吸血鬼VS殺人鬼 その2
ここまでのリベンジマッチの経過ですが、言ってしまえば熾烈を極める熱戦の緊迫感が全くもって足りないのは視聴者様からしてもお気づきのはずです。
このジョウナさん、戯けてばかりでまともにやり合う気が無いとしか思えません。
「よく喋りますね」
「まーね。喋るとしたら今の内しかないかもだからさ」
率直に言ってみても、涼しい顔のままで攻めかかってきたりはせず。
「ふむ、今の内とは……」
「分からない? お互い全力の全開まで出し切ったら息継ぎしてる余裕もなくなるし、仲良しこよしするのが嫌いじゃなけりゃ喋れる内に喋っちゃおうよ」
「馴れ馴れしいかと思えばそういう……、要するに先程からの攻撃は殺す気ではなかったのですか」
「そんな勿体ないこと最初っからはしないさ。キミのカメラから大勢の人に観られてる勝負なんだし、どうせここはゲームの中、決着着くまで賑やかに楽しまなきゃ」
そう薄ら笑いで吐露したジョウナさん。
前々から立てていた予想は的中していました。
快楽主義者のジョウナさんなら、出だしの段階からは絶対に本気を出さない、もしくは本気をひた隠す。良い気分ではないことに、私はいたく気に入られてしまったみたいですから。
もう一つ、本気こそ出していないが手を抜いてもいないのだと。首を斬り落とされる等で即死に繋がってしまう攻撃だけは必ず防ぐという意気が、迂闊な反撃を許してくれません。
そのせいで、攻撃面に優れた大剣の強みがだいぶ薄れています。
「ところでさ、さっきので全力のいくらぐらい出したかな? もしあれで半分以上も出したって言うなら――ジャイアントキリング達成には程遠い」
「っ……」
即座に言葉を返すことが出来なくなった言葉の魔力。
時間が経つほど冷静に力量差を見つめられ、依然として高く硬い壁だと無意識下で認めてしまったためですかね。
本気の底を引き出させるには、まだ力不足だったのでしょうか。ううむ、依然として思考を放棄したくなる関門です。
『やっぱ一年休眠してもジョウナは健在だったか』
『ブランクも有り余るほど戻ってるし』
『ジョウナは倫理的に苦手。人をコロコロしまくってるのにヘラヘラしていられるのが』
『↑それはお前が陰キャだからとマジレスしとく』
『これは雲行きが怪しくなってきたな。ジョウナは50メートルを2秒以内で走り抜けられるスピードがあるが、これはAGI極振りとかそういう小難しい話じゃなく、あらゆるステータスが均等に突き抜けているという器用貧乏を器用富豪へと昇華した芸術的なステータス構成なんだ』
『だからこそジョウナはSランク序列一位の称号を掴めたとも言える。いや要因はそれだけじゃないんだがな。RIO様が弱いんじゃなく、ジョウナがべらぼうに強いのだ』
『長文解説ニキ何故ここに!?』
深刻なことはありません。まだ想定内に強いだけです。
想定外の強さを見せてきたその時こそが、得意分野のアドリブを交えながら戦法を練り直す時です。
「でも嬉しいよ。キミはまだまだボク好みの雑魚のままだったのがねぇ! アハハッ!」
またもやダッシュで間合いを詰めてきました。それも心底愉快そうに。
しかし、同じ攻撃を二度使うなんて下策もいいとこです。また指先で容易く止められる攻撃をするなんて、言葉さえも戦術に組み込むジョウナさんらしくありません。
そんならしくない下策、仮にも序列トップだったジョウナさんが使うでしょうか?
「《爆裂火花斬》!」
「やはり」
生まれつつあった慢心を消し殺し、武器で受け止める方向へシフトしたおかげで、スキルによる強烈な爆発のダメージを減衰させられました。
そうしていなしつつも、剣同士がぶつかった箇所を始点に盛大に火の粉が散り、こちらの肌を焦がして黒ずませてきます。
「この火はポップコーンみたいに爆ぜる。火の粉を無効化するには剣じゃなくて盾で防ぎ止めなきゃ意味ないね」
「分かりきった知識まで喋るなんて、いい加減五月蝿いです」
徐々に減るHPの確認にはいっそ流し見だけにします。見るべきものは目の前……にいなくなっていました。
「《縮地》!」
次のスキルが発動された瞬間、気道に到達し得る深さの傷を首に刻まれてました。
「こっちだよん」
「いつの間に後ろに。目にも写らないスキルですか……」
初動、最高速、停止。三つだけのアクションを刹那の時間に収めた御業。《爆裂火花斬》を防いだ反動から立ち直していなければ首を落とされていたでしょう。
「どんどんいこうか。《狂喜剣舞》ゥ!」
間髪入れずに別のスキルが襲いかかってきます。
滑るような動きの斬撃が間断なく放たれ、目で捉えようとすれば混乱しそうな御業。
凄まじく速い斬撃と、刀身から足先にまで響く重い威力の斬撃の二つが織り交ぜられているのが厄介なポイントです。
「速い、速くて重い。これを押し返せと言うなら厳しい話です」
金属音が鳴る度にHPを削られるのは私だけ。
ええいままよとブレイクスキルを使うなりして勝ち筋を拓くしかないでしょうか。
いいえ、中途半端に発動しては致命的なリスクを被るだけになりかねません。
「スキルが5周目にまでループしてるのに、しぶとい吸血鬼だッハハハ!」
「よく笑う人。そんなに可笑しいですか」
「なわけない! 正義の味方ほどよく怒って、悪役ほどよく笑う様式美を体現してるだけだ。キミも笑ってごらんよ。さあ!」
笑えない状況に追いやってるあなたが言う事ですか。笑う門には福来るといいますが、逆説的に証明していますねこれは。
このまま為す術なく終わってしまうよりも早く、何か手立てを探して見つけなければ……。
『はやく勝ちフラグのセリフを言え! 死んでしまうぞRIO様!』
『力量差が縮まっても、赤子と大人の差から子供と大人の差になっただけか』
『長文ニキヘルプ!』
『戦いとは、心技体の三つが完成されている者が勝利するという真理がある。「技」はジョウナ優位、「体」は人外種族のRIO様がやや上か。総合的に比較するとなると「心」が最大の未知数な要素なんで、確証をもって優劣を下せないがな』
『つまり、勝敗を分かつ境になるのは「心」か』
『人の心(皮肉)を持つ吸血鬼だしいけそう』
『心ってなんか哲学的になってきたな』
なるほど、そのアイデアは使えそうです。
提供者へ感謝したいあまり、思わずカメラに向けて頷いていました。
『アッ(鳴き声)俺の方チラッと見た。尊い』
『キュン』
『尊死』
こんな人達からの付け焼き刃の知識でも、賭けてみる価値は大いにあります。
心技体の三要素。実践開始です。
「我流狂喜剣舞」
「なにそれ、スキル?」
本気を出してくれなかろうが知ったことではありませんでした。こちらから本気で向かわせて頂きます。
これでもただ守勢のまま流されるばかりではなく観察にも努めていたので、軌道の再現は難しくありません。攻勢に転じる時は今。
「スキルよりも、もっと楽しめる私独自の技です。はっ!」
「いやいやいや、これスキルじゃなくて通常攻撃で完コピするパクリ芸でしょ? にしてもフツー大剣でやるもんかなぁ」
心技体の内、比較のついていない心を上回ろうとするなら凡人の発想。空の雲よりも不定形で掴めない概念を武装に加えるには、いくら何でも夜明けまで時間がかかります。
よって、劣っているとの決めつけを否定すべく、技を上回らせるのが私の答えです。
「はあああっ!」
重く、速く、重く、速く、単調に放てば概ね再現出来るでしょう。
いえ、概ねでも再現出来ていればそれで良い気がしてきました。
「アーハハハ、上手上手。似すぎてちょっと引くわ〜」
ジョウナさんは半ば苦笑いをしつつ、木々の間を複雑にすり抜けるように蛇行して退いてくれました。
手傷こそ負わせられなかったですが、打ち負かすより退ける目的のために技を使い捨てで拝借したので御の字です。
「うふふ、あなたの真似です。いかがでしょうか」
ついでに意趣返しの台詞も放ってみました。
ついでのついでで武器を双剣に変えます。
「ふーん。随分ノッてきたじゃんメスガキィ」
グッドです。表情はあまり変わらずとも、挑発に引っ掛けてやれたと断言して良いのではないでしょうか。
『技じゃなくて力技じゃねーかww』
『心技体なんか平然と無視する型破りなこの御方』
『型破りというか物の捉え方がズレてるというか……』
『煽り芸もキレッキレだし冗談抜きで日光以外欠点無いくね??』
『煽ってもなぁ、ジョウナを煽っちゃ逆に状況悪化するんでねえの』
『いいやどちらにせよジョウナが真骨頂を見せる時は必ずくるから同じ事。鬼神のような猛攻でコメント見る暇もなくなるだろうし、観ているこっちも生きた心地がしなくなるぞ。一年前の事件当時にジョウナからサイコな笑顔でぶった斬られた事がある自分の身としては正直すげぇトラウマ掘り起こされてるが、引き続き解説を務めさせて頂く』
『↑コメント見る暇なくなるんなら短文にまとめてくれ』
これよりジョウナさんの手の内が大部分まで明かされるはずです。
自分の掘った墓穴に自分が埋まらないよう、この瞬間からが正念場のつもりで気を引き締めなければならなくなるでしょう。
どっちも人の心や人の頭脳があるから全然まともです。