5枚目・親友の定義②
小説の構成順番を直すために投稿し直しました。
2024年7月15日
服を着た猫
それは10年前、小学校の入学式の2日前の出来事。
家の2階で遊んでいた泉水は外が騒がしいことに気づき、ベランダ出て柵の隙間から懸命に隣をうかがおうとしていた。
以前、柵の外を見ようとして柵によじ登ったところ、母にこっぴどく叱られたため、これが精いっぱいの方法だった。
なんとか音のする方を見ると、そこには大きな一台のトラックが止まっていた。
彼は急いでベランダから室内に戻ると、母を呼びながら1階へ急いで降りていく。
「母さん、母さん!
大変、隣におっきな車が来てるよ!!」
慌てた様子の息子に対し、母のアゲハはベビーベッドに向けていた視線を泉水に向け、少しだけ驚いた様子で答えた。
「あらあら、聞いていたよりもずいぶん遅かったわね。1週間も遅れるなんて」
母は微笑みながら泉水に説明を始めた。
「泉水、そのトラックはね引っ越し屋さんのトラックよ」
「引っ越し屋さん?誰か引っ越しちゃうの?」
悲しげに顔を曇らせる泉水に、母は「フフ」っと微笑んだ。
「そうじゃないの。
お隣に誰も住んでいない家があったでしょ?そこに住む人が引っ越してきたのよ」
「お隣に引っ越してきた人!?じゃあ、お隣さんが出来るってことだね」
「そうよ、聞いたお話だとあなたと同い年の子供がいるそうよ。良かったわね、お友達が増えるわよ」
「お友達・・・」
泉水はパーっと顔を輝かせると、うれしそうに母に言った。
「ねえ!引っ越してきた人が居たら、ご挨拶に行くんだよね!僕すぐにご挨拶したい!!」
「ええ、いいわよ。
普通は向こうからご挨拶に来られるのだけど、こちらから行っちゃいけない訳ではないしね」
「やったー!」
泉水は母の手を引きながら、今まさに段ボールを運び入れているお隣に挨拶に行った。
トラックの前には緑色の長い髪に紫色の瞳の女性が、運ばれる段ボールを見つめていた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
母の挨拶に振り向いた女性は、少し戸惑いながら返事を変えてくれた。
「私、隣の春野です。息子がどうしても、お宅にあいさつしたというので」
「あ、そうでしたか。ボクありがとうね」
女性は警戒を解いて母の隣に立つ泉水に向かって手を振ると、再び母の方に向き直した。
「この度、隣に引っ越してきました皆倉です。こちらから挨拶するべきなのにすみません」
「いいえ良いんですよ。お忙しいところ挨拶に来てしまったのは、こちらの落ち度ですから」
「いえいえ、そんな気を使わないでください。この後、落ち着いたら引っ越しそばをお持ちしようと思っていたのですから」
「それは、ご丁寧にありがとうござい―――」
「ねえ、母さん」
大人たちの挨拶が長くなる雰囲気を察した泉水が、母に話しかけながら服の裾を引っ張って、早くしてほしいと抗議する。
その様子に息子が何をして欲しいのか察した母は、泉水を見てニコッと笑った。
「ごめんね泉水、ちょっと聞いてみるね。
すみません、こちらにこの子と同い年くらいのお子さんが居ると聞いていたのですが?」
「ええ、居ますよ・・・ああ、そういうことですか!」
母の言葉に女性は泉水が何をねだったのかを察し、【ポン】と手を叩いて納得した。
そして泉水を見て微笑むと、家の方を向いて大きな声で娘を呼んだ。
「瑞希!いらっしゃい!!」
「はーい」
女性の声にすぐさま反応し、女の子の声が2階のベランダから聞こえてきた。
元気な声の主はベランダの柵の間から顔を引っ込めると、急いで階段を下りているのだろう【ドタドタ】と音を立てながら家の中から飛び出してきた。
そして、玄関から飛び出した彼女は、引っ越し業者の脚の間をスイスイと避けながら、こちらへ走ってきた。
「来たよ、ママ!」
「もう、引っ越し屋さんの邪魔にならないようにしないと、ダメって言ったでしょ!?」
眉間にしわを寄せて注意する女性に、緑の髪をハーフアップにした少女は悪びれることもなく答える。
「邪魔してないよ。ぶつからないように走ってきたし」
「足元で走るのが邪魔になるの。
はぁー、もう・・・」
「あれ?この人たち誰?」
ため息をつく女性をよそに、瑞希と呼ばれた少女は泉水達を指さして、興味津々そうに聞いていた。
「ああ、こちらお隣さんになる春野さんよ。えーっと・・・」
「あ、私はアゲハ、こっちは息子の泉水、2日後に市立の小学校に入学するんですよ」
「アゲハさんと泉水君ね。
瑞希、泉水君はあなたと同い年で、同じ小学校に入学するのよ。仲良くしてあげたら?」
「うん!
私、皆倉 瑞希、よろしくね」
満面の笑みで右手を差し出してくる少女に、泉水も笑顔で右手を差し出した。
「うん!よろしく、僕は春野 泉水」
2人はしっかりと握手すると、ニッコリと笑った。
「ねえ、泉水君、家の中を探検しようよ?」
「探検?」
「うん、この家、前に住んでたマンションよりも、たくさんお部屋があるから探検してたの。
まだ見てないお部屋あるから、一緒に探検しない?」
「いいけど、お部屋そんなにあるの?」
「うん、あと見てないのは・・・3つ?くらい?」
「そうなんだ!僕のウチは・・・いくつだっけ?
・・・えっと・・・たくさん部屋があるよ。僕の部屋もあるんだ!」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、今度は泉水君の家も見せてよ」
「うん、いいよ!でも今日は・・・」
「うん、今日はウチを探検ね」
そういうと瑞希は泉水の手を取って、玄関に向かって駆けていく。
さすがに2人まとまったことで、引っ越し業者も避けて歩かざるを得ず、思いっきり邪魔になっていた。
その様子に瑞希の母は左手で目を覆いながら、大きくため息をついた。
「引っ越し業者さんの邪魔しちゃダメだって言ってるのに・・・もう」
「泉水!引っ越し屋さんの邪魔しちゃダメよ」
「「はーい」」
2人分の元気な返事が家の中から聞こえてきて、アゲハは苦笑しながらフフっと笑った。
そんなアゲハの様子を見ながら、瑞希の母は申し訳なさそうに話しかけてきた。
「ごめんなさいね。
ウチの子ちょっと強引なところがあって」
「フフ、元気があっていいじゃない。
それにしても2人と仲良くなれそうでよかったわ」
「そうですね。母親としてもいい友達が出来たようで、心配事が一つ減りました」
「フフ、そうですね」
ほっと胸を撫で下ろす瑞希の母を見ながら、アゲハは微笑み一つの提案をしてきた。
「ねぇ、私たちもママ友になりません?」
「いいんですか!」
「ええ、もちろん。お隣さん同士ですし、私たちも仲良くしましょう」
「あ、ありがとうございます!アゲハさんみたいな人がママ友になってくれるなんて嬉しいです!
あの・・・よろしければ他のママ友にも紹介してもらえますか?」
「ええ、もちろん!」
「ありがとうございます!」
母親たちがママ友話で盛り上がる中、瑞希に1階を探検し終わった瑞希と泉水は2階へ上がろうとしていた。
「へーえ、産まれたばかりの赤ちゃんが居るんだ!?」
「うん、大樹って言う弟だよ。この前の12月に産まれたんだ」
「そっかぁ・・・泉水君はお兄ちゃんだったんだぁ~」
「うん、今は家で寝てるよ。
お母さんは抱っこして連れて行くって言ったけど『起こしちゃかわいそうだよ』って言ったんだ。
それに赤ちゃんのことスマホで見れるんだって【※室内ライブカメラの映像と音声を、スマホなどで見守れるアプリ使用】、だから安心でしょってね」
「へーえ、弟思いなんだ~。泉水君は良いお兄さんになれるね!!」
「そ、そうかなぁ~」
泉水は顔を赤くして「へへへ」と照れた。
そんな泉水を見て、瑞希も「フフ」と笑った。
「じゃあ、泉水君の自慢の弟、今度お家に言った時に見せてくれる?」
「うん!自慢の可愛い弟見せるよ!!」
そう言って2人はニッコリと笑いあった。
そして、階段を上がり始める。先に瑞希が上り、その後を泉水が付いて行く形で階段を上っていく2人。
その途中で、泉水は瑞希のハーフアップにしている髪に着けている髪留めに気づいた。
「瑞希ちゃんの髪に着けてるの、キレイだね」
「えへへ、そうでしょ!!」
階段の途中で止まり振り返ると、瑞希はニッコリ笑った。
「パパがね、小学校に入学するお祝いにって、プレゼントしてくれた髪留め、バレッタっていう物なんだ。
本当は帰ってくるときに渡してくれるはずだったんだけど『ちょっと帰ってくるのが遅くなるから先にプレゼントだけ先に渡しておくよ』って、くれたの」
「瑞希ちゃんのパパは遠くに住んでるの?」
「うん、アメリカに海外・・・しゅちょちゅう?・・・しゅ、しゅっちょ、出張中!なんだって、だけどね、明日日本に帰ってくるの。
それでね、これからはずっと一緒にいられるんだって!!」
階段を上りきった瑞希は、頭の後ろに手をまわしバレッタを外し始めた。そして遅れて階段を上り切った泉水に差し出し見せてくれる。
「キレイな色だね。
えっと透明な茶色?の色だけど、プラスチック?」
「ううん、べっ甲って言って、カメさんの甲羅なんだって、とっても高いらしいよ」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ、瑞希ちゃんの宝物だね!」
「うん、パパからもらった大事な宝物、ずっと大事にするんだ!!」
バレッタを褒められた瑞希は、今日一番の満面の笑みを湛えてうれしさを表した。
そんな彼女を見て泉水もうれしい気持ちでいっぱいになった。
そして改めて瑞希の宝物をじっくり見てみた。
「なんだか変わった形だね?四角が潰れたみたいな形・・・こういうのなんて言うんだっけ?」
「長方形っていうんだよ。
パパがね『大人になっても、着けられるようにカワイイ物よりもシンプルなデザインの物を選んだんだよ』って電話で言ってたんだ。
私ずっと着けてるつもり、中学生や高校生、大学生や大人になっても、お母さんになっても、おばさんになっても、おばあちゃんになっても着けてる!一生の宝物!!」
瑞希はバレッタをギュッと握りしめると、再び髪に着けようとバレッタを頭の後ろに持っていく。だが、思うように着けられない。
そんな様子を見て、泉水はそっと瑞希の後ろに回った。
「僕が着けてあげるよ」
「あっ、ありがとう。ゴムが見えないように着けてね」
「えっと・・・こうかな?」
瑞希からバレッタを受け取った泉水は、彼女頭の真ん中、ヘアゴムの上にバレッタを着けてあげた。
「ありがとうね泉水君」
「どういたしまして」
瑞希は笑顔でお礼を言うと両手を頭の後ろに回し、ちゃんとバレッタが着いているか確認する。
その様子を見ながら、泉水はずっと考えていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ、瑞希ちゃん」
「ん?何?」
「僕たちさ・・・もう友達だよね?」
「友達?」
瑞希はバレッタを確認し終えた両手を胸の前で組むと、しばらく考え込んでから答えた。
「う~ん・・・私は、友達は嫌かな」
「えっ!?」
絶対に友達だと言ってくれると思っていた泉水は、意外な答えに絶句し暗い表情になっていく。
その様子を見て瑞希は慌てた様子で、釈明し始めた。
「あ、違うの!友達よりもってこと!!」
「えっと・・・それってどういうこと?」
瑞希の言葉に一転して泉水はキョトンとした表情になってしまう。
「私、泉水君とは友達よりも仲良くなりたいなって、思って」
「友達よりも仲良く?」
「うん、ママが言ってたんだ。友達よりも仲がいい人のことを親友って呼ぶんだって。
私、君と親友になりたい!!」
まぶしいほどの笑顔で語る瑞希に、泉水もみるみる笑顔になり喜んで答えた。
「うん・・・うん!!僕も瑞希ちゃんと友達よりも仲良くなりたい!親友になりたい!
瑞希ちゃんと親友になる!!」
「うん、親友!」
2人はどちらかともなく、小指を差し出すと絡め合い満面の笑みで笑った。
こうして少女と少年は親友となった。
時を同じくして、別の世界で同じように引っ越しの挨拶で出会い、意気投合し親友となった2人の少女がいた。
親友となった泉美と瑞希、彼らの存在を泉水と瑞希が知ることになるのはずっと先の未来である。
そして、次の日。
今日は瑞希の父親が帰ってくる日。
父は夕方には家に到着し、明日の入学式には一緒に出席してくれる予定である。
瑞希は喜びのあまり朝早く目が覚めてしまいベッドを降りた。
そして、母に着けてもらおうとヘアゴムとバレッタを手に2階の自室から1階のリビングの扉の前に来ていた。
リビングの扉の取っ手に手をかけると、部屋の中からはテレビの音がかすかに聞こえてきた。
母が居るのだと確信した瑞希は、眠い目をこすりながらドアを開け朝の挨拶をした。
「ママ、おはよう~」
だが、瑞希の声に母は反応せず、立ったままただテレビを見続けていた。
「ママ?」
「・・・瑞希」
やっと振り返り、瑞希を見た母。
だが、その目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ママ!!どうしたの!?」
「瑞希!どうしよう!!パパが!・・・パパが!!」
崩れるように膝立ちになった母は瑞希を抱きしめ、ただただ叫び、ただただ泣き続けた。
「ママ!どうしちゃったの!?なんで泣いてるの???
ねぇマ―――」
母の姿に混乱してしまった瑞希だったが、ふと見たテレビ画面に釘付けになってしまった。
そして、そのまま目を見開いたまま固まってしまう。
そこに映し出されたのは、激しい炎に包まれた飛行機の映像。
番組は朝のニュース番組で、緊急のニュースなのだろう、早口で男性アナウンサーは状況を伝えていた。
「―――発、日本行きのエルラング航空82便が離陸後、間もなく機体異常により空港に引き返しましたが、緊急着陸に失敗して滑走路に墜落、炎上しました。
乗員乗客347名の生存は絶望視されており、同機体には大勢の日本人が搭乗していたことが分かっています。
現在判明している、日本人搭乗者リストはこちらです。
繰り返します。今朝早く―――」
瑞希には搭乗者リストが読めず、乗員乗客の生存が絶望的という言葉の意味も分からなかった。
だが、泣き崩れる母と黒煙を上げ燃え続ける飛行機、そして父が飛行機で帰ってくると言っていたこと、それらが彼女の脳裏でパズルのように組みあがり、1つの真実を突き付けてきた。
パパが死んだという真実を・・・。
【カラン】という音共に、手からヘアゴムとバレッタがこぼれ落ちる。
【ピシッ、ピシッ・・・パリン・・・ガシャン!!!】
何かが砕け堕ちる音。
その音は瑞希にしか聞こえなかった。
それは彼女の中で何かが壊れた音、大切な何かが壊れていく音。
それを感じながら、彼女はポツリとつぶやいた。
「パパの・・・
嘘つき・・・」
その目からは一筋の涙も流れてはいなかった。
もはや彼女の中から涙を流す感情は消え去っていた。
先ほど彼女の中で鳴り響いた音、それは心が壊れていく音。
瑞希の幼い心は、あまりの悲しみに音を立てて壊れてしまったのだった。




