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第五区 『旧講堂』  奏者 p-man

都会の真夏の夜はじっとりとしていて、黙っていても汗が流れてくる。この時間でも、まだかなり気温は高い。懐中電灯を握る手も汗ばむ。ただ、キャンパスの最奥部に続く鬱蒼とした木々に囲まれたこの場所は灯りもなく、確実に気温は2、3度低いだろう。加えて、暗い夜道を1人で歩きながら、刑子達が語った永井の失踪話を反芻するにつれて体感的にはもっと気温は下がってくる。ここに来るまでにかいた汗が冷えていく。普段でも誰も近づかない場所だ。人気はまるでない。いつの間にか早足になる。

うっすらと旧講堂の輪郭が見えてきた。昨日、ゼミの奴らに聞いたところ20世紀初頭の建築らしい。何度か補修工事がなされ文化財指定もされているという。近づくにつれ、建物の荘厳さが分かってきた。新講堂に比べて小ぶりだが、がっしりとして威厳のようなものが感じられた。

それにしても、旧講堂前にバラバラに集合って、急に変更するとはなぁ。まぁ、そっちの方が1人だし、よっぽど怖いけど。それとも俺だけ1人で行かせて、3人でびくついている俺をどこかで見て笑う作戦かな。

約束の時間には遅れたが、旧講堂前にたどり着く。辺りに人の気配はない。



2日前、怪談話として消えた永井の話で盛り上がった。演劇部内殺人説。誘拐され食人鬼によってバラバラにされた説。UFOによるアブダクション説。とある宗教に入信した説。等々・・・。どれも噂の域を出ない都市伝説だった。そう言えば、警察以外でなにやら動いていた組織があったとか商子が言ってな。ただ、永井が今も大学に戻っていないことは事実だった。

そんな話をみんなでしているうちに肝試しに行くことは自然な流れだったが、商子は嫌がった。確かに昼間でも尚暗い所だ。夜になればどうなるかは想像がつく。だからこそ面白いと3人がかりで説得した。結局、4人で一緒に行くことと、帰りにみんなでご飯を食べることを条件に渋々同意した。

『早速、今日の夜行こうぜ』

『あーあたし、今日バイト入ってる』と民江

『あたしも』と刑子

『商子は、今日はいいけど明日はオフ会に行く予定』

『え、あんたオフ会なんて行くんだ』

『オフ会?』

『マジで』

3人同時に発言していた。どちらかと言えばおとなしい方の商子が積極的に行動するとは驚きだ。

『明日が初参加なんだけど、かなり緊張してる。でもみんないい人ぽいし、本好きに悪い人はいないかなって』

『本関係のイベントなんだ』ほとんど読書をしない民江が興味を失ったように気のない返事をする。

『気をつけてね』刑子も関心をなくしたようだ。

『俺も明日、バイトだしな。そうしたら、明後日あたりでいいかな?』

決行日が決まった。



その夜の出来事


バレバレだよ・・・

見てればすぐわかるって・・・

恋する乙女の・・・

だからそんなんじゃ・・・

商子から積極的に・・・

昔から憲太はその辺鈍感で・・・

派手に驚いて既成事実を・・・

じゃぁがんばって・・・

私ら2人は行かないからさ・・・

ちょっと待ってよ・・・



時折吹く風に木々がざわめく。幽霊なんて信じてないが、さすがにいつまでも1人は心細くなってきた。内心、早く誰か出てきてくれないかと思っていた。

ようやく、遠くに明かりがちらちらと見えてきた。やっと来たようだ。おいおい、今更登場とは。3人で俺のへたれを見物するんじゃなかったのか。にしても、明る過ぎるような気がする。

突然、背後の旧講堂に気配を感じた。振り返り懐中電灯を向けた。何かが一瞬見えたが、すっと消えた。扉が薄く開いている。講堂の中に入ったようだ。どうして開いている?誰か先に来てたのか?疑問が次々と湧く。待つべきか迷ったが、自然と体が動き気がつくと重厚な木製の扉の前に立っていた。手をかけて、押し開く。ギーーーという軋んだ音が内部に響く。ねっとりとした重く澱んだ気体が噴き出してくる。一切の闇だった。呼吸が速くなる。足が動かない。一歩踏み出すのに、どれ位時間がかかったか。踏みしめる床が鳴る。気管に黒い何かが詰まるようだ。数メートル進んだところで、懐中電灯を足下から内部に向けた。左端の壁からゆっくりと右側へ動かしていく。光が黒を愛でるように優しく切り取っていく。やがて舞台を照らし上手のあたりに白っぽいものが見えた。目を凝らしてよく見ようとしたとき、微かに何かが聞こえた。声?誰かの声だ。内容は分からないが、繰り返し何かを言っている。聞き覚えがある。心拍数が跳ね上がる。

声が少しずつ明瞭になっていく。

『・・・の』

『・・・んだの』

商子、商子の声だ。

『商子!いるのか!』

講堂内に反響する。

『どこにいる!』

懐中電灯を上下左右に振り回す。光が一瞬、上手の白っぽいなにかがある傍らを映し、うつむいて立っている商子を舐める。慌ててもう一度懐中電灯を戻すが商子はいない。

その時、はっきり聞こえた。

『読んだの。私、読んだのよ』『ねぇ、読んで、憲太も』

息が止まる。

パニックになり懐中電灯を取り落とし耳を塞ぐ。懐中電灯は舞台に向かって緩い下り坂になっている客席の間を転がっていく。途中、椅子の脚に引っかかり壁面を照らす。

そこに、いた。

長袖シャツの男が。まさか。目を見開く。あまりのことで悲鳴すら上げられない。くぐもった息が口から漏れるだけだ。懐中電灯が再び転がり出す。光から外れたその男は闇に溶けて見えなくなった。やがて舞台の下まで到達した懐中電灯は動きを止め、何もない空間を照らすだけになった。

放心状態にあったので、背後に近づいて来た気配にまったく気がつかなかった。


『間に合わなかった』


つづく・・・




誤字、脱字、分かりにくい表現等がありましたらご容赦を。


紫伊さんのせっかくのお題をまったく生かしてない・・・

loveは後の達人に託します。


お題は「おとなはわかってくれない」

にんじんさんお願いします。



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