2枚目・私の名前は春野 泉美、あなたの名前は・・・③
小説の構成順番を直すために投稿し直しました。
2024年7月15日
服を着た猫
「お、おい!」
泉水はとっさに駆け寄り、間一髪のところで彼女の体を支え、頭が地面にぶつかるのを阻止する。
「この子、自分のことイズミって、それにこの家の次女って・・・どういうこと???」
「分かんねぇ。
それよりこの子どうするかだよ。このまま、放っておく訳にもいかない・・・」
「それもそうね。どうするの?」
「とりあえず、家の中へ・・・ソファーに寝かせよう」
泉水は彼女の背中と両足に腕を通して抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこで持ち上げると、母に靴を脱がすように指示しリビングに向かった。
そしてリビングに飛び込むとソファーにそっと彼女を寝かせてあげた。
と、同時に父と弟が騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきた。
「さっきの叫び声はなんだ?」
茶色の髪短髪にオレンジの瞳の普通の中年男性、泉水の父である【春野 一郎】はソファーに寝かせられた少女を見て目を丸くした。
「おいおい、誰だ、その子は?」
「分かんねぇ。起きたら聴き取りするつもりだけど・・・」
「ねぇ、このお姉ちゃんが、さっきの叫び声の人?」
いつの間にか彼女の顔を覗き込んでいたのは弟の【春野 大樹】
父と同じ、茶色の髪短髪にオレンジの瞳を持つ小学5年生で、泉水にとっては生意気な弟である。
「まあな、自分のことをイズミだ、この家の次女だって叫んで、気絶しちまったんだよ」
「え~と?・・・どういうこと?」
大樹はゆっくりと首を傾げる。
「だから分かんねぇって、それをこれから聴き取りしようとしてるんだよ」
「起きないと無理だね。そもそも聴き取りできるの?」
「・・・分かんねぇ」
大樹の質問に、苦い顔で答える泉水。
そんな兄の顔を見て、大樹はソファーに寝かされた彼女の服に視線を移した。
「うーん、この人桜門高校の制服着てるね。
兄ちゃん、確か兄ちゃんの高校って生徒手帳に学生証明書がくっついてるんだったよね?」
「そうだ!その手があったか!
ブレザーの胸ポケットの中に入ってるかも」
泉水はソファーに寝ている彼女のブレザーの方に手を近づける。
「脱がすの?」
「うっ・・・き、着させたまま探す」
「うわぁ~・・・兄ちゃんのスケベ~」
「やかましい!
母さんお願いします。俺は鞄の方を見る」
「ハイハイ♪」
泉水の母である【春野 アゲハ】は笑顔の上、ノリノリでソファーに横になっている彼女に近づいて行った。
「ウチ男ばっかりだから、女の子のお世話したかったのよね」
「お世話じゃねえし、どっちかっていうと身体検査だし」
「どっちでもいいじゃない。大樹この子の上半身持ち上げるから、背中を支えてあげてくれる?」
「うん」
母アゲハが彼女の上半身を持ち上げると、すかさず大樹が両手で背中を抑えた。
その間に、母は彼女の腕を持ちブレザーを脱がしていく。
「ふふん~♪」
鼻歌交じりの母を見て(楽しそうだしいいか)と考えながら、泉水は彼女の鞄を手に取った。
「いいのか?」
「ん?良いんじゃない?
母さん、楽しそうだし任しておいていいと思うよ?」
父の質問に答えながら、泉水は鞄を開けた。
「いや、鞄の中身を勝手に見るのが、だ。プライバシーの問題がある」
「非常時だし、いいだろ?」
「うーん・・・しかしだな」
「文句言われたら俺が後で謝るって。
それよりも、あの子の顔どっかで見たことあるような気が?」
イズミと名乗った少女の顔を見ながら、泉水は首をひねる。が、上半身がワイシャツ一枚の姿で寝かされていることに気づくと慌てて視線を鞄に戻した。
「お前、うぶだな。夏になればみんな半袖ワイシャツだろうに」
「う、うっさいな!夏服として着てるんじゃなくて、脱がされてるんだから別だろ!!」
ぶっきらぼうに答える泉水を見ながら、父はため息をついた。
「はぁ~、鞄を探るのは気が引けるが、仕方ないか。
どうだ、身分が分かりそうなものはあったか?」
「ちょっとまって、これは・・・教科書とノートか。
ん?この紙の束はなんだ?」
泉水が発見したのは、ホッチキスで止められた簡単な作りで製本された【天女物語】と書かれた台本だった。
それを見て泉水は眉間にしわを寄せる。
「なんで、この子がこれを持ってるんだ?」
「泉水?」
「いや、これ今度の学園祭でやる演劇の台本なんだ。関係者以外持ってるはずないのに・・・」
「演劇部の関係者ということは・・・」
「本気で言ってる?」
「あるはずがない・・・か」
父の的外れな発言に、ため息をつきながら泉水は鞄を探り続ける。
「他には・・・何だ、この小さいノート?」
ピンク色の表紙に白いブックバンドで止められたノート。
ただのメモ帳にしては少し大きいと感じるそのノートを開いてみると、そこには彼女の映った小さな写真がたくさん張り付けてあった。
「あー、これプリクラ手帳ってやつか・・・ってこれ!?」
「ん?どうした?」
驚く泉水に、父も手帳を覗き込む。
「ここに写ってるの、この子と瑞希だぞ!!」
「ん!?
本当だ、ここに仏頂面で写っているのは、お隣さんの家の瑞希ちゃんだ」
「どうなってるんだ!?」
泉水は右手で頭を掻く。
瑞希は人嫌いで有名で、一緒に遊んでいることだけでも驚きなのに、プリクラに一緒に写っている女の子が居るなんて、彼にはとても信じられなかった。
「どういうことだ・・・う~ん、あとで瑞希に聞いてみるか」
混乱しながら泉水は頭を切り替え、鞄の中身を改めてチェックすることにした。
「他には・・・ピンク色のポーチ・・・化粧品道具か・・・あとは、アーモンド入りのチョコレートが一箱・・・って、学校に持っていくなよ」
「なんだ、お前は持って行ってないか?」
「持っていってるよ!小腹減った時に丁度いいんだよ!」
ちょっと不機嫌そうに答える泉水に、父はほほ笑んだ。
「お前はチョコレート大好きだからな」
「バレなきゃいいだろ!?バレなきゃ!!」
「ほどほどにな」
「分かってるよ!
それより、鞄の中身は・・・これで全部かぁ~」
大した収穫はないなと落胆しながら、泉水は身体検査をしている母の方を見た。
「そっちはどう?母さん」
「あったわよ、生徒手帳。あとロックが掛かってるから中身は見れないけど携帯も。
だけどこの携帯、おかしいの・・・」
「おかしい?」
母の言葉を聞き、携帯を覗き込もうと近づく泉水だったが、先ほどワイシャツ一枚だった彼女の姿を思い出し、少し慌ててしまう。
だが、彼女はブレザーを布団のように掛けられ寝ていた。
その姿を見て泉水はホッと胸を撫で下ろし、改めて母の手元の携帯を見た。
「このスマホのどこが、おかしいんだよ?」
母の手元に握られているスマホを泉水はじっと見たが、何がおかしいのか分からなかった。泉水は母からスマホを受け取ると隅から隅まで見てみる。
表側だけでなく裏側も見ると、そこには某有名家電メーカーのロゴが描かれており、やはりおかしいとは感じなかった。
不思議そうな顔をしている泉水に母は驚くことを言った。
「圏外なのよ。これ」
「はあ!?圏外!?」
画面をじっくり見ると、電波状況が表示されてるはずの場所に圏外の文字が映っていた。
「森の中なら分かるけど、市街だぞ???」
驚きながら泉水はスマホに表示されている携帯メーカーの名前を探した。
「ウチが家族で契約している所と同じだ。この会社の回線が、この場所で圏外とかありえないだろ!?」
「ね、おかしいでしょ?
あと学生証明書を見てみたんだけど、こっちもちょっと信じられなくて」
「どれ?」
「ほらこれ」
母から生徒手帳を受け取り、泉水はそこに添付されている学生証明書を確認してみた。
すると、やはりそこには彼にとって信じられないことが書かれていた。
「名前は『春野 泉美』・・・学年は・・・桜門高校二年生、これも俺と同じ・・・住所は・・・やっぱりこの家かよ!?」
にわかには信じられない記述に、驚愕しながら泉水は学生証明書と泉美の顔を見比べた。
「何者なんだ、お前!?」
その後、泉水はスマホを使い瑞希に電話をかけてみることにした。
先ほどのプリクラの件を聞くために。
『はぁ!?プリクラ!?
私がそんなもの撮るわけ、ないでしょ?』
「だよな」
思いっきり不機嫌な声で答えてくる瑞希に、泉水は困惑しながら同意する。
「一応聞くが、俺以外に【イズミ】って名前に心当たりないよな?」
『寝ぼけて言ってんの?あんたみたいな間抜けな名前、他に居たら覚えているわよ!』
「だよな。一応聞くけど・・・」
『一応が多い!!』
「ごめん、これで最後だから。
俺と同じ紫紺の髪で、ポニーテールにしている女の子に心当たりは―――」
『無い!!』
【ブチッ・・・ツー、ツー、ツー・・・】
スマホ越しでも激怒しているのが分かる大声で怒鳴られ、泉水は顔をしかめながら電話を切った。
「どうだ?」
「やっぱ駄目だ。プリクラなんて撮ったこと無いって」
「そうか」
「ますます訳が分かんねぇ」
落胆する父に、泉水も大きくため息をついた。
そんな泉水に弟の大樹が話しかけてきた。
「ねぇ、兄ちゃん、さっきこのお姉ちゃんの顔を見て『どこかで見たことあるような気がする』って言ってたよね?」
「ん?ああ、そういえばそんなこと言ったな。
確かに、どっかであったような気がするんだよなぁ~。しかもつい最近」
大樹の質問に答えながら、泉水はおでこをさすった。
「おでこどうかしたの?」
「ああ、これか?神社で『演劇の公演が、上手くいきますように』って祈願した後、どこかにぶつけたらし―――あ!!」
突然大きな声を上げる泉水に、驚いた父と母が視線を向けてきた。
「思い出した!
神社で祈ってたら、突然、爆音と一緒に光る玉が現れて・・・そうだよ。その玉を見てたら玉の中から手が出てきて掴まれたんだ。
で、思わずその手を引っ張っちまって、そしたらこの子が光の玉の中から飛び出してきて!!
そうだ!そうだ!!
それで飛び出してきたこの子とおでこ同士がぶつかって、そのまま気絶しちまったんだ!!!」
「このお姉ちゃんが、光の玉の中から飛び出してきたの!?」
「ああ、正確には引っ張り出しちまった。だけど」
「光の玉から出てきた・・・それに名前が一緒・・・だけど女の人・・・」
泉水の言葉を聞いた大樹はブツブツとつぶやきながら、その場で考え始めた。
やがて何かを思いついたようで、唐突に話し始めた。
「ねぇ、似たようなシチュエーションの昔の映画無かった?未来から来た人間が、光の玉の中から現れる的な」
「ん?ああ、あったな!だいぶ昔の映画だけど、そんなSF映画が・・・なんだよ、この子が未来から来たとでもいうつもりかよ!?」
「うーん、どっちかっていうと、パラレルワールドから来たかな?」
「はあ!?パラレルワールド!?」
とんでもないことを言い始める大樹に、泉水は驚きの声を上げてしまう。
だが、驚愕する泉水とは対照的に両親はキョトンとした顔をしていた。
「ぱられるわーるどって何だ?知ってるか母さん」
「いいえ、英語ぽいけど」
首をかしげる父と母。そんな2人に駆け寄り大樹は得意げに話し出した。
「パラレルワールドっていうのはね!ファンタジーの物語とかゲームとでよく使われる表現方法なんだけど、異世界とか並行世界とも呼ばれて、この世界とは違うもう一つの世界のことを言うんだよ」
「異世界?平行世界??もう一つの世界???」
その話を聞いてもさっぱり理解できない母だったが、大樹はさらに得意げに話を続けた。
「うん、この世界というか宇宙かな?
この世界の宇宙のほかにも、他にもたくさんの宇宙があって、そういうほかの宇宙の世界のことをパラレルワールドっていうんだ。
その世界では魔法が存在してたり、ここよりものすごく科学技術の進んだ世界もあるんだよ。
実はUFOは異世界の乗り物で、異世界からジャンプしてきたパラレルワールド移動マシーンって説もあるんだ!」
「へ、へぇーそうなの?」
話について行けていない母とは対照に、大樹は目をランランに輝かして熱弁を続ける。
「きっと、兄ちゃんが見たっていう光の玉が異世界との扉になってて、このお姉ちゃんは別の世界から来た。異世界人なんだよ!」
「はぁ~、異世界人ねぇ~」
興奮気味の大樹とは対照的に、泉水は少し呆れ気味で返事をする。