第四区 『名探偵は不在です』 奏者 紫伊
どうやら”我が輩”は私に立てと言っているみたい。試しに立ち上がってみると、”我が輩”がソファーにふわりと乗り、隙間を指した。覗いてみると隙間に名刺サイズくらいの紙が落ちている。
「キミはこれが気になっていたの?」
我が輩が「にゃあ」と鳴き、私に取るようにという。拾い上げてみると何か書いてある。
「ユメちゃん、急に立ち上がってどうしたの?」
「ミカンさん、何か落ちていたんです。何か書いてあるみたいで」
私たちの会話を聞いたみんなが集まってきて、その紙を覗き込む。
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MONEY
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「何これ?」
「どこにあったんです?」
「このソファーの隙間に落ちてるのを”我が輩”が見つけたんです。なんでしょう?」
「直訳すると、送る・もっと・金……? 金を求めているのかな?」
「あぁ、これ先輩が置いていったのかもしれませんね」
会長が覗き込みそういうと教授、マスター、ミカンさん、オーナー、私は納得の色が、ボクくん、”我が輩”には疑問の色が浮かんだ。
「先輩、久しぶりに来たのか?」
「あの人こそ、誰よりも謎よね」
「あの……、先輩ってどなたですか?」
ボクくんがそう尋ねると、納得色の私たちは顔を見合わせ、会長が口を開いた。
「見た目は20代くらいの男性でとにかく謎な人。ネットで知り合った上、みんなの個人情報について詳しくは知らないけれど、話しているうちになんとなくその人柄が見えてくるじゃないか。でもこの人は本当にわからないんだ。とにかく活字が大好きで、小説、ビジネス書、歴史書、科学書……、ジャンル問わず本を読んでいてハマっていることについて語りつくすし、知識も豊富。読書で時間を忘れて食事を忘れていてオフ会での食事が数日ぶりとか、すごく辺鄙な国に行ってきたとか言うのだけど、それが本当のことに聞こえるんだ。神出鬼没で誰も連絡先を知らないし、SNSでもなにも呟かないから何をしているのかもさっぱりわからない、現れるときも突然だし。この場所も先輩が空いてるから使いなって貰ったんだ。でもほとんど姿を現さず、時々こんな感じで何か出てくるから先輩の仕業だろうってことになってる。こういういたずらも好きだったしね」
「へえー、そんな変わったひとがいたんですね」
ボクくんはそう言いながら紙を覗き込む。みんなも覗き込んで考え始め、教授とマスターが推理を始める。私も覗き込むけどなんだかさっぱりわからない。先輩はこんな感じに暗号を作り、みんなが頭を悩ますのをにやにやしながら見ていたっけ。「小さな一点に気付くか、それが解けるかどうかの分かれ道だよ」としたり顔で言っていたのが音声付きで甦る。
唐突にチャイムの音が響く。
「演劇部さんが来たみたいだし、先輩のいたずらはいったん置いておこうか。そのメモはマツリカちゃんに気付かれないようにしまっておいてね。見つかったら最後、演劇部さんの話そっちのけで暗号解読するから」
会長はそういうと玄関に出迎えに行った。オーナーはキッチンへ、他のみんなテーブルを片付け、カップを並べる。
*
その紙をひっそりと僕がポケットに入れたのを見たのは”我が輩”だけだった。
*
「マツリカさんも一緒だったんですね!」
会長の後を歩いてきたのはマツリカさんと、ユキさん?とおそらく演劇部の方々。
「ユメさん、あの方がマツリカさんですか?」
「そう、会長の後ろを歩いている小柄な女性。最初はちょっととっつきにくいけど仲良くなると面白い人だよ」
会長を真ん中に机を囲んで丸く座る。オーナーがカップに紅茶を注ぐと部屋にいい香りが漂い始めた。
「それでは簡単に自己紹介しましょうか。私たちの中には変な名前の人もいるかと思いますが、あだ名だと思って頂ければ。演劇部さんもあだ名での自己紹介で結構ですので」
そう会長が口火を切り、それぞれが自己紹介をする。演劇部は時計回りにパンダ部長(3年生)、小林君(2年生)、アカリちゃん(2年生)、そして依頼者のユキさん(3年生)の4人だった。
「ユキさんから概要はお伺いしたので、それぞれが気になったことや消えた人―永井さんについてなんでも良いので教えてください」
演劇部はそれぞれが顔を見合わせ、逡巡した後、パンダ部長が口火を切った。
「僕は中には入らず、外にいました。両耳を抑えるようにして永井君が最後に入っていくのを見たんです。みんなの声が聞こえて急いで中に入りましたが、誰もいなかったですし隠れるスペースもありませんでした」
「永井君については、小林君と同じ2年生なのですが、1年生の終わり―今年の2月頃に急に部室にやってきて、演劇部の脚本を書きたいから入部させてくれないかと来たんです。脚本は書いている先輩がいるのですが、相当気まぐれな人なことと、彼が演技もしてみたいのことだったので、入部してもらいました。部活には真面目に来て練習していましたし、他の部員とも親しんでいました。参考にといって先輩の書いた脚本をよく持ち帰っていましたが、彼の書くものはまだ読んだことがないです」
順番にということで次に小林君が口を開いた。
「永井が怯えていましたが、俺、ユーレイとか全く信じていないので気のせいだろうと思っていました。旧講堂の状態もどうなっているか気になったし、取り合わず中に入りました。振り返って永井がいなかったときはほんとびっくりしました。部長も永井は入ったって言うし。ちゃんと話を聞いておけばよかったと思います」
「永井とは同学年ですが、学科が違い目立つ奴でもないので演劇部に来るまで全く知らなかったです。よく本を読んでいて大人しいやつかなと思っていたのですが、話すと面白かったです。どんな話をしてもほかの人とは違う目線の答えが来ました」
次にアカリちゃんが口を開いた。
「永井君の姿を見て私も怖くなりましたが、中が気になったので小林君とユキ先輩について入りました。いなくなったことに気付いてみんなで探しましたが、どこにもいなかったです」
「永井君とは同学年です。学科は違いますが図書館の自習スペースでよく姿を見かけたので顔は知っていました。窓側の真ん中に座っていて、いつも手の甲まで隠れる袖が長くダボっとした服を着て真夏でも長袖なのと、よく袖口を触っているのが気になっていたので覚えています。学年、名前を知って話したのは彼が入部してからです」
最後にユキさんが口を開いた
「私は状況を話したので彼についてだけにします。彼はとても真面目で勉強熱心でした。演劇をやるのは初めてだったそうだけど本はいろいろ読んでいて飲み込みはとても速かったです。真面目で穏やかで、途中から入ったにもかかわらず、他の部員とも仲が良かったです」
それぞれが話し終わり、静寂がやってくる。会長が「休憩しましょう」といったことをきっかけにそれぞれが立ち上がったり、カップに口をつけたりする。
「あ、あの、すみません、私今日用事があるので、ここで失礼します」
アカリちゃんが立ち上がり、みんなを見回しながらそう言った。会長と演劇部員は知っていたようでバイバイと手を振る。私はちょうど立ち上がったところだったので、玄関までアカリちゃんを見送った。外に出たアカリちゃんは何やら私の顔をじっと見ている。
「どうしたんですか?」
「あ、あの、ユメさんですよね? ちょっとお話したいことがあって」
「えっ? なんでしょう?」
え、私この人と初対面だよね。いったい何?
「部員のみんなに聞かれたくなくて、あそこの場で話さなかったのですが、実は私永井君のを読んだことがあるんです」
アカリちゃんは小声でそう言い、言葉を続けた。
「部室に印刷された紙が置いてあって、四谷先輩―部長が言っていた今まで脚本書いていた先輩です、が書いた新しいものかなと思ってぱらっとみたんです。それは独特の世界観で飲み込まれそうになるのと同時に、なぜだかわからないけれどすごく厭な感じがしました。急いで手を離したら、後ろに永井君がいて、私に「僕の読んだね」って言いました。私が黙っていると、「読んでいいよ、君にこれが読めるのならば」とにやりと笑いました。私が首を振ると「そう」と言ってその紙の束を抱えて去っていきました。それから彼は穏やかで真面目に見せて、腹の底では全く違ことを企んでいそうで怖くて仕方ないんです。恐らく、みんなそんな印象を持っていないと思うから、どうしても伝えておきたくて」
「そうなんだ。アカリちゃんが抱いている印象はわかったよ」
「良かったです。聞いていただきありがとうございました。さようなら」
「さようなら」
すっきりした顔で去っていくアカリちゃんを見送りながら、聞いてどうすればいいのだ、私は名探偵ではないのだと心の中で叫んだ。
つづく
yoさんの素敵なむちゃぶりに全力でお答えしたかったのですが、ここが限界でした。探偵にはなれませんでした。(解けなかった)
書き始めると大変楽しく、終わりが見えなくなりそうなのでここで終わります。
お題→「恋」
p-manさん宜しくお願い致します。
ここから先、楽しみにしております!!