プロローグ&キャラメイク
「じゃあ帰ったらついに配信者デビューするんだね! 莉緒!」
私の友人はどうして下校中が最も活発になるのでしょうか。
大方、山積みであった生徒会の仕事から開放されたのがよほど嬉しいのでしょうが。
「そうですね、恵理子。予定に狂いが無ければ大体8時過ぎに開始となります。チャンネル名は今朝教えた通りです」
微笑みを交わし、右隣で私の腕を優しく組んでいる友人の小野寺恵理子に詳細を伝えます。
私と同じ平均に近い身長、大台のバストサイズ、服装の趣味にお気に入りの髪型などなど共通点の多い彼女と親しい間柄となったのはつい今年からですが、知れば知るほど意外な一面があって飽きません。
平均的な女子高生にして堅苦しい印象を抱かれがちな私と違い、容姿端麗で愛嬌よく成績優秀者と非の打ち所がない人物なのに、裏ではVRMMORPGを中心に動画配信者として活動しているのだから驚きだと言えましょう。
今繰り広げている話題もそれに関連した内容です。
「うわぁすっごく楽しみ! 私、家に着いたらパソコンの前で全裸待機で待ってるからね。ぐへへ〜」
「風邪を引きますよ。それに貴女のその変態じみた笑い方、そろそろ控えるようにした方がよろしいのでは?」
「ええー。莉緒にしかしないから大丈夫だよ。だって莉緒のことが大好きなんだもん」
「はぁ、それはそれでどうなのですか……」
そうこう話している間に電車内だというのに、まるで隠すつもりのない欲求に呆れ、うっかりため息が零れました。
他者の個性は極力否定しない主義なのでもう諦めています。
――実はこの私、戸沢莉緒も彼女と同じゲームにて、配信者としての活動を本日より開始するのです。
プレイするゲームは『Break World Online』。プレイヤー間からは主にBWOと称されます。
運営の介入が必然的に少なくなる完全AI制を導入したこのフルダイブ型VRMMOは、一般的な異世界ファンタジーをテーマにし、高度なAI技術を応用した唯一性要素の数々、チート等の不正行為や性的干渉を除けば何でも有りと解放感溢れる自由さが功を奏し、リリース開始からもうじき三周年を迎える信頼と実績のあるタイトルです。
無論、動画配信も自由と規約に掲載されていたので安心ですね。
あまり遊戯を嗜まない自分がプレイを決断した動機は彼女からの誘いもありますが、何より平均的女子高生である私でも全プレイヤーの中で頂点をとれるのかと、ちょっとした野望に近い願望があるのです。
多額の出費は痛いですが、倹約は得意なので未来への投資として割り切っています。
「では降車駅なので私はここで、続きは生配信でお会いしましょう」
「うん! じゃあねー」
「ふふ。では帰り道お気をつけて」
ひとたびの別れを告げ、早急に帰宅し、スケジュール通り食事に入浴、歯磨き、課題、自主学習に明日の支度をそれぞれ行い、全て満足のゆくまで済ませればいよいよ自室に戻り、ベッドに置いておいた奇抜な兜のような形状をした機材であるVRヘッドギアを装着します。
「首がくたびれそうな重量です……まあそこは自ずと慣れてゆくでしょう」
愚痴ってしまいましたが、プレイのためならこの苦悩はやむを得ません。
なおチャンネル開設やその他諸々は前々日までに完了済み。恵理子の配信動画も昨日で大半を視聴し終えたおかげで操作方法は把握しているため、視聴者へのストレスは和らぐでしょう。
手探りでの新鮮なプレイを求める視聴者には予め説明文で警告するしかありませんが。
時刻は夜8時半です。準備は万端、早速起動させ意識を機械へと吸わせます。
「ふむ、ふわっとした心地よさがありましたね」
初めてのログイン体験に思わず感嘆が漏れます。
視界が暗転し、どこか現実世界とは別次元の空間へと送られたのが感覚としてはっきり分かりました。
さて、プレイヤーが初めに行うのは、キャラメイク担当のAIからの手解きを受けて名前や外見をはじめとした自己設定をし、次にチュートリアルや百の質問からプレイヤーにあった適正を見出す等のひたすらに長い通過儀礼がスタートするのですが、あえて言います、前述した内容は忘れても構いません。
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キャラメイクの舞台となる空間に到着し、体が動かせるようになりました。
一瞥すると真っ白な空間ですが、平坦な地形なので移動や戦闘には困らないでしょう。
「ようこそ。BWOのせか……ぐっふっ!?」
光沢ある黒のスーツを纏ったキャラメイク担当のAIと思わしき男性の顎に、握り拳で殴りつけます。
「な、一体どうされ……うがっ! ふごおっ!?」
食らった箇所を押さえながら怯んだようですので続けざまに胴体を目掛けて回し蹴りで吹き飛ばし、仰向けに倒れて抵抗を見せなくなった隙をついて馬乗りになり、顔面へ全力の連打を叩き込みます。
程々に負傷させた後、彼の長髪を掴んで持ち上げ、内心に抱いている節を赤裸々に伝えましょう。
「RIOです。貴方との退屈な会話に興じるほど私は暇ではありません。可及的速やかに初期地点へ転送するように図らって下さい」
「あ、あがが……」
決して血迷った訳ではありませんよ?
前々から何でも有りとの謳い文句に惹かれていたので、どこまで何をしても許されるかを文字通り試行しただけです。
しかし、彼は白目を剥いてガックリと意識を失ってしまいました。
「おや、返事がありませんね。大丈夫でしたか?」
やんわり呼びかけても頭を揺さぶっても伸びたまま目覚めません。弱りましたね。
本来指示に従うであろう場面で横暴にも暴力を振るってしまいましたが、何でもできると言っても流石に限度があるらしいです。
もしや彼が目覚めるまでここで軟禁状態となるのでは? と危惧と後悔の念に苛まれていると、彼はまるで壊れた機械のようにギョロリと目が上向きになり折れた白い歯が痛々しく刺さっている口が開かれました。
「貴女……ノ……」
「あ、おはようございます」
彼の言葉には砂嵐のようなノイズが混じりだし、声のボリュームやヘルツが安定しなくなっています。
ホラーゲームを注文してしまいましたっけ?
「貴女ノソノ凶暴性……マサニ悪鬼ソノモノ。災禍ヲモタラス存在ヨ……」
更に中二チックな物言いで呈してきましたが、勢いあまって頭を強く打ってしまったのでしょうか。
首は狙ってませんので少なくとも声帯は無事だと思うのですが……私としては事が進みそうなのでむしろ安堵します。
「よく聞き取れなかったのでもう一度復唱をお願いします」
「貴女ノ適正トナル種族ハ……忌ミ嫌ワレシ吸血鬼ニ相応シイ……! ギャッハッハッハッハ!」
「ええと、私はれっきとした人間なのですが」
私の指示を無視したかと思えば、何やらこちらに選択権を与えず勝手に種族が決められたようです。
取り憑かれたかのように集点の狂った目玉を動かす様子は笑い声と共にまともではありません。まあキャラメイクが終わりそうな流れなので許すとしましょう。
「種族が選ばれるのは事前に知り得た情報に載ってませんでしたが、とりあえずユニーク系の一環だと解釈します。ありがとうございました」
そう礼を呟き、私はひとしきりに指さされ嘲笑われる光景を最後に、急に目の前が光に包まれて体が浮かびあがりました。
なるほど、何でもできるとの謳い文句に偽り無し、どうやら予想以上に凝った作りのようですね。
正直、たかがゲームと軽んじていた節がありましたが、ここまで高度な人工知能と戯れられるのならば期待が持てそうです。