吸血鬼VS殺人鬼 その3
「そんなムキにされるとさぁ、ボクばっかりお遊びしてて申し訳なくなってきちゃうな。だったらキミを知る楽しみはこれまでにして、勝負そのものを貪ってでも楽しむとするよ」
挑発したものの、口ぶりからして私の狙いとは別の効果が表れてしまったようです。
重大な誤りがありました。ジョウナさんは挑発にかかると怒るのではなく闘争心を燃やすタイプの人だと。考えてみれば、こき下ろす言い分に一々熱くなっているようであれば、冒険者を相手取って殺戮するなんて不快でできはしません。
探れば探るほど、かつてまでトップに輝けていたプレイヤーだったわけが立証されるものです。
「楽しむのが目的ならば、私も楽しませてくれるのでしょうか」
「アハ、投げ出さないで楽しめるものならね。そうだ。モチベをMAXにするために、お決まりのアレでもやってみようかなぁ」
ジョウナさんは呟きをこぼすと、両腕を広げて剣を掲げていました。
数々の冒険者を相手にしてきた私にはアレの意味が予測出来ます。冒険者独特の礼儀作法、通名宣言が朗々と行われようとしているのです。
「えーオホン。われこそは【元Sランク序列一位・死揮者】、そんでもって今は、トンチンカンな名を捨てた最強天才の人殺しジョウナ。さあさ森の子リスからアホの冒険者共までどうぞお立ち寄りあれ、これから見せるは空いた時間でもサクッと逝ける、死の剣が奏でし目眩く地獄アンド大地獄のコンサートさ。以上!」
冒険者でなくなり無意味となった通名宣言も、敵を恐慌し己を高揚させるには理に適う。
実際、こうした口上は歴史上の観点からすれば実利が込められているのです。
「そうこなくては、殺し殺される勝負だとは味気なくて呼ぶに呼べません」
長い旅路を経て対峙の叶ったジョウナさんが、私のことを全力を出し尽くして葬るべき敵だと認識している。
その事実に、恐慌でも無関心でもなく、柄にも無く鼓動が高鳴り喜びに打ち震えている自分がいました。
「よーく走馬灯を過ぎらせ死期を悟れ。《第一楽章……」
発動の準備がされたのはスキルか魔法か。
立っていて臨場感溢れるオーケストラさながらの聞かせる音が、暗夜の森の静寂に華を添え出します。
そして、ジョウナさんの周囲に具現し始めたものは、波のように揺れながら広範囲に渦巻く五線譜と、その渦に巻かれる多量の音符が圧巻です。サイズは自販機相応に統一されていますが、形状は8分音符や休符など非常に多彩。
「……序曲・七音色の波紋演奏・独唱曲》」
唱えて剣を振った瞬間、心地良かった音がグシャリと踏みつけにされた不協和音へと変貌し、綺麗に渦巻いていた音符や五線譜が四方八方一斉に弾け飛んだのです。
「ジョウナさん本来の能力がこれ……。あっ、えっ……どうなっているのですか」
おおよそ人間の技とは信じられない光景で、思考が停止しそうになっていました。
音符や五線譜は地面に直撃すれば地鳴りを起こして弾力をもって跳ね、大木の幹に命中すればすり抜けるように切断してなぎ倒されると、これらはシステム上のエフェクトかと思いきやそれ自体が質量を伴う刃となっていたのです。
『ぎゃああああ始まってしまったああああ!』
『やべええええええええええええ!』
『RIO様の配信のおかげてジョウナの能力初めて見れたけど、一発で勝てる気がしないと思ってしまう』
『これがジョウナの能力『楽章術』の一つ、七音色の波紋演奏・独唱曲。一見ファンシーさが全面にでてるが、この楽章術でいくつもの街が壊滅し、何千人もの命が叫ぶ音もなく散ったという大災害もかくやの破壊規模。ジョウナは元々ただの剣士タイプの冒険者だったが、レベル50を越した時期にマップ兵器さながらの楽章術を編み出し、そっからメキメキと力をつけて一躍トップランカーの一人に成り上がったのだ』
『↑すまん次の解説はもっと短くな』
史上最大の危機に値しかねないのでコメントの方は捨て置くしかありません。
いくつかの音符の刃がこちらに飛んでくるので、上手く成功するかはさておきとしてそれぞれの剣で防ぎ止めます。
「は……あっ!」
ですがこの音符、一個だけでも限界まで腕の力を込めてるのに全く押し返せません。踏ん張ってもじりじりと後ろへ押し込まれます。
どれだけ攻撃力に倍率がかかればこれほどまでの芸当が可能になるのか、音符一つ一つがダンプカーを彷彿とさせる突進力を秘めていて、体力を大幅に奪われてしまいそうです。
受け止めてから剣を滑らせ上空へと軌道をずらすまでに腕の骨が軋んでいたため、その威力を身を持って味わいました。
ですが追尾性は皆無。具現したものは魔法同様いずれ消滅するはずでしょう。なのでこのような発射物は先読みで躱すに限ります。
「楽しかったかい? でもボク的には音に紛れて近づくための目くらましなのさ。《第二楽章・爆裂火花斬小戯曲》」
「まだ攻略し切れてない内に次ですか、とことん勝ちに行くつもりなのですね」
音符の数が減らない内にジョウナさん自身が突撃し、次の技を放っている姿が視界に入りました。
一部名前に聞き覚え無くとも見覚えはある事前動作。推理すれば、あの剣を受け止めたら飛び散る火の粉で火傷を負ってしまいます。丁度躱す体勢に入っているので躱す一択です。
「アッハ!」
しかし警戒が解けてしまったほど不可解な事が。
ジョウナさんの放ったスキルらしき技は、躱した私を追う事が十分可能なのに剣を地面に叩きつけたのです。
「む」
火の粉の代わりに、おびただしい数の小さな音符達が辺り一面に殺到していました。
「音符が私に襲いかからない……。これは……まさか、いけません」
「へいブッパ!」
「きいっ! ジョウナ……さん!」
ジョウナさんの一言の元、刃の役割なのだと刷り込まれた音符が突如破裂し、連鎖爆発を巻き起こししたのです。
仮に盾なりで防いだとしても、広い範囲にばらまかれたため背中から灰にされかねない殺戮技の産物です。
『なんじゃこりゃあああ!』
『HP1ゲージ分は減った』
『森林火災不可避』
『画面がオレンジだぁ……』
『あれは第二楽章・爆裂火花斬小戯曲! 臆病なエネミーは即逃げる爆音がウリだが炎属性の追加ダメージが今ひとつな爆裂火花斬から派生させた通称・多重イ○ナズンがこの技の真髄だ。攻撃を躱そうが地上である限り無意味、何でもいいから命中すれば爆弾の性質をもった音符が空中広範囲に散らばって、文字通り眼球もぶっとぶ多段ヒットの副次攻撃が始まるぞ』
『↑先に言えやRIO様直撃しちまったじゃねえか!』
『↑何考えてるか分からない奴だが、あくまで中立なんだろ』
……冷静、動転させられましたが頭の温度を下げます。
皮膚が生生しく爛れてはいますが、もう間もなく再生する程度のダメージです。
「《第三楽章・二元螺旋」
反撃へと移行したかったのですが、インターバル無しでまた別の楽章術が発動されました。
その場で一回転ジャンプしたジョウナさんを起点に、弦を描く形状の衝撃波二つが互い違いの渦巻きのような――蚊取り線香のような軌道で地を抉りながら走ります。
「二つとも速過ぎて進めません……、どうやら防御も兼ねていますか」
凌ぐため真っ先に浮かんだ方法は後退。渦巻は中心から離れるほど一周回あたりの走る距離が長くなり躱しやすくなるはずでした。しかし真っ先に悪手だとも判明したので実行に移せません。
頭を抱えることに、衝撃波は徐々に加速しているため退避するほど逆に不利になるという用意周到な技だったのです。
「実体があるかの確信が無い攻撃を受け止めるのは危険。逃げて躱そうものなら斬撃の速度が電光石火となりますか。ならば……」
掻い潜るまででしょう。
二つの隙間は狭いですが目視不可なことはありません。
まだ衝撃波よりこちらのスピードが上です。このまま掻い潜ってジョウナさんに近づけたなら双剣で首を挟んで斬り抜きます。
「今っ!」
「追奏曲》」
ジョウナさんの楽章術、応用性と言うのでしょうか、つくづく予測不能な性質が込められていて攻略法を思索するのが疲れそうです。
抉られた跡から全く同時に、音符が間欠泉となって吹き上がったために、急停止してダメージを最小限に抑えるのがやっとでした。
「うっ」
音符の刃に切断された足先が眼前にまで勢い良く打ち上がり、一部を失った私の足はバランスを保てず転倒しかけました。
『マァジでか! ジョウナの楽章術って時間差攻撃も出来るのか!』
『あーもうめちゃくちゃだよ定期』
『もうやだこいつ。戦術家としてもRIO様と並んでるしよ』
『あれこそが《第三楽章・二元螺旋追奏曲》! MP消費量がネックだが、ご覧の通り近づけば衝撃波の餌食になるし、遠ざかれば速度を増した衝撃波の餌食、これはひどい! スキル魔法を抜きに対処するには上方に高く跳ぶのが正解なのだが半端な跳躍力では結局餌食ルート。それだけでも破格な性能なのだが、更に任意で音符の追撃が発動するという隙を生じぬ二段構え。これが楽章術による唯一無二の本領よ。ジョウナの剣は最早剣の形をした杖、棒状の物さえあれば威力を落とさず楽章術が発動可能なのだ』
『↑この長文をすぐ打てるタイピング速度さぁ、人違いだったら謝るがSランク六位の寝られない元帥じゃねえの?』
『冒険者界のご意見番まで視聴してるのか……ジョウナとRIOやばし』
急を要するため全文を読む暇はありませんでしたが、武器奪取のような小手先は通用しないことだけは頭に入りました。
足はすぐ再生です。
「アハハ、アハハハハハ。おめでとう。一、二、三で雑魚冒険者は大体敗者の一員になるのに、キミは耐え抜いた。晴れて雑魚卒業というわけだねぇ、RIO」
そうジョウナさんは、私の力量を認めたのかプレイヤーネームで呼んでくれました。
あなたと戦っていると、凝り固まった感情が激烈に揺さぶられますね。
昔、さるクラシックコンサートを観賞した事が一度だけあるのですが、その時と同じように、今私は高揚して口角が釣り上がっていて、敬意を表したくなっているのです。
「まー名実共に強者へランクアップしたRIOのことはちょこっと嫌いになったから、五、六、七、八でチェックメイトに縺れ込んであげよう。《第五楽章……」
剣には五線譜が回転しながら巻かれ、音符は巻き込まれるように付随しています。
さてと、もうゴールへ駆け出す頃合いにしましょう。
こちらは一手で戦局を乱します。
「《破壊の技能……」
そう。たった九秒の無敵時間。人間ではたどり着けない私だけの世界。
いくらジョウナさんが想定外に強いとしても、ごく短時間だけなら無理矢理にでもこちらが優位になれるはずです。
「アハ……、クるねぇ! そのチートスキルでこのボクと渡り合うならさ……」
楽章術をキャンセルしましたか。トップといえどブレイクスキルは警戒すると判明したのなら、希望を抱けそうです。
「君主に撃滅の役割あれ》!」
発動に成功しました。さあ急ぎます。まごまごしていれば代償が襲い来るため、一秒たりとも時間を溝に捨てる訳には参りません。
発動と同時に双剣を交差させた十字斬りでジョウナさんを二刀両断です。
数ある楽章術であしらおうが、MP以上のリスクを支払う私相手には少なくないダメージは免れないと断言しましょう。
もし迎え撃てる手段があるならば、ブレイクスキルと同列の自己強化だけだと。
どう足掻いても決着が近づけるはずなのに。
「そんな、私の目を盗んで一体どこに隠れました……!」
嗚呼、ジョウナさんは忽然と姿を消したのです。
NPCと差をつけるためプレイヤーの戦闘力はインフレするばかり。