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第七区『謎解きはお茶会で』 奏者 ひろ

私が『永井消失事件』を『終了』させてから一週間が経った。

今回の事件の幕引きのために使用したデウス・エクス・マキナとしての能力。それは嫌が応でも自分が本来あるべき場所、星の文壇の戦いを思い出させた。

――『会長』を終わらせなければ。

それが私の使命。今この時にも文壇での戦いは続いているはず。

会長に接触するため、初めての読書会に参加した日。あの日に全てが片付くはずだった。

この世界で時を刻み続ける私はどうするべきなのだろう。私の力を使えばすぐにでもこのサロンは『終了』する。でもそれはここにある愛すべき全てを失うことと同義なのだ。

答えが出ないまま今日もサロンに来てしまった。小さなため息とともに、私はゆっくりとドアを開けた。



ドアを開けたマツリカの目に入ってきたのは見慣れない光景だった。

いつもならマツリカの心を癒してくれる空間は、今は冷え冷えとした晩秋の夜のような匂いに包まれていた。

議論に花を咲かせているマスターと教授もいなければ、美味しい料理を作ってくれているオーナーもいない。ミカンとユメの談笑の声もない。そして、会長も。

その代わり、そこにいたのは20代の痩躯の男性。マツリカを待ち構えていたかのように、ドアに対面した椅子に座っている。

「ようこそ、上の世界へ(・・・・・)

彼はチェシャ猫のように、にんまりと笑みを浮かべて言い放った。

呆然としているマツリカと笑みを崩さない男。しばしの均衡は男の軽やかな笑い声で吹き飛ばされた。

「ははは。人が驚く顔を見るのが好きでね。申し訳ない」

マツリカは一つの可能性に思い至った。

「あなたは、先輩…ですか?」

この文学サロンの場所を提供してくれていながら、実際に姿を表すことは少なく、正体不明。そして、いたずら好き。ここに通うようになってから噂は聞いていたけれども、実際に会うのは初めてだ。

彼は満足した表情で頷く。

「いかにも。それにしても、この前の謎解きは見事だったよ。マツリカさん」

マツリカは眉をひそめる。

「誰かに聞いたのでしょうか。先輩はあの場にはいなかったですし、私とは初対面ですよね」

先輩は待ってましたとばかりに笑みを浮かべる。

「知っているのさ。ここで全て読ませて(・・・・・・)もらったからね(・・・・・・・)

そして、椅子から立ち上がり、一礼。顔をあげてマツリカの眼を見つめる。

「僕は聴衆をずっと待ち続けていたんだ。早速だけど始めようか、僕が読み解いた『永井消失事件ザ・ナガイ・ディスアピアレンス・ケース』の謎解きを」



先輩とマツリカは向かい合って置かれたソファに座っていた。二人の間を埋めるローテーブルには、淹れたばかりの紅茶が置かれている。皿には冷蔵庫に入っていたイチゴのミルフィーユがふた切れ。長くなるからお茶でもしながら話そうと、先輩が提案したためだ。

芳醇な香りが部屋を満たし、このサロンに入った時の寒々とした空気は緩められていた。

紅茶に一口つけて、先輩は切り出した。

「事件の謎解きの前に、まずは僕らが存在している世界の構造から説明していかなければならない。それが解きほぐされれば、もう謎は解かれたと言ってもいい。このミルフィーユを説明に使おうか」

先輩は皿に乗ったミルフィーユを手元に引き寄せる。

「ここに2つのミルフィーユがあるように、別々に存在する2つの物語を定義する。僕らはこちらにいると仮定しよう」

先輩は皿に載ったうち片方のミルフィーユを指し示す。事件の謎解きを期待していたマツリカは、突然の話に面食らっていた。

「ちょっと待ってください。物語とはどういうことでしょう?」

「すまない。話が唐突だったね。今回の消失事件が起こった世界は、ある物語に属しているんだ。その物語のもとには、事件が起こった世界だけでなくて幾つも世界がある。僕らがお茶会をしているこの世界とか、食べた人間に成り変われる怪物が出てくる世界とか、ね」

思わず口元に手を当てたマツリカからは、頭脳が回転している音が聞こえてきそうだ。軽く眉間にしわが寄り、形の整った眉が歪む。

「物語という大枠があって、その要素としてそれぞれの世界があるということでしょうか」

「さすがだね。話がしやすくて助かるよ。それら数多くの世界の関係性は2種類に分けられる。一つはそもそもの物語が異なる場合。全く違う存在なのだから互いに関係性はない。もし別々の世界に同じ人物が出てきても、それは異なる物語に属しているので互いには干渉し合うことはない。いわゆるパラレルワールドだ」

先輩はそう言ってそれぞれのミルフィーユを指し示した。

「内容物が同じでも別々のミルフィーユとして存在していると言うことですね」

「そうだ。もう一つは上下に積み重ねられている場合。今僕らがいる物語はこのミルフィーユのように多層構造になっている。パイ生地に挟まれたクリーム部分が一つの世界だと考えてほしい。ミルフィーユにおいてパイ生地がクリームの層を分けているように、同じ物語のもとでも互いの世界は干渉し合わないようになっている。そして、その上下関係を司っているのは、ただ一つ」

先輩はそこで自らの目の前で指を一つ立てる。

「作家の存在だ」

マツリカは紅茶を飲むのも忘れ、黙って先輩の言葉に耳を傾ける。

「上の階層と下の階層は、執筆する世界と執筆された世界。作家の世界と登場人物の世界と言い換えてもいい。作家は必ず自身の紡ぎ出した物語の上層にいる。作家は下層の物語を生成し、認識することが可能だ。もちろん作家でなくても作家と同じ階層の世界にいる存在は、下層の物語を認識することができる。これは一般には本や脚本などの物語を読む行為になる。」

マツリカは先輩の言葉に置いて行かれないよう必死に思考する。

「では、作家によって生み出された下層世界で、登場人物(キャラクター)が小説を書いたらどうなるかな」

突然の問いにマツリカはしばし考え答える。

「さらに下の階層が生まれる?」

「その通り。これは原理上いくらでも繰り返すことができる。最下層がどんどんと更新されていくイメージだね。ただし下層の作家は上層の世界に影響を及ぼすことはできない。上層から見れば下層の存在はあまねく登場人物(キャラクター)だからだ。絶対の主従関係と言える。また作家が下層に並行して複数の世界を生み出すことも可能だ。それら1つ1つは別個の物語と言えるから、干渉することはやはりない。この世界の仕組みはおおよそ理解できたかな」

マツリカは改めてミルフィーユを見つめる。パイ生地の間のクリームに埋もれて存在する自分の想像が浮かんできて慌ててかき消す。

先輩は少し冷めてきた紅茶を口に含み、会話を続ける。

「さて、ここからが本題だ。今回の『永井消失事件ザ・ナガイ・ディスアピアレンス・ケース』は状況証拠をいくら調べても解決には至らない。君の『永井くんは存在していない』という結論は、あの世界では見事なまでに真実だ」

マツリカを見つめる先輩の目には称賛の色がにじんでいた。

「ただ、僕の謎解きも聞いてもらいたい。推理小説らしく犯人は誰か(フーダニット)どう犯行が行われたか(ハウダニット)なぜ犯行に至ったか(ホワイダニット)に分けて説明しようか」

推理小説では定番の分類分けである。どんなジャンルの本も読むと噂には聞いていたが、先輩は推理小説にも造詣が深いようだ。

「まずはどう犯行が行われたか(ハウダニット)からいこう。これは馬鹿馬鹿しいほどにシンプルだ」

先輩はにやりと笑った。

「永井くんは別の世界へと移動してしまったんだ」

推理小説の構成を気にしたくせに、禁忌とも言える謎解き。消失事件の真相は異世界へと消えてしまったからでは、どんな読者も本を投げ捨てるだろう。

「無茶苦茶です。そもそも先ほど世界は隔離されていて干渉し合わないと言っていませんでしたか」

先輩は少なくなった紅茶を啜り、少しの間ののちに口を開く。

「そう、本来は簡単にできてはいけない。詳しい説明は、犯人は誰か(フーダニット)にも絡んでくるから一旦続けよう。さて、もう一度ミルフィーユの登場だ」

先輩は再びミルフィーユを手元に寄せる。まだまだミルフィーユを食べることは叶わなさそうだ。

「そうだな…。この最下層にあるイチゴを永井くんと仮定しよう」

先輩はミルフィーユの最下層をフォークでほじくり始めた。しばらく格闘したのち抜き出されたフォークの先端には、クリームにまみれた真っ赤なイチゴがいた。先輩は取り出したイチゴを一つ上の層へと入れる。押しだされたクリームが端から溢れそうになるがなんとか持ちこたえた。

「今の一連の動きが永井くんの消失した現象だ。彼は下層世界から上層世界へ移動してしまい、元々の世界では存在しないものと結論づけられることになった。それでは、このイチゴを取り出したのは誰か」

そこで先輩はマツリカを見つめる。マツリカはミルフィーユを見つめながら、先ほどの物語の構造を反芻し解答を導き出す

「…作家でしょうか」

「より詳しく言えば、永井くんが存在する世界よりも上位階層の世界の作家だね。永井くんの移動先よりもさらに上の階層だ。自身よりも下層の登場人物を自在に動かし、世界を移動させる能力までも賦与させてしまう」

自分の行動や能力がそんなに簡単に決められてしまうなんて。マツリカは薄ら寒いものを感じる。

「彼は物語の階層を自由に行き来できるようになった。それだけでなく別の物語にまで移動可能になっている。こんなことが許されてしまうのも、この物語に非常に近いところに、渾沌を生み出し続ける物語がいるためだ」

先輩は自分の手前にあったミルフィーユにもう一つのミルフィーユを寄せる。そしておもむろにフォークを上から突き立てた。パイ生地が割れ、クリームが側面からにゅるりとはみ出る。

「なんとも食べづらい代物だよ、これは。それはさておき、こちらのミルフィーユがもう一つの物語だ。それぞれの階層を隔てる壁は壊れ、物語そのものも不安定になっている。このもうひとつの物語のせいで、世界を容易く移動できるようになり、混ざり合ってしまっているんだ。もちろんこれは異常な状態だから世界は縺れてしまって、事象や設定がその世界の出来事なのか、他の世界と混線しているかもわからない状況になっている」

皿の上では、側面から漏れ出たクリームが隣で立つミルフィーユに迫っていた。イチゴを抜き差しされた側のミルフィーユもバランスが悪くなり、じわじわと傾き始めている。

その様子を知ってか知らずか、先輩は先ほどまでと同じ調子で続ける。

「最後になぜ犯行に至ったか(ホワイダニット)だ。これは推測も多分に含むけれども、作家はこの状況に秩序をもたらそうとしていると僕は考えている。渾沌を増し、僕らの側まで影響を及ぼし始めている物語。その物語を立て直し、それぞれの世界をあるべき姿に戻すため、作家に見出された登場人物が永井くんだったと言うわけだ。以上、Q.E.D.(証明終わり)

話し終えるや否や、先輩は崩れかけていたミルフィーユに素早くフォークを伸ばし、もしゃもしゃと食べ始めた。謎解きを終え、ケーキを頬張る顔は子どものようである。

なんとも切り替えの早い人だ。マツリカは問いかける。

「先輩はそこまで理解していながら、何故世界の問題を解決しようとしないのですか」

先輩は咀嚼しながら気楽な調子で答える。

「僕は観測者(読者)であって放浪者(作家)ではないからね。ここにマツリカさんが来るのも誰かが紡いだ物語を読んでいたから知っていただけ」

そう言えば謎解きをする前に、そのようなことを言っていた気がする。

黙ってしまったマツリカに対し、先輩はフォークを置いて再び説明を始める。

「君は気づいてないようだけれども、既に『永井消失事件ザ・ナガイ・ディスアピアレンス・ケース』が起こった世界より上の世界にいるんだ。僕は君がドアを開けるところまでは君の話を読んでいた。だけども話は君がドアを開けたところで途切れ、今は僕の向かいに君がいる」

マツリカは再びの突拍子もない話に反論する。

「私はただいつも通りに文学サロンへ来て、ドアを開けただけですよ」

「もちろん、君は何も特別なことはしていない。君が世界を移動したのは君の力ではないからね。このお茶会をしている世界より更に上層にいる作家が意志を持って引き上げたんだ」

「一体なんのために…」

先輩はこれまでになかった強い視線をマツリカに向ける。

「マツリカさん、君は本当にデウス・エクス・マキナなのだろうか」

「私は…」

突然の問いかけに息が詰まる。星の文壇から始まりの世界へやってきたデウス・エクス・マキナ。それがマツリカという存在の設定。

先輩は動揺を隠せないマツリカの様子をじっと見つめ続ける。

「マツリカさん、君は本来こちらの物語の登場人物のはず。それが渾沌とする物語の中で作家により見出され、『会長』を終わらせ、ひいては星の文壇の争いを終わらせるという重荷を負わされてしまった。でも本当に君がその使命を果たすしか物語を救う道はないのだろうか」

マツリカの頭脳はこれまでにないほど混乱していた。先輩の話した内容がうまく頭に入ってこない。自身の存在を疑うことなんて全くなかった。これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡る。それらは1つ1つのシーンとして存在はしていたが、つなぎ合わせようとすると何か違和感を感じるのだ。

「…わかりません。私が一体何者なのか」

マツリカから絞り出すような小さな声が漏れる。思わず下がった視線の先には、冷めきった紅茶に映る自分の顔があった。

一方の先輩は皿に最後まで残されていたイチゴを突き刺し、ぽいっと口に放り込む。

「まあ、僕はこれまでに読んだ物語やらをベースに色々な考えを巡らしているだけだ。何が真実かなんて、結局のところわからないからね。ただ、今この世界にいる僕らにできることと言ったら」

先輩はそこまで言って、口をつぐんだ。思わずマツリカが顔をあげると、そこには柔らかい笑み。

「天に祈りを捧げるくらいかな」

フォークを持った手で頭上を指し示す。銀色のフォークがライトに照らされてキラリと光った

「素敵な作家がハッピーエンドをくれるかもよ」


そして、暗転。



私は助助文学サロンに続くドアを開けた。

途端に複雑なスパイスの香りが鼻をくすぐる。今日はオーナー特製の自家製カレーに違いない。部屋を見渡すとそこには見慣れた光景があった。本を片手に魅力を語る人、目を輝かせながら平置きされた交換本を眺める人。一角では課題本の読書会も開かれている。

部屋には教授とマスターの声が一段と大きく響いている。その周りを頷いたり質問したりしながら囲む人たち。今日も議論は白熱しているようだ。

テーブルの近くでは、ミカンさんがお菓子を皿に開け、ユメさんは紅茶のポットを片手にみんなのカップを満たしている。その足元には最近やってきたという猫が丸くなっている。すっかり懐いてしまったようだ。

いつもの助助文学サロン。それなのに今日はなんだかいつも以上にあたたかく迎えてくれている気がする。

気づけばドアの前で立ちつづけていた私に、会長が出迎えに来てくれた。

「ようこそ、マツリカさん。今日は珍しい人が来ているよ。噂では聞いているかもしれないけど」

会長はついてくるよう私に身振りで示す。彼は部屋の隅の方、サロンのメンバーたちから少し離れたところで静かに紅茶を飲んでいた。

私は挨拶するため近づく。

「はじめまして。先輩…ですか?」

彼、先輩はこちらを認めるとふんわりと笑みを浮かべた。その瞳はいたずらっ子のように輝いている。

「いかにも。これからよろしくね、マツリカさん」

まず終盤の場面が頭に浮かび、そこから物語を組み立てました。

色々確認と調整はしましたが、これまでのお話と整合性を取れていなかったらすみません。


謎解きの説明もちゃんとできているのか、どこまで書けば伝わるのかという壁にぶち当たりました。

人生でこんなに「ミルフィーユ」という単語を打ち込むことは今後ないでしょう。


次のお題は「チョコレート」で。

みやさん、お願いします!

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