折り返し『思いもよらないところに真実があった。』 奏者 ヤギ郎
白一色の部屋に少女と猫がいる。玄関から男が入ってきた。彼は靴脱ぎの存在を無視するようにずかずかと室内に上がってくる。せっかく彼の分までスリッパが用意されていたのに、無駄になってしまった。
「ここ土足厳禁なんですけど」
「知るか」
男は被っていた黒い制帽を脱ぎ捨て、壁に背中を預けるようにして床に座り込む。
「それで、大学の方はどうでしたか」
「間に合わなかった」
「そうですか。仕方ありませんね」
「遺体は見つからなかったが、来週の社会面にはズタズタに切り刻まれた遺体が発見されました、って記事が載るな。顔面がぐじゃぐじゃに潰されていたので身元は未だ特定できず、っておまけ付きでね」
「大学では二人。全体では、」
――八人
男のちょうど真向かいに猫がいる。右手をペロペロと一通り舐めてから二人の人間をみつめる。
――ここで六人が殺された。喰われたと言ったほうが正確かニャー
「そうですね、我が輩」
「なぁ、マツ・・・、いや、」
「いいですよ、マツリカと呼んでくださって。その代わり、私は先輩のこと『先輩』って呼びますから」
「そうか。ただ、なんつうか、お前のあだ名の元ネタになったキャラクターは無口なんだろ。これじゃ設定誤認じゃないか」
――無口というより、喋れないが正しいですね。
と少女は口を開けずに語った。
「お前、それ一体どうやってやってるんだ。腹話術じゃねぇよな?」
――我と同じだよ。テレパシーの一種と思えばいい。
「世界には不思議なことはたくさんあるもんだよ、せんぱぃ」
「あっ、あー」
――そのセリフ、去年も聞いた気がするニャ
少女は猫へ振り向く。
「そうよ、我が輩。昨年のことを思い出してごらんなさい。あなたはほこりとしゃべっていたつもりだけど、あの場には私もいたのよ。ほこりと話せると思うなんて、誇り高い猫のくせして情けないわね。お可愛いこと」
クスリと少女は笑う。
――す、すみません
「それでだ、マツリカ。なんでここを集合場所にしたんだ?」
「昨年のことを思い出してもらおうと思ってね。
もう折り返し地点に来たのだから、そろそろブギーマンとの決着をつけたいし。彼をこれ以上野放しにできないわ」
――喰われた八人のうち六人はここに通っていたからね
二人と一匹は室内をゆっくりと見回した。家財道具はすべて撤去され、内壁は塗り直されていた。ただ、間取りは以前と変わっていない。
――なんというサロンだっけ、えっと
「じょじょ文学だろ」
――ニャー!『スケスケ』じゃないの!
「すけすけ?どこからそんな言葉が出てきたんだ?」
――だって、『助』は『すけ』とも読めるでしょ。ちび助とか助六とか助平とか。だからてっきり『スケスケ』サロンかと思っていた
「それじゃ、単なる変態の集まりじゃねぇかよ」
――スケスケは大事だニャー!我が輩は猫に転生する前は古今東西のゲームをプレイした“伝説”だったんだ!アーケードゲームのみならず、プレーステーションにDS、PCゲームまで手広くやりこんだ。カンストは当然。注力したのはノベルゲームだ。ギャルゲーに、乙女ゲーまでやった。特に主人公の男の子が『俺は正義の味方になる!』と叫びながら、『理想を抱いて溺死しろ』と言う未来の自分と戦うゲームとこのゲームを題材としたアニメと映画には号泣した。そして、とうとうスマートフォンでもプレイできるようになり、ガチャを回すのに人生をかけた。
そんな“伝説”に言わせれば、『スケスケ』すなわち『透け透け』つまり『透け透けイベント』は命!これがあるから永遠に続くリセマラやフラグ回収ができるのだ。この物語には色気が足りないのだ、色気が!凜ちゃん押し倒したい!
「・・・」
「・・・」
「・・・(凛ちゃんって誰?)」
「・・・(ゲームのキャラクターですわ)」
「お前、そういうキャラだったのか」
「あなたの伝説はその程度なのね。キモいわ、我が輩」
――すっ、すみませんでした!
猫は土下座をした。
「喉が渇いたので、一階のコンビニで何か買ってくる」と言ってマツリカは部屋を出ていった。玄関口にはローファーが無くなり、かわりにスリッパが置かれていた。
「なぁ、“伝説”として一つ話してくれ。我らのマツリカはどうなんだ?」
――お色気要員としてか?まったくもって申し分ないキャラクターだと思うよ。小柄でいとおしい外見に、ちょっとトゲのある性格は一部の読者にそそるものがあると分析する。MORE DEBAN 村の一員ではなくて、ガツガツと主役を狙っていくべき。ただ、問題は執筆者の方にあるんだよね。『次の人が絶対なんとかしてくれる(はず)』という合言葉でワイワイ楽しくやっているようだけど、こっちもこっちで必死だし。息抜きも欲しいし。ちょっと、チラッと見せてくれれば、
「それより、マツリカの話」
――そうだった。彼女の強みは可愛らしい外見だが、武器が無力な訳ではない。控えめでおとなしいけど、上から、
猫の顔面に黄色い缶が食い込んだ。『コーンポタージュ』と書かれたラベルが巻かれている。もちろん『熱い』『注意』の文字もある。
「(どこでその情報を手に入れた?)」
――(着替えているところをこっそりニャ)
猫の腹部に赤紫色の缶が食い込んだ。今度は『おしるこ』と書かれていた。言うまでもなく『熱い』『注意』の文字。
玄関口へ振り向くと右手を振り下ろしたマツリカがいた。顔を赤くしながら左手で胸を隠している。
「も、戻ってきたのか、マツリカ」
「わっ、我が輩」
――な、な、なんでございましょうか、マツリカさま
「さ、逆立ちの刑よ。か、覚悟しなさい!」
いざやってみてわかったのだが、猫は逆立ちができない。
やむなく(我にとってはありがたく)「直立の刑」に変更していただいた。それでも、背筋をピンっと伸ばし後ろ足二本で長時間立つのは難しい。そもそも猫は四本足で立つ生き物であって、決して二本足では立たない。動画サイトに投稿されている二本足立ちの猫はウソだ、幻想だ。
あまりもたもたしているとまた熱い缶が飛んでくるので、尻尾と前足で上手くバランスをとりながら、直立の姿勢を保つ。まるでミーアキャットになった気分だ。猫だけに。
「仕切り直して。何かアイデアはあるか、マツリカ」
すぅっとコーンポタージュをすする。
「無いわ」
「えっ?」
「無いわ」
「二度も言わんでいい」
「無いわよ」
「言い方を変えても無駄だ。
我が輩、何かアイデアを出せ」
――居場所は追跡できているんだろ?我ははっきり見たぞ、あいつがカードをポケットに仕舞うの
「あー、このカードのことか」
先輩はコートの内ポケットから一枚のカードをつまみ出した。表には、
◆◇◆◇◆◇
SEND
+MORE
―――――
MONEY
◆◇◆◇◆◇
カードをくるりと裏返し、そこには、
◆◇◆◇◆◇
75160892
◆◇◆◇◆◇
と記されていた。電話番号にしては桁が少し足りない。
「このカードでは追跡ができないぜ。せいぜい生きているか、ブギーマンだから存在しているかになるのか、がわかる」
――気になっていたんだけどさ
「なんだ、我が輩」
――そのカードの
と猫は指し示すように右腕を伸ばす。
――意味ってなんだ?
「意味?」
――なんで『送る・もっと・金』なんだ?
「あぁ、この覆面算のことか」
記憶を探るようにカリカリと頭を掻く。
「えーっと、きっかけはなんだっけな」
先輩はすっとカードを放り投げる。
「そうだ、思い出した。知り合いが警察の広報課に勤めていてね。そいつが、駅前で配る振り込め詐欺の注意を呼びかけるチラシを作ってたんだ」
猫は地面を滑るように飛んできたカードを前足で止める。あっ、地面に足が着いてしまった。
――振り込め詐欺?
「そこに乗せるパズルの試作品ってことであのカードをくれたんだ。一瞬で解けた」
――パズル?
「そう、パズル。なんで振り込め詐欺のチラシにパズルが載ると思う?」
――さぁ?パズルを解くと賢くなって、騙されなくなるからにゃ?」
「と思うだろ。そいつはな『おじいちゃんやおばあちゃんはみんなパズルを解くのに夢中になって詐欺師からの電話を忘れるから、振り込め詐欺対策にちょうどいい』って言ったんだ。そんなことあるわけないよな」
猫はカードを見つめる。
Send More Money。金をもっと送れ。
むしろ逆効果になるのではないだろうかと猫は思った。
――内容は関係ないってことなのか?
「カードであるってことに意味があるのさ。何書かれたっていい。嫌いなヤツの名刺なんぞ、こういう時に持って来いなのさ」
「ニャー(はぁー)」
「ブギーマンの信号は後どれくらいで消えるの?」
――消える?
「いままでの傾向からすると、ブギーマンは被害者を喰った後、すぐにその人に成り代わってるんだ。もうすぐ消えると思うぜ」
――ちょっと待って。『消える』ってどういうことだ?
「我が輩は何も知らないのね、可哀相なこと」
「ブギーマンは生きた人間の魂を喰った後、その体に乗り移るんだ。これを変身や転生というのかもしれないな。このカードは現実世界でしか通用しないから、喰った人間の体、器と言えば分かりやすいのかな、が障壁となって、カードを追えなくできるんだ」
――わかったような、わからないような。
ブギーマンは喰われた人間の体の中の世界という、この世界と異なる世界にいるから、この世界にいる我たちからは認知できないということか
「そんな感じだ。ブギーマンはテレビゲームでもするように被害者を操っているんだろうね。まるで傀儡師だ」
――ちょっと待って。つまり、あいつがブギーマンなのか
「気づくのが遅いぞ」
「そうよ、我が輩。
“ボク”がブギーマンなんだよ」
思いもよらないところに真実があった。
――あの『お酒は20歳になってから』とほざいていたヤツがブギーマンか。“ボク”なんて呼ばれ方をしているから怪しいと思ってたんだよな
「思ってねぇだろ」
「“ボク”なんて曖昧な名前は不気味な(boogey)人(man)にぴったりだわ」
――女子大生が喰われたんだよね。ということは、あの“ボク”は女子大生のふりをしているのか。想像するだけで吐き気がする
「けどよ、作戦も無いんじゃブギーマンを捕まえようもないだろ」
「この事件の発端は演劇部からはじまったわね」
「永井ってヤツがブギーマンに喰われたって言うんならな」
「なら最終決戦は舞台の上じゃなきゃいけないわ。盛大にやるわよ」
――はーい
マツリカは足下に転がっていた学生鞄を拾う。
「それでは、私は出て行くわ。後のことはよろしくね」
「おい、作戦は?舞台って、どこの舞台だよ?清水の舞台か?無駄死には嫌だぜ」
「詳しいことは後で話すわ」
彼女は出口へと振り返った。
「少し下調べが必要なの。また招集をかけるからすぐに来なさいね」
出入口に並べていた黒いローファーを履き、自分の履いていたスリッパと出入口に空しく置かれていたスリッパを鞄に納めてから外へ出て行った。
扉の閉まる音が室内を響いた。
――ちゃんと作戦があるのかな?
「あるんじゃねぇの。あいつ、一応魔女だからな」
――マツリカはあの永井って大学生がブギーマンに喰われたと思っているようだけど、
「黒だろう。あんな風に遺体を始末するのは、普通の人にはできない」
――でも永井って消えたんだよね?
「消えた?何の話だ?」
――あの演劇部の学生さんの証言を思い出してほしい。
確かあの部長だった『レッサーパンダ』だったか『人寄せパンダ』だったかが言っていたじゃないか。『誰もいなかった』って
「そんな話もあったな。綾波?綾辻?だっけ、去年相談に来た子。それがどうした?」
――あの時、既にブギーマンは永井に乗り移っていたとして、急に『消える』ことができるのか?
「そればかりはブギーマン本人に聞かないと分からねぇな」
――演劇部員が『消えた』芝居をやっていた、とかは?
「見ている人がいないのに?ありえんだろう」
――何も実際に観客がいないといけないとは思わないけど。映画を撮っていたとか
「演劇部が映画を撮る、ねぇ。ということは、記録したフィルムもあるし、それを撮ったカメラマンがいる訳か」
――そんな証言はなかったけれどね
「あ!」
――どうした、先輩
「そんな証言はあるはずがない。カメラマンが映画に映っていたらおかしいだろう」
――は?今回は演劇部の話をしているのであって、映画部じゃないよ
「なぁ、我が輩。舞台ってものはな、舞台上にあるものだけしか見えないんだよ。
観客は舞台裏について何も知らないんだ」
――?
「ブギーマンはこの世界に何人いるだろうな?」
――1人いるから2人いても、おかしくない、よな・・・いや、まさか
「永井は俺らが追っている“ボク”っていうブギーマンに殺されていないかもしれない。マツリカ!」
「ニャ!ニャ!」
猫と男は部屋を駆け出て行った。
※
おとなはわかってくれない。おとなはわかってくれない。おとなはわかってくれない。おとなはわかってくれない。おとなはわかってくれない。
ちょっとした心境の変化だ。
これを「恋」というのならそうかもしれない。
そうでないかもしれない。
なんにせよ、俺は悪くない。
ギーっと蝶番の軋む音がトイレ内を響く。誰かが入ってきた。
つづく
この小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体・キャラクター・ゲーム、他の執筆者とは一切関係ありません。
また本章は今後の展開においてお色気シーンを約束するものではありません。期待は禁物ですよ。
次話お題「魔剣」