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6枚目・瑞希とルーンの秘密②

小説の構成順番を直すために投稿し直しました。

2024年7月15日

服を着た猫

高校の入学式が終わり、泉美と瑞希が同じクラスになってから数日が経過したころのこと、クラスにもすっかり馴染んだ2人は、いつものように並んで帰路に就いていた。


「あのマリアって担任の先生、キレイだよね。大人の女性って雰囲気が出てて、憧れちゃう」

「そう?私にはヒドイドジっぷりが目について、あんなドジな大人にはなりたくないって思ったわ。

特に教壇に上がろうとして足を引っかけたとき」

「ああ・・・転びそうになったマリア先生が、手で何かを掴もうとして黒板を引っ搔いちゃったあの時でしょ?

クラスのみんな、全員耳をふさいで悶絶しちゃったよね」


泉美は当時を思い出し苦笑いを浮かべる。

その横で瑞希はニヒルに笑った。


「私は平気だったわよ」

「そういえば瑞希って、黒板を引っ搔く音、割と平気だったんだっけ?」

「ええ、悶えている人たちを見て笑えるくらい平気よ。

あの後、立とうとしてパニックになったのか、何度も黒板を引っ搔いてクラスメイト全員悶えていたのは地獄絵図みたいで可笑しかったけど、あのドジっ子ぶりは笑えなかったわね」

「確かにドジっ子だけど、それ以上にスタイル良いし、ブロンドの髪に青い瞳もキレイで、優しい良い人じゃん」

「優しいだけで先生が務まれば、教育委員会は要らないわ」

「ま、まぁ確かに・・・」

「それよりも気に食わないのは、あのスタイル!特にあの胸!大きければ良いってものじゃないんだから!!」


瑞希は珍しく感情的に、悔しそうに目をギュッとつぶり、顔の前で拳を握りプルプルと震わせる。

そんな瑞希の姿に泉美は苦笑して笑うしかなかった。


「あ、アハハ・・・確かにあの胸は大きいね。Eカップくらいあるかな」

「ええ、大きかったわ!B寄りのAの私が嫉妬するくらい!!あなたはいいわよねCカップなんだから!!」

「いや、私平均的だか―――」

「私より大きいじゃない!!」


悔しそうに叫ぶ瑞希を何とかなだめようと、泉美は言葉を選んで話す。


「み、瑞希だってこれから大きくなるかもしれないし・・・」

「慰めなんて要らないのよ!!

大きくなるからって牛乳を、お腹壊すまで飲んだし、マッサージも毎日してるのに・・・何なのこの差は!?」


やり場のない怒りに握った拳をさらに固く握る瑞希、その姿を見て泉美は何を言っても無駄だと悟り、話題を変えることにした。


「そ、それはそうと瑞希は部活、どこにするか決めたの?」


話題を変えてきた泉美に、瑞希は握っていた拳を下ろすと「フン」と鼻を鳴らした。


「私はどこの部活にも入らないわよ」

「帰宅部ってこと?中学の時もそうだったじゃん。高校生になったんだから何か部活に入ろうよ」

「いやよ、誰とも馴れ合うつもりはないわ」

「瑞希・・・」


いまだに親しい友人を作ることを嫌がる瑞希に、彼女の心が癒えていないのだと悟り泉美は顔を曇らせた。

そんな泉美の態度がどうでもいいと言わんばかりに、瑞希は小ばかにしたような口調で言ってきた。


「私より、あなたはどこの部活に所属するつもりなの?

まっ、どうせ剣道部でしょうけど」


気にするなという瑞希の意思表示だと感じ取った泉美は、上目遣いに人差し指を顎に当てるポーズで少し考え込んでから答えた。


「ん~、それなんだよねぇ~。

剣術は本家の道場で稽古してるし、第1志望は剣道部だけど、他の部活も候補に入れようかなって考えてるんだ」

「へぇ~、あなたが剣道部以外を視野に入れているなんて、思わなかった。世界でも滅亡するのかしら」

「世界滅亡は言いすぎだよ」

「そうね、日本が滅亡するくらいね。今から海外脱出を考えないと」

「瑞希・・・」


瑞希の冗談に、泉美は困った表情になってしまう。そんな彼女の顔を見て満足したようにニヒルに笑うと、瑞希は話題を戻した。


「それはそうと、他の部活って何を候補にしているの?」

「うん・・・スイーツ研究部もいいかなって思ったんだけど、演劇部も面白そうだなって」

「チョコレート大好きのあなたがスイーツ研究部に興味を持つのは分かるけど、演劇部は意外ね」

「うん、噂で剣道部を兼任している人が演劇部に居るって聞いたのもあるけど、水輝流の剣術って精神をコントロールするのが重要な剣術なんだよね。

それって感情をコントロールすることにも通じてると思うの、そういうところが演劇部の演じることに生かせるんじゃないかなぁ~って思って」

「なるほど結局、考えの根底には水輝流の剣術がある訳ね。理由が単純なのがあなたらしいわ」

「アハハだよねぇ~、単純は余計だけど」


自分の嫌味を軽く笑って往なす泉美を、瑞希は不満そうな顔で口を尖らせた。



やがて2人は新しく始まった高校生活のたわいのない話をしながら、橋に差し掛かっていた。



「―――で、私は言ってやったの『私にはあの水輝家の引く者の中で、1、2の実力を持つ【春野 泉美】が下僕なのよ!!』ってね。

そしたら、その男、しっぽを巻いて逃げてったわ」


ニヒルに笑いながら胸を張る瑞希を見ながら、泉美は苦笑しながら答える。


「ナンパ男の撃退に私の名前を出すのは良いけど、下僕は止めてよ・・・ちゃんと親友だって言ってよね」

「そんなこと思っていても、言う訳ないでしょ?」

思っては(・・・・)いてくれてるんだ?」


嬉しそうに話す泉美に、ニヒルな笑顔を浮かべていた瑞希は一瞬にして不機嫌な顔になると泉美を睨みつけた。


「何?揚げ足を取って楽しいの!?」

「そ、そんなこと思ってないよ」


ドスの利いた瑞希の声に、泉美は慌てて訂正する。


「フンどうだか!

だったら私も揚げ足取らせてもらうわ。

さっき私が1、2の実力って言ったこと、あなたは否定しなかったわね?」

「い、いやいや否定し忘れただけだよ。お爺様には到底敵わないし、師範代の伯父さんよりも実力上の訳ないでしょ?」

「その師範代の伯父さんとやらに『あと3年以内に実力で抜かされるだろう』って、言わせたって聞いてるわよ。

本家の人間に言わせるなんて相当じゃない」

「伯父さんが言ってるだけだよ。私の実力なんてまだまだだよ」

「そう言って、10年後辺りに師範になってたりしてね」

「瑞希!!」


ニヒルに笑いながら「もしかしたら・・・」なんてちょっと考えたことがあることを言い当てる瑞希に、泉美は叫んで誤魔化すしかなかった。



そんな話をしているうち、2人は橋の中程まで来ていた。

その時、ふと川上に視線を向けた瑞希が流されてくる何かに気づいた。



「あれ何かしら?・・・段ボール箱?」

「どれどれ?」


泉美が橋の欄干(らんかん)から身を乗り出し、目を凝らすと遠くから段ボールが流れてくるのが見えた。


「本当だ。不法投棄かな?

でもそれだったら中身が詰まってて、水に浮かないか」

「でしょうね。

空箱か、沈まない程度の軽い物が入っているか・・・あら?あの段ボール蓋が開いてるわね。

・・・ん?今何か動いたような??」


目を凝らす瑞希が見たのは、段ボールの中で動く黒っぽい何か。


「ねえ、あの段ボール、中に動物が居るんじゃ・・・って、泉美!?」


瑞希が隣を見たときには、泉美は橋を渡り切ろうとしていた。そのまま彼女は土手を駆け下り、何のためらいもなく川の中へ入っていく。

幸い川は流れが遅く足首までしかなかったため、泉美はあっという間に段ボールが流れてくる下流の場所へとたどり着いた。

そして、流れてきた段ボールを掴むと、慌てて泉美の後を追って川岸にやってきた瑞希の元へと歩いて戻ってきた。


「猫が入ってたよ。この子捨てられたのかな?

それにして川に流すなんてヒド―――」

「泉美!!あなた何考えてるの!?」

「み、瑞希??」


泉美の言葉を遮って顔を真っ赤にして怒る瑞希に、泉美は青い目を白黒させて驚いた。


「何の考えもなしに川に入って、もしもあなたまで流されたらどうするの!?

いくら浅くても流れが速ければ、あっという間に足を取られて、最悪溺死するかもしれないのよ!?」

「で、でも猫は助けられたし・・・」

「そんなの棒を使って引き寄せるとか、それがダメなら最悪、警察や消防に連絡するとか、方法はいくらでもあるでしょ!?

考えもなしに川に入るなんて、バカよ!バカ!!」

「ご、ごめんなさい」


いつになく険しい剣幕の瑞希に、泉美はただ謝るしかなかった。


「で、でも心配してくれたんだね。うれしい!」

「誤魔化さない!!」

「ごめんなさい」


再び激しく怒られ、泉美は委縮してしまった。

そんな泉美を見て、瑞希は「まったく!!」とつぶやくと、そっぽを向いて吐き捨てるように言った。


「・・・・・本当に、無事でよかった」


心から安堵した声で、泉美に聞こえないように小声で瑞希は言った。


「えっ?今何か言った??」

「何でもない!!

靴、水入って気持ち悪いでしょって、言っただけ!!」

「あ、うん・・・そうだね」


「フン!」と鼻を鳴らしながらそっぽを向く瑞希に、顔を曇らせながら泉美は段ボールを地面に置くと、靴と靴下を脱いで水を絞った。


「で、その猫の様子は?」

「ちょっと待って・・・」


濡れた靴下は諦め、無理をすれば履けそうな靴を急いで履くと、泉美は段ボール箱の中から猫を拾い上げ腕に抱いた。


【ジタバタ!!】

「あっ!コラ暴れないの!!」


嫌がるように暴れる猫だったが、泉美がギュッと抱きしめるように胸で抱えると、観念したように動かなくなった。


「体は濡れてないし、体温も冷たくない・・・鼻は湿ってる方が良いんだよね?」

「ええ、そのはずよ。でも念のために動物病院に連れて行った方が良いかも」

「そうだね」


泉美達が今後の方針について話し合っていたその時、猫が泉美の顔を見て口を開いた。


「ニャー」

「あ、鳴いた!

良かった~全然鳴かないから、元気ないのかと思ったよ」

「ニャー!」

「フフ、お礼を言ってくれてるのかな?って、そんな訳ないか。アハハ!」


泉美が冗談交じりに笑った横で、瑞希は目を見開いて固まっていた。


「ありがとう?・・・元気だよ?」

「えっ?急にどうしたの、瑞希?」

「い、泉美には聞こえなかったの!?」

「何が?」

「この猫の声よ!鳴き声と一緒に、男の子の声が頭の中に響いてくるでしょ!?」


今までに見たこともないような必死な形相で訴えてくる瑞希。

その様子に泉美は戸惑いを隠せなかった。


「・・・何言ってるの、瑞希?・・・大丈夫??」

「泉美には聞こえてない?

私にしか聞こえないってこと???」


瑞希は明らかに動揺し、戸惑いを隠せない様子だった。そんな瑞希と同じくらい泉美も訳が分からず困惑してしまった。


「ニャー?」

「え、ええ、あなたの言葉がわかるわ」

「瑞希・・・本当にこの猫の言葉が分かるの?」

「ウソじゃないわ。本当にわかるの・・・『ボクの言葉が分かるの?』って言ってる」

「ちょっと信じられないけど、瑞希がウソを言ってるとも思えないし・・・」


普段から冗談をいうタイプではない瑞希から飛び出した、信じられないような言葉。

いまだに信じきれない泉美だったが、信じるしかないと自分に言い聞かせた。


「あなた・・・何なの!?」


瑞希は震える手で恐る恐る猫の頬に触れた。

触られた猫の方も最初は驚いた様子だったが、瑞希の手の匂いを嗅いだ途端、目を見開き前足で手を引き寄せゴロゴロと喉を鳴らしだした。


「フフ、この猫、瑞希のこと気に行ったみたいだね。

ちなみに今その()は何て言ってるの?」

「えっと『へへへ、お姉ちゃんと同じ匂い』って喜んでる・・・ねえ、それって飼い主のこと?」


瑞希の問いに猫は耳をペタンとさせ、うつむきながら鳴いた。


「ニャー・・・ニャー、ニャー・・・」

「それ以上言わなくていい!

そう・・・悪いことを、聞いちゃったわね」

「その()は何て?」


泉美の問いに瑞希は小さく息を吐いてから、顔を曇らせ答えた。


「・・・『前のご主人・・・お姉ちゃんは、もう・・・』って言ってる・・・その続きも話そうとしたけど、遮ったわ」

「何で?」

「・・・明らかに口にするのが辛いって様子だったから・・・たぶん、そのお姉ちゃんっていう人は、もう天国へ・・・」

「そっか・・・」


2人が顔を曇らせ沈黙する中、猫は2人の顔を交互に見てから、元気よく鳴いた。


「ニャー」

「えっ?何?」


驚く泉美に猫は自分のお尻を突き出してきた。


「えっ?えっと・・・」

「ニャー、ニャー!!」

「そうなの・・・『ねえ見て』『このシッポに付いてるの、ボクの宝物!!』って言ってる。

このシッポの付け根に付いている金色のリングのことね」


猫の長いしっぽの付け根には確かに、金色のリングがハマっていた。


「こんなプレゼントをしてもらえるなんて、大切にされていたんだね」

「ニャー・・・」

「今の鳴き声の意味は、私にもわかる『うん』って言ったんだよね。

それよりも何で段ボールに入れられて流されてたの?君??」

「ニャ、ニャー・・・」


泉美の質問に、猫は明らかに動揺していた。


「・・・もしかして!残された家族が君を段ボールに入れて、川に流したの!?

ひどすぎる!!」

「ニャ、ニャー!!」

「亡くなった家族が可愛がってた猫でしょ!!それを捨てるなんて!?

もしかして、君を見ると亡くなった家族を思い出して辛いから捨てたとか!?

だとしたら余計にひどすぎる!!」


泉美は猫が入っていた段ボールを蹴り飛ばし、怒りをあらわにする。

そして、怒りのテンションのまま、瑞希に向かって提案してきた。


「ねえ瑞希!この()から前の飼い主の場所、聞き取ってくれない!そんなひどい人達警察に突き出してやる!!」


猫を抱えたまま顔を真っ赤にして、怒りの声を上げる泉美に、瑞希はため息をついた。


「ちょっと待ちなさい。

捨てられたって決めつけないでまずは()の話を聞きましょう。

さっきから『そ、それは・・・』とか『そ、そうじゃなくて!!』って必死に訴えてるわよ」

「えっ?」


瑞希の言葉を聞いて、慌てて泉美が猫を見ると、猫は必死で鳴いていた。


「ニャー!ニャー!ニャー!」

「えっと・・・瑞希訳してくれる?」

「『ボクは捨てられたなんて、一言も言ってないよ!』だそうよ」


訳しながら瑞希は、ジト目で猫に疑問を投げかけた。


「だったら、なんで段ボールに入れて流されてたの?」

「ニャー・・・」


「それは・・・」とでも言っているのだろう、猫は話しずらそうに逸らせていた視線を瑞希に向けると恐る恐る鳴いた。


「ニャー?」

「笑わないわ・・・というよりも私笑えないの。あなたと同じように、大切な人が天国へ行ってしまって以来、心が壊れたの。

それから何年も声を上げて笑ったことなんてない」

「ニャー・・・」

「別に謝らなくていいから、流された理由を言いなさい」

「ニャー・・・」

「実は?」

「ニャー、ニャー、ニャー」

「は?・・・・・プッ!」

「瑞希?」


猫の話を聞いていたはずの瑞希は、急に顔を逸らせて肩を震えさせ始めた。


「瑞希・・・もしかして笑ってる!?」

「ニャー・・・」

「ご、ごめんなさい。あ、あまりにも理由が間抜けだったから、つ、つい・・・ププッ!」

「み、瑞希が普通に笑ってる!」

「つ、通訳だったわね。えっと『不注意で段ボールに入っちゃって、そのまま川に流されたの』だって・・・アハハ!!」

「た、確かに間抜けだとは思うけど、そんなに笑うこと?

というか、瑞希が自然に笑ってるなんて!初めて会った時以来、何年も見てなかったのに!!」

「わ、私も久しぶりに笑った!そんなに可笑しくないはずなのに、何年も笑ってなかったから笑いが止められない・・・アハハ!!」



それから約3分間、瑞希は笑い続けた。




3分後、下を向いて笑い続けていた瑞希は、ようやく落ち着きを取り戻し、顔を上げた。


「あー・・・苦しかった」

「み、瑞希その顔!!」

「えっ?」


驚きの声を上げる泉美の目の前には、久しく見ていなかった笑顔の瑞希が居た。


「瑞希の笑顔、久しぶりに見た!初めて会った時以来だ」

「わ、私笑ってるの?」


瑞希は慌てて鞄からコンパクトを出すと、鏡で自分の顔を確認した。


「笑ってる・・・」

「瑞希、心が戻ったの!?」

「・・・たぶん、一時的に戻っただけだと思う。この()と触れ合ってるとき、心が軽くなったように感じたから」

「そう・・・なんだね」


泉美は左手で口を覆い隠すようなポーズをして、考え事を始めた。

そして数秒後、抱いたままの猫に話しかけた。


「君は飼い猫なんだよね?」

「ニャ?・・・ニャー」

「『ボク?・・・飼い猫じゃないよ』って言ってる」

「お姉ちゃんって人の家族が飼い主じゃないの?」

「ニャー、ニャー・・・」

「『お姉ちゃんは、天涯孤独だったから・・・』って言ってる・・・泉美こんなこと聞いてどうするの?」


相手が猫とはいえ、心の傷をえぐるような質問ばかりする泉美の行動に、瑞希は怪訝(けげん)な表情を浮かべる。


「次で最後だから・・・じゃあ、瑞希のウチの飼い猫にならない?」

「ニャ!?」

「私のウチの飼い猫!?」


突拍子もない提案に、猫だけではなく瑞希も驚きの声を上げる。


「そう、最初は出来るだけ遊びに行ってくれないかなって言うつもりだったけど、飼い猫じゃないなら、瑞希のウチの飼い猫になるのはどうかなって?」

「この()をウチに・・・」


泉美の提案に、瑞希は猫をじっと見つめ考え込んでしまった。


「ニャ~♪」

「うーん・・・『ボクは大歓迎♪』って人間だったら、鼻歌交じりのテンションで言ってくれるのはうれしいけど、ウチでは無理ね・・・ママ、猫アレルギーなのよ」

「えっ?おばさん、猫アレルギーなの!?」

「ええ、症状は軽いけど、猫が近くにいるとクシャミが止まらなくなるの」

「じゃあ、ダメか・・・」


一転、肩を落として残念がる泉美。


「どうして、私のウチで飼わないかって言いだしたの?」

「この猫が一緒にいると心が、一時的にでも戻るんでしょ?だったら、一緒に暮らせば完全に心が戻るんじゃないかって思って・・・」

「なるほど」


泉美の言葉に、瑞希はしばらく考えた後、泉美の思いもしなかった提案をしてきた。


「だったら、あなたのウチで飼ってあげたら?」

「ウチで!?」

「あなたのウチはお隣だし、おば様、前からペットが欲しいっておっしゃっていたわよ。提案をすればすんなり通りそうじゃない?」

「確かにお母さんは、ペットが欲しいって言ってたから、すぐにOKって言ってくれそうだけど、この()瑞希に懐いているみたいだから私に懐いてくれるかどうか・・・」

「ニャー」

「心配なさそうよ『泉美のことも好きだよ』って言ってる」

「そうなの?

っていうか、名前何で知ってるの?」

「ニャー」

「『瑞希がそう言ってたから』だって、私たちの会話から名前を聞きとったみたいね」

「そっか・・・でも私でいいの?」

「ニャー、ニャー!」

「フフ『命の恩人だもん、大好きだよ!』ですって、良かったじゃない。

お隣ならこの()にも会いやすいから、あなたが期待した効果が現れるかもしれないし」

「う~ん・・・そうだね。ちょっと家族に提案してみるよ」

「それでこの黒猫の子猫の―――」

「ニャ!!ニャーーー!!」

「あら、そうなの?それは失礼。

じゃあ改めて、コホン・・・『違う!!ボクは紺色の大人の猫だーーー!!』って言ってるこの()の名前はどうするの?」


瑞希の訳を聞いて、泉美は遠い目をしながら答えた。


「黒猫の子猫じゃなかったんだ・・・。

っていうか名前?名前は前のご主人が付けてくれたので良くない?」

「それもそうね。君、名前は?」

「ニャ、ニャー、ニャー・・・」

「自分名前よ『え、えっと、ボクの名前は・・・』なんて悩む必要はないと思うけど?」


瑞希の言葉に猫は視線を空へと移した。そこには雲一つない空に満月が光っていた。

その様子を見て泉美はある仮説を立てる。


「もしかして月に関係する名前?」

「ニャー」

「『うん』って言ってる」

「じゃあ、ムーン?」

「ニャン」

「『違う』って」

「じゃあ、ルナ・・・は女の子か。

じゃあ・・・ルーンとか」

「ルーン?なぜ?」

「ムーンをもじって付けたのかなぁ~って思ったんだけど・・・違うかな」

「・・・ニャー・・・ニャー、ニャー、ニャー」

「『思い出した・・・ボクの名前はルーン、しばらく呼んでくれる人が居なかったから忘れてたよ』って言ってる」

「やっぱり!じゃあ、これからよろしくね、ルーン!!」

「ニャー!!」

「じゃ、私の家に行こう!」


元気よく返事をしたルーンを抱え、泉美は土手を上り始めた。

そんな1人と1匹を瑞希はジト目で見ていた。


「・・・・・なんか引っかかる」


しばらく見ていた瑞希だったが、やがて目をつぶり小さくため息をついた。


「まっ、いいか」

「瑞希どうしたの?帰ろう?」

「ハイハイ、今行くわ」


瑞希は先に土手を上り切った泉美を追って、土手を上っていった。




家へ帰った泉美は早速ルーンのことを相談したところ、案の定とんとん拍子で承諾されルーンは春野家の家猫になった。


ただ、この世界でもルーンは時々、家を抜け出し1日から長い時は1ヶ月ほど、帰ってこないことが度々あった。

そして世界の瑞希もまた、ルーンに居なくなる理由を問いただしたが『秘密』の一点張りで、理由を教えてくれることはなかった。

だが、泉美も瑞希も元野良猫だからと、気にすることは無くなっていった。

それでもルーンと触れ合うとき、瑞希には笑顔が戻ることには変わりなく、泉美はそのことを心底喜ぶのだった。

だが、この世界の瑞希も心が一時的に戻ることあっても、完全に治ることはなかった。


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