吸血鬼VS殺人鬼 その4
どうして、ジョウナさんの姿がありません。
右にも左にも前にも後ろにも上にも下にも、ブレイクスキルの効果で知覚能力は何倍にも鋭くなってはいますが、少なくとも視界の届く範囲には気配が消えているのです。
単純にどれかの木の陰に潜んでいるか。
あるいは透過して私の認識から外れ、目の前でほくそ笑んでいるのか。
大穴で強制ログアウトの線は……そんな馬鹿げた真相が絶対にあってたまりますか。
気づけば堂々巡り。考察の泥濘みから出られないほど砂時計の砂は無情に落ちてゆく。
断ち切らなければならない悪循環です。
「視聴者の皆様、ささやかな手掛かりでも構いません、ジョウナさんを見えていた方はいますか!」
自分の眼では答えまで導き出せない以上は、俯瞰視点を頼ります。
『な、何が起こってるんだ(解説役敗北)』
『逃げた! 逃げたRIOさん! ジョウナが逃げた! 逃げるな馬鹿野郎!』
『やられた! ブレイクスキル発動寸前のコンマ一秒にも満たないタイミングで逃げられているッ!』
『あ、ありのまま今起こったことを書き込むぜ! ジョウナが何かしらの楽章術で攻撃すると思ったら、いつの間にか消えていた。多分超スピードだった』
『やべぇ。ジョウナがいないんじゃ攻撃のしようが無い!』
『RIO様めっちゃ焦ってらっしゃる』
「ふむ……誠に感謝します。人生の経験値不足でした」
俯瞰視点からの私は、想定外の事態のせいで焦りを招いていたみたいでしたか。
時間制限があり、時間を無駄にしたくないという逸った考えが我を忘れていたなら、時間なんて無かったことにして持ち味の冷静さを取り戻しましょう。
「ふぅ……大丈夫です」
はい、本当に大丈夫です、立ち直りました。
こうなれば、血の臭いを辿って位置を炙り出すしか方法がありませんか。善は落ち着いて急げです。
「ジョウナさんがどこへ隠れようと、血の通った人間である以上は吸血鬼の嗅覚からは逃れられませんよ。捜索開始です」
10メートル、反応無し。
20メートル、反応無し。
50メートル、反応無し。
100メートル……む、反応を拾えたと思えばこんなに遠くまで逃がしてしまっていたなんて、不覚です。
しかもジョウナさんの反応がその場で停止しているため、逃走と何らかの作戦を兼ねているのかもしれません。
それに、これから追ってももう時間切れなのです。
「身体機能の一つを砲台に込めた無駄撃ち。私の一手で乱すつもりが、何もかも乱されましたか」
右耳からの耳鳴りが酷い。代償は右耳の聴覚ですか。
四肢のどれかを失わないだけ不幸中の幸いですが、されど大打撃を受けた事には違いありません。
この九秒間で取れた行動があるとすれば、Aランク序列七位さんの死体から吸血してHPを補充しただけ。
悔やんでも仕方ないと分かっていても、自分の青さが口惜しいものです。あ、ジョウナさんの血臭反応には微小な動きが……。
「《第七楽章・縮地行進曲》」
「くっっっっっっっっっ」
行方を眩ました時も一瞬、再出現する時も一瞬。
剣は私の頭と胴の間を通り、ジョウナさんが足を踏みしめた箇所からは野花未満の小さな音符が発生していました。
『ぎゃあ! RIO様の首が撥ねられた!』
『なんだよこれ……!』
『俺は冒険者用掲示板も並行して開いてるが、Aランク序列1位アノカタ様はこの楽章術が死因っぽいぞ!』
『確かジョウナには神速の瞬間移動を可能とする楽章術があった。それが《第七楽章・縮地行進曲》。ネタバレすると派生元の《縮地》と変化点が殆ど無い。首に決まれば大体ワンパンだが、カーブが全く効かない香車性能な上に石コロの障害物一つで著しく減速、そもそも近接攻撃用スキルなのにある程度の助走が必須なんで中〜遠距離から発動しなければならないと弱点に欠点盛り沢山。だがジョウナは縮地を使って相手から離れる手順を踏むことで実質近距離からの発動も可能としたのだ』
『↑知ってて知らないフリしてこのタイミングで説明する長文野郎嫌がらせか貴様』
『中立は第三の敵だとはよく言ったものだな。通報はした』
とにかく、首を克服したヴァンパイアロードでなければ敗北していたので危ないところでした。
HPはそこまで削られていません。応急処置として、《ブラッドアイスニードル》の応用で傷口を凝結して繋げます。
「これも……戦略の内ですか……ジョウナさん」
「ブレイクスキルの攻略法はね、ただ効果が切れるまで安全圏に避難してりゃいいだけなのさ。強い相手との勝負はなるべく避ける、蛮勇は愚の骨頂だからね」
一歩間違えればチキンプレイと批判されかねない行為も、自信を表明しながら堂々と言ったジョウナさん。
私としても、批判など無粋なだけです。
批判とは真逆で、自身の出した難問を解いた生徒を褒める教師と同じように、感心したと思えたのですがね。
「そうだったのですか。ふ、ふふ……」
今、私の中に出来上がっているこの情緒は、自分にとって師となる人物に出会えた事への喜び。
エンターテイメントで刺激と興奮をお届けするのがライブ配信者の本分なのに、私はこの血生臭い戦いに夢中になり、はっきり楽しいと喜べているのです。
より心躍る楽しさが欲しくなってきました。
単騎無双の強者を欺いて出し抜いて、恍惚となりたい欲求がどんどん湧いてたまりません。
「うふふっ……まさかもう終わりですか? もっと、もっと満たされるまで戦い明かしましょう」
こんな私にも、戦闘狂が求めて止まないような欲求に委ねたくなる時があったなんて、このゲームにも美点はあるのですね。
心が熱を帯びても、頭は冷水のように柔軟に冷ややかに。熱中し過ぎてHPがゼロになれば元も子もないのでそれだけは心がけますが。
「そんな物欲しそうな目しなくても、RIOの好きそうなものをプレゼントしてあげるよ。《第八楽章・狂喜剣舞交響曲》!」
振り向きざまに別の楽章術。判断力まで折り紙付きでしたか。
速と鈍重、二つの性質を交互に備えた剣戟が織り成す流麗な技。剣同士がぶつかる度に当たり判定の広い音符が飛び出るのが強化された点です。
「むっ。ことごとく食らいついてくる音楽なのですね」
スキルの規則性を看破しても、凶器である音符は不規則に乱反射するのが厄介極まりない点。
無意味なのに目で追おうとしてしまったために、左足首が切断されていました。
「気ぃ〜持ちいいねぇ〜。壊して弱らせるってのはさ」
片足立ちは無茶なので翼を広げて対処します。踏ん張りが効かなくなりますが、片足がなければどのみち一緒です。
「《第八楽章・狂喜剣舞交響曲・再演奏》!」
攻め手を緩ませては頂けないですか。
双剣で手数が倍になっても、あの技を完全に防ぐには剣を持つ腕が四本要りそうな所です。
「ぐ。放たれる音符がどうしても手に負えません」
こちらのガードを潜り抜けた音符二つによって両目に縦傷を刻まれましたか。
当然失明し、非常に危険な状態に陥りました。
右も左も分からない暗黒の中で敵と対峙するのは無限大に不安感を煽り立てられます。
ましてや相手は明かりの中、並の人間であれば先に精神面が屈するというもの。
「勝った! 気がしたけどなんでさ」
「こんな至高の勝負に極上の状況、終わらせるには三時間早いです」
何も視えないから諦めろと通告されれば、だからどうしたと返しましょう。
私の返り血はジョウナさんの剣に付着しているので、攻撃の軌道は心眼を習得したかのようによく視えます。明かりが消えても訳無く捌けます。
「この状況がドストライクだなんて、RIOの性癖はド変態で共感が無理だね! 《第八楽章・狂喜剣舞交響曲・再々演奏》!」
またあの楽章術です。
三度目の技だとしても、敏捷性が効かなくなった足では躱せなく、目がみえなくては血臭と勘で予測することでしか対処出来ません。
「もう一回っ!」
「しまっ、私の剣が!」
速くて重いのが狂喜剣舞のルール。
それを制定者権限で破るかのように全斬撃が突然速くなり、よりにもよって私の両腕は斬り飛ばされてしまったのです。
一本は私の胸に巧く釘のように刺さったので心配要らないとして。
「いっただき!」
もう一本が鹵獲されそうです。
ジョウナさんによって剣の所在を有耶無耶にされてしまえば戦力は半減し、変形も不可能と悪いこと尽くめ。
流石はジョウナさん。今までで最大の危機を何度も更新してくるなんて、プレイヤートップを目指す者として感無量です。
そうと決まれば形振り構ってなんていられません。
「泥棒はこの私が許してなりますか」
至近距離にいくつもある血臭の内、斬り飛ばされた腕を追って跳び、噛み付いて口に装備。
「へぇ?」
咥えた剣で、ジョウナさんの剣にこちらから応酬をたたみかけました。
「ふっっっっ!」
「これでまだ動けるんだ」
泥臭くみっともなくとも、ここで尻込みすれば壇上からふるい落とされ、永久に引き離される。
とにかく死にもの狂いでしがみついて、深く牙を食い込ませる事だけが考えるべき事です。
「ふうっ!」
「ア、ハ、ハ。正気ならメンタルから再起不能になる欠損状態なのに、剣閃が鈍らないのはなんでなのかなぁ。あぁもぅ、クソ見事だと褒め殺したいなぁー」
頑張りを褒められて悪い気はしませんね。
駄目押しにこれをすれば、もみくちゃになるほど褒めけくれるのでしょうね。
「ヴァンパに告げます! 捨て身でかかりなさい!」
屈むと見せかけつつ、胸に刺さっている剣の柄を顎で押してHPを削り、新進気鋭の助っ人を召喚しました。
【任せておけ、お前の敵は全て私が消してやろう】
ヴァンパの特攻で少しでも、せめてほんのささやかでも隙を出してくれれば……。
「マジの雑魚はお呼びじゃない。出禁にしてもらうよ。ほい」
……力の差が圧倒的です。
果敢に氷魔法で立ち向かったものの、勝負にならず虚しく斬殺される音が左耳に届きました。
ですが、ヴァンパの奮闘は確実に活路を切り拓いてくれたのはこの耳で痛切に理解しました。
剣を突ける隙が生まれなくても、足で強襲する隙が生まれたのですから超難関校の試験滑り込み合格です。
「蹴るっ!」
走るだけの機動力には事足りない治りかけの足でも、蹴って攻撃する事は出来ます。
故に、片脚を軸に真っ向から蹴りを放ちました。
「おうふ」
腹部に命中し、ジョウナさんは剣の間合いの外までノックバックしたため、迷わず次の行動へと移ります。
「ヴァンパが繋げた首の皮一枚のチャンス、これでより大きなチャンスにしてみせます」
翼をしまい、足首を体全体ごと半回転させ、治りかけの足も酷使し、脇目も振らず全力疾走です。
……勿論新たなチャンスのためですが、人によっては逃走とも捉えられる行為でしょうか? 誰がなんと言おうが足を止める義理なんて私の中に存在しませんが。
「ねぇ〜〜〜〜。キミのその選択が要領を得ないとしか思えないのはボクがアホだからなのかなぁ〜〜〜〜」
嗚呼、ジョウナさんは口ぶりからして気が立っていますね。
「ここを決戦の舞台にするには物寂しい、私達二人に相応しい場所へと案内して差し上げましょう、というやつです。興味があるならついてきて下さい」
『逃げた! RIO様が逃げた! いくらRIO様を慕っている自分だが、お世辞でも捨てゼリフ認定せざるを得ないぞこりゃ』
『そっちはいかん! RIO様のアジトと反対方向に逃げてどうする!』
『いやまあ大魔王じゃなければ逃げられるから……』
『でも逃げるにしちゃ撒くような走りじゃないぞ? 視界を遮る木は掃いて捨てるほどあるのに』
『まてお前ら、考えるな感じろ。これは決して尻尾を巻いて逃げてるんじゃない』
『そう、RIO様は脳みそフル逆回転モード! 平均的男子には真似出来ない平均的女子高生の閃きがビビッときている! そしてオレの脳内地図によればその先にはあるのは……』
コメントを読めるまでの視力は回復しました。視聴者様の一人が仰る通りです。
捻くれ者でほら吹きな私による有言実行なのですから、もっと盛り上がらなければハリがありませんよ。
このまま直進すれば、死にかけの街ドルナードに差し掛かるのですから。
『あっ(察し)』
『あっ(察し)』
『あっ(察し)』
『あっ(察し)』
『あっ(察し)近頃の平均的な女子高生ってこんなのばっかなん……?』
『ま、まあマラソン中に水分補給するようなもんだから……』
折角の三周年記念パーティーなのです。
何も知らず、街中で彷徨いている血液袋役の冒険者達とも一緒に楽しまなければ損ですよね?
勝負は祭りへと移り変わる
みんな飛び入り参加待ってるぜ!




