してしてまう七色の性癖ボディ』
『真下が見えなさそうな爆乳』
『戦闘に使えるスキルはブラッドアイスニードル位だしステータスも脳筋向けそのものなのに、スタイリッシュな戦いぶりが脳筋っぽさを感じさせない所』
『お茶目なのかたまに俺らオタクのノリに乗ってくれるギャップ萌え要素』
『どれもこれもRIO様屈指の魅力、だが一番は上記のコメント全部ひっくるめた異常な悪役ロールプレイの才能に決まっているだろう。生まれる時代が早ければソシャゲに実装されかねない歴史に残る悪女になっていたかもしれん。まさに悪の花道を歩くべくして生まれた御人よ』
……私に才能があるとすれば、『悪』の才能でしょう。
一般を遥かに凌駕する力によって対峙した者を震い上がらせ、身近な人に悲劇や不幸を振りまくための才能。
そこに生産性なんて無く、暴虐性の赴くままに社会の秩序を乱しては壊し、人々の糾弾を意に介さず自分だけが快楽を貪ると、実に酷く醜いだけの真相。
配信という行為によって、私を応援してくれる視聴者様に快楽を分かち合う事が出来たのは住む世界の次元が異なるからとでも言いましょうか。彼らも仮想世界で暮らしているなら真逆のコメントを送るはずです。
ですけど……私は本来そんな才能、望んでなんかいません。
自分の善意が他の誰かの救いになれないと思い出すだけで体が震えて思うように動かなくなります。非難されて当然の立場で自業自得の悪行を重ね、最終的に罰せられることでしか気が楽でいられないのです。
出来ることならば、私も正義の味方になれる才能が欲しかった。
そして恵理子、あなたの隣に立っても恥ずかしくない人間になりたかったのに……!
後戻り出来なくなった時に後戻りしたくなる。
私は、そんな私のことがとても嫌いです。
「もしもーし、注意力散漫になってきてるぞ。掌返すけど人間らしくて好感持てるなー」
「っ! そんなこと……」
拭い去れない雑念に囚われている内に、懐への接近を許してしまいました。
先に気を抜いたのはまさか私だったなんて……。そうやって悔やむ間をおかず楽章術が放たれます。
絶好の機会を勝利へと変えるべく、虎の子の攻撃が、来ます。
「《第十六楽・世界三千枚卸し夜想曲》。お〜や〜す〜みぃ〜」
一振りから放たれたかなりの数の斬撃は密度が高く、まるで閃光にしか見えません。
全部を捌ききるのはどう足掻いても無理。
「うっっっっっっっっっっ――」
全部が無理ならせめて大部分だけでもと双剣を滅多矢鱈に振るいました。しかし上手く防げたかどうか、判別するための光景は見る事も出来ず仕舞いでした。
「キミってさ、配信観てて思うけどいっつも驚かせてくれるよね。だって体を守るために頭を犠牲にするって尋常じゃないもんねぇ――」
ジョウナさんの声がピタリと止みました。
そうです。私の頭部は細切れにされたのです。
体がアンバランスに身軽となって、目も耳も口も無くなり、脳も無くなって思考が不可になるはずですがそこはゲームだとして、頭全体だけが水に浸かっているような感覚で今が戦闘中だということを忘れてしまいそうです。
ですが、まだ敗れてはいません。
剣を握っている感覚が途絶えない限り、武器を用いて戦えます。
足が石造りの地面に着いている感覚がしていれば、自分が倒れていない証拠となります。
その手の分野に博識な視聴者様の言葉を借りるなら、『たかがメインカメラをやられただけ』とでも言うべきですかね。
ふふ、頭が無くなったおかげで、やっと涙が出なくなりました。
極悪非道な吸血鬼のターンに区切りはつけさせません。
今の私は恐ろしいほど冷静になりました。絶望的な状況だと軽々しく宣いたい方には、絶望的な状況を味わわせてあげましょう。
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某奇妙な冒険要素は尽きた。
吸血鬼、なかなか死なない。