吸血鬼VS殺人鬼 その5
色々とあって週間連載と化している。
(10/20)レビュー頂きました! ありがとうございます!
走る。何の目的を持って? 出口から脱出するためではなくゴールへと、ジョウナさんから離れるためではなく私に適した場所へ向かってです。
それら二点を履き違えてしまえば、勝ちを諦めたのと同然となりましょう。
兎にも角にも、この閑散とした森では吸血鬼特有の強みを活かしきれないのです。
だから勝利というチップを賭けました。一時的に敵に背を向けるリスクを侵しても、人間を極めた者を打ち負かすためには、吸血鬼にとって相応しい戦場が必至なのです。
「オーケー、その鬼ごっこ乗った! キミが鬼側でボクは鬼を狩る側になって、レッツスタート!」
だんだん離れてゆくジョウナさんの躍起になった声がここまで響きました。
ぽつんと棒立ちだけして私を逃がすとは考え難い、まず間違いなく距離を詰めて来るでしょう。
そして、HPがあまり回帰していない私を仕留めるための攻撃も加えてくるのも目に見えてます。
これら二つの点を踏まえれば、ジョウナさんの次の一手は既知の範囲に限れば特定出来ました。
「縮地でどちらかの部位を分断するでしょうね。でしたら……」
双剣の一つを首の手前に、もう一つを腰に置くように障害物を二箇所作って防御体勢。
「ろっと、鬼さんには易しかったかな」
まあこれは単純な人です。
読み通り腰の方に斬りかかってきたため、ジョウナさんは虚をつかれたような表情となり、自慢げに放った縮地はあえなく静止しました。
「同じ技を二度使うとは、あまり感心する戦術ではありませんね」
「だけど、ソフトキスも出来る距離まで近づけた。お熱い楽章でボロッボロにしてあげるのも乙なものだよねぇ」
近づけたと言うなら私も同じです。
体の状態は元通りになっている以上、この機を逃す手はありません。
「接吻だなんて、おイタが過ぎます。破壊の技能、ロード……ロー……」
「チャンスってこれのこと! だよね。ボクがキミなら同じことをするさ!」
そう興奮気味に言い残して、目を伏せたくなる強さの風が起こりました。
「……狙い通りです」
読みが的中すると爽快ですね。目にも映らない速度でジョウナさんの姿が消えていました。
――ジョウナさんの弱点は斬り合いの最中に看破したのです。あまりにも読みが早く迷いが少ない。故にフェイントに釣られやすいと。
長所と弱点は表裏一体なのでしょう。
尤も、ハッタリだと薄々感づいていたのかブレイクスキル発動寸前まで離れなかったのは、今思えば背筋が寒くなるスリルを味わいましたが。
「出し抜きました。さて皆様、楽しい宴の会場は目と鼻の先、乗車中の方なら降りて歩き出す距離です。それではお邪魔しに参りましょう」
私のフェイントに騙され、ジョウナさんが暫し離れてくれれば、こうして視聴者様へ実況する余裕だって生まれました。
『楽しい宴(蹂躪)』
『第六の街の冒険者逃げてーww』
『もう安心し過ぎて警告もする気が起きないが、よく冒険者ワラワラの街の侵入に躊躇しないよな』
『ローグライクで喩えれば、隣の部屋がモンスターハウスだからと無策で突っ込むシチュエーション。RIO様が異常なのは、ジョウナに追われてやむを得ずとかではなく「ヒャッハー水だ水だー!!」と嬉々として入りたがっているところ。頭のネジどすどす抜いてるよね☆』
『まぁモンハウは時と場合によっちゃボーナスゲームだから……』
『楽しい宴 (ボーナスゲーム)』
冒険者なら向こうどワラワラ倒れ伏しているでしょう。あのジョウナさんに蹂躪されたのなら、無事では済んでいない獲物だって少なくないはずです。
さて見上げてみれば、雄大な石壁がそびえ立っているのが壮観です。
血臭によると、壁の内側では冒険者達が見失ったジョウナさんを捜しているのか右往左往している動きが掴めました。
侵入ルートは脳内で計画したので実行するだけです。
「正面の門からではセキュリティが厳重そうですから、はっ」
まず近くにある木の天辺に跳び、足が着けた場所を基点に再びジャンプ。
「てっ」
勢いを駆使して壁に双剣で刺突します。
二回跳ぶだけでは到底飛び越えられないのは目に見えていたので、刺さった双剣を巧みに使い、忍者が苦無で壁を登る要領である程度駆け登ります。
そして頂上が見えてきた頃合いで壁に足をつけて真上へジャンプ。翼を広げて滑空すれば、あっという間に壁の上に到着しました。
「立ちはだかる壁としてはジョウナさんよりも低い壁でした。流石に壁の上には誰もいませんか……」
見下ろしてみれば、殆どの建物がスーパーセルでも通った後のような瓦礫の山と化しています。
ジョウナさんの存在がこの世界に住まう者達にとってどれだけ脅威なのかを裏付けさせる光景でしょう。
「だだっ広くて人工的で、人がいっぱいだからやりたい放題勝ち放題なとこなんて、意外と気が利くじゃん!」
森のどこからかジョウナさんの大声。これは一息もつけなさそうです。
振り返れば、透き通った蒼の幻想的な五線譜の架け橋が壁の上にかけられていましたから。
「お洒落な楽章術で追跡してきますか。ジョウナさんの能力は想像を何歩も上回っていて、楽しませてくれますね」
ジョウナさんなら門を破って侵入するかと思えば、五線譜の上を走って私をストーキングする模様です。こんな世界一危険なパフォーマーに追いつかれる訳にはいかないので、すぐさま飛び降ります。
「だっ、誰だ!? ぐえっ!」
「誰だかは見れば誰だって分かるはずですが」
颯爽と降り立った直後、こちらを見ていた一人の冒険者を切り刻みから吸血の組み合わせで連撃。弱らせた後は、一滴余さず吸血して投げ捨て、倒れている新鮮な死体からも血を奪う。
その次には瓦礫に埋まっている被害者も数人分解体してインベントリに送り込みました。
「《第十楽章・白金製の災厄福音歌》!」
悠長に解体している暇は与えてくれないようです。
壁の上にいるジョウナさんが遥か上空から楽章術を発動すると、まるで飛行船でも墜落しているかと見間違う巨大な八分音符が、鈍色の光を灯らせながら降りつつありましたから。
『おわああああっ! こんな技もあるんかあああ!』
『普通、超生物側が使うような技をよく人の身で扱えるもんだよ』
『ジョウナといえばこんな奴。人間が大勢犠牲になる大技だろうが躊躇なく使えるんだ』
『本来は使用者もろとも巻き込まれる諸刃の剣。しかし壁の上で発動することで巻き添えを回避とは、考えたな』
『やりおる。技の数に自惚れず効果的な使い方を理解しているとは』
『解説役が淡々としててこわ……』
『シンプルな力ほど恐ろしいものだからなぁ。頭上から食らえば誰だって死ぬ。悪いことは言わないから逃げていい』
ジョウナさんの楽章は基本的に直撃したら悲惨な敗北を迎えますからね。
目測から弾き出した猶予はおよそ十秒ほど。なので再び走り出します。
落下予測地点から逃れられても余波だけで死が訪れる空想が浮かぶので、是が非でも迅速に。
崩れそうな瓦礫の上だろうと疾走です。
「……反応は二つ。そことそこですか」
ただ走るためだけではなく、血の臭いを辿る事も平行します。
「変わった形の隕石だな……うぐえっ!!」
「え!? なにしてんだあいつ!? のオっ!!」
横並びで音符を眺めていた冒険者二人をラリアットの如し勢いで掴まえ、足を止めず吸血開始。動転のあまり手足をじたばた動かして藻掻く内は投げ捨てはしません。
「ヒャッホウイ! 快感!」
――音符は勢いを落とさず大地へと直撃しました。
「二次災害からの肩代わりをお願いします。はあっ」
「うわあやめっ……!」
「ひ、ひでぇ……!」
掴んでいた冒険者二人を放り投げ、石片や衝撃波への肉の盾にします。
凌いだのならまた近くにある次の血臭、活き活きとした盾の役割も果たせそうな者を辿ります。
「二勝ゥ! RIOは死に損なったみたいだけど、追いつきさえすればすぐ勝てるかな」
地上へ降り立ったジョウナさんが私とほぼ同速で追いかけて来るのが見えました。
まだ血が足りないので追いつかれると片手間程度で仕留められてしまいます。
故に走り続けるのです。こうして暫くしない内に、私とジョウナさんを見てやけに怯えている二人の冒険者を視界に捉えました。
「そこにいるのはRIOと……ジョウナ!? うええ!?」
「お、おかしいだろ! なんであいつらが手を組んでるんだ!?」
……おやおや。思わず吹き出しそうになる勘違いを耳にしました。
何も知らない冒険者目線からは、ジョウナさんと私が協力してこの街を蹂躪してるとの認識らしいです。まさに棚からぼたもちでしょう。
「ギャッ!」
「さ、逆らいませんやめてやめて……」
おかげで武器を手に取ろうともせず即座に逃げようとしたため、後ろから捕まえられました。
「あなた達を屠る相手は私ではなく同志ジョウナさんです。せいぜい抗戦してみせて下さい、健闘を祈ります」
誤認識は訂正せず、私だけの得となるように行動を操るのが狡猾な悪役です。
「うわああっ! やめてえええ!」
「なんでこうなるんじゃああああ!!」
限界まで吸血しようとすれば私に抵抗するだけの判断力を回復させてしまうので、冒険者二人から適度に血を吸った後は、HPを多少残したままジョウナさんへと放り投げました。
「二勝! アッハッハ待て待てー」
残念です。
着地する前に瞬殺だなんて、ジョウナさんはバレーボールの才能は高そうです。
冒険者達を放り投げても、足止めにはあまり役立ちませんね。
ですが少しずつでも次へ次へと血を頂く事が肝心なのです。一人から全部を奪うよりも少しの積み重ねが多きになり、私の力は増して有利となるのですから。
生き延びている冒険者なんてどうせ大勢点在しています。また勘違いにより戦意を失った冒険者も同様の割合です。
「いぃーーーやぁーーー!!」
「オワタ死んだオワタ死んだオワタ」
掴み、適度に吸血して投げ。
「もういっちょ! まどろこしくなってきたケド」
冒険者らが抵抗も出来ずジョウナさんに瞬殺され。
「ジョウナとRIO相手に勝てるわけがッッッヒ!」
「いでぇ! 謝るから見逃してくれええええええ!」
掴み、適度に吸血して投げ。
「オゴッ! オフ、オフ……!」
「キエエッ! ヴェ……!」
掴み、適度に吸血して投げ。掴み、適度に吸血して投げ。
「勘弁してくれよぉ!」
「おいアレ! いやガチでアレ見ろアレ!」
掴み、適度に吸血したのでまた投げようとしましたが、妙な違和感が背中を伝ったために、投げる手の動きが思わず止まりました。
何故か後ろが静かになっていたので振り向いてみたら、ジョウナさんが遠くで立ち止まっていたのです。
「埒が明かなくなる前に、みんなまとめて肉餅にする勝利を味わおう。《第十一楽章・巨人剣・圧殺幻想曲》」
ジョウナさんの剣が突如として巨大化しました。二倍、三倍と時間を置かずして石壁をも越えるサイズに。
巨大化はとどまるところを知らず……ええとまだ巨大化するのですか。
「すまんRIO、なにあれ。死ぬのか俺達」
「モーダメダァ……。どうせ潰れるならでっかい胸に潰れたかった……」
遠近法込みとはいえ、月を覆って隠すほどの超弩級な大剣となった時、こちらへとゆっくり倒れ始めたのです。
これはもう陸上版モーセでも実現しかねないシンプルにして最悪規模の楽章術ですね。どうしましょう。